北海道のほぼ中央に位置する上川郡美瑛町。農業の営みによって形成されたなだらかな丘陵風景と、十勝岳連山を背景にした豊かな自然で知られるこの町には、美しい景観を求めて観光に訪れる人だけでなく、移住や2拠点生活を希望する人が増えています。そんな農業と観光のまち・美瑛町の魅力を、美瑛町住民生活課移住定住推進室の佐藤誉修(たかのぶ)さんに詳しく伺いました。
美瑛町の概要

なかなか一口で美瑛町の特徴を申し上げるのは難しいんですが、移住相談会などでお伝えしているのは、”ほどよい田舎”だというところになります。
日々の暮らしに必要な食料品だとか生活雑貨というのは、ある程度美瑛町の中で完結することができまして、家具・家電やちょっと大きな買い物が必要な場合は、隣の旭川市や富良野市に車で30〜40分ほどで行くことができます。
実は、旭川空港が車で15分ほどと、とにかく近いんです。基本的には羽田との往復で、成田便のジェットスターも便数は少ないですけども飛んでいます。朝に美瑛町を出て、お昼には東京都内にいることができるんです。北海道の空港と言えば新千歳空港というイメージがあるようで、案外関東の方々も「知らなかった」とおっしゃいますね。実際、旭川空港を利用して美瑛町を訪れた方々にお聞きすると、非常にアクセスが良くて便利だとおわかりになっていただけるようです。
北海道ですし、美瑛町は農業が基幹産業の町なので、もちろん食べ物は抜群に美味しいです。海はないので、海産物はスーパーや市場まで買いに行く必要はありますが、農産物はとても豊富ですし、味も良いですよ。
不便さから生まれるゆとりある生活
私は生まれも育ちも美瑛町なんですけれど、落ち着いているというか、時間がゆったり流れているんじゃないかなと思っています。
当然、不便は不便です。公共交通機関は一応JRと路線バスが運行していますけど、1時間に1本ほどですし、病院も小児科が無いだとか、産婦人科が無いだとか、無いものを数えればきりがないぐらい、いろんなものが無いんです。けれど、そういうものだと思って生活しているところもありますし、不便さと共存しているからこそ、本当にゆったりと生活ができるのではないかなと思いますね。
美瑛町にはテレワーク施設もございますが、先日、「東京だと、何時になってもお店が開いているから、自分もずっと仕事を続けられてしまう」とおっしゃった方がいたんです。美瑛町へ来ると、大体20時にはお店が閉まってしまうので、19時くらいまでにはお仕事を切り上げて、買い物や食事を済ませるようになるんです。特に冬の時期だと日没が早くて、もう16時には真っ暗です。普段は東京都内でお仕事をされていて、こちらで1~2か月ご利用いただいた方なんですが、本当に規則正しい生活ができたそうで、そういう”不便であるが故に、人間らしい暮らしができている”と言われる方もいらっしゃいます。

テレワークや移住体験住宅
テレワークの体験をきっかけに美瑛町に移住をされて、引き続き都内でされていたようなお仕事をそのままこちらで継続されている方もいらっしゃいます。生活の拠点は美瑛町に置き、お仕事の都合で関東や関西へも行ったり来たりして暮らす、いわゆる2拠点生活をされている方もいらっしゃいますね。
住まいを借りるなりして住民票を美瑛町の方に移されると、金銭的・経済的にも色々な支援策があります。本州の方に住民票は置いたままであると、なかなかそういった支援はないというのが現状ですが、完全に移り住むかどうかは別に、側面的な支援としてご相談対応をしておりますし、2拠点生活を体験していただく体験住宅というものをご用意しております。そこは月単位のご利用で、実際に美瑛町での生活を最大1年間体験していただけるようになっていて、長い方ですと半年とか10か月以上滞在されています。
美瑛町への移住をご検討なさっている方でも、特に、冬の生活が想像つかないとおっしゃる方がたくさんいらっしゃるんですよ。極端な話で言うと、「冬は全く家から出られないんですか」なんて聞かれることもあるぐらいです。なかなか体験してみないと分からないところなので、冬のご利用はぜひおすすめしています。セカンドホームでの体験を経て、実際に美瑛町に完全に移り住んだ方や、もしくは2拠点生活をしている方が多くいらっしゃいますね。


地域と移住者のつながりを作る施策
令和3年4月に発足した「丘のまち美瑛移住定住促進協議会」は、いわゆる先輩移住者の方々が中心となって、移住希望者や移住したばかりの方をサポートする組織です。もちろん移住者だけじゃなく、美瑛生まれ美瑛育ちの会員さんも少ないながらいまして、今活動をしていらっしゃる個人会員の方が100人を超えました。
毎月、お昼と夕方とそれぞれ1回ずつサロンを開いているんです。そこは出入り自由で、 特に何かテーマを決めるでもなく自由にお話をしていただいたりしながら、コミュニティを広げていただく場としています。
美瑛町へ移り住んで日の浅い方は、こちらにあまり知り合いがいらっしゃらなかったりするので、そういった不安感をできるだけ減らしたい。そのために、協議会のサロンに顔を出していただくとか、夏と冬に行っている会員を対象とした交流プログラムに参加していただいて、先輩移住者の方と繋がり、地域に溶け込んでいってもらうことも目的として活動しています。
この協議会の存在が移住の後押しになったとおっしゃる方が、結構いらっしゃいますね。先ほどお話しした体験住宅やテレワーク施設をご利用中の方にももちろん「サロンにどうぞ来てください」とご案内しています。移住する前からサロンに顔を出してもらうことで、協議会会員の方々とお知り合いになってもらうことができますし、そこで直接お互いの連絡先を交換して、そこから個人的に相談するということもあり得ます。
住まいのサポート
移住を考える皆さんが抱える不安は、「医・職・住」だと思っているんです。
先ほどお話した通り、美瑛町の医療は、我々が幼い頃から旭川市に依存しています。旭川市への病院に通院するというのが日常ですので、それはやむを得ないものと思って受け入れています。あとは、お仕事。そして、お住まいですね。やっぱりこの3つが今移住を考える方々の最大の検討材料であって、ご心配される点かと思います。
先程の協議会が行っているお昼のサロンですが、会場を提供してくださっているのが、美瑛町に唯一ある不動産の仲介業者さんなんです。その会社も協議会の法人会員ではあるんですけれども、路面店のオフィスを定休日に提供してくださっているので、そこで不動産物件探しの相談になったりするケースもあると聞いています。
また、美瑛町に転入した方を対象に、転入から3年間という期限付きながら、家賃の一部を美瑛町の電子地域通貨でご支援する仕組みがあります。お勤め先などから家賃補助が出ていない方向けではありますが、最大月額1万ポイントを、美瑛町内での買い物や食事に使えるようになっています。
今、美瑛町は大体9300人ぐらいの人口なんですけれども、この制度に登録されている物件はもう400室を超えています。この人口規模の町にしては、物件の数が多いのではないかなと捉えています。基本的にはアパートでも良いという方であれば、木造2階建てアパートが非常に多いですし、今年も新築の物件が着工していたりしてまだ増える余地がありそうですから、比較的探しやすいです。なので、多少の家賃のご負担はあるかもしれませんが、アパートを探すことに関してはそれほど苦労はしないですね。
逆に、美瑛町は3階建て以上の建物は役場と公民館くらいと本当に数えるほどしかなく、いわゆるマンションみたいなものはないんです。
また、どうしても一軒家に住みたいですとか、いわゆるポスターとか写真で見るような景色のところに住みたいとなると、なかなか見つかりません。なぜなら、そういう景色が見えるところは農地だからです。そういったところに強い憧れとかこだわりがあると、住まい探しは難航しますね。例えば、最初はアパートからでいいとか、もしくは駅周辺の物件でいいということであれば、比較的時間をかけずに住まいは探せるかと思います。
ワンストップの子育て支援
子育て支援については、生まれる前から高校生まで、その年齢に応じた支援を用意して、取り組んでいるところです。
美瑛町は18歳までの医療費の無償化ですとか、学校給食費の無償化ということにも、比較的取り組んだのが早い方ではあるんですけれども、他の自治体も取り組みが進んでいるので、その辺は横並びになっているかと思います。
他には、中学校に入学する時のお祝い品として、制服や学校指定ジャージを贈呈するといった、あまり他の自治体ではちょっと聞いたことのない支援にも取り組んでいます。
金銭的・経済的な支援に焦点が当たりがちなんですけれども、美瑛町には「すとりーむ」と呼ばれる取り組みがありまして、実はこれが最も美瑛町の子育て支援で秀逸だなと思っている、支援の核だと考えているんです。
この「すとりーむ」ですが、保護者さんが、お子さんの成長にしたがって、どんどんページを継ぎ足していくようなファイルになっています。
そのファイルを基に、幼稚園・保育園から小学校、小学校から中学校、中学校から高校、大学と、成長に合わせて一気通貫でそれぞれ学校に引き継ぎ・申し送りができて、支援が途切れないようになっているんです。近年、発達に困り感を抱えてらっしゃる保護者さんも増えてきておりますので、そういった部分にも寄り添えるようなファイルになっています。お子さん1人1人の個人の記録として蓄積されていって、それぞれの学校ごとに切れ目のない支援ができるようになっているだけでなく、お子さんにとっても15歳とか18歳になった時の財産になるんですよね。
このファイルはかなり早い段階で美瑛町は取り入れていて、できてからもう20年ぐらい経ちますが、成長を追いかけていく、記録を積み重ねていくという方式は、今だんだんと他の自治体のモデルとして広がっていっていると聞いております。金銭的・経済的なご支援ももちろん大切なんですけれども、私はそれ以上に大切なことなのかなと思っています。

教育環境と進路
地方の学校は同じような状況かとは思いますけれども、子どもが少ないので、都市と比べれば遥かに1人1人のお子さんに先生たちの目が届きやすい状況にあるかと思います。本当に規模の小さい小学校ですと、6学年合わせても10人いるかいないかですし、町で1番大きな小学校でも、1学級 30人もいないような規模です。一方で、いい悪いではないのでなんとも言いがたいですけど、競争は少なくて、のんびりしていますね。
美瑛町には美瑛高校という高校が1校ありますけれども、中学校卒業後、多くの生徒さんたちは町外に進学します。大学はないですから、18歳のタイミングで美瑛町を出ていくことが多いというのは、これはもう否めないですね。
私は、高校は旭川市の学校に通い、卒業後そのまま役場に入ったのでずっと美瑛暮らしです。私の子どもは18歳で美瑛町を出ましたが、将来的に戻ってくる場合もあるでしょうし、何かしら美瑛町と関わりのあるお仕事をする場合もあるかもしれないですね。
美瑛町で暮らし続けることももちろんいいですが、経験できないことがたくさんありますから、一旦美瑛町を離れてみて、外から町を俯瞰で見てみていくといった成長の仕方も望ましいのかなと思ったりもしますね。
美瑛町ははじめに村として独立してから120〜130年ほどしか経っていないんです。私は今ちょうど50歳で、ずっと美瑛町で生まれ育ってきましたが、私も移住の3世なんですよ。祖父母の代で美瑛町に住むようになり、父と母がいて、私が移住の3世、私の子どもはもう美瑛町を離れましたけど移住の4世です。そういうところからも、どうやって次の世代にバトンを渡していけるのかということを最近考えることが多いですね。
移住支援における今後の展望
東京とか大阪とか、いろんな移住相談会に出向いていますが、美瑛町に移住したい、2拠点生活したいですという相談者さんが多いというのは、数字的にも肌感覚的にも感じています。私が移住定住の担当になったのはこの春からですけど、それ以前の記録を見ていても、コロナを経て「地方で生活をしたい、子育てをしたい、お仕事をしたい」という需要はやはり増えていますね。
実は、美瑛町の人口は、年間100人以上減っているんです。いわゆる自然減で、亡くなる方と生まれるお子さんの数の差し引きですと、大体1年で130人から150人ぐらいの方がお亡くなりになられる一方、生まれるお子さんの数はもう40人ほどです。今人口が9300人ですから、あり得ないでしょうけど単純計算では、100年後には美瑛町はない。美瑛町に転入・移住をしてきてくださる方々がいらっしゃるおかげで、ある程度踏みとどまれているなというところです。そういった現状があるので、引き続き移住の施策に力を入れていくべきだと思います。
”都市から地方”へという人の流れは、 国も推奨していますから、今後もまだしばらくは継続すると捉えています。ですが、やはり日本全体として人口が減っていっている中で、少ないパイの奪い合いの様相を呈していますから、そこのジレンマがありますね。一部議会で指摘もされていますけれど、補助金合戦のようになっています。比較的体力のあるところは続けられるけど、体力のない自治体はどんどん先細っていく。そういうところに巻き込まれるのはちょっと違うなと思っていますので、金銭的な支援一辺倒にはならないように気をつけながら、町の魅力をどうやって発信していけるのかというところを課題に取り組んでいます。
農業と観光を主軸に、町の魅力を発信

都市の皆さんにとって魅力に映っているこの美瑛町の景色は、日々の農業の営みで作られています。ですから、農業が立ち行かなくなると、この景色がなくなってしまいます。後継者不足というのはどこの町も抱えている問題なんですけれども、新たに美瑛町で農業にチャレンジしたいという方も増えていますので、農業の部署と我々移住の部署とで連携しながら、いまその後継者問題を解消するためのサイクルを生むために日々模索しているところです。
比較的雪もたくさん降りますが、雪景色を見たいということで、韓国や台湾のお客様も近年多くなっています。多くの方は観光でお越しになっていますが、外国から移住をされる方も徐々に増えつつあります。町内に比較的規模が大きい酪農の会社があるんですけれども、その代表がモンゴルの方なんです。その方を頼りにモンゴルから移住してきて、ファームでお仕事をされる方も増えています。
外国から来られたお子さんもかなりの数で、今の学校はだいぶ国際的になってきているようです。中国や韓国からはもちろん、アメリカ・イギリスといった欧米諸国、数は少ないですけれど、フランスの方とかもいらっしゃいます。かなり多国籍になっているようですが、言葉の壁みたいなものも、小さいうちから慣れ親しんでいる子どもたちの方が少ないんじゃないかと思います。
やはり農業と観光が主軸の町なので、風景や農産物といった部分に魅力をお感じになった都市部の方々には引き続き美瑛町に訪れていただきたいですし、願わくは住んでいただけると尚いいかなと思っています。