秋田栄養短期大学には、郷土食を基にアレンジレシピを考案し、コンテストへの応募を目指して活動する「郷土料理ゼミナール」があります。画一的な食生活が広がり、その土地ならではの食文化が失われつつあるこの時代に、郷土食を学び広げていく活動はとても貴重なのではないでしょうか。
ゼミを担当する田中景子先生に、ゼミの概要や活動に込めた想いなど、お話を伺いました。
田中 景子 先生
秋田栄養短期大学 栄養学科 講師
放送大学大学院文化科学研究科文化科学専攻修士課程 修士(学術)
◆担当科目
調理学実習I(A)(B)・II(A)(B)、調理学、栄養学入門、基礎調理学実習、栄養情報処理演習、基礎演習I・II、キャリアサポートII
◆ゼミナール
「秋田を深堀りしよう」をテーマに、私たちが暮らす秋田についてより知るために、秋田の食に関する調査・PRレシピの考案。
◆研究分野
調理科学
◆研究テーマ
官能評価を用いた和風だしに関する調査研究
環境問題に配慮した食べられるストローについて
秋田の食を深堀りし、魅力を発信
――田中先生の郷土料理ゼミナールでは、どういったことを行っておられるのですか。
1年を通して「秋田を深堀りしよう」をテーマに秋田の食文化等について学び、地元食材を使用したレシピ考案を行っています。 秋田県の郷土料理について調査し、健康を意識して時代に合わせたアレンジ等について考え、レシピコンテストへの応募を目指します。
本学には他にも伝統食を扱うゼミはあるのですが、実習で郷土食をアレンジして作り、それを外に向けて発表するのは私のゼミだけです。
――なぜ秋田の食材や郷土食に関するゼミを始められたのですか。
私は出身が秋田県なのですが、群馬県の栄養学科のある大学にずっと所属していました。そこから秋田に戻ってきて、改めて秋田にはおいしいものがたくさんあるなと感じたんです。でも少子高齢化でどんどん人が減っていますし、秋田県には外に発信するのが少し苦手な地域性があると思っていました。だから、そういった秋田の食を外に向けて発信していきたいと考えたんです。それから、私が本学に赴任したのがちょうどコロナ禍でSNSなどで気軽に個人が発信できるような風潮も高まっていましたので、若い学生たちはそういったことが得意かなと思ってこのゼミを始めました。
マイナーな郷土食でコンテスト全国大会に
――秋田の郷土食と言いますときりたんぽや稲庭うどん、いぶりがっこなどが王道として思い浮かびますが、そういったものをアレンジしてレシピを考えられるのですか。
確かに、今の若い子たちはやっぱりそういう王道の郷土食しか知らないんです。だから私がゼミで大切にしているのは、有名なものばかりではなく記録にないような郷土食も掘り起こしていくことです。学生に帰省のタイミングなどで、「おじいちゃんやおばあちゃんに昔どういう食べ物があったか訊いてきてね」と課題を出すんです。そうすると一部の地域でしか食べられていなかったものなども出てきます。
今年(2024年)、「タニタごはんコンテスト」の全国大会に出たのですが、その際メインにしたのが「バッタラ焼き」という郷土食です。私もバッタラ焼きを知らなかったのですが、飯島という地域出身のゼミ生の一人が小さいころからよく食べてきたおやつだということでした。他のゼミ生たちもバッタラ焼きのことを誰も知らなかったのですが、一部地域でしか食べない郷土食という点が面白いよね、ということでメインに決めました。
まずその子にバッタラ焼きを作ってもらったんですが、代々口頭で伝わってきているので材料が全部目分量なんです。米粉と水と砂糖を少しとろみがつくように混ぜて、油をひいたフライパンでクレープみたいに焼き、それにはちみつなどをかけて食べるそうです。
そのバッタラ焼きを、コンテストに出るにあたって現代風にアレンジしようということで、ピザにすることになりました。でも、米粉の生地にはグルテンが入っていないので、膨らまないし固いんです。そこで発酵の時間を工夫したり、サイリウムハスクというオオバコの食物繊維を使用して膨らみやすくしてみたりして仕上げていきました。バッタラ焼きを提案した学生がアトピー持ちで、アレルギーのある人でもおいしく食べられるようにと米粉で作ることは譲らなかったので、米粉でなんとか成功させたかったんです。
そうしてできた生地に、横手地域などで食べられている納豆汁をアレンジした納豆ソースをのせました。味や栄養素の他にいろいろな工夫も評価していただいて、全国大会に進むことができました。
郷土食を絶やさない
――秋田には他にはどういった郷土食があるのですか。
きりたんぽは焼いたものですが、焼かずに丸めて鍋に入れる「だまこもち」や、赤飯などがあります。秋田の赤飯は「てんこ小豆(黒ささげ)」という小豆を使い、砂糖を入れるなどして少し甘いことが特徴的です。
稲庭うどんも有名ですが、実はあまり食べません。高級品で贈答用なので、お歳暮やお中元で送ることはあっても家庭ではそんなに食べないんですよ。
あと特徴と言えば、海沿いか内陸かでも食べ物が変わってくることですかね。私は内陸出身なので海のものはあまりわからなかったのですが、この間由利本荘市出身のゼミ生が鮫をよく食べると教えてくれました。宮城県などでも鮫を食べる地域があるようですが、秋田県でも確かにスーパーで鮫を売っているんですよ。私はあんまり食べてこなかったんですが、そのゼミ生の家では鮫料理が結構出ていたようです。味も淡白なので煮付けても焼いてもフライにしても合うらしいです。
秋田では一人鍋のことを「貝焼き」がなまって「かやき」と呼ぶのですが、「秋田かやきレシピコンテスト」というものがありまして、それにそのゼミ生が鮫のつみれを使ったかやきで応募し、入賞することができました。
こんな風に、知らないだけで訊いてみると面白い食材がいっぱいあるんですよ。秋田の文化の調査にもなりますね。今のおじいちゃんおばあちゃんの世代が亡くなってしまったら、本当に途絶えてしまうものが多いので、少しでも授業で取り上げることによって繋いでいけるきっかけになればなと思っています。
学生のこだわりと柔軟なアイデアで出来上がっていくレシピ
――先ほど若い方はあまり郷土食に馴染みがないというお話がありましたが、実際郷土食を食べた時の学生さんの反応はいかがですか。
それが「初めて食べたけどおいしい」って言う学生が多いんですよ。納豆汁なんかも「納豆嫌いだけど食べられた」とか前向きなコメントが多くて。
レシピコンテストに出すにあたって、最初は伝統的な作り方そのままを試すんですが、現代風アレンジをしなければならないので、どういったところが問題点なのかを少しずつ洗い出していきます。納豆汁の場合はまず納豆をすり鉢ですりつぶさなければならないんですが、最近の家庭にはすり鉢が家にないことが多いですし、すりつぶすのに結構時間がかかることも手間です。ねばねばしていて臭いもあるので、すり鉢を洗うのも大変。味もしょっぱいし彩りも…と、いろいろな点を試行錯誤しました。
県南の方では納豆汁は冬の定番の料理なので、スーパーでは味噌汁に入れるだけの「納豆汁の素」が売っていて作りやすくはなっているんですけどね。その時のゼミでは粉末納豆というフリーズドライの納豆があることを見つけてきたゼミ生がいて、それを一度味噌汁に入れてみました。そうしたらとろみが上手について、部屋も臭くならないし一杯分から気軽に作れるのですごくいいねということになりました。
また「納豆せんべい」といって醤油味のせんべいに納豆がのっているものがあるのですが、それを汁の上にトッピングしてみたらカリカリしておいしいし、汁を吸ってもそれはそれでまた良い具合になったんですよ。さらに鹿角という地域では鮫の入った納豆汁があるという文献を見つけて、じゃあ鮫を入れた納豆汁にして納豆せんべいをトッピングしようということで完成したんです。そちらは日本うま味調味料協会の第9回郷土料理コンテストで郷土愛賞に入賞しました。
あとは「小豆でっち」という小豆ともち米を甘く炊いたものを練った郷土食が、県南にある東成瀬村という地域で親しまれています。去年のタニタのコンテストで、そこの出身のゼミ生が小豆でっちをどうしてもメニューに入れたいと言ったんですが、メインを中華に決めてしまっていたので、どうしようということになりまして。そこで、「中華のデザートと言えば杏仁豆腐じゃない?」とゼラチンを使って杏仁プリンを作り、そこに小豆でっちを柔らかく作ったソースをかけました。なかなか好評でした。
ゼミではこのようにそれぞれの郷土食へのこだわりを活かして、新しいものを作っていきます。基本的に2人か1人でレシピを考えていきますが、みんなでアイデアを出し合いながらどんどん案を練り上げていきます。ピザにしたバッタラ焼きも、最初はカレーに合わせるナンにしようと言っていたんですよ。でもそうやって話していくうちに、気がついたらピザになっていました(笑)。
こうしていくつかのコンテストに応募して、最後にまとめをして、というのがゼミの具体的な活動ですね。
これからの郷土食に
――学生さんは皆さん栄養士を目指しておられるんですか。
そうですね。ほぼ栄養士として働くことを目標にしています。一口に栄養士と言っても病院、高齢者施設、保育園などの配属になる学生が多いです。県内を希望する学生がほとんどですが、仙台や東京、遠いところだと九州に行った子もいますね。
どこに行くとしても、「献立に郷土食を入れてね」って伝えています。若い子に受け継いでもらって、給食に入れておいしいって思ってもらえればまた繋がっていきますから。
ゼミで作ってアレンジした郷土食が、これからの郷土食になっていくかもしれないよ、なんて言いながら授業をしています。