大和大学_天野健作教授に訊く:学生が立ち上げた「ヴェリダス」が目指す、持続可能な社会への貢献  

大和大学社会学部 教授の天野健作先生が代表を務める「SDG研究推進室」は2022年、学生がSDGsの取り組みを通じて社会貢献する「株式会社ヴェリダス」を設立しました。フードロス削減を実現するプロジェクト、コーヒーを通じて環境問題や貧困問題の解決を目指すプロジェクトなど、社会課題の解決に向けた多様な取り組みが注目を集めています。天野先生に、ヴェリダス設立の経緯やその後の展開、学生の成長ぶりについてお話を聞きました。

天野健作 先生

大和大学 社会学部 社会学科教授

専門・研究分野は「地球環境学」「国際水資源」「環境問題全般」「国際政治」「ジャーナリズム」
社会科学の見地から、気候変動に限らず、水資源をめぐる国どうしの争いなどについて研究されています。
●著作
『アジアの水覇権 中国・インドの資源紛争を解く』(2024年、博論社)、『原子力規制委員会の孤独』(2015年、エネルギーフォーラム社)

フードロス削減から始まり、取り組みが多岐に展開

――学内ベンチャー「株式会社ヴェリダス」ができた経緯を教えてください。

株式会社ヴェリダスは、2022年4月に設立されました。もともとSDGsに関する活動を進めるため、私の研究室に「SDG研究推進室」を設置していたのですが、社会に発信し、社会とつながっていくためには法人化した組織が必要だと考え、この会社を立ち上げました。

最初に取り組み始めたのは、チョコレートの販売でした。チョコの輸入業者でアルバイトをしていた学生が、箱が損傷してしまったり、少し傷が入ったりしただけでチョコが大量に捨てられてしまうということを聞いたそうです。そこで学生は、商品として売れなくなったチョコを買い取り、大学内外のイベントで売ってフードロス削減をPRしようと、この取り組みを始めました。

その後、SDGsに関するさまざまなプロジェクトができ、活動が広がっていたところ、吹田市の商店街から、コーヒーをきっかけにしたイベントをしたいという提案をいただき、環境問題や貧困問題の解決につながるコーヒーを販売するプロジェクトを立ち上げました。そのほかのものも含め、7つのプロジェクトが今動いています。

――もともと学生さんはSDGsに興味をもっていたのでしょうか。

私は1年生向けに「社会と環境」という授業で、SDGsの17の目標を1つ1つ紹介しており、そこで学生が興味を持ってくれているのを感じます。また、先輩たちが世の中に自分たちの活動を発信し、テレビや新聞に取り上げられている姿を見て、後輩も刺激を受けているようです。

企画、広報、経理…すべて学生主体で運営

――文系の大学発ベンチャーはめずらしいですよね。

はい。理系であれば、お金につながりやすい技術もありますが、文系の学問は抽象的なものも多く、ビジネスにつなげるケースはほとんど聞いたことがありません。

ですが今回は、SDGsという概念を社会に対して働きかけ、社会を変えていくという点が、うまくビジネスに結びついたのだと思っています。

――学生さんはどのように会社を運営しているのですか。

学生たちは、責任者としてのマネージャー、企画係、経理係、広報係といったように役割分担をし、週に1度、自主的に集まって会議をしています。

学生としての甘えは持たず、収支がマイナスにならないようにするための戦略も考えますし、お客様を呼ぶために広報、周知活動もします。税金などの手続きや食品衛生も大事ですし、対外的に活動する上で必要な社会人としての基礎知識、礼儀も身につけます。

――そのように学生さんも主体的に会社経営に関わる中で、吹田市の商店街の方から声がかかって、コーヒープロジェクトが始まったのですね。

はい。「シャッター商店街」という言葉があるように、吹田市の商店街も活気が少し失われているところがあり、若者の力で盛り上げてほしいとお話をいただいて、ここ2年ほどは商店街のレンタルスペースを月2回借りて、学生がラーメンを売っていました。このラーメンプロジェクトは独り立ちして、今は吹田市役所の地下で、学生が毎日運営するラーメン店にまでなりました。

コーヒープロジェクトではフェアトレードを大切にし、生産者が搾取されないようなコーヒー豆を買ったり、焙煎にあたって使う和歌山の備長炭は、規格外で市場に出回らないものを活用したりしています。現在はこうしてできたコーヒーを月数回、イベントで販売していますが、学生は「今後はお店をやりたい」とやる気を見せています。ラーメンプロジェクトの先例があるので、後輩が「僕たちも」「私たちも」と後に続いていけばいいと思います。

社会貢献の経験をもとに、卒業後は多様な進路へ

――株式会社ヴェリダスは、関わりたい人が関わる形で運営されているのでしょうか。

はい。自主的な活動です。学業との両立も求められるので、大学の出欠状況や成績状況も事前にチェックしており、自然と意欲の高い学生が集まります。もちろん教員は何かあったときにはサポートしますが、あくまで主役は学生です。学生が自主的に企画・運営しています。

――会社運営を経験した学生さんたちは、どのような進路に進むのですか。

現在、4年生の就職が徐々に決まりつつあります。自分で会社を運営した経験がある学生はなかなかいないですから、就職活動もスムーズに進んでいるようです。このプロジェクトに関わっている学生には「社会に発信し、貢献した経験を就活でプレゼンできれば、無敵ですよ」と言っています。社会学部の卒業生の進路としては、メディア、公務員からエステティシャンまでさまざまです。

新しい大学だからこそ、多様な学生が集う

――メディアといえば、天野先生ご自身は新聞記者を長くされていました。どのように大学の先生にキャリアチェンジされたのですか。

私は新聞記者をしている間も、論文や本を書き、研究活動を続けていました。

そうした中でベテランの立場になり、研究や教育活動にシフトチェンジすることを考えていたときに、大和大学に社会学部が新設されるということを知りました。新しい組織で新しいことを始められると思って転職し、4年経ちましたが、ヴェリダスの取り組みなど、自分のやりたいことを好きなようにできています。

――学生さんと接する日々を過ごし、いかがですか。

大和大学はまだ新しい大学ということもあり、イメージも固定化されてないので、いろんな学生がいて面白いですよ。大学院に行ってもいいと思うレベルの学生や、世界ランキングでも上位の香港大学に行き、現地の学生を相手に英語でラーメンについて講義をしたという、ベンチャー精神にあふれた学生もいます。

2025年の大阪・関西万博で、SDGsを世界に発信

――現在、ヴェリダスが直面している課題はありますか。

例えばコーヒープロジェクトの場合は「世界をまろやかに」というコンセプトをもって、海外に打って出ようとしています。昨年は韓国へ行き、今年は中国へ行くことを予定しています。ただ残念ながら言葉の壁は大きいので、語学力を向上させる必要を痛感しています。

SDGsの考え方をなかなかうまく周知できないことも課題です。私たちは今、フェアトレードや環境問題を意識したコーヒーを販売していますが、お客様としては、SDGsの概念よりも美味しさを重視してコーヒーを飲みに来ます。私たちの目指す目標をどう伝えていくかが大きな課題です。

――そうした課題には、社会に出ても向き合うことになりますよね。

昔は、発信手段というと新聞、テレビといったオールドメディアしかありませんでしたが、今は学生がTikTokやInstagram、XといったSNSでどんどん発信でき、個人が問われる時代ですよね。ですから、学生はそれぞれのSNSで社会に発信しています。こうした力はもちろん、企業に入っても使える能力です。

――今後、このプロジェクトがどんなふうに展開していくことを目指しますか。

直近の目標は2025年の大阪・関西万博です。

私たちはバンダイナムコグループがガンダムの世界同様に現実世界が抱えている「社会課題」に取り組む「ガンダムオープンイノベーション」(GOI)の採択パートナーとなっています。2025年の大阪・関西万博ではバンダイナムコグループがパビリオンを設けるので、そこで私たちも関わっていきたいと考えています。

もう1つの目標は、世界に発信するということです。今、香港大学、ワルシャワ大学などとも連携しており、来年はワルシャワ大学とともにシンポジウムも開催します。2025年は、我々のプロジェクトが始まってから4年になるので、集大成を何らかの形でお見せしたいと思っています。