早稲田大学のグローバルエデュケーションセンターでは、地域連携について体系的に学び、実際に現地で活動を行う教育プログラム「地域連携実践コース」を開講しています。
今回お話を伺ったのは、実習科目「狩猟と地域おこしボランティア」を担当し、学内では獣害ボランティアサークル「狩り部」を作った、早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンターの岩井雪乃准教授。アフリカ研究からスタートした先生のキャリア、そして現在取り組まれている日本の獣害問題・地域ボランティアについて詳しく伺いました。
岩井 雪乃 先生
早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター 准教授
特定非営利活動法人アフリック・アフリカ理事、「アフリカゾウと生きるプロジェクト」主催。京都大学博士(人間・環境学)。タンザニアのセレンゲティ国立公園で、「アフリカゾウと住民の共存」をテーマに研究・ボランティア活動を展開中。自然保護政策に翻弄されながらも、たくましく柔軟に生きる人びとに魅了されている。2017年から早稲田大学狩り部を立ち上げ、日本の農山村の獣害問題に対しても活動している。わな猟師。著書『ぼくの村がゾウに襲われるわけ。−野生動物と共存するってどんなこと?』(合同出版)
アフリカの獣害問題から日本の獣害問題へ
◆岩井先生のキャリア
専門は「環境社会学」あるいは「アフリカ地域研究」と名乗っています。元々アフリカのタンザニアで20年以上、象が引き起こす獣害問題の調査研究をしていました。
タンザニアでは国立公園で増えた象が、隣村に出てきて害獣になるという「象の獣害」が起こっています。被害に遭っている村人と協力して、象を払うプロジェクトを運営しています。
一方、象の獣害に取り組んでいたら、日本でもだんだんと獣害問題がひどくなっていって、「自分の足元である日本でも何かしないといけない」と思うようになりました。
そんなタイミングに、夫が「農業をやる」と脱サラして、千葉県鴨川市に移住しました。そこで田んぼを始めたら、さっそくイノシシに食い荒らされてしまう獣害にあって、自分も獣害の半当事者になったのです。これは、やはり日本の獣害問題にも取り組まなければいけない。そう思って猟師になろうと決意しました。
◆狩猟免許を取得して、猟師修行へ
2015年に狩猟免許の罠免許を取りました。獲物が獲れる一人前の猟師になるには、覚えなければいけないことがたくさんあります。免許を取って、そこからが修行のスタートになります。
罠猟は獣との知恵比べだと言われています。獣道を読んで、獣に分からないように罠を設置します。いざ罠にかかったら、今度はとどめを刺す「止め刺し」をします。これが簡単ではありません。獣の方も「殺されてたまるか!」と猛烈に大暴れして抵抗するので、こちらも命がけです。そのあとにも、皮を剥いで、内臓をとって、肉にしてという解体作業があります。
◆自分の経験を若者へとつないでいく
猟師修行をやっていくうちに、「これを1人で学ぶのはもったいない」と思いました。自分一人だけ猟師が増えても、日本の獣害問題にはほとんど影響はありません。せっかく大学にいるのだから、大学生たちを巻き込んで猟師を増やす活動をしよう、そう思って、「狩り部」という、狩猟を学びながら獣害対策ボランティアをするサークルを立ち上げました。
そして、単位になる授業としても、現場で狩猟を学ぶ機会を設けようと、実習科目「狩猟と地域おこしボランティア」を開始しました。
狩り部の大学生たちは、千葉県鴨川市を活動場所にして狩猟を学び、科目「狩猟と地域おこしボランティア」は、山梨県丹波山村を実習の拠点とさせてもらっています。
体験学習科目「狩猟と地域おこしボランティア」
◆コロナ禍を機に注目が集まり始めた狩猟
「狩猟と地域おこしボランティア」は、大学内にあるグローバルエデュケーションセンターの科目として開講しています。早稲田大学には10を超える学部がありますが、この授業は誰でも希望した人が受けられるので、学部問わず1年から4年まで混ざって履修しています。
コロナ明けから、この実習科目は人気授業になりました。毎年春学期のクラスと秋学期のクラスがありますが、受け入れてくれる村のキャパシティの問題で、それぞれ15人に人数を制限しています。今、倍率がどんどん高くなっていて、希望があっても抽選に落ちる人が出てしまっている状況です。
人気が出てきた理由としては、まず、コロナ禍でキャンプがすごく流行ったことがあります。みんなで集まれないし、飲み屋にも行けないから、じゃあ山に行こう、となりました。若い人の間にアウトドアブームがおこって、キャンプに行く流れから、「狩猟もおもしろそう」という風潮ができています。
あとは、野生鳥獣が食材として美味しいと、注目を集めたジビエブームもあります。ジビエを食べたいと、狩猟の道へ来る人もいます。
また、「イノシシに畑が荒らされた」といった獣害の話題もよく耳にするようになったので、純粋に獣害をなんとかしたいと狩猟に関心をもった人もいます。おじいちゃんおばあちゃんが田畑をやっていたりして、私と同じように実際に身近で被害に遭った人がいる学生もいます。
概ねその3つのパターンですね。
◆丹波山村での体験活動
午前中は狩猟について学び、午後は地域おこしのボランティア活動をするプログラムにしています。
午前中の狩猟講座では、モデルガンを使って山の中で射撃体験をさせてもらったり、罠を設置するところを見学させてもらったりして、銃や罠の使い方を学びます。
活動拠点である丹波山村は、鹿がとにかく増えてしまっています。農業者は多くない地域なので、作物の被害はあまりないのですが、鹿が増えると山の下草を食べてしまいます。すると、土砂崩れや自然災害のリスクが高くなります。このような生態系全体への被害は、鹿がたくさんいる他の地域でも問題になっています。あと、熊の出没も最近増えていて、5月に行った時にも、「この地区で熊が出たので気をつけてください」という村内放送がかかっていました。
丹波山村には鹿を解体する施設があって、そこでジビエ肉を作って売っています。運よく獲物があると、鹿の死体から皮を剥いでさばく解体の様子も見学させてもらっています。
それが午前中のアクティビティです。お昼ごはんは、シカやイノシシを使ったジビエを実際に食べてもらいます。
午後は地域おこしボランティアとして、農作業または空き家の整備をやっています。
丹波山村にはジャガイモ・大豆・きゅうりなど、7種ほど地野菜の品種があります。実習を受け入れてくださっている方が、それらを栽培しているので、伝統野菜をつないでいく農作業のお手伝いをさせていただいています。
あとは、空き家の整理ボランティアですね。今、どこの地方に行っても空き家が問題になっています。丹波山村も例外ではなく、人口が減って空き家が増えてきています。
丹波山村は、山の斜面に立地している村です。そのため、平地が元々すごく少ないです。そこに、「移住したい人がいるから住宅を建設したい」「イベントをやるから駐車場を増やしたい」といった、地域活性化のための土地のニーズは増えています。しかし、空き家はいっぱいあるけれど、新しい土地がないのが現状です。そこで、とにかく空き家をもっと使えるようにして、移住したい人を受け入れられるように、片付けのお手伝いをしています。
空き家の何が問題かというと、すごい量の荷物が家の中に残っているのです。何十年、下手したら百年以上にわたって、大家族が住んできた荷物が、溜まりに溜まっている状態です。それを全部出して、分別して捨てる。この片付け作業を業者に頼んだら、ものすごい金額がかかってしまう→だから放置される→住めない空き家ばかりで移住者が入ってこられない、という悪循環が続いています。そこで、ボランティアとして、空き家の片付けを手伝っています。
◆猟師を目指す若者たち
丹波山村での活動については、体験レポートという形で、学生がウェブ記事を書いています。今年の春学期クラスの学生たちは、村の人へのインタビュー企画を始めました。
インタビュー記事に出てくる保坂さんは、学生の受け入れでお世話になっている方です。狩猟文化とジビエを活用して、丹波山村の地域おこし事業をされています。村で不動産屋を起業した梅原さんは、中央大学の出身で、今、卒業して3年目です。中央大学にも丹波山村と連携して授業をしている先生がいて、彼はそこの学生でした。早稲田からは、梅原さんのように移住に至っている学生はまだいませんが、半年間休学して地域おこし協力隊インターン制度を使って移住体験をした学生がいます。
インタビューを企画してくれたのは、4年生の学生です。彼から、「卒業して社会人になっても、鉄砲の狩猟を続けるにはどうしたらいいでしょう?」と相談されました。そこで、サラリーマン猟師をやっている別の卒業生・森くんを紹介しました。
森くんは、狩り部の卒業生で、伊藤忠の商社マンとしてバリバリ働きながら、週末は鴨川に行って鉄砲で狩猟をするスタイルでがんばっていますね。
この間、学生を森くんに引き合わせたら、すごく色々と質問していて、ますます彼は狩猟をやる気になっていました。
狩猟免許を取った人数としては、狩り部には、もう20〜30人はいます。実際に鉄砲を持つまで進んだのは、まだ森くんだけですが、後に続いて猟師になりそうな人材を輩出しつつあります。
◆女性猟師の活躍フィールドも
実習科目は男子の方がやはり多いですが、女子も3分の1ぐらいいます。
狩り部が活動する千葉県鴨川市は、獲物が獲れる山の中のポイントから、車が置いてある道路までの距離がそこまで遠くないので、女性猟師の方もいます。実際に、私や女子学生でも難なく狩猟ポイントまで行けます。
千葉県自体、そんなに山が高くないので、猟がしやすいのでしょう。それは即ち、動物が人里に近づきやすいということで、人間社会も被害を受けやすいといえます。鹿・猪・キョンがたくさんいます。私も夫が移住するまでは、千葉県がこんなに「野生の王国」だとは知りませんでした。同じ千葉県民でも、北側の東京に近い方に住んでいる人だと、「房総半島が、こんなに自然がいっぱいなんて知らなかった」と言いますからね。
山梨の方は山が大きいので、丹波山村の狩猟グループは、女性が入るのは難しそうです。狩り部(千葉県鴨川市)と授業(山梨県丹波山村)では、また違うタイプの狩猟を学ぶことができます。
日本とタンザニア・獣害問題における構造の違い
◆世界各地で起こっている獣害問題
私は京都大学大学院で修士と博士を取って早稲田大学へ就職し、今年で20年目になりました。
大学院でのアフリカ研究から始まり、今は日本の獣害問題にも関わっていますが、世界で同じことが起こっているのだとつくづく感じます。
1992年にリオデジャネイロで開かれた「地球サミット」があって、その時に、「世界的に自然保護をしていかなければならない」という機運が高まりました。今で言う地球環境保全の意識が始まった時期です。
そこで、動物も保護しなければならないという意識が世界中で高まり、アフリカ象もその頃から保護されはじめて、狩猟が禁止になりました。日本でも、オスは狩猟可能だがメスは繁殖のために狩猟禁止だったり、1日1頭までの頭数制限など、狩猟ルールが厳しくなりました。
そうやって保護してたことで、順調に野生動物が増えていきました。そして今度は、増えすぎた状態になり、人間社会に被害が出るようになったのです。アフリカ象の被害は、2000年頃から出始めました。日本の獣害被害も、同じぐらいの2000年頃からどんどん顕著になっていきました。
日本は、2013年に政策を転換して、もっと動物を獲って減らしていきましょうと、鹿と猪の個体数を15年前と比べて半数にする「半減目標」を出したのです。多大な税金を投入して、一所懸命に獲っていますが、それでもまだ半減まで至っていません。この結果をみると、動物の生命力の強さを感じますね。
日本は人口減少時代で、どんどん農村から人が減っているし、高齢化が進んで、猟師もどんどん減っていっています。人間の勢力が弱まっているから、ますます自然の勢力が強くなって、人間が追いやられている。それが日本の農村です。
ただ、アフリカのタンザニアの方は、日本と状況がまるで違っていて、人口がものすごく増えています。けれど、象を保護する法律が厳しくて、密猟パトロールが徹底されています。密猟すると逮捕されたり、あるいは最悪の場合は殺されてしまいます。村の人も動物に手出しができなくなっていて、それでどんどん象が増えています。日本とタンザニアでは、そういった違いがあります。
◆人間社会の不平等が生むもの
日本は人権が守られているので、農村にいる人の生活に被害がおよばないよう、ちゃんと税金を投入して害獣を減らしていく政策で努力をしています。それでも人口がどんどん減っているために、結果が追いついておらず、自然(動物)の勢いの方が強い状態です。
タンザニアの場合は、農村の人々の人権が無視されいてる状態なのです。都会にいる政治家や役人は、観光業で収入が入ってくる方が得をするので、農村住民が被害を受けていても「国全体のためには仕方がない」と考えています。ここからは、獣害問題は人間社会の不平等から生まれていると言えます。
タンザニア国内の「都市と地方の格差」や「エリートと農民の格差」に加え、さらには、欧米の自然保護団体が「象の保護のため」という名目で援助資金をもってくることも問題です。象の保護にはお金がどんどん入ってくる一方、被害に遭っている農民の対策にはお金がほとんどつきません。エリートや役人は、「欧米団体がお金をくれるから象を保護しましょう」となっています。欧米の援助団体が住民よりも象を保護している様子をみると、「いまだに植民地支配が続いている」と思います。
その点、日本は、農村の被害に遭っている人たちのことを考えた政策を取っているので、人権が守られていてよかった思います。とはいえ、その政策でも獣の勢いは止まりませんが。
◆都会の若者を狩猟の世界へ
鴨川の猟友会は、70代、80代のおじいちゃんメンバーが多いです。若い人も少し入ってはいますが、徐々に全体数は減っています。政府や役所は、「報奨金を出すので、どんどん獲ってください」と言いますが、猟師はすぐには増えません。都会の若者たちの間で、狩猟やジビエへの関心が高まっているこの状況をなんとか活用して、今、私がいる早稲田という場所から、できることをやろうとしているのが私の活動の根源です。
コロナ前はそんなに人気がなかった狩り部は、コロナ禍で風向きが変わって、今は順調に人数が増えています。やはり母数が増えた方が、「実際に猟師をやろう」という人も増える可能性がありますから、この勢いは続いてほしいです。