静岡県富士市は、製紙産業を中心とした「ものづくりのまち」としての長い歴史を持ちつつ、現代の課題に対応する先進的な取り組みを進めています。その象徴が、内閣府主催「地方創生テレワーク促進支援」部門での受賞です。富士市は首都圏との優れたアクセスを活かし、テレワークの推進やDX化、新幹線駅内のコワーキングスペース整備など、多様な働き方を可能にする環境整備を行ってきました。また、ユニバーサル就労の推進により、様々な事情を持つ人々が活躍できる仕組み作りも進行中です。富士市の取り組みについて、富士市地域産業支援センター の松葉剛哲さん にお話を伺いました。
内閣府「地方創生テレワーク促進支援」受賞の背景
――富士市は内閣府主催の「地方創生テレワーク促進支援」部門で、令和6年度に自治体単独として全国初受賞されましたが、そもそも行政としてテレワークを促進するようになった背景を教えていただけますか。
背景として、まずは富士市の産業についてご説明します。 富士市は東京都から新幹線で60分で行き来できることを一番の強みとしています。もともと製紙の町で、日本屈指のトイレットペーパーの生産量を誇っており、トイレットペーパーを作っている工場は、富士市内にたくさんあります。
製紙会社の下請工場や製紙の機械を作る工場もありますし、工場で出来上がった物を首都圏へ輸送するので運送業者もあります。富士市は製紙を中心にした産業構造ができている「ものづくりのまち」なんです。それは明治時代、渋沢栄一の時代から、ずっと変わらずに続いてきています。
コロナ禍の時、大都市圏では出社率が50パーセントでした。富士市においては、製紙工場は常に稼働していましたが、密を避けたいから工場の稼働を減らすという話がありました。ただ、いきなり現場仕事でテレワークを導入するのは技術的にも難しい。そこで、まずは事務所の仕事からテレワークを推進する取り組みが令和2年度から始まりました。その次の段階として、現場仕事のテレワーク化をどのように進めていくかということを市の施策として本格的に検討し始めました。
体系立てたテレワーク推進、新幹線駅内にコワーキングスペースをオープン
――コロナ禍において、富士市の基幹産業である製造業のテレワーク化という課題があったんですね。受賞した際に評価が高かったのはどのような点なのでしょうか。
テレワーク、DX化、企業の効率化を進めるための「テレワーク推進ロードマップ」を令和3年3月に作りました。ロードマップの中では大きく4つの項目を抽出して、それぞれの課題とその解決のための数値目標を設定しています。項目は「市内企業」、「市内ワーカー、コワーキングスペース」、「首都圏企業・ワーカー」、「産学民官、マーケティング、PR」です。
コワーキングスペースを例にとると、課題として「テレワークスポットの少なさ」があり、それを解消するための施策として「拠点整備・活動支援」「子育て施設にテレワークスペース」を設定します。令和7年度にはそれらを達成することを目指しますが、具体的な指標として「年間コワーキング利用者:延べ4000人」、「交流コミュニティ:100社/400人」を掲げました。その指標をクリアするために、各年度ごとに行動目標を設定し実行していく、といったことが見えるロードマップになっています。
数値目標や施策の一つ一つは、どこの自治体も行っていることですが、それらを体系的に一覧にして、計画的に実行しているというのが内閣府に評価されました。
もう一つ、特に表彰の時にも評価のポイントとして挙げていただいてるんですが、新富士駅にコワーキングスペースを1個作りました。新富士駅シェアオフィス「WORX新富士」です。好立地な場所に、首都圏からの人を留める場所を作ったことが評価されました。
首都圏から富士市の工場に出張で来る方は常にたくさんいるんです。取引先の方々が、新幹線の新富士駅のベンチに座って待ち時間にパソコン開けて仕事をしているという光景が当たり前だったんですね。 新富士駅は新幹線の30分に1本の「こだま」しか止まらないんです。現代の仕事の仕方は、リモートでweb会議を30分で1個行うのが普通。そういった方をうまく取り込めないかなと考えて、新富士駅にコワーキングスペースを作りました。首都圏から来る企業がここにシェアオフィスとして月額契約で入ってもらえたらなという狙いもあります。東海道新幹線沿線の駅の中で、このように広々としたコワーキングスペースは他にないと思うんですよ。
――すごくおしゃれで、まるで東京みたいに見えます。
色々と気を遣っているというか、趣向は凝らしています。例えば、カウンターの下にある木は富士ヒノキです。 オブジェもそうです。逆さ富士をイメージしており、少しでも富士山、富士市を感じてもらうことをテーマにしています。
また、個室は完全なプライベート空間なんです。WEB会議をする方が使いやすいように作りました。 消防法の関係で1個1個にスプリンクラーとか防火設備がないといけないので、ハードルが高いのですが、全部で6室、消防法に対応した個室を用意しています。実際にお使いになっている方からも、ウェブ会議がしやすいと好評です。
Web会議でなく実際に打ち合わせができる場所として4人掛けのスペースもありますし、1人で仕事できるようなスペースも用意してあります。ここをビジネスの拠点として使ってもらえるように、設備は気合を入れて作ってあります。
ということで、評価のポイントは計画的にずっとやってきたという点と、ビジネスマンが使いやすいようなコワーキングスペースを新しく新幹線の駅内に作ったということです。
――今、コワーキングスペースの利用状況はどうですか。
はい、おかげさまで多くの方にご利用いただいています。昼間は人が入れない日があるようです。アンケートでは 、利用されている方の半数以上が東京から来てらっしゃるので、狙った通りに稼働してるなという感じではあります。
人口減という切迫した課題からDXへ
ーー受賞に至るまで、課題解決に向けた取り組みの具体例はございますか。
市の方で地元企業に「テレワークどうですか」という話をしても、 やっぱり「テレワーク=在宅ワーク」という考えがすごく強いんですね。工場をメインにしている企業を訪問して話をしても、「いや、うちは関係ないよ」と言われるんですよ。
なので、途中からテレワークだけを押すことはやめて、「DXを進めませんか」という言い方に変えました。DXが進むと、その会社の中の設備や働く環境も変わってくると思うので、結果的にテレワーク化も進むという考えで視点を変えて取り組みました。
――そうすると企業の方からの対応は変わりましたか。
全然違いました。「DXだったら話を聞くよ」と言ってくれる企業は多いですね。 というのも、富士市の人口が減っているという切迫した課題があるんです。富士市には大学が無いので、高校を卒業すると外に出てしまう子が多いです。東京に近いというのもあって、大体首都圏に行きます。そして帰って来てくれる子が少ないです。
製紙関係の工場や関連する会社は現状稼働できているんですけど、実は常に人が足りない状況なんですよ。今なんとか回っている部分も、更に人口が減ってくると、黒字なのに人材不足が原因で倒産するという危険性が既に見えてきているんです。顕著な例だと、受注はあるんだけれども、人が足りないから生産ラインを1個閉めているという会社もあります。
そうした問題が、これからもっと出てくると思っています。その解決のために、移住・定住で人口を戻すというのも対策の一つであるとは思います。ただ年間1万2万と移住者が来るわけではなくて、多くても100、200の話なので。出て行く数を補い切れません。なので、人がいなくてもなんとか仕事が回るようにすることを考えると、やっぱりDXかなと思っているんですよ。これからは人がいないものとして考えなければなりません。なので、「今後はデジタルの力に頼っていかないと、今の富士市の産業構造は維持できなくなっていくので、DXしませんか」と言うと、企業の方は話を聞いてくれます。
あとはやっぱり採用ですよね。人がいないと言いつつも、採用はしてかなくてはいけないので。今の若い子たちは、働き方をすごく重視しています。例えば、テレワークできる環境とか、職場が綺麗とか、そういったところも非常に見ていると思います。企業の方にも「企業のアピールとしても、テレワークは使わなきゃいけないよ」とは伝えています。リモートで働くのが当たり前の時代になってきているので、「うちはテレワークできないよ」って言ったら、求人に応募してくれる子は少なくなると思うんですよね。
もちろん製造現場、工場に関してはどうしても人がその場にいないといけない部分があるので、例えば「オフィス勤務の日であればテレワークできるよ。」とか。 そこの辺りをうまく取り入れていかないと、採用は難しくなりますよということを企業の方に伝えてはいますね。
関係人口を創出し富士市の知名度を上げる
――テレワークを促進したことで地域の方々への影響はございますか。
新富士駅のシェアオフィスに首都圏の企業を誘致したり 、富士市を見てもらうツアーを行ったりしています。「サテライトオフィス体験補助金」といって、富士市へのサテライトオフィスの進出を検討している企業に対して、交通費、宿泊費、コワーキング室の施設利用料を全額支援しているんです。
金銭面の支援もある取り組みですが、首都圏からお越しになった時に地元の案内も行います。地元の町内会も、やっぱり「若い子がいない」とか、「どんどん高齢化して閉塞感が高まっている」といった状況があるので、温かく受け入れてくれるんですよ。 例えば、昔からあるお寺にお願いしたら、普段は公開していないお寺の中を見せてくれたこともあります。
地元の人たちが積極的に協力してくれて、首都圏から来た方々を歓迎してくれていますね。やはり地元としても人口が減っていることは課題だという認識があって、それを打開するために何か面白いことができないかと考えているのは、私たち行政と一緒だと感じています。
また、ビジネス交流会も毎月開催しています。先ほど申し上げたツアーなどでよそから富士市に来てくださった企業と富士市の企業が意見交換をする機会を設けています。これは東京でも2ヶ月に1度開催しています。秋葉原や早稲田で行っていて、参加者は東京のITやDX関連の企業がほとんどです。富士市が東京でこういった交流会を行う意味は、 そもそも富士市という名前が知られてないということがあります。だから、とにかく名前を知ってもらって関係人口を増やしていきたいんです。
働き方の多様性のあるまちに
――今後の展望についてお聞かせいただけますか。
子育て中のお母さんもそうですし、まだテレワークを活用できる人材は市内にいっぱいいると思うんですよ。ただ、企業の方がまだ追いついていない状況かなと思っています。なので、企業がもっとテレワークとか短時間勤務といった新しい働き方をどんどん認めていって、労働市場に求人を開放していってほしいんです。そこを行政としても後押ししていかなくてはいけないところかなと思っています。
――松葉さんとしては、どんな市になっていったら良いとお思いですか。
いろんな人がいろんな働き方をしているような、働き方の多様性のあるまちにしたいですよね。今はやっぱり工場中心なので、 決まった時間に出社して決まった制服を着るとか、そういうのが当たり前なんですけれども。
――DXが進んでいけば、ちょっと変わってきますよね。
そうですね。少し話は変わってしまいますが、僕はこのテレワーク推進業務の前に生活支援課という部署で就労の支援に関する仕事をしていたんです。富士市は、「働きたくても働けない人を支援するまち」という条例(※1)を作っているんですよ。
様々な理由により働きたくても働けない人が自ら選択し、仕事に従事することをできるまちにすることを目指しているんです。条例なので、基本的には企業にも従ってもらわなくてはいけないんですよ。もちろん罰則があるわけではないので、努力目標的な意味合いではあるんですけれども。
で、この様々な人というのが、障害者もそうですし、高齢者、子育て中のお母さんなど、そういった方々が働きたい時に働けるまちにしようということで制定した条例です。そして、それを実現するために、就労や家計のことなどをワンストップで相談できる「ユニバーサル就労支援センター」を設けました。
働けないことの背景には家庭の問題があることが多いんですよね。要介護の家族がいるとか、保護者の方が所得の高い仕事に就けず家族の生活が苦しいとか、いろんな方がいらっしゃると思うんですけれども、そういった方たちをもっと働きやすいようにしていこうと。
ユニバーサル就労と普通の就労の何が違うかというと、 そういう方が支援センターに相談に来た場合には、いろいろとお話をお聞きしてから企業とマッチングをします。いきなり就職に進む方も中にはいますが、基本的には企業を見学してから職場体験をします。世の中の職場体験というものは大概1日、2日で終わってしまうと思いますが、富士市は違います。1週間や2週間といった期間で就労体験を行う「コミューター」という制度があります。また、相談者の一人一人に支援員がついて、企業との間に入って調整役や相談役を務めます。例えば、「試しにその企業で1~2週間くらい体験で働いてみて、双方とも相性が良さそうだと判断できたら雇用契約を結びましょう」といったように、その人と企業に合わせて提案をします。
何らかの働きづらさを抱えている方は、なかなか自分の思いを企業に伝えることが難しいということも多いので、支援員には通訳の役割もあります。支援員が間に存在することによって、相談者と企業の意思疎通が円滑に行えるようになるんです。
このように、それぞれの事情に合わせてオーダーメイドで就労の要望に応じるのが、ユニバーサル就労です。そういったきめ細やかな就労制度なので、富士市から企業にも求人に関する要望はお伝えしていて、「求人誌とかハローワークに出すような広く万人受けする仕事ではなくて、その人の特性や状況に合った求人を出してください」とお願いをしています。
例えば、就労する時間や服装を従来の会社規定から外してもらうとか、コミュニケーションが苦手な方のために人と喋らなくてもいい業務を用意してもらうとか。そして、もしもそういった条件で人を雇った場合には、きちんと企業の方でその人の事情を理解して、さらに従業員にもそれを周知するという約束も交わします。
※1 「富士市ユニバーサル就労の推進に関する条例 」
ユニバーサル就労は、平成26年11月、ユニバーサル就労を拡げる親の会から「親も子も安心して暮らせる環境整備」について、市民1万9千人の署名を添えて市に要望されたことが契機となり、その推進に向けて動き出すことになりました。
その後、富士市議会ユニバーサル就労推進議員連盟と行政が検討を重ねた結果、平成29年4月、市議会議員発議による全国で初めての「富士市ユニバーサル就労の推進に関する条例」が施行され、市民の誰もが生きがいを持ち、働くことができる仕組みづくりとしてスタートしました。
条例では、ユニバーサル就労の基本理念や市民、事業者および事業者団体の責務など、この事業の推進に関することが定められています。
――手厚いですね。
はい。これも労働力不足の対策の一つでもあります。そこまでしないと人材を確保できない。
ユニバーサル就労支援センターに相談に来てくれる方は、心の中で本当に働きたいと思っている方が多いんですよね。だけど、いい機会がなかったり、機会はあったけれどチャンスを掴めなかったり。いろんな方がいるんですが、市の方で後押ししていざ就職できると、すごく頑張って働いてくれるんですよ。
だから、企業も戦力として見てくれます。最初は企業も大変だと思いますよ。会社の仕組みを整えたり、従業員に説明したり。でも、戦力が増えることをわかってくれた企業は、どんどんユニバーサル就労の求人を出してくれますね。もちろん富士市役所でもユニバーサル就労で人を雇っています。入ってくれた人たちは、本当に一生懸命働いてくれますよ。
ユニバーサル就労支援センター経由で、1年間に100人以上の就職に繋がっています。センターでは、就職だけでなくて、生活の相談にも乗っています。例えば、「生活費がなくてすぐに就職するのも難しい」という方には「生活保護を受けた方がいいですよ」と助言するとか、そういった相談も受けつつ、就労の支援もセットでやっていくと。支援員にしたらとてもハードだと思いますが、僕は今の世の中に必要な仕事だと思っています。
テレワークもユニバーサル就労も含めて色々な働き方の選択肢が増えて、働きたい人が働ける富士市にしていきたいですね。そして働くということがお金のためだけではなくて、生き甲斐になるような、働くことが楽しくて笑顔になれるようなまちになるといいなと思っています。