八戸工業大学 鮎川恵理先生【理系女子を増やす「HITリケジョLABO」】

日本では、理系に進学する女性が少ないことが社会問題化しており、その背景として、習慣的・文化的な刷り込みがある事が取り沙汰されています。
そんな状況の中、青森県にある八戸工業大学では「HITリケジョLABO」(ヒットリケジョラボ)を設置し、八戸市を拠点として理系に進む女性、通称「リケジョ」を増やそうと活動されています。

今回は、八戸工業大学の教授兼HITリケジョLABOの会長、そしてご自身もリケジョである鮎川恵理先生にインタビューさせて頂きました。先生ご自身のご経験や、HITリケジョLABOができるに至った地域的な背景、そして具体的な活動内容などについてお話を伺いました。

鮎川恵理 先生

八戸工業大学工学部工学科 生命環境科学コース 教授

HITリケジョLABO会長

専門は植物生態学。東京農工大学農学部の在籍中から、環境と植物との関わりに興味を持ち、総合研究大学院大学数物科学研究科極域科学専攻に進学。2000年日本南極地域観測隊で南極のコケ植物の現地調査。2004年より八戸工業大学で多くの理系女子を指導、就職指導も行ってきた。女子大学生、女子高校生の母。

植物の生態への興味

――先生のご専門について教えて頂けますか。


植物生態学で、植物が野外でどういう環境で生きているのかとか、その環境との相互関係はどうなっているのかとか、あるいは繁殖方法が環境によって変わるのかな、というのが興味の対象です。

――HITリケジョLABO(HITは「八戸工業大学」の略称)のウェブサイトに種差海岸の植生の事が記載されていました。


そうでうね。私が八戸に来たのが2004年だったんですけれども、その当時は子供が小さくて、熱を出したら保育園に迎えに行かなければいけないといった事があったので、なかなか遠い所に調査に行けなかったんです。だから近場でやろうと思ったのが2010年で、調べ始めたら翌年には震災が起きて津波が来た。津波前の貴重なデータが取れていたので、震災前と後の比較ができるという事で、今も続けて行っています。

――震災前後で植生はどのように変わったのでしょう。


八戸の辺りはあまり大きな被害がなかったんですが、調べていたのが確実に津波の海水を被っていた場所でしたが、夏くらいには意外と8割くらいの植物が元通りに生えてきていたんです。海岸に近いような所に生える植物というのは、台風の時などに多少海水がかかっても生きられるものが多いんです。
海岸という環境にも強い植物がいて、そういったものが生き残っていたり、海水を被っても雨とか流れて来る水などで綺麗に洗われて、芽を出す時にはほぼ元通りになるのではないかなと考えています。

――先生はそういった事を大学生の頃から研究されているんですか。


大学の時はちょっと変わっていまして。南極のコケを調べていました。南極大陸の99%は氷に覆われているんですが、海側に1%だけコケが生える様な砂漠みたいな所がありまして。そこは、温暖化する前から夏の期間はプラスの温度になるので、水が流れて来るんですよ。それで、そういう所を頼りに、年間50日から60日だけ得られる水を頼りに生きているコケがあります。それが全部クローンで増える無性生殖をしているので、その生殖方法でどのくらい広がっているのかという事をDNAを使って調べたりしていました。

ひとり育児をしながら

――先生はお子さんもいらっしゃる中で、ずっと大学で教鞭を取り、研究をなさってきたんですか。

はい。主人とは今年で結婚20年になるんですが、実は19年別居です。南極で知り合った主人は自衛隊員で転勤族なので、子供2人を育てるのは最初から今まで、ほぼ私1人です。

なかなか学会にも私の様なケースの人はいなくて。学会の男女共同参画の視点のフォーラムに参加した事があるんですが、他の参加者の方は「別居生活は3年くらいです」とか、同居の為に片方が技官でもう片方が教員をして、といった様にお互いに融通をつけているんですが、我が家はどうしようもないので、私がほぼ1人で育ててきました。

たまたま私に体力があって健康だったから、1人でバタバタやってこられたのだと思います。でも、私の様な健康自慢の女性だけでなく、普通の人が働きながら子育てをできるような社会にならなければいけないと思います。例えば、北欧の何処かの国の様に、17時とか18時で皆がピタッと仕事を止める様にならないと。

まずは理系の仕事を紹介する事から


――先生はHITリケジョLABOの会長でもいらっしゃいますが、どのような背景があってこちらの活動が始まったんでしょうか。


地域的な背景としてちょっと課題だなと思っているのが、そもそも理系に進む女子生徒が少なめである上に、理系に進んだとしても薬剤師とか看護師などの医療系が多いんです。例えば、東京都だと理系で受験する女子の5割が医療系を選択するんですけれども、青森県だと7割なんです。
それについて色々と考えたんですが、多分、お仕事をしているお姉さんをあまり見た事がない。お年寄りの多い所なので、イメージしやすいのは介護とか病院ぐらいなのではないかなと気付きました。なので、理系の他の仕事を紹介する活動をしています。

――なるほど。そもそも仕事の存在自体を知らなければ、そちらに進もうとはなりませんよね。


親の方も、資格を取って働くような所に子供が就職する事を望む人が多いんですよ。私と同世代のお母さん達は、大学に行った人自体が今より少ない世代で、理系の女性なんてさらに少ないと思うんですよね。そうすると、自分の娘が理系で働く事はイメージしにくいのではないかなと。
実際、お母さん達から相談に乗る事が多くて。「娘が高専に行こうとしてるんだけど、大丈夫かな」と心配しているんです。

――「大丈夫かな」と思ってしまうんですね。


色々な心配があると思います。だから、「絶対に仕事はあるし、高専も専攻科まで行って大学と同じくらいの教育を受けておいたら、それを活かしてしっかり稼げるよ」って教えてあげたりしています。やっぱり、お母さん達にとっては、周りにそういうロールモデルがいなくては、本当にわからないんだと思います。

――医療関係以外の理系に進む女性が少ないというのは、地域としての弊害は出てくるものですか。


そうですね。リケジョLABOでは企業の方にも協力して頂いて一緒に活動しているんですが、青森だとエネルギー関連の会社をはじめ、製造業もたくさんあります。最近は様々な会社で女性の比率を上げて採用しないといけないのですが、その時に、「広報とか事務だけではなくて、技術者も取りたいんだけれども、実際に技術者の女性がいなくて困っている」というお話を聞きます。

あと、これは青森に特有の事ではありませんが、例えば車の衝突実験のダミー人形が、2000年ぐらいまでは女性型の物がなかったらしいんですよね。妊婦であれば体の重力的なバランスも変わるでしょうし、子供だったら尚更ですよね。

そういった弊害もありますし、あとはDNAの実験をする時に使うマイクロピペット。従来の男性向けの物だとバネが強くて、私も腱鞘炎になってしまった事があります。医師の外科手術の道具なんかも男性向けにできていて、アメリカの女性医師に調査すると、凄く使いづらくて肩が痛くなるといった問題がある様です。
とにかく、開発側に女性がいないという事ですね。女性が男性向けの道具を使う事によって、ひどい場合は男女問わず命まで危険な目に遭う事もあるんです。

文化的・社会的な壁

――やっぱり偏るのは良くないですね。理系に進む女性が必要という事ですね。


そうですね。リケジョLABOの活動では、中高の女の子達に対して今の様なお話をしたりして、「理系の女性は絶対に社会で必要なんですよ」という事と、大学に進むとどんな良い事があるのかを伝えています。
中学生くらいだと、大学に行くかどうかはまだ決めていない人もいますし、よくわからないですよね。進学者があまり多くない高校もあります。そういった生徒達に対して、「大学に行くとお給料が高くなるし、専門的な仕事も分かるので、社長になる比率も高いですよ」、「銀行とか公務員の道もありますよ」といったわかりやすい話をして、理系の学科にはどういったものがあるのかとか、そこで学んだ事がどういう風に社会で役に立っているのかと伝えています。

それと、「数学はちょっと苦手でも分野によっては大丈夫だから、女の子も理系に行きなさい」と。進学校ならば、「数学が10点低くても、得意な英語や国語で10点多くとれば良いじゃん。私もそういう風にやってきたから大丈夫だよ。好きな事を諦めないでね」といった様な話もしています。

また、教育学の専門家の先生に講演をしてもらったこともあるんですが、「現在理系でやってきている女の子は、よっぽど頑張ってきたか、親や先生など周りからの批判的な意見がなかったか、あるいはそれを突っぱねたか。で、得意な理系科目がずば抜けてすばらしい」らしいんです。そういう状況でない限り、日本では社会の中で何らかの制約がかかってしまって、女の子が理系に進みづらい様です。
他にも、中高以前の問題として、保育園で与えられるおもちゃも、女の子は人形で、男の子はミニカーという風になっているし、呼び方も女の子は「ちゃん」、男の子は「くん」で分かれていると。これがアメリカであれば、「メアリー」や「ジョン」みたいに呼び捨てで統一されていますよね。そうやって文化的・社会的な部分で、気付かない内に皆が流されてしまっているのだと知った時は、結構衝撃を受けました。
もう、社会全体が変わらないとなかなか難しいのだろうという気がするので、リケジョLABOの対象としては、生徒さん達と親と中高の先生を視野に入れて活動しています。

自由に進路を選べる世の中に

――そういうお話や講演を聞いた女の子達は、「じゃあ私も理系行こうかな」となるものですか。


なるんですよ。いつも講演の後にアンケートを取るんですが、「話を聞いた後、理系に対する関心や、進路への気持ちが高まりましたか」といった設問には、8割くらいが「理系も良いかな」と回答してくれます。なるほどと思ってくれるみたいですね。

――親御さん向けとしては、どういう活動をされているんですか。


今年は、7月のオープンキャンパスに来る親御さんと娘さん達に、一緒に聞いてもらう講演会をやります。親子セットで、リケジョに対するイメージをガラッと変えてもらおうと。「将来、製造業に進んで技術職に就くと、やっぱり一般職よりもお給料はちょっと高いですよ」とリアルな部分も少し話して、親御さんも、「こんなに理系女子にも働く場があって稼げるんなら良いんじゃない」と思ってもらえる様に。

あと、今年は目玉として、「HITリケジョサマーキャンプ2024」を8月に開催します。女子中高生を対象とした1泊2日のキャンプなんですが、企業の女性技術者の方に協力して頂いて、実際にどのように働いているのか企業見学をしたり、理系の道を進むことについて相談を受けたりします。
そうやってリケジョの実際を見るということの他に、副次的な効果として、「理系に進もうと考えている女子が、他の高校や中学にもいるんだ」と思ってもらえたら。

――そういった活動によって、理系に興味のある女子の皆さんが素直に進学できる様になると良いですね。


ええ、理系でやっていきたいと思ったら、皆が諦めないでやれる社会になったら良いなと思っています。社会的な制約とか、親や先生の言葉とかで諦めてしまう人がいたらもったいない。女子も男子も自分で自由に進路を選べる世の中になれば。