少子高齢化が進む日本において、介護は社会課題の一つとなっています。そんな状況のなか、大阪にある追手門学院大学地域創造学部の岩渕ゼミでは、学生が主体となって運営する認知症カフェ「ふらっとカフェ追大」の開催を始めました。従来の認知症カフェとは一風変わった「ふらっとカフェ追大」だからこそできること、つながれる人がいます。
今回は、追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 准教授 岩渕亜希子先生に、「ふらっとカフェ追大」を始めたきっかけや、運営に携わる学生の変化、今後の展望についてお話を伺いました。
岩渕亜希子先生
追手門学院大学 地域創造学部 地域創造学科 准教授
2015年から追手門学院大学地域創造学部地域創造学科准教授に就任。研究テーマは「高齢者の介護」「家族介護」「福祉のまちづくり」。ワークショップの開催や認知症講座で講演も行うなど、多方面で活躍。
大学にも地域の方にもプラスになる活動を
――認知症カフェ「ふらっとカフェ追大」は、どのようなきっかけではじめることになったのですか?
私は、認知症の高齢者の介護、家族介護を研究テーマにしているのですが、学べば学ぶほど介護は家族だけではどうにもならないことが分かってきました。
大学生の頃は福祉政策がより充実すれば解決できるのではないかと考えていましたが、そんな簡単な話ではなく、根底の文化の問題だと感じるようになったんです。根底の文化の問題というのは、一つの取り組みで解決できるものではありません。草の根活動の積み重ねによって文化が形成されるのであれば、同じように草の根活動をしなければ、最終的に介護を必要とする人たちの幸福な暮らしには辿り着けないのではないかと考えるようになりました。
また、学部とキャンパスが変わったことも、一つの大きなきっかけです。以前は社会学部にいたのですが、地域創造学部の設立に伴い異動となり、キャンパスも変わりました。以前のキャンパスは市内中心部から離れた農村地帯の山裾にあり、市民の皆さんに気軽に来ていただける場所ではありませんでした。
新しいキャンパスは駅からも比較的近く、人に近いところで学べるようになりました。さらに、地域創造学部で地域について学んでいくということで、私の研究分野で学生と共に実地で学びながら、大学にも地域の方にもプラスになるような活動を行いたいということで、「ふらっとカフェ追大」を始めることにしました。
人を介して地域を知る
――大阪と田舎の地域では、抱えている介護の問題も変わってくるのでしょうか?
私も大阪のことを全て理解しているわけではありませんが、個人の生活という観点から見れば、必ずしも地元に子どもがいるとは限らず高齢者がある程度自身で対処していかなければならない点においては、田舎とそれほど変わらないように感じます。ただし大阪のような都会は介護事業所やサービスのバリエーションも多く、選択の余地が大きい分、自分にとって良い選択が何かを見極めることが難しいという点は、田舎と異なるところかもしれません。これは保活と一緒で事業所はたくさんあるものの、一覧できるような便利な仕組みがないため、結局のところ足で情報を稼いでいくしかなく、とくに働きながら介護をする世代にとっては困難が大きいと思います。
介護生活において重要な近隣や同世代のネットワークを持っているかどうかは、個人差が大きいように感じます。
田舎から都会に出てきて地縁がない方もいれば、長く都会に住んでいても近所付き合いをしていない方も多いです。地域づくりを学ぶ地域創造学部に在籍している本学の学生でさえ、地域創造学部に在籍しているものの、「地域」というものを実感したことがなく、地域の何が大事なのかわからないという学生も多いんです。
実体験もなく「地域」「コミュニティ」と言っても、学生は授業でそんな言葉を聞いたなという程度の印象しかもたないまま卒業してしまうような気もしますし、そこも課題だと感じています。認知症カフェで地域の方と交流することで、「地域」というものが単に言葉としてではなく、人を介して見えてくると考えています。そういう意味でも、「ふらっとカフェ追大」は大事だと思います。
ゼミとして活動する意義
――ふらっとカフェ追大は、学生さんが主体となって運営されているのですか?
はい、そうです。今年で4年目を迎えますが、ここ一年半ほどは幸いなことに多くの学生が関わってみたいと言ってくれて、チームに分かれてそれぞれ役割を決めて運営しています。ただ、これはサークル活動ではなくゼミの活動なので、例えばイベントを行うにしても、「イベントをやって楽しかった、人もたくさん来てくれてよかった」で終わると困るんです。
イベントを企画するにしても、「何のために行うのか」「誰をターゲットにしているのか」「どのような地域課題とつながっているからそのイベントを行うのか」「カフェとしての理想像は何か」「どのような地域をめざすのか」といったことを考えることが、学生自身の研究として大学での活動として大事になります。ですから、私が学生に対して、いろいろとリクエストを出すこともあります。実務的な補助線と研究的な補助線を、どのようにすればうまく引いてあげられるのか試行錯誤しながら進めています。
学生たちは企画の中身や開催がスムーズにいくかということに意識が向きがちですが、学びとしての側面においては、一番大事なのは常に問いかけて、自分たちが何のためにやっているのかを言語化し、検証しながら活動してもらうことだと考えています。
長期にわたり交流できる環境
――ふらっとカフェ追大の活動を通して、学生さんに変化は見られますか?
現在のところ、3年生のゼミから参加し、1〜2年間関わる体制になっています。そのなかで、個人差はありますが、まず地域の人と話せるようになります。異なる世代の方と話す経験があまりない学生も多く、最初は何を話していいのか分からないと言いますが、2年目の学生や話上手な子にサポートしてもらいながら徐々に慣れていき、話せるようになっていきます。
――学生の時に様々な世代の方との交流した経験は、社会に出てから活きてきそうですね。
全く交流する機会がないまま卒業するより良いと思います。地域創造学部では、様々な地域や団体にフィールドワークに行くので、異なる世代の方々と交流する経験を持たずに社会に出ることはあまりありません。ただ、フィールドワークやインタビューでの交流は一回限りになることも多いです。その点、常連さんがいて長期にわたって交流を続けていくことができるというのは、ふらっとカフェ追大ならではの特徴だと思います。
――ふらっとカフェ追大は今年で4年目を迎えられたとのお話でしたが、常連さんのなかには4年間通われている方もいらっしゃるのですか?
そうですね。ふらっとカフェ追大が楽しみな場所になってくれているようです。熱心な常連さんが何人かいらっしゃるのですが、折に触れてご友人や知人を誘って一緒に来てくださるんです。誰かを連れていきたい場所になっているのなら、非常に嬉しく思います。
介護や認知症、病気を自分ごと化して仕事にも活かしてほしい
――ふらっとカフェ追大の活動が、進路に影響を与えることもあるのでしょうか?
例えば、もともとは現場に近くない公務員を目指していた学生が、カフェの活動を通じて住民に近い仕事をしたいということで、地方自治体へ就職したケースがあります。ただ、文系私立大学を卒業する学生は何らかのサービス業に就くケースが多いので、ふらっとカフェ追大の活動によって大きく進路が変わることはないのかなと思います。進路については学生自身が決めることで、相談にはのりますが活動のなかで指導や言及は特に行っていません。
私の思いとしては、どの業界に進むにしても地域に介護をしている方や病気を抱えている方が当たり前にいることを理解して、そのことにアンテナを張れる一労働者、一市民になってほしいと思っています。例えば、スーパーに就職したとして、高齢者が万引きしてしまった際には、この方はもしかしたら認知症なのかもしれないと気づき、対応を考えられるようになってほしいです。また、私のゼミには毎年のように警察官志望の学生がいるのですが、地域に認知症による「徘徊」に理解のある警察官がいたら心強いと思いませんか。
認知症をはじめとして、その他の病気や障害をお持ちの方、またそうした方々を介護する人々がいることを自分に関係のないことだと考えず、自分に関係のあることだと捉えて仕事の中でも生かせる素養が育ってくれると嬉しいです。それぞれの進路で、ふらっとカフェ追大での経験を生かしてくれることを期待しています。
世代を問わず認知症カフェの存在を知ってほしい
――今後の展望について教えてください。
カフェと来て下さる方の間には相性もあり、マッチングの問題だと思っています。ですから誰でもみんなに来てほしいというよりは、ここの居心地がよいと思ってくださる方に来ていただければいいなと思っています。ふらっとカフェ追大は、従来の認知症カフェからすると認知症カフェっぽくはないと思います。大学で若い学生が運営しており、にぎやかで、イベントも多彩です。また福祉的に専門性の高いサポートをしているわけではありません。でも、そういうカフェだからこそ、「行こう」と思ってくれる方もいらっしゃると思うんです。
学生はどちらかというと、介護よりは世代交流に関心があります。ですから、楽しい交流ができる場所を作るとともに周知も図り、若い元気なうちから高齢者の方に来ていただいて、多少体が衰えても変わらず来ていただけるような場所になっていくといいなと思っています。
カフェとして新しいことをやろうとはあまり考えていませんが、状況に応じて必要であれば新しいことにもチャレンジしていきます。チャレンジせざるを得ない状況は、実は結構あるんです。例えば昨年は、これまで使用していた学内の部屋が使えなくなるかもしれないという話がでていました。しかし、学内でできないからといって「カフェを辞める」という選択肢は私のなかにはありませんでした。そして、どのように続けていくのか考えて、「近隣の公共施設に旅にでながら新しい出会いを求める」をミッションに、「旅カフェ」と銘打って開催することにしたんです。
ふらっとカフェ追大は、その年の学生の持ち味を生かすような運営をしており、毎年雰囲気が変わります。変わらないことが良いという方もいれば、その変化が面白いと感じてくださる方もいるはずです。我々は、変化が面白いと感じてくださる方に向けて、活動していきたいと思います。
今年は多世代交流に関心がある学生が多く、例年は夏休みで休んでいた8月も、子供たちと一緒にカフェを企画しようと進めています。上の世代だけでなく下の世代との交流も、私は非常に重要だと考えています。
高齢者や認知症、介護について、身近に見聞きできる状況を作りたいんです。多くの親世代はまだ若く、介護は先のことだと考えているかもしれませんが、人によっては明日から介護をしなければいけなくなるかもしれません。介護について何も知らずに突然直面するのと、交流や相談ができる場所があることを知っているのとでは、大きな違いがあります。ですから、さまざまな世代の方に、認知症カフェの存在を知ってもらいたいと考えています。