鉄道の存続危機は、特に交通手段の限られている地域社会において重要な課題です。本記事では、「室蘭線黄色線区、『存続』か『廃止』か」というテーマに向き合う、北海学園大学の藤田知也准教授とゼミ生たちが挑んだ地域研修プログラムについてご紹介します。
JR北海道が「単独での維持が困難」と判断した「黄色線区」を題材に、学生たちは現地調査や地域住民との対話を通じて、鉄道の存続意義や代替交通手段の可能性について議論を進めています。その過程では、交通だけでなく教育や移住促進といった新たな視点も浮かび上がり、地域の本質的な課題に迫る学びを得ています。
この地域研修プログラムを担当する藤田准教授は、かつては鉄道会社で勤務し、現在は観光列車を研究する立場から、学生たちとともに地域交通の未来像を模索しています。「好き」を仕事に変えた藤田准教授とゼミ生たちが挑む、地域と鉄道を繋ぐ取り組み。その中で見えてきた気づきや発見、そして地域課題解決へのヒントをぜひご覧ください。
藤田 知也 先生
北海学園大学 経済学部 地域経済学科 准教授
専門分野
交通経済学
研究テーマ
観光列車が沿線地域と鉄道事業者にもたらす効果に関する研究
著書
『観光列車の経済学的研究-地方鉄道の維持振興と地域活性化に向けて-』、大阪公立大学共同出版会、2021年10月。
地域に根ざす鉄道の未来を探る 室蘭線黄色線区と藤田ゼミの取り組み
―― はじめに、藤田先生のご経歴やご専門についてお聞かせください。
藤田知也准教授:私は2014年に鉄道会社に就職後、2年ほどで退職し、その後2016年に大学へ進学しました。そのまま大学院に進み、2020年に北海学園大学に着任しました。
現在、私は観光列車をテーマに研究に取り組んでいます。幼少期から鉄道が好きだった私は、鉄道会社への就職を希望していました。大学時代には、観光列車がJR九州で流行し始めたのをきっかけに、地域経済の活性化やローカル線の維持につながる可能性を感じ始めたこともあって、鉄道会社に就職したという背景があります。
その後、観光列車についてもっと深く研究したいと思い、大学院へ進学して以来、観光列車を中心に研究を続けています。
具体的には、観光列車が鉄道事業者や沿線地域にどのような効果をもたらすのか、効果の高い観光列車の特徴、そしてその持続可能性をどのように実現するのかなどに注目しています。これらのテーマに取り組むことで、観光列車が一過性のブームではなく、長期的に地域に貢献できる仕組みを探求しています。
―― 現在、藤田先生のゼミで取り組まれている「室蘭線黄色線区をテーマとした地域研修プログラム」の目的や背景について教えてください。
藤田准教授:2016年に、JR北海道は経営が困難となり、自社単独では維持が難しいと判断した路線区分を公表しました。ここには「赤線区」「黄色線区」といったカテゴリがあり、「黄色線区」は継続が危ぶまれており、沿線自治体の方々と協業して今後の鉄道存続のあり方を検討したいとされている区分です。明確な基準としては、輸送密度が200人以上2,000人未満とされていて、苫小牧から岩見沢周辺を結ぶ室蘭線の一部区間も該当しています。
北海道の場合、炭鉱業と鉄道には特に密接な関係性があります。室蘭線も、かつては石炭輸送で重要な役割を果たしていました。
炭鉱業がなくなり、現在は旅客輸送にシフトしているものの、特急列車も走っていないローカル線なこともあって需要が低下し、沿線人口も減少したことで、維持や経営が厳しい状態です。しかしながら、地元自治体は路線を残してほしいと考えで、紆余曲折を経て本学の地域研修プログラムにつながりました。
観光、交通、そして教育 地域を多面的に捉える学生たち
―― 地域研修プログラムでは、「鉄道」と藤田先生の専門である「観光」を結びつけることで沿線の活性化の可能性を探られているのでしょうか?
藤田准教授:一理あります。今回、地域研修が室蘭線黄色線区沿線で行われるきっかけとなったのは、「室蘭線活性化連絡協議会」からご相談を受けたことでした。
この協議会には沿線自治体や関係企業が参加しており、その中の1社から「藤田ゼミと一緒に、室蘭線の活性化に関わるような取り組みはできないでしょうか?」という依頼をいただいたのです。
ただ、最初は非常に曖昧で、方向性が定まっていませんでした。また、私のゼミでは地域研修のテーマや行き先は学生自身が決めることを基本方針にしているため、まずは学生に相談する必要があります。
方向性が見えない中、室蘭線黄色線区の背景について考えていたところ、該当地域では以前から「利用促進」や「経費削減」を目的とした駅や踏切の廃止などが進められていましたが、コロナ禍の影響で適切な評価が難しくなり、判断が延びていたことで、自治体側でも若干の行き詰まり感を持ち始めていることがわかりました。
そこで、「そもそもこの路線は存続すべきか、それとも廃止すべきか?」という根本的なテーマに立ち返ることにしました。地域研修プログラムのタイトルを「室蘭線黄色線区、『存続』か『廃止』か」と掲げているとおり、活性化を前提とするのではなく、現実的かつ客観的な視点で議論を進めようと思い立ったのです。
今回は、私のゼミの3回生全員に参加してもらっています。彼らは全員が北海道出身ではあるものの、室蘭線の沿線に縁のある学生はいませんでした。だからこそ、この沿線を客観的に見て考えてもらうという案は良いのではないかと考えたのです。
初期段階では、学生たちがデータを集め、室蘭線黄色線区の現状を把握しました。その上で「この路線は必要か不要か」という問いについて、学生自身の意見をアンケートで確認しました。その後、沿線自治体の担当者をゼミに招き、現地の課題や取り組みについて直接話を聞く機会を設け、再調査を行いました。
その後は実際に現地を訪問し、室蘭線黄色線区の状況を自分たちの目で確認し、現地視察の前後で意見に変化があるかを調査するため、改めてアンケートを実施するなど、データ収集と実地調査、関係者との意見交換を通じて、多角的に室蘭線黄色線区の課題を検討してきました。
そして現在は、来月学内で開催される地域研修報告会に向けて資料を作成しています。今回の取り組みは単なる活性化の模索ではなく、路線の存続意義そのものを問い直しながら、地域とともに解決策を模索する重要な機会になればと思います。
―― 地域研修を通じて、実際に学生さんの意見に変化はありましたか?
藤田准教授:現地を訪れたことで考えが変わった学生もいれば、全く変わらなかった学生もいました。ただ、意見が変わらなかったとしても、現地を訪れることで得られる気づきや意義は大きかったと感じています。
地域のことをさらに深く理解しようとしたり、鉄道のあり方を考える上で重要な要素として考え始めたことは、非常に興味深い変化でした。この取り組みを通じて、ゼミ生たちが観光や交通の課題だけでなく、地域全体を多面的に見つめようとしていることが感じられました。
学生が捉えた「教育」と「交通」のつながり 地域研修が切り開く新たな議論
―― 地域貢献がしたいと考える大学生が増えていると聞きますが、今回の取り組みでもそうした意識が学生たちから自然と湧いてきたのでしょうか?
藤田准教授:そうですね。学生たちがどこまで深く考えていたかは不透明ですが、現地を訪れる中で、地域への関心や新たな視点が生まれてきたように感じました。
普段は「交通」と「観光」をテーマにしていますが、「地域を知る」という新たな視点を得られたことは非常に良かったと思います。ゼミでも直接取り組んできた内容ではありませんでしたが、ゼミ生の中から「教育に関連する施設を見学してみたい」という声が上がりました。
北海道安平町にある安平町立早来学園という教育施設を訪問させていただいた際、現地で見た施設は、彼らがそれまで抱いていた小学校などのイメージとは全く異なっていたようで、大変驚いていました。21歳という若い世代でさえ、施設の先進性や特徴に驚き、真剣に見学していた姿はとても印象的です。
これまで「教育」をテーマとして扱ったことは全くありませんでしたし、私自身の専門が観光列車ということもあり、当初は教育施設を見学する予定も想定していませんでした。ゼミのテーマとしても「交通」と「観光」を軸に掲げているため、鉄道の存続・廃止どちらの意見だとしても、沿線の観光資源に注目し、それが活用できるかどうかが議論の中心となるだろうと予想していたのです。これらの経験は学生たちにとっても貴重な気づきとなり、記憶に残るものになりました。
ただ、従来のテーマがなくなったわけではなく、栗山町への訪問では「観光」や「地域資源」がメインとなりました。栗山町にある有名な「小林酒造」の創業家である小林家の方々に直接お話を伺う機会もあり、地元の文化や歴史に触れることができました。
私自身も、新たに地域について学べる充実した経験になりました。地域研修を通じて学生たちが地域全体を多角的に理解しようとしている姿を見ることができ、非常に有意義な取り組みだったと感じています。
―― 藤田先生やゼミ生の方々は、新たに着目された「教育」と、従来のテーマである「交通」や「観光」をどのように繋げて考えていらっしゃるのでしょうか?
藤田准教授:例えば、安平町では移住促進に力を入れている印象を受けました。私たちがゼミの研修で訪れた際にも、移住プログラムの一環として見学に来られていたご家族を多く見かけましたし、地域として新しい住民を受け入れるための積極的な取り組みが進んでいるようです。
現在、ゼミ生たちは地域研修報告会に向けて資料作成を進めていますが、その中でも話題となっているのは「教育」と「交通」のつながりです。
教育が充実している地域には子どもが集まり、成長すれば通学が必要になると想定し、公共交通機関の重要性についても自然と議論が広がっていきました。そこからさらに、「鉄道が合理的なのか、それともバスが適しているのか」といった具体的な話に進みました。
「教育」という切り口から交通のあり方を考える展開になったことは私にとっても意外であり、良い意味で想定外の流れでした。新たなテーマとして「教育」が浮上し、それが「交通」と密接に結びつき、議論が深まったことは、個人的にも大きな発見となりました。
自由な発想が地域を動かす
―― 以前、藤田先生が「好きこそものの上手なれ」という言葉をおっしゃっていた記事を拝見しました。現在、藤田先生は「好き」を仕事にするキャリアチェンジをされ、室蘭線などの取り組みにも関わられるようになりました。現状について、どのように感じられていますか?
藤田准教授:そもそも私が鉄道会社に入社したのも、根本的には「鉄道が好き」という気持ちからです。幼少期から「車掌さんになりたい」と言い続け、実際に車掌として働いた時期もありました。
そういった意味では、現在の立場は鉄道会社の社員とは全く異なりますが、人生において「鉄道」という軸は全く変わっていません。現在の仕事も個人的にはとても楽しく充実しているため、非常に恵まれていると感じています。
ただし、「好き」を仕事にすることに関する考え方は人それぞれだと思います。好きだからこそ仕事にしたくない、趣味として楽しみたいという意見もあるでしょう。
確かに、私も研究者として観光列車に関わる中で、調査や資料収集のために列車に乗る際には「純粋に楽しむ」という感覚とは少し異なる視点で乗っている自分に気づくことがあり、今の仕事をしていなければもっと純粋に観光列車を楽しめるのではないか、と思う瞬間もあります。
それでも、研究者として得た知見を論文や学会報告などで発表し、それが鉄道や観光の発展に少しでも役立つのであれば、私が観光列車を研究する意義があったといえるでしょう。どの程度それが実際に活用されるかは分かりませんが、その可能性を信じて取り組んでいます。
室蘭線での取り組みに関しても、学生には「存続と廃止、どちらでもいいからまずは自分の意見を出してほしい」と伝えています。今後、仮に廃止するという結論になったとしても、それは彼らが考え抜いた結果であり、それ自体に大きな意義があると考えています。
鉄道好きの中には「絶対に鉄道を残すべきだ」という強い意思を持つ方もいますが、私はそうではありません。一番重要なのは「鉄道を残すこと」ではなく、「その地域にとって最善の交通手段は何か」を見極めることです。この視点を忘れずに取り組むことが、地域にとっても学生にとっても価値ある学びになると考えています。
―― この地域研修のプログラムの今後の展望、目指す方向性について教えてください。
藤田准教授:最近大学教員になったばかりの私が語る話としては規模が大きいかもしれませんが、地域研修は本学が長年取り組んでいる伝統的なプログラムです。
私が本学に着任した2020年は、ちょうどコロナ禍に突入した時期でした。その翌年からゼミを持ち、地域研修プログラムを担当し始めたため、コロナ以前の地域研修の雰囲気については肌感覚でわからない部分もあります。
それでも、最近の傾向として、自治体や地域の現場では、学生が持つ良い意味で「突拍子もない意見」を求め、期待している部分があるようにと感じています。
今回の室蘭線をテーマとした取り組みもその一環でしたが、昨年行った石狩振興局との連携企画では、学生が現地での報告を担当する場面がありました。振興局の職員の方々からいただいた「どんな感想でもいいから、何か気づいたことを教えてほしい」といった要望からは、若い学生ならではの発想が重要視されている様子も感じられました。
また、地域研修は単に大学の授業の一環として完結するのではなく、学生にとって社会人と接する貴重な機会でもあります。自治体や企業と連携し、仕事に近しい経験を積むことで、学生自身が新たな視点や方向性を見出せる可能性がありますよね。学生の様子からも、大学の枠を越えた活動に対するニーズがあることが感じられます。
今後は自治体や企業側からのアプローチが増え、それに応える形でプログラムが発展していくのではないかと考えています。一方で、学生たちには大学生らしさを失わず、自分たちの視点や自由な発想を大切にしてほしいですね。
地域研修では、自治体や企業の課題解決に貢献する一方、要望に従順になりすぎず、学生が自分たちらしさを発揮し、成長できる場でもあるべきではないでしょうか。
自治体や企業とタッグを組み、地域の課題解決に取り組むことができれば、双方にとって大きな意義があると思います。自治体側からすれば、学生との繋がりを通じて新たな視点やアイデアが得られるでしょうし、学生にとっても、地域や社会との接点ができることで将来の方向性を見つけるきっかけになるかもしれません。
社会人経験を振り返ると、鉄道会社に勤務していた頃に感じた「組織に属する感覚」や「働くという実感」は、学生にはまだないものだと思います。
だからこそ、学生たちには礼儀やマナーを守ることは当然としても、過剰に気を使いすぎないでほしいとも思っています。彼らが自分の考えを自由に表現し、自分たちらしさを発揮していってほしいです。
学生たちには、ぼんやりとした輪郭の中でも「こういうことをやってみたい」という感覚を掴んでもらいたいと感じています。今後も、そうした経験を提供できるようなプログラムを目指していきたいと思います。