地方での安定した雇用、若者の定住を目指して、全国でいち早く移住者によるマルチワークを実践してきた山形県小国町。テレビや新聞でもたびたび取り上げられており、目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。
今回は、おぐにマルチワーク事業協同組合(おぐマル)の立ち上げから運営までを担ってこられた吉田悠斗さんにお話を伺いました。埼玉県ご出身の吉田さんがなぜ山形県に来て、地域に移住者を増やす取り組みをしておられるのか、また小国町でこの取り組みがうまくいっているのはどうしてなのか。地方移住に興味のある方、また同じ取り組みを全国で行っておられる方、ぜひご覧ください。
地域おこし協力隊からおぐマル事務局長に

――埼玉県のご出身とのことですが、どうして山形県の小国町に移住されたのですか。
元々農業に興味がありまして、早稲田大学を卒業後、海外で農業をやっている東京の企業に就職しました。ただせっかくなら20代の若いうちに日本の農業を知っておきたいと思い、地方移住をすることにしたんです。ちょうどその時、小国町が農業分野で地域おこし協力隊の募集をしていたので応募し、結局6年間住み続けていますね。
――なるほど、地域おこし協力隊として移住されたのですね。協力隊時代はどのような業務を行っておられたのですか。
主に米農家さんや、米沢牛を育てる畜産農家さんのお手伝いをしていました。山形というとさくらんぼなどの果樹のイメージがあるかもしれませんが、小国町は豪雪地帯なので果樹農家が1軒もないんですよ。
そのくらい雪深い地域なので、移住者にとっては住むのも一苦労です。でも町の職員さんや近所の方が地域おこし協力隊をとても優しく受け入れてくださっているので、除雪の仕方や冬の過ごし方などを丁寧に教えていただき、なじむことができました。都会からの移住でしたが、ありがたいことに溶け込みやすかったですね。
元々農業に従事するつもりで小国町に移住したのですが、協力隊になって2年目の年に「新しく始めるおぐにマルチワーク事業協同組合の事務局長にならないか」と声をかけられました。この制度は国の「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」に則って、正社員として人を雇い、地域のさまざまな事業者に派遣をすることで、持続的な雇用と事業の安定につなげようとする取り組みです。自分が一農家としてやっていくよりも、この制度を活用して若い世代の仲間を増やすことが町にとって貢献できるのではないかと考え、協力隊任期後は事務局長に就任することにしました。
おぐマルについて
――では、おぐにマルチワーク事業協同組合(おぐマル)についてもう少し詳しく教えてください。
先ほど国の「特定地域づくり事業協同組合」の制度を活用して、とお話しましたが、実は小国町では法律施行前の令和元年から同じような仕組みを作ろうという話がありました。島根県の海士町では平成の頃から観光協会で正社員として移住者を雇い、いろいろな事業者に派遣するということを実践していて、それをモデルに小国町でもやってみたいと話が出ていたそうです。そこでコンサルタント会社と協力しながら、ニーズ調査や移住者のモデルケースを作成していました。
そして令和2年に法律ができ、じゃあこの枠組みを使おうということで全国に先駆けておぐにマルチワーク事業協同組合の骨組みができたという流れです。私が事務局長に就任し、まずは何人かの知り合いを集めてマルチワークを実際にやってみるなど、組合設立に向けて動き出しました。
居住環境の整備もその一つです。移住者の中には、田舎暮らしを求めて古民家に住みたい人もいるし、雪かきなどの面倒も考えてアパートの方がいいという人もいて、ニーズがバラバラです。また、なかなかすぐに住める家やアパートがないのも課題でした。そこでまだ協力隊をやっている間に、空き家を活用してシェアハウスを2軒作りました。現在ではひとまずそこにマルチワーカーの方に住んでもらい、暮らしながら空き家や空き部屋を探す、という体制を取ることが多いです。
マルチワーカーとして移住してくる人たち

――マルチワーカーに応募される移住希望者の方は、何を通じておぐマルをご存知になるのですか。
去年(2024年)、一昨年は新聞やテレビなどのメディアにたくさん取り上げていただいたので、そこでおぐマルを知ったという方もいますし、SMOUTや日本仕事百貨などの求人サイトから知ったという方もいます。あとはマルチワーカーとして移住した人が友人を連れてくる、なんてパターンもありますね。
去年は40人から50人ほどの応募がありました。募集当初は20・30代が多かったのですが、始めてから3年がたった今では40・50代も増えてきましたね。ただ現在の派遣先は農業など体力勝負の仕事が多いので、シニアの方には厳しい状況です。今後、シニアや女性の方など比較的力がない人でも働ける派遣先を増やせたらなとは思っています。
――応募される方にはどういった方が多いですか。
やはり雪国暮らし、田舎暮らしを体験したいという方が多いですね。いきなり地方に来て仕事を探すとなるとハードルが高いので、マルチワーク組合を利用したいと考える方はたくさんいらっしゃいます。
あとは自分のやりたいこと、働く上で大事にしたいことを探したいという方。日本の学校教育では、なかなか自分に合ったキャリアを探すことが難しいように感じます。自分のやりたいことやできることがわからないまま社会に出て働いて、働きながら見つけていくしかない。そんな方にとっていろいろな仕事を体験できるマルチワークという仕組みは向いているんだと思います。
それから、高度経済成長期の後に生まれた考え方だと思いますが、物質的な豊かさよりも心の豊かさを大事にしたいという方もいます。金銭的な報酬だけでなく、経験的な報酬、感情的な報酬を求める人がやはり増えてきているように感じています。
事業を始めてから延べ10人のマルチワーカーが働いてくださいました。2024年度は7人の職員がいますが、もう3、4年続いている職員も多いですね。

――実際に働いている方からは、このマルチワークという仕組みについてどのような声がありますか。
やはりいろいろな仕事をしながらキャリア探求ができるのが良さだ、という意見がありますね。働きながら地元の人と良好な関係を築いていける、というメリットもあります。
一方で仕事先がどんどん変わることは、欠点とも言えます。人間関係も変わりますし、仕事を覚えだした頃に派遣先が変わることもあるので、ストレスを感じてしまう人もいるようです。また、派遣先が切り替わるタイミングで1週間ぽっかりスケジュールが空いてしまうこともあります。そういう場合、時給制だと収入が月によって変動してしまうことが今の課題ですね。
こういった点で制度としてはまだ完成形ではないと思っているので、仕事の合間を減らしたり、派遣料を上げたり、改善をどんどんしていきたいと考えています。調整できる派遣先を増やしたり、気軽に移住をしてもらったりするためにリモートワークを誘致することもいいのかもしれませんが、地域の地盤を固めないと地域の存続自体が危ういので、地元の事業者支援をまずはしっかりしていきたいですね。

移住者が地元の人に受け入れてもらうということ

――小国町は地域おこし協力隊やマルチワーカーなどを優しく受け入れてくれる、お話を伺っているとそんな印象がありますね。
本当にそうなんです。小国町自体は隣の町まで車で1時間近くかかるし、飲食店などは中心部に集中している小さい町です。私はその中心部からさらに車で30分離れた集落に古民家を借りて暮らしていますが、地域のおじいちゃんやおばあちゃんが、私が住んでいるだけでありがたがってくれるんですよ。若いというだけで何か力になれることも多いです。いるだけで感謝されることは、自分の存在欲求のようなものを満たしてくれます。小国町は本当に人口が少ないので、一人一人のありがたみをすごく感じてくださっているように思います。これは田舎ならではの感覚だと思いますね。都会で寂しい思いをしている方は、ぜひ一度小国町に来てもらえたら、と思うほどです。
また、小国町は雪と共に生活しなければならない環境だからなのか、人と助け合わないと生きていけないので、人との距離が良くも悪くもすごく近いです。もちろん移住者と地元の方との隔たりはまだまだありますが、役場の方が交流の場を積極的に作ってくださっているし、懐の深い人も多いので、移住者も街になじみやすいと思います。
もう10年以上協力隊を受け入れていることもあって、小国町全体に移住者を受け入れる土壌が出来上がりつつあると感じますね。そこにさらにおぐマルが定着して、移住者が働きに来ることが当たり前になる、そんな可能性を感じています。
移住者側としてもただ受け入れてもらおう、とは考えていません。おぐマルでは、マルチワーカーに仕事を紹介するだけではなく、地元の行事に積極的に参加するようにしています。お祭りで神輿であったり、農業用水のお手入れであったり、地域の方が大事にされている慣習や行事に移住者が積極的に入っていく。そうしたことを地道に続けていくことが、やはり地元の方に受け入れてもらえる理由になると考えています。そういったスタンスをしっかり移住希望の方には面接でお伝えするようにしていますので、そこに納得して移住されることが定着率の高さにも繋がっているのかもしれません。

受け入れ先に投資的視点が必要

――マルチワーカーを受け入れる派遣先には、どういった事業者さんがあるのですか。
農業や製造業、観光業など、20ほどの事業者さんに登録していただいています。農業を中心に働きたい人は春は田植え、夏は草刈り、秋は収穫をして、冬はスキー場や温泉旅館など全く別の事業者さんで働くというスタイルが多いです。季節ごとに派遣先が変わることもあります。酒造りや、きのこ作りなど小国町ならではの事業者さんもありますし、半導体の製造に関連する仕事もありますね。雪国なので、タイヤ交換も大事な仕事の一つです。
――小さな町ながら、様々な派遣先があることがすばらしいですね。
私が協力隊の時に培った人脈がほとんどなんです。「吉田が小国町に残ってくれるなら、出資して派遣先として登録してあげるよ」と言ってもらえることもありました。本当にそういう温かい方たちが多くて。
マルチワーク事業組合という仕組み自体は、すごくいいものではありますがまだまだ未熟です。たとえば、事業者側がただの労働力として移住者を扱ってしまうと、移住者側も地域に受け入れてもらっていないと感じてしまい、定着に繋がりません。小国町の事業者さんは丁寧に仕事を教えてくれて、なんなら生活のことも心配してくれる方が多いんです。もちろん派遣料をいただいているので、シビアに判断をされる事業者の方もいらっしゃるんですが、どうやったら若い人や移住者が定着してくれるか、おぐマルと一緒に考えてくれる方が多かったからこそここまでうまくやってこられたと思っています。受け入れ先で厳しさに差があるのも地域の現実ですが、移住者に厳しいところばかりではダメだったなと。都会から農業など全くの未経験者がやってくるわけですから、人材を育てる、投資的な目線が事業者の方にあることが、マルチワーク事業協同組合がうまくいく秘訣だと考えています。
――小国町だからこそ、また地域に受け入れてもらうことを移住者側が意識しているからこそ、仕組みが機能しているのですね。特定地域づくり事業協同組合制度を活用している自治体や移住者にとって、非常に参考になるお話だったのではないでしょうか。吉田さん、この度はありがとうございました。
