ガクシーは2017年に松原良輔氏により設立された。具体的な事業内容などは後述する。敬意をはらうアントレプレナーによる、敬服に値する起業だった。「成長」を期待し、見守りたいスタートアップ企業である。
ガクシーを私は、3月16日の東京新聞webで知った。『敏腕証券マンが「奨学金ベンチャー」に転職したワケは? 株取引の利益から寄付の「おすそわけ」アイディア』と題する記事は2020年ガクシーに入社した石田誠氏の「入社の何故」、いま注力している「事業展開」が記されている。
早々にガクシーに取材を申し込んだ。快諾を得た。以下は、取材結果である。
創業者:松原氏は強烈な起業家スピリットの塊

松原氏は慶応大学を卒業後に、三井化学に身を置いた。経営企画/採用業務に従事。職務と取り組む中で実感した必要性を基に、2008年にジョブテシオを創業。海外の優秀な工学(IT)系人材と日本の企業をマッチングする、プラットフォームの展開をする企業である。が17年には同社を売却し、17年にガクシーを興した。ジョブテシオは当時既に中国・インドなど33地域270以上の大学で、マッチング機能が整い活かされる状況になっていた。
それなのに何故、「成功の公算大」な事業を売却したのか。松原氏はこう語った。
「海外の優秀な学生をたくさん目にしました。海外の大学生の学ぶ環境の良さを、目の当たりにしました。そしてそんな環境の日本との違いを知れば知るほど、その格差に愕然としたのです。確かに授業料に限れば、海外の方が高い。しかし、海外の学生のほうが学業に専念しやすい環境にあったのです。国の支援、そしてなによりも厚い奨学金制度の在り様の違いです。日本の場合は学生の殆どがアルバイトしている状況。居てもたっても居られなくなりました。日本にはそうした環境の創造を手掛けているところがなかったことにも、背中を押されました。『日本人として、将来を担う若者(学生)を支援したい』という強い想いを抱くようになったのです。それがガクシーを立ち上げたトリガーでした」。
松原氏は奨学金事情の現状をこう噛み砕いた。「日本でも大学生の2人に1人以上が、奨学金を受給しています。ただ、奨学金を受け取っている学生のうち約8割が貸与型と呼ばれる、そう借金型の奨学金です。一定の期間を経た後、返済しなくてはなりません。給付型の奨学金が少ないことが、大きな課題だと認識しています」とした。
現在、日本の大学・短大・専門学校生の授業料などの費用総額は年間で16兆円を超えるとされる。対して奨学金は年間1兆6000億円余り。奨学金でカバーしているのは10%にも満たないのが現実だという。この割合は海外に比べて低い。例えば米国では87%以上が何らかの支援を受けている。ガクシーの意図するところを松原氏は、こう言い切った。
「民間に眠っている50兆円以上の資金(タンス預金)から少しでも、真摯に学ぼうとする若者にお金が流れる仕組み作り、16兆円の教育費のうち給付型奨学金の割合を増やしていきたい」。松原氏の目指している枠組みを絵図にすると、表記のようになる。
実は、今回の取材はなんとも耳の痛いものだった。昨年夏104歳で冥途に旅立った父親から、よく厳しい言葉をぶつけられた。「二言目にはアルバイトに時間をとられて・・・というが、大学を出たはずのお前は英語ひとつ喋れないじゃないか。アルバイトという名目で遊びにかまけていたからだろう」。松原氏の話を聞き進んでいくうちに、そんな親父の言葉が何度となく頭をよぎった。
若者の可能性を広げる新しいお金の流れを創造する事業

ガクシーには今年4月現在で、35万人の会員(奨学金を求める学生、保護者)が登録されている。「ガクシーAgent」(クラウド型奨学金運営システム:応募者の受付から選考・支給・返還管理に至るまで奨学金に関する業務を一元管理することで、奨学金業務を効率的に進め奨学金運用現場の負担・課題に対応する)が目下の事業の大方を占めている。ここの深掘り・拡幅は今後とも進める。
が現段階で、ガクシーはそこに安堵し歩みを止まるわけにはいかない。新たな奨学金を創り出すステージ(事業)の取り組み。一口で言えば、別掲のような枠組みの創造・拡充である。給付型奨学金を増やし、学生支援に渡るお金の総量を増やす枠組みの構築・確立である。ガクシー起業の、そもそも論だ。がことは決して容易ではない。
若者に奨学金資金を提供したくても、便利な仕組みに乏しいからだ。が松原氏の「若者を支援したいという思いを持った方々が、手間暇の負担なく応援できる、オーダーメイド型のオリジナル奨学金として創る仕組みを提供する」という熱い思いは、不変だ。
問わず語りに、自身に言い聞かせるように思いの丈を口にした。
「財産相続の移譲が容易にできるように、簡便な税控除の仕組みが必要だ。そうなって初めて、供給型奨学金を増額に導く道筋が出来る」。
「それをあらゆる機会に訴え続けていく」。
「中学生・高校生の段階で供給型奨学金の在り様で、自分達の将来も展望できることを知らしめたい」。
「プロパガンダを徹底していかなくてはならない」。
実は現に、こんな枠組みが既にスタンバイしている。
ガクシーと三菱UFJ信託銀行と共同の取組である。預かった資金をもとに運用を行い、利益を給付型奨学金として配布する。資金提供者に対しては、「お礼の手紙」といった「実感」してもらえる形を用意する。私見だが、三菱UFJ信託の後を追う金融機関の存在は有力視される。また冒頭に記した様な石田氏の枠組みも、開拓が進められている。
松原氏は取材の最後に、こう改めて結んだ。
「奨学金というのは、若者の人生を変える可能性があるお金です。給付型奨学金を増やすという事業をしっかり確立させることは、絶対に大事です。奨学金というと“借金”だとか“貧困世帯が受け取っている”という、負のイメージが強い一面が否定できません。しかし給付型の奨学金が増えて多くの学生が活かせるようになれば、『奨学金は若者の夢を叶える経済的インフラ』だとポジティブなイメージに変ると確信しています。若者の経済的インフラの立ち位置に立つことが、ガクシーの使命だと心底から考えています」。
ベンチャーキャピタルの始動
ベンチャー企業やスタートアップ企業の先々を展望する上で、ベンチャーキャピタルの姿勢が示す意味は大きい。彼らが資金を投じてくるか否か、である。上場時のキャピタルゲイン獲得を狙い、株式を取得してくるという動きは「成長企業の証し」といえる。
既に三菱UFJ銀行系のベンチャーキャピタルが、そんな歩みを起こしていることは容易に想像がつく。他のメガバンク系VCの動きは、という問いに松原氏は肯定こそしなかったが否定もしなかった・・・