阪南大学_三木隆弘教授に訊く:「ものづくり中小企業と大学生の求人求職ミスマッチ解消」事業成果と課題

阪南大学の三木隆弘先生のゼミでは「ものづくり中小企業と大学生の求人求職ミスマッチ解消」事業として、学生がものづくり中小企業を訪問し、企業を採点・フィードバックする取り組みを続けています。中小企業の情報を知る機会が少ない学生と、人材を確保したい中小企業の双方にとって得るものが大きく、好評です。パナソニック、大阪府庁での業務経験をもつ三木先生に、事業の狙いや学生の成長ぶりをお聞きしました。

三木 隆弘先生
阪南大学 経済学部 経済学科教授


担当科目はグローバルビジネス論a/b、インターンシップ。

京都大学法学部を卒業後パナソニック、大阪府庁での実務経験を活かし、学生の成長を全力でサポートされています。

研究テーマは 「企業のグローバル事業展開」「グローバル人材の輩出」「脱炭素人材の育成」

パナソニックと大阪府庁での勤務を経て、大学教員に転身

――先生のご研究分野について教えてください。

私はもともと、パナソニックで海外営業の仕事をしたのち、大学教員に転身しました。企業のグローバル化、グローバル人材の育成が専門だと言っていますが、研究を専門にしている立場ではありません。

――なぜパナソニックから大学教員に転身されたのですか。

2011~12年の2年間に、パナソニックに在籍しながら大阪府庁に出向していたのですが、その2年間でパナソニックは巨額赤字を計上しました。その後、私が2013年に会社に戻ってきたら新たなチャレンジがしづらい雰囲気がありました。チャレンジできない会社は面白くないと思い、パナソニックを辞めることにしました。

もともと、60歳を過ぎたら非常勤講師などの形として大学で教えたいという思いがあったので、それを前倒しするという考えで阪南大学の公募に応募し、たまたま採用されて大学教員になりました。

大阪府庁にいたときに1年間、週1回、某大学において、当時まだ大学であまり導入されていなかったPBL(課題解決型学習)授業を立ち上げるお手伝いをしていた経験も大学教員への転職を後押してくれました。

中小企業と学生のミスマッチを解消するため、事業を開始

――ゼミで取り組んでいる「ものづくり中小企業と大学生の求人求職ミスマッチ解消」事業は、パナソニック時代の経験がもとになっているのですか。

いえ、大阪府庁での経験が生きています。大阪府庁では中小企業支援を担当しており、中小企業に人が集まらないという悩みをよく聞いていました。ちょうど私が大阪府庁にいた2011~12年は、まだ就職状況はよくなかった時期なのに学生は中小企業に目を向けることがなく、なぜ中小企業に入らないのかと聞いたら「どの中小企業が良い会社なのかわからない」という答えが返ってきました。学生が欲しいと思っている中小企業と、就職先が欲しいと思っている学生の間にミスマッチが起こっているということがわかったのです。そこで、大阪府庁時代の2年目に、某大学でPBL(課題解決型学習)の授業のお手伝いをする際に、このミスマッチ解消を課題解決のテーマとし、学生による中小企業訪問の取り組みを行いました。

中小企業4社を訪問して問題点を分析しました。中小企業は、自社をどう魅力のある企業に見せるかという努力が足りないし、学生も中小企業を知る努力をしていません。そして行政や大学も、どういう中小企業がいい企業かという情報も与えていなかったわけです。こうした問題を解消するための活動として私自身がゼミを持ち始めてから、本格的に「ものづくり中小企業と大学生の求人求職ミスマッチ解消」事業を始めました。

――大学生は第3次産業への就職を目指す傾向が強いですが、中小のものづくり企業に目を向けてもらうには、やはり企業訪問してもらうのがいいのでしょうか。

私自身は別に、ものづくり中小企業に就職してほしいと思っているわけではありません。学生に対しては自分が知らない業界にまで視野を広げてみることで、就職の可能性がもっと広がるということを教えたいと思っています。

「良い企業」「悪い企業」を自然と見極めるように

――実際に中小企業を訪問すると、学生さんからはどんな声が上がりますか。

学生は採点された経験しかないので、「自分たちが企業を採点する」と言われても最初は不思議そうな顔をします。学生は用意してあるチェックシートに従って、5段階評価の点数やコメントもつけて企業にフィードバックするのですが、やってみると楽しそうですよ。自分たちが採点する立場になることが新鮮みたいです。チェックする立場を理解できると、自分がチェックされる時の心構えも変わってきますよね。

学生たちは年間8社ぐらい、2年間で10社ぐらいの企業を回りますが、最後の方になると受付に入った瞬間に良い企業か悪い企業かがわかるそうです。それが最終的には就活に生きてきます。

――学生さんにとっては、実用的な授業ですね。

若い子の視点は面白いですよ。一部の学生は敷地に駐車している従業員の車をチェックして給料を想像し始めます。

工場見学に行った時には、従業員が手を止めて挨拶してくれる会社と完全に無視する会社に分かれるので、そういった違いも敏感に感じ取るようです。

社長や幹部が出てこない会社も、それだけで評価が下がってしまいます。採用に真剣に取り組んでいれば、社長や幹部が挨拶に来るはずだということです。生意気だなと思いましたが(笑)、学生の感覚はそういうことなのでしょうね。

――学生さんからのフィードバックをご覧になった企業の方々からは、どんな反応がありますか。

「若い人と接する機会が少ないので、若い人に自分の会社がどう見えるか示していただくのはありがたい」という反応が多いです。

当初、この事業は企業からお金を受け取らず開始しましたが、途中から大学の予算が厳しくなり、1社1万円いただくようになりました。企業からの応募は減るだろうと思っていたら、なんと増えました。自社がどう見えるのかを学生から聞いて改善しようという意識の高い企業の比率が上がりました。1回の募集で20数社から応募があります。

学生の就職先はベンチャーから東証プライム企業、地銀まで

――そのような貴重な経験をしている学生さんたちは、どのような就職先を選んでいますか。

結構バラバラですね。あえて言うと、3割ぐらいが東証プライムの企業に行きます。そして各学年1~2人はベンチャーに行きますね。最近の傾向として本当に優秀な学生はベンチャーに行きます。ベンチャーで働いてみて、自分の本当にやりたいことがはっきりして、それができる会社に転職する、という動きをしていますね。

地方銀行からも内定が出ます。地方銀行の主なお客様は中小企業です。そして、中小企業も海外に出ていくケースは多いですよね。私のゼミは中小企業への訪問も海外研修もあるので、学生は中小企業のことも海外のこともわかっていることになります。ですから、全く金融の勉強をしないで採用選考を受けに行っても内定をもらう学生がいます。

――地方銀行は、海外にも目を向けられる人材を必要としているのですね。

地方銀行のウェブサイトを見ると、海外に駐在事務所を置いたり、現地の銀行に駐在員を派遣したりしています。ただ地方銀行は地元志向が強い人が比較的多い職場なので、駐在員の人選にはそれなりに苦しんでいるようです。

――ゼミを通じて、学生さんが成長しているのですね。

少し批判めいた言い方になってしまいますが、学生は高校までの学校生活で個性を潰されてきています。目立ったら同級生や先生にいじめられたり、嫌われたりします。ところが就活の時になったら、個性を出すように言われますよね。このギャップを大学4年間で埋めないといけません。

私のゼミではビジネスマンとして伸びそうな学生を中心に採用して、実際に機会を与えたら勝手に吸収していきます。最初のゼミの時に「自分で考えて、自分で動け」という話をすると、みんなポカーンとしています。でも自分で考え始めると、それが面白くなっていきます。

――三木先生のゼミは普通の大学の授業からかけ離れていて、面白いですね。

「知識を得る勉強は各自で勝手にやっておいて」と思っています。他の授業の知識と私のゼミでの経験学習と合わせて、初めて知恵になります。

――ゼミで直面している課題はありますか。

1つ目が予算です。大学の経営が少しずつ厳しくなっていて予算が限られてきています。中小企業そのものを支援する補助金は多くあるのですが、中小企業を支援する活動に向けた補助金は少ないです。補助金がもらえないので、大学から予算を絞られてしまうと、その分の費用は企業にお願いしないといけない状況になります。

2点目は、この活動の大阪以外への展開です。他の地域でこの活動に賛同していただける大学などがあったら、ノウハウを共有したいと思っています。ただ、自分で考えて動ける学生でないと企業の採点はできません。学生の能力を担保した上で一緒に取り組んでいただける大学があればうれしいです。

3つ目は、非製造業への展開です。今の活動は大阪府と連携して実施しています。行政はものづくり、中小企業の支援には熱心なのですが、ものづくりではない中小企業だと取りまとめる部署がないので、現在のところ、まだものづくり中小企業でしか、この活動をできていません。商社などもこうした活動のニーズはあると思っているので、対象企業を増やしていきたいですね。

第3次産業に目が向きがちな学生に視野を広げてもらえるようになれば、中小企業の発展にもつながると信じて活動を続けていきたいと思います。