安曇野里山ツアーズ 中村哲也さん【大阪のサラリーマン時代よりも忙しい日々】

安曇野里山ツアーズは、美しい農村風景と豊かな自然が広がる長野県安曇野地域で、季節ごとに様々な体験型ツアーを提供しています。農業体験を主体としたツアーの企画は多岐にわたり、その中でも共通しているのは、地域の魅力を体感してもらうというコンセプトです。

そんな安曇野里山ツアーズを開業したのは中村哲也さん。そもそもは、ご本人が安曇野地域に魅せられて移住してきたそうです。今回のインタビューではお仕事の内容に加え、中村さんご自身の移住と開業の物語を伺いました。

地域の魅力を発見する旅

安曇野里山ツアーズでは1泊2日が標準コースになっており、特に人気の宿泊先としては、長嶺山にある「天平の森のコテージ」が挙げられます。手頃な価格設定と、素晴らしい景色が人々を魅了しています。特に、ここから見える夕日の美しさは一見の価値ありと評判です。さらに翌日、朝日が当たる北アルプスを眺めることができれば、忘れられない思い出になるでしょう。

秋には安曇野市三郷地域での林業に焦点を当てたツアーがあり、森林での活動も展開しています。参加者は、山で木を切ったり、「枝打ち」という木の横に出ている枝を落とす作業を体験した後、温泉も楽しめます。また、地元の農家民宿「安曇野地球宿」で宿泊しながら、移住者でもある宿主との会話を楽しむことができます。

農作業体験の中でも主に展開しているのは、ワインブドウの世話を1年通して行うツアーです。ワインブドウの栽培作業は2月から始まり、作業内容は、前年に伸びた枝の整理と新たな芽吹きを待つこと。夏は、伸びてきた枝を結びつける「誘引」という作業を行うなど、ワインブドウの作業ツアーだけで年に6回開催します。

何もない荒れ地を開墾し、石を拾い、整地し、そこにブドウの苗を植えるというところからツアーに参加している方々もいらっしゃいます。その方々はブドウ畑に深い愛着を持っていて、ご自分が植えたブドウの成長を1年間ツアーに参加し続けながら見守るという熱心な方もいます。中には、「自分で植えたブドウが3、4年経って初めて収穫できた」という体験をする方もいます。開催する側としても、そのような経験をして頂けることが喜びです。

ワイン用ブドウの畑

大阪から安曇野へ

私は、元々大阪でエンジニアとして働いていたんですが、会社を55歳で早期退職することを決意してから、農地がついている住宅物件を探し始めました。というのも、自前で農産物を育てて採る「農ある暮らし」をしたかったんです。
そして、インターネットで見つけた物件がたまたま安曇野で、その時に初めて安曇野という土地を知りました。 物件を現地に見に行ったらとても良くて、しかも北アルプスが一望できるということで一発で気に入り、即決しました。感性が引き寄せられるような体験でした。

時系列でいうと、2014年4月に辞表を出して 安曇野の物件を見つけ、ゴールデンウィークに現地を訪れ、6月に退職して8月には引っ越しました。とてもスピード感のある移住でした。

引っ越して来た当初、私は会社を営むつもりはありませんでした。退職金と年金で充分に生活できると考えていたんです。
ところが、安曇野に移住後の翌年に、先ほどお話した「安曇野地球宿」の宿主の方と知り合い、彼の勧めで「中村自然農園」さんという農家のリンゴ畑の作業をお手伝いし始めたのをきっかけに、様々な人とのつながりが生まれ、あれよあれよという間に生活スタイルが変わってしまいました。

「ワインブドウの仕事を一緒にやらないか」と頼まれたり、市役所と共同で進めている安曇野市里山再生活動「さとぷろ。」という里山づくりのプロジェクト委員にならないかと誘われたりと、仕事が増え続け、現在では7つの仕事を掛け持ちしています。結局、何故か大阪のサラリーマン時代よりも忙しい日々を送っています。

個人事業主に

そうやって請け負った仕事をしていたんですが、業務量が増えてきた中で、個人事業主として活動することにしました。というのも、看板を立てた方が仕事の請け負いや税金面などで何かと動きやすいからです。

それに、偶然にも出会った人々が皆ユニークなキャラクターの持ち主で、農産物の出来もさること ながら、彼らの人間性も商品にできるのではないかと思いました。
そこで、彼らの抱くロマンや苦労話を交えて「物語」を伝え、訪れる人々に関心を持ってもらいたいと思って、「面白い農園主に会いに行き、その人が作ったブドウからできたワインを飲んでみよう」というツアーを開始することにしたんです。それが最初でした。

その後、ツアーは月に1、2回開催しています。参加者の数は、少なくとも5人、多い時は12人程度になります。参加者の約3~4割はリピーターです。
ツアーの告知ですが、ワインブドウのツアーは東京のNPO法人と提携しているので、そこから全国に発信し、集客に繋がっています。リンゴのツアーは、口コミだけで集客しています。農園の特色や農園主のキャラクター、そして農産物の格別な美味しさに皆さん魅了されています。

林業ツアーの方は、「さとぷろ。」と共同で推進しています。このプロジェクトは、元々は地元の人々に里山で親しんでもらうためのものでしたが、ツアー客として都会からの参加者が積極的に楽しんでいるのを見て、地元の人々も「わざわざ都会から来てやる程、面白いことだったのか」と目から鱗が落ちているようです。

また、今年からは新たに自然豊かな長峰山での森林浴とヨガ体験を始めました。参加者は草地の草刈り を行いながら自然と触れ合い、汗を流します。そして作業後は森の中で1時間寝るという、とても非日常的な時間を過ごすことができます。
森林浴の翌日は朝7時に 起きて、地元のお寺のお堂を借りてヨガを行います。このヨガ体験は、自然に囲まれた静寂な空間で行うことで、心身共にリフレッシュすることができます。これらの体験は都会では得られない独特なもので、「都会の喧騒から離れ、自然と触れ合いながらゆったりとした時間を過ごせる」と、大変好評を博しています。

前職で培った力

地元の鉄道とワインを組み合わせたツアー

そのように色々と新しいプログラムを作ってきているんですが、それには常に多くの人々とのコミュニケーションが欠かせません。団体やスタッフを見つけ、交渉して報酬を支払うという、これらのプロセスには、過去の仕事で培った交渉力が大いに役立っています。

また、そもそも私はプログラムの全体の流れを作り、内容を組み立てることが好きで、その際にはエンジニアとして培った論理的思考力がとても役に立っています。プログラムの開発では、コスト、スケジュール、品質の管理が三位一体となって大変重要なんですが、前職でプロジェクトマネージャーも担当していたので、その経験が活きていると思います。

何に価値を置くか

私は、かつて大阪で働いていた頃は、日中はほとんど屋内で過ごし、自然光を浴びる機会はありませんでした。朝早くから夜遅くまで働き、仕事終わりには星が輝く空を見上げることが多かったんです。田畑のことや農産物の旬などは、よくわかっていませんでした。

しかし、現在は畑仕事や草取りなど、自然との関わりを楽しんでいます。それでいて、都会の仕事で身につけたスキルも、田舎で存分に活用できています。もちろん、収入は大幅に減りましたが、お金だけが仕事の対価ではありません。何に価値を置くかは、私たち一人一人の選択ですね。

ツアーは利益を追求するのではなく、お客さんの満足度を重視しています。価格設定は、少しの利益を上げつつ赤字を避けるバランスで行っています。時には赤字になることもありますが、とにかく、お客さんから頂いたお金は、最大限満足度として返したいんです。

新しいアイディアを常にひねり出すことが、この仕事を続けていく上で重要だと考えています。その一環として、今年は個人的に小さな苗木屋を始めました。特にジューンベリー、ロニセラ、 レモンの育成に力を入れていますが、温室で育てたレモンが特に売れ行きが良かったです。冬はとても寒い安曇野とレモンという意外性が受けたのかもしれません。これからも安曇野で新しいことをどんどん進めていく予定です。

関連リンク


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