少子化の進行や全国的な短期大学の閉校など、保育者養成校を取り巻く環境が厳しさを増す昨今。そんな逆風の中、大学周辺の自然環境を活かした教育活動や「自然保育」の科目導入により、高校生・在学生たちから予想を遥かに超える支持を集めているのが、三重県にある高田短期大学です。
元々は音楽畑の出身でありながら、学科長(※当時)としてこの大胆な改革を牽引した福西朋子先生。専門外のゼロベースからどのように自然保育のフィールドを開拓し、コロナ禍という危機も乗り越えてきました。地域の専門家や行政も巻き込み、これからの保育者養成にかける熱い思いを伺いました。

福西 朋子 先生
高田短期大学子ども学科 教授
中学校・高等学校の音楽講師を経て、1995年に高田短期大学教員に着任。専門は音楽教育学および幼児音楽教育。長年にわたり音楽教員として保育者養成に携わり、2019年より6年間、子ども学科の学科長を務める。学生の主体性を育む学びの場の開拓と、地域全体で子どもを育む自然保育のネットワーク作りに情熱を注いでいる。
短大の生き残りをかけ自然保育を導入
――福西先生は元々、音楽畑のご出身だと伺いました。どのような経緯で自然保育のご担当にもなられたのでしょうか?
私は教育学部の音楽科卒業後、音大の大学院に進み、主にピアノ演奏の修得に励みましたので、学生時代は幼児教育や保育とは全く縁がありませんでした。けれども本学に「保育者のためのピアノ」を教える音楽教員として着任したことを機に保育について学び始めることになりました。着任したのが20代後半でしたので、もう30年ほどになります。
長く勤める中で、2019年からは学科長を仰せつかることになりました。でも、ちょうどその頃は保育職の人気に少し陰りが見え始めた時期でしたし、全国的に短大の閉校が相次いでもいました。では、本学はこれからどう存続していくべきか、学科長として真剣に考える必要がありました。伝統ある保育者養成の短大として積み重ねた教育は、学外から信頼されていましたが、そこにプラスして、特色ある教育ができないかと考え始め、行き当たったのが自然保育です。本学は小高い丘の上にあって周囲を豊かな自然に囲まれています。この環境こそが他にはないものであり、学生の学びに大いに活かせるのではないかと思いました。
自然保育の第一歩は専門家の助言から
――知見のない中で、どのように自然保育に取り組み始めたのですか?
当時、学科教員として、子どものあそび研究でも名の知れた元三重大学の教授が在任されていました。その教授は着任時からずっと「高田短大の自然環境は素晴らしいから学生の学びの場として活かした方がいい」と言ってみえました。私が学科長就任時にも「短大の森を開拓して自然保育のフィールドにしよう」と背中を押してくださいました。
私も「県内で自然保育を実践している園はどこなのだろう」と探し始めたところ、「森の風こども園」を知ることとなりました。園の所在する地域の環境と人々とともに子どもを育てる保育が全国的に注目もされていましたので、早速、連絡をとり、園長とお近づきになることができました。
自然のフィールドを活かした保育者養成を学科で取り組むにあたって、まずはその教授と森の風こども園の園長から話をお聞きしたいと思い、2020年2月に「子ども学科FD研修会」(※大学教員が授業内容・方法を改善させるための組織的な取り組み)を企画、開催しました。そこで学科の先生方にもいろいろと自然保育に関する話を聞いていただき、理解を求めたのが記念すべき第一歩です。
――そこから自然保育の取組みが始まっていったのですね。
当初はゼミ活動として、関心あるゼミ教員が「やりたい活動をやる」という形でした。教員の専門分野を活かすゼミというよりは、保育を学ぶ学生たちの関心を取り込んだゼミを行おうというスタンスです。
例えば、短大周辺には竹林がありますが、学生に何がしたいか聞くと「竹で流しそうめんがしたい!」。じゃあ竹を伐採するところからだね、と。また、自然が大好きな当時の学長が、自ら竹の水鉄砲の作り方を学生に教えに来てくれて、一緒に作ったりもしました。そうやって手探りで、楽しみながら活動してきました。
コロナ禍の制限がもたらした気づき
――自然保育のゼミが始まったのが2020年度からということですが、まさにコロナ禍と重なる時期ですよね。
そうなのです。実はここにもエピソードがありまして。FD研修会を経て、具体的に自然保育の活動を行おうという矢先にコロナ禍になって、学生たちが大学に来られなくなってしまったのです。「これ、どうしましょう」と頭を抱えました。
学生は自宅でオンライン授業となり、大学には教員だけがいる状態でした。そこで先ほどの教授の先生が「じゃあ、学生のいないこの時間に教員だけでフィールドの開拓をしよう」と提案してくださったのです。教員有志で竹や木を伐採したり草刈りをしたりしました。
ある時、その先生が「切った竹を使って竹ご飯を作ろう」とおっしゃって。竹筒を作り、火を熾して米を炊き、竹の器でご飯をいただきました。当時は「人に会ってはいけない、一緒に食事をしてもいけない」と生活が厳しく制限されていた時期でしたが、外であればお互いの距離も取れますし、のびのびと人間らしい活動ができたのです。そして、久しぶりに皆で和気あいあいとご飯をいただけたことが、とても清々しく嬉しい気分になりました。
自然の中での活動がどれほど気持ち良く、楽しいものか、「この経験をぜひ学生と一緒に味わいたい」。そう強く感じたのは、コロナ禍があったからこそだと思います。その後、徐々に学生が登校できるようになった時、「密になる室内ではなく、外へ行こう!」と活動を再開できました。私としては非常に思い出深いエピソードです。
――コロナ禍の制限が、逆に自然の良さを再認識する機会になったのですね。
本当にそうでした。学生がゼミに参加できるようになってきてからも、「中じゃなくて外に行こう」という感じで。
三重県には林業研究所があり、その関連部署の「みえ森づくりサポートセンター」には「森のせんせい」派遣事業がありました。私たち教員も自然活動の専門スキルがあるわけではなかったので、その事業を活用し、ゼミの時間に「森のせんせい」を何人かお招きしました。竹を使った造形活動やネイチャーゲームなど、さまざまなレクチャーをしていただき、学生と一緒に教員もスキルを身につけていくことができました。黎明期ならではの手作り感ある楽しさがありましたね。
専門科目の設置と、予想を上回る学生たちからの反響
――ゼミに続いて、専門科目はいつから設置されたのですか?
2023年度生カリキュラムから自然保育の科目を導入することができました。「たかたん保育特別演習(自然保育)」です。同時に「たかたん保育特別演習(子育て支援)」と「たかたん保育特別演習(保育教材)」も開講し、自然保育と合わせて特別演習三本柱となりました。
自然保育の科目としてはその一つだけなのですが、保育の専門科目の「環境」の授業ではフィールドを活用していますし「造形」の授業では自然物を素材とする内容もあります。私の担当する音楽でも「外へ自然の音を聞きに行き、それを体や楽器で表現しよう」といった授業を行うなど、様々な教員が自然との関わりを取り入れた授業を展開しています。
――そうした自然保育の授業に対する学生さんからの反響はいかがですか?
自然保育の授業は、幼稚園教諭免許や保育士資格の必修科目ではなく、完全な選択科目なのですが、1年目は14人だった受講者が、2年目には41人に増えました。約3倍です。
この演習では「NEAL(自然体験活動指導者)資格」が取得できますが、資格付与のためには専門の講師による指導が必要です。現在、本学には3名の講師がおり、あとは私が主担当として調整役を務める形で、4名体制で演習を行っています。
屋外で教員の目が行き届く範囲を考え、最初は学生の定員を20名に設定していました。でも2年目は学生への選択希望調査の段階で20名を超えていたので、上限を30名まで引き上げたのですが蓋を開けてみたら41名。「どうしましょうか」と講師の方々と相談しましたが、学生の意欲を大切にしたいということで、2025年度は40名の大所帯で頑張って実施しました。

――すごい人気ですね。それほどの人数だと授業も大変そうですが。
大所帯でしたが、演習の8割は外での活動です。広々とした環境下で、退屈そうにしている学生は一人もいませんでした。授業評価のアンケート結果でも、全員が「満足」と回答してくれました。おまけに入試の面接でも「高田短大は自然保育の取り組みをしているから入学したい」と志望動機を語ってくれる受験生が増えてきました。
――学生さんは三重県外からも来られるのですか?
ほとんどが県内、地元の学生たちですね。そして、卒業後もほぼ全員が地元で保育職に就いていきます。だからこそ、大学としては保育者を輩出する地域とのネットワーク作りが非常に重要なのです。
「みえ自然保育協議会」の発足
――地域との関係作りはどのように進めていったのですか。
そもそも、自然保育の取り組みを始めようとした時、学外からの反響が想像以上に大きかったです。三重県はご存知の通り、山と海のある自然豊かな土地です。県としても「野外体験保育普及啓発事業」など自然保育に関わる事業を以前から行っていたこともあり、県内の幼児教育・保育業界では、自然保育を実践できる指導者の養成が求められていました。だからこそ、本学がこの取り組みを始めることに大きな期待を寄せていただいたのだと思います。
「自然保育の取組みを始めたい」と発信していく中で、「こんな先生がいるよ」「こういう活動をしている人がいるよ」とたくさんの方を紹介していただき、「一緒に取組みをしていきましょう」と声もかけていただきました。子どもと自然をつなぐ保育を推進したいという熱い思いを持った方々と出会うことができたことに、今でもとても感謝しています。
そのご縁が実を結び、2023年9月に「みえ自然保育協議会」が設立されました。三重県庁をはじめ、いなべ市や亀山市、伊賀市などの自治体、林業研究所、保育施設、そして地域の自然保育実践者の方々を理事や会員とし、高田短大に事務局を置いて運営しています。
1年目は「緑と水の森林ファンド」という補助金を獲得し、県内の自然保育実践園への視察と現地研修会や自然保育実践者の方々との交流会などを開催しました。3年目となった2025年度からは、三重県事業としての「自然保育導入に向けたガイドライン」に協議会として協力し作成することになっています。

――学生さんも協議会の活動には参加されるのですか?
はい。今年の2月に伊賀市で自然保育の交流会を開催した際に、自然保育を受講している学生に呼びかけたところ、参加してくれた学生がいました。
学内にいるだけでは教員や同級生としか関われませんが、こうした場に出ると、行政の方、地域の実践者、現役の保育者など、多様な大人たちと意見交換ができます。これは学生にとってとても貴重な経験となります。保育は保育園というハコの中だけで行うものではなく、地域の方々との繋がりがあってこそ。子どもは地域全体で育てるものです。ですから、学生には在学中からこうした地域のネットワークに関わる経験をして、広い視野を持った保育者になってほしいです。

リスクを学びに変える
――ゼミや授業の中では、学生さんが子どもたちと直接関わる機会もあるのでしょうか?
はい。「たかたんフォレスト のびのびひろば」と名付けた学内のフィールドがあるのですが、昨年から嬉しい出来事がありました。本学を卒業して現場で活躍している保育者が、「自分が担任している園児たちを、このひろばに連れて来たい」と言ってくれたのです。その園も自然保育に熱心で、これまでに4回ほど子どもたちを連れてきてくれています。
タイミングが合えば学生も一緒に活動に参加させてもらうのですが、学生が何より驚くのは子どもたちの遊ぶ姿です。ひろばには特別な遊具は一切ないのですが、子どもたちは落ちている枝や葉っぱ、虫などを見つけて、誰に教えられるでもなく自分たちで遊びを創り出していきます。学生たちはその姿を見て「子どもってすごい!」と驚き、子どもたちから学んでいます。
――本当にそうですよね。触れる自然があれば、遊具なんていらないのだと思います。
変に大人が作り込んでおく必要はないのですよね。自然の中での偶然の出会いから、子どもたちはいろいろなものを発見し、生み出していきます。
ただ、自然の中へ出ていくとなると、やはり安全面や保護者の理解というハードルがあります。本学でも取り組みを始めた当初「山に学生を連れて行って、ヘビが出たらどうするんだ」とか「ハチに刺されたらどうするんだ」などと、イメージ先行で危険性を指摘されることがありました。
もちろん、私たちも学生の安全を第一に考えています。でも「危険だからやらない」のではなくて、「大人として、保育者として、どのように安全管理を行い、子どもに豊かな活動を提供していくのか」を考えることこそが重要な学びなのです。
――そもそも、山で毒蛇に遭遇して噛まれる確率よりも、道路を散歩中に交通事故に遭う確率の方がよほど高いかもしれないですし、危険性の話をし始めたらキリがありません。
本当にそうです。自然の中にあるものを単なる「ハザード」として排除するのではなく、知識と技術をもってコントロール可能な「リスク」として捉え、いかに学びに変えていくか。何かが起きた時の適切な対応の仕方を知っていればいいだけなのです。自然保育の授業では、講師の先生方からそうした危機管理や安全対策についても事例を交えて伝えてもらっています。

SDGsや非認知能力の育成にも繋がる自然保育
先日、協議会のメンバーで「日本自然保育学会」に参加し出展してきたのですが、そこで改めて自然保育の奥深さを実感しました。
今、SDGsの実現に向けたESD(※持続可能な開発のための教育)が重要視されていますが、自然保育はまさにこのESDに直結します。また、長野県の「信州やまほいく」の10年にわたる調査研究が発表されましたが、自然保育の中で育った子どもは、そうでない子どもに比べてレジリエンス(回復力)や粘り強く取り組む力、そして主体性といった非認知能力が優位に育っているというデータが示されていました。
自然豊かな環境でも過疎地域は少子化で保育園の統合などが進みがちです。でも本来、そうした自然環境は子どもが育つためには最高の場所です。子どもが地域からいなくなれば、そこに住む方々も寂しくなりますし、ゆくゆくは地域が成り立たなくなってしまいます。自然の中での子育てや保育は、地域を活気づける意味でももっと広がってほしいです。
――高田短期大学の自然保育が、三重県のみならず多くの地域に波及していくといいですね。
ありがとうございます。大学は教育機関であると同時に研究機関でもあります。2023年度生を対象に、この自然保育の学びにどのような意義があったのかを2年間かけて調査し、最近その結果をまとめました。学生たちはこの活動を非常に好意的に捉えていて「自然の中での活動は子どもの主体性を引き出すために非常に意義がある」、「現場に出た時に自分もこうした活動を子どもたちに提供していきたい」という声が数多く寄せられました。
私たちとしても何よりも嬉しい結果で、大きな手応えを感じています。この客観的なデータも踏まえながら、研究機関として「自然保育の価値」を広く社会へ発信し、理解者を増やしていくつもりです。それが本学の役割だと考えています。自然保育を始めてまだ5年ほどですが、これからも地域の方々と繋がりながら、学生たちと一緒にこの素晴らしい活動を深め、広げていきたいと思います。

