広島大学_清水則雄准教授に訊く:貴重な資料を保全し、後世につないでいく。学芸員と博物館が担う役割

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広島大学では幅広い素養を持った実践力の高い学芸員の養成を目指し、これまで各学部で実施していたプログラムを統合する形で、2012年より「学芸員資格取得特定プログラム」の実施を開講しました。5日間以上の現場実習(館園実習)など実践的な学びの場も提供し、狭き門といわれる学芸員を高い割合で輩出しています。そんな同大では未来の学芸員の養成とともに、学内の貴重な資料を収集・保存し、後世につないでいくために、さまざまな取り組みを進めています。今回は広島大学総合博物館准教授清水則雄先生に、学芸員資格取得特定プログラムの概要や学芸員が担う役割などについてお話を伺いました。

清水則雄 先生
広島大学総合博物館 准教授

展示情報・研究企画部門長

オオサンショウウオ保全対策プロジェクト研究センター長

研究分野は文化財科学・博物館学。動物生態学。2006年の広島大学総合博物館立ち上げ時より運営に携わっている。

幅広い素養を持った、実践力の高い学芸員の養成を目指して

学芸員資格取得特定プログラムのお話の前に、そもそも学芸員とはどのような職業なのかご説明します。学芸員とは、博物館の資料収集や保管、展示、展示解説等を行う専門職員です。文部科学省が所管する国家資格でもあります。ご存じない方も多いのですが、 総合館や歴史館、美術館、科学館、水族館、動物園など、これらすべてが博物館施設に該当します。

学芸員になるには幅広い素養を身につけることを求められますが、これまでの学芸員養成プログラムは分野に偏りがありました。そこで、文化庁が旗振り役となり、総合的に幅広い素養を持った実践力の高い学芸員を養成するために、総合的なプログラムを作ることになりました。

これに広島大学も応じる形で、これまで文学部や教育学部、生物生産学部、理学部、総合科学部と各学部で実施していた学芸員資格取得特定プログラムを統合し、2012年より博物館が開設部局となって全学の学生を対象とした学芸員資格取得特定プログラムを実施しています。

学芸員資格取得特定プログラムでは、学年進行で博物館の概論や経営論、 教育論、情報メディア論、生涯学習概論、展示論、資料論、資料保存論を学び、最終的に博物館実習1、2といった実践的な学習を行います。実習1では企画展の立案や展示解説、美術・歴史・自然史資料の取り扱い、大型館の視察など、60時間を超える実践的な授業を行っています。実習2では水族館などの実際の館園に赴き、5日間以上の実習を行います。

さまざまな学部の学生がいるため、学生同士のディスカッションを行うと意見が一致しないこともあるのですが、これは答えのないもので見ていて面白いんです。例えば、博物館実習1では、企画展の作り方や展示解説を実際に半日〜1日かけて行うのですが、企画展を作っていく中で意見が合わないこともあります。

多様な意見を認めながら、どのように合意形成を図り、自分の意見を通していくかといったことも実践的な授業の中で学べるようにしています。

美術系の学生はセンスが優れており、見せ方や空間作りが非常に上手です。一方で、理系の学生はパネルを使ってデータを視覚的に示すなど、情報を分かりやすく伝えるのが得意です。それぞれが自分たちの強みを活かして、工夫して展示を行っています。とはいえ、展示の中で全てを見せるのは不可能です。その中で、来館された方に新たな学びのきっかけを作れるように努めています。

実習期間は概ね5日間なのですが、自ら交渉することも勉強ということで、学生自身で実習先を探してもらっています。実習先として、実家から通える距離にある小さい頃から通っていた水族館や博物館、美術館などを選ぶ学生が多くいますが、中には平和学習をしたいとひめゆりの塔を選んだ学生や、北海道の開拓記念館を選んだ学生もいました。

こうした経験は、学芸員の方々とのネットワーク構築や就職後のコミュニケーションに役立ちますし、アポイントメント取りも含めてすべてが学びにつながっています。

狭き門の学芸員を高確率で輩出

学生がプログラムへ参加するに当たって志望理由書の提出は必要なのですが、基本的には希望者全員が参加できます。ただし、実習や資料の取り扱いのキャパシティの関係で、場合によっては抽選や志望理由書による選考が行われることがあります。

また、教育学部の学生の場合は教育実習なども重なって両立が難しくなり、学年が進むにつれて受講者数が減っているのが現状です。2年次には約60名の登録者がいますが、最終的には30〜40名程度に落ち着きます。単位取得率は非常に高く、毎年30〜40名が学芸員となる資格を取得している状況です。学芸員資格の面白いところは、博物館などの施設に就職して初めて「学芸員」と名乗ることができるため、「学芸員となる資格」(博物館法第5条)と呼ばれていることです。

全国的に見ると学芸員になれる割合は非常に低く、1%以下の狭き門とされています。しかし本学の学生は非常に優秀で、毎年3〜4名が学芸員としての道を歩んでいます。

高い割合で学芸員を輩出できるのは、本学が教育学部に強みのある高等師範学校の流れを組んでいることにあるのではないかと言われています。いわゆる旧帝国大学という7帝大はかつては研究者志向が強く、学芸員になる学生は多くはいませんでした。それに対して、高等師範学校から先生になる人の多くが、副業的な形で学芸員になっていたそうです。このような伝統が本学にも引き継がれているのではないかと考えられています。

広島大学出身の学芸員に出会うことが驚くほど多いんです。博物館実習1では他館の見学にも行くのですが、広島県内に多いのはもちろん、一昨年から訪れている北九州市科学館やいのちの旅博物館の担当者も広島大学のOBでした。今後は、OBとの連携やネットワークの構築も進めていきたいと考えています。

また、広島大学はターム制を導入しており、前期に授業が集中しているため、専門との重複が増えるという課題もあります。一方で、秋以降は外に出る時間が増えるため、その点を活かしながら、より良い方法を模索していきたいと考えています。また、理系と文系との融合も上手く図っていきたいです。

学芸員は物言わぬ標本の代弁者

少し前に、某大臣が「排除すべきは学芸員だ」というような発言をしたことがありました。当時は、安倍政権が観光立国を謳い、国宝などをもっと公開してインバウンド観光に活用しようと、国が方針を変えた時期でした。これに対し、学術資料を守るという重要な仕事を担う学芸員からは、「適切なルール作りや一定の歯止めが必要」という意見が出ました。この意見に怒った大臣が、あのような発言をしてしまったんです。この騒動は、学芸員が世間から注目されるきっかけにもなりました。ディスカッションのテーマとして、授業でもこの話題を取り上げています。

学芸員資格取得特定プログラムでは、「博物館資料保存論」という授業も行っています。博物館は学術標本や資料を収集・保存する場所です。そして、それらを適切に管理し、活用するのが学芸員の仕事です。学芸員は物言わぬ標本の代弁者として、その価値や活用方法、ルール作りを管理者にしっかりと示す役割を担っています。学術標本の多くは、研究者や収集家が税金を使って収集したもので、研究の証拠や裏付けとなる重要な資料であり、後世に引き継ぐべき「知の財産」です。

私たち学芸員は、それらを後世に引き継ぐため、一時的にお預かりしているにすぎません。 標本のコンディションをしっかりと維持し、次の世代へと引き継ぐ責任があります。そのために学芸員は何をすべきか、 学芸員資格取得特定プログラムを通じて学んでいくわけです。

当然、保存にはお金がかかり、活用があってこそ保存が可能になります。では、研究利用するのか?展示をするのか?写真集を出版するのか?子供たちに触れる機会を提供するのか?今後の活用方法等も含めて授業の中では考えていきます。

博物館・学芸員に課せられたミッション

私は2006年まで、長年にわたり魚の研究をしていました。博士号を取得して就職活動を進めている中で、もともと海洋環境の保全に携わりたいと考えており、そのためには教育普及が不可欠だと感じていました。そこで、社会教育施設への就職を目指すことにしたのですが、この博物館が設立されると知り、公募に応募しました。幸運にも高倍率の競争を勝ち抜くことができ、2006年11月の立ち上げから運営に携わっています。

小さな博物館だったため、学生やスタッフにも助けてもらい、紆余曲折を経ながら運営を続けてきました。その間、広島大学に何点の標本があるのか10年かけて数えたところ、125万点以上あることがわかりました。広島大学にある125万点の標本のうち、約70万点はコケの標本(蘚苔類)です。 広島大学は日本の国立大学の中で最も多くのコケ標本を所蔵しており、世界的に知られるコケ標本庫「HIRO」も保有しています。コケに特化することで、東京大学や京都大学との住み分けを行っていたそうです。

ご存知の通り、広島は原爆で多くを失っており、125万点という数は決して多くはありません。東京大学や京都大学には、500万点を超える標本があり、それらは一級品の資料でもあります。

広島でいうと、原爆資料館には約1万点の被爆資料がありますが、研究者が研究して資料を作り続けているため、大学にはさらに膨大な資料が眠っています。平和記念資料館にある資料の多くは正確な位置情報が残っていないものが多いのですが、本学にある資料は被爆直後に爆心地調査を研究者が行って作成したもので、履歴がすべてきちんと残っています。例えば、温度計算や燃料計算などにより原爆が爆発した場所や放射線量を明らかにできるなど、他にはない貴重な資料が広島大学には眠っているんです。

こういった貴重な資料を収集・保存し、後世に引き継いでいくのが、博物館や学芸員に課せられたミッションです。一応目録を作成して公開はしているのですが、まだまだ多くの方には知られていません。そこで、展覧会での公開や目録の存在を広く周知する活動、講演会、キャンパスの絶滅危惧種を用いた自然観察会など、さまざまな取り組みを進めています。広島大学総合博物館は、地域に開かれた大学の架け橋として本当に貴重な存在だと思います。

直面する課題

標本が捨てられそうになったり、収蔵庫にスペースチャージがかかっていたりと、ピンチにも直面しています。スペースチャージ料は年間で約60万円必要で、これまでは先生の研究費から捻出していたのですが、国からの交付金の減少や学生数の減少に伴い分野の縮小を余儀なくされ、研究費の確保も難しくなっているという厳しい状況にあります。

では、その標本を捨てるのかというと、それは違うよねということで、本部と一生懸命交渉しているところです。広島大学は世界のトップ100に残ると言っていますが、標本を捨てているようでは一生トップ100には入れません。大学の特徴・武器を捨ててはいけないと思うんです。

絶滅している種類などを新種に登録する際に、タイプ標本というものを登録するのですが、これは世界に一つしかない標本です。この貴重な標本が、本学には1200点以上あります。家賃を払って、国立大学として標本を保存しなければいけない現状に対して、文化庁の担当官も「国が間違っている」「私が上層部と交渉しますので、皆さんも連携して声を上げてください」とおっしゃってくれています。

そのためにも、各大学にどのような資料がどのレベルで眠っていて、今後どのような活用方法が考えられるのかといった「活用の方策」を、きちんと表現していかなければいけないと考えています。

標本とともに自然を守る

広島大学のキャンパスは、マツダスタジアムが53個入る広さを誇り、国立大学のキャンパスとしては日本で3番目の広さとなっています。この広大なキャンパスを屋根のない博物館とみなし、自然は展示物とみなしていこうということで、動植物がどれくらい生息しているのか学生と調査を始めました。ある年はカエル、翌年は蝶、さらにその次はトンボといった具合に調査を続けた結果、100種類を超える絶滅危惧動植物がいることがわかりました。これは日本の国立大学の中で最多の数です。また、先史時代から鎌倉時代に至るまでの遺跡も32個発見されています。

これらの動植物や遺跡を展示物と見なし、各学部に簡易的なサテライト展示を設置して、それらを結ぶ「発見の小径」という自然散策道を作りました。「屋根のない日本一大きな大学博物館」として発信していこうと、学生たちが案内役を務めるフィールドナビ等の観察会も数多く実施しています。

9月に環境省が、2024年前期の自然共生サイトを発表します。これは何かというと、2030年までに世界の国土の30%を地球環境を守るための保護区にしようとモントリオール議定書で決められたことを受け、日本の環境省も2030年までに国土の30%を自然共生サイトにしようと募集をかけていました。そして、昨年我々も申請を行い、キャンパスの中心部分の約8.4haの認定をいただくことができました。広島県では初めての自然共生サイトとなり、国立大学では北海道大学、東京学芸大学に次いで3例目となります。

標本だけでなく、地域の自然環境を教育の場として絶滅危惧種・動植物の保全の場として後世につないでいくための実践の場を、なんとか担保することができました。これからも自然の資料も室内にある学術標本も、双方をきちんと守っていければと思います。