滋賀短期大学:中平真由巳先生に訊く—地域伝統食実習を通して、滋賀の食の魅力を継承できる栄養士に

住んでいる地域、生まれ育った地域の伝統食をご存知でしょうか。それぞれの風土に育まれてきた食文化は、今や日常生活にはなかなか現れません。

そんな現代に、栄養士を養成する滋賀短期大学生活学科食健康コースでは滋賀県の伝統食を作る「地域伝統食実習」が行われています。どういったねらいで開講されているのか、受講した学生はどのように成長するのかなど、実習に関わるお話を中平真由巳教授に伺いました。

中平 真由巳 先生

滋賀短期大学 生活学科長・教授

滋賀短期大学生活学科教授。修士(家政学)。気候風土と食文化、食と暮らしを研究テーマとする。主な著書として『ベリーズを知るための60章』(共著書、明石書店、2024年)『新版トータルクッキング』(共著書、講談社、2024年)『クックしが』(共著書、サンライズ出版、2017年)「ラオス・山村の暮らし」滋賀の食事文化研究会小史、2022年)「モンゴル遊牧民の生活と食文化‐ムギ家の夏の暮らし‐」(滋賀短期大学紀要 第46号、2021年)等がある。

滋賀に来て伝統食に心をつかまれた

短大では滋賀の地域伝統食実習を教えていますが、私自身の出身は香川です。20年前、講師として本学に赴任しました。そこで「ふなずし」や「エビ豆」といった滋賀県の伝統食に出会い、そのおいしさと魅力に心をつかまれました。学生のころから発酵食品が研究テーマだったこともあり、「このような伝統食がある滋賀県は素敵だな。絶対に作れるようになりたい!」と思ったのです。そこで地域伝統食実習に参加させてもらい、一緒に作って覚えてきました。20年経った今も、滋賀の食について学び続けています。

私が赴任する前から形態は違いましたが地域の伝統食を作る実習が開講されていました。16年前に栄養士養成課程を新設して、地域の伝統食を伝えていくことができる栄養士を育てたいという想いから地域伝統食実習が始まりました。今は核家族が増え、これまで親から子、子から孫へと伝わっていた伝統的な食が伝わりにくい時代になっています。加えて、地域のコミュニティで一緒に伝統食を作るようなつながりも薄くなっています。ここ滋賀の地で栄養士を輩出する短期大学の使命として大事にしていきたい科目であると考えています。

滋賀の伝統食

土地柄もあるのか、滋賀県には伝統食が比較的良い形で残っています。生活の知恵の集積である伝統食を大事に伝えていきたいという願いから、無形民俗文化財として「滋賀の食文化財5点」が選定されています。

滋賀の食文化財をここで簡単にご紹介します。
まずは「なれずし」。ふなずしが有名ですが、ハスやモロコ、アユなど琵琶湖の魚であればなんでもなれずしにします。米と塩漬けした湖魚を半年から1年間ほど発酵させる保存食でもあります。
ふたつめはビワマスの炊き込み御飯の「アメノイオ御飯」です。「アメノイオ」とは産卵期のビワマスのことで、琵琶湖の固有種です。
次に「湖魚の佃煮」。イサザやコアユ、スジエビなどを煮た多様な淡水魚の煮物文化です。「エビ豆」のように大豆と一緒に煮ることもあります。
次には「日野菜漬け」。これは滋賀の伝統野菜である日野菜をぬか漬けや浅漬けなどにしたものです。
そして「丁稚羊羹」。竹の皮で包んだ蒸し羊羹で、かつて丁稚さんが実家で作った羊羹を奉公先に土産として持って行ったというのが名前の由来とされています。
文化財には含まれていませんが、他にも茄子とゴマの味噌汁である「泥亀汁」や、「赤こんにゃく」なども伝統食として親しまれています。

こういった伝統食は、意外と簡単に誰でも作ることができます。このように現代まで伝わってきてたということは、作り方が難しくないからだと思います。多くの人のに渡り、練り上げられたシンプルな手法であるのだと。現代の我々がこのような料理を編み出そうと思っても、簡単には思いつかないような創意工夫に出会います。そしておいしいからこそ残っているのです。

また、栄養バランスも整っています。湖魚のタンパク質を柱にして、琵琶湖周辺の平野には豊かな田んぼがあり米がとれる。米が育つということは水が豊富であり他の野菜も何でも作ることができる。ですから豆や芋、様々な野菜があってバランスも良いのです。同じ滋賀の中でも湖西、湖北、湖南とそれぞれの地域による特徴があります。たとえば湖北は雪深いので、冬の間に食べる保存食のバラエティが豊かです。

変わっていくことで伝わっていく伝統食

かつてはたくさんの炭水化物に少しのおかず、という食べ方がされていました。そこで少量でも御飯が沢山食べられるようにしょっぱい味のおかずが多くあります。現代はたくさんのおかずに御飯が少しという食べ方になっていますから、実習で伝統食を食べた学生は「ちょっと喉が乾く」と言います。

ですから、やはり昔のままでは伝わっていきにくいと思うのです。時代ごとに使う食材も変わりますし、外国から様々な料理も入ってきます。その中で伝統食を食べていこう、価値を知っていこうと思ってもらうには、まずはおいしいと感じてもらうことが大切です。伝統食は現代まで伝わってくる間にも、その時その時に合う形に変わってきたのではないでしょうか。

学生たちには、「伝統食だけれども自分たちの生きていく舞台に合うように変えていってもいいんだよ」って伝えています。実習でも少しずつ塩分を減らしたり、アレンジをしたりと工夫しています。ふなずしをそのまま食べにくいという学生もいます。そこで、アンチョビ代わりに使ってペペロンチーノ風にしたり、パイ生地にジャムと一緒に載せてカナッペ風にしたり。ふなずしの飯(いい)の部分をチーズケーキに入れたものは特に人気があります。オープンキャンパスに来られた方に普通のチーズケーキと一緒に提供すると、多くの方がふなずし入りの方がおいしいと言われます。不思議ですがコクが出るようです。

ふなずしバインミー

実習を通して変わっていく学生たち

琵琶湖の漁師さんを招いての実習

実習の第一回目は、先ほど述べた5つの食文化財がテーマです。ふなずしは滋賀を代表する伝統食ですが、臭いとかおいしくなさそうとか、そういったイメージが強く食べたことのない学生も多いのです。そのふなずしを夏前にみんなで漬けます。一年間漬けるので、実習で食べるのは昨年の先輩が作ったものです。発酵の酸味や独特な匂いがあるので食べるのが難しい学生もいますが、「思ったよりおいしい、臭くない」という感想も聞き嬉しく感じます。

実習で作った料理を「どれも不思議やけどおいしい」と言う学生が多いです。昔ながらの食べ物をおいしく感じている自分との出会いを経験します。「私は、こういうものおいしく感じるんや」と思うようです。

食べたことがないのに、懐かしい味がすると言うのです。そういう学生が毎年いるので、「きっとみんなが持っている遺伝子が呼び起されているんじゃない?」と話をしたりします。伝統食を通じて先人と出会い、今の時代を一緒に生きていると感じる。時代を超えた縦のつながりはなかなか感じることがないと思うのですが、実習は祖先について考えたり、自分自身って何者だろうと考える貴重な時間になっていると思います。自分の根っこが確かなものになり、学生が変わっていくのを感じます。

風土と食のつながりに気付く

実習だけを行うのではなく、「世界と地域の食文化」という講義でも食の文化を並行して学びます。ただの保存食ではない「ふなずし」の文化的な背景、神撰として奉納されることも多く、健康面だけでなく文化面における価値も持つ。様々な角度から伝統食を見ていき、この地で育まれてきた食と祖先、自分自身を見つめます。

講義では海外の食文化から迫って滋賀へと展開していきます。アフリカや中南米、東南アジアの田舎で、自分たちと同じくらいの年齢の若者が豊かな食文化を大事に受け継いでいる様子を学びます。風土と食のつながりを学びながら、学生たちも「自分たちの気候風土に合う食がここにもあるはずだ」と気付き始めます。そこで滋賀の伝統食の話に入るので、滋賀の魅力に自ら気付き、「これって大事に伝えないといけないんじゃない?」と感じるようです。講義と実習の両輪で学生が変わっていきます。

五感で先人たちの知恵を学ぶ

栄養士コースは滋賀県出身の学生が多く元々滋賀が好きで来ているように感じます。もちろん他府県から来る学生もいますが、実習で滋賀の伝統食を学ぶと「地元の郷土料理はどうだろう?」と興味が出て、帰ったら勉強して伝えていきたい、大事にしていきたいという気持ちが芽生えるようです。滋賀県の伝統食実習は、地元ではない学生にとっても大きな学びになっていると思います。

最初は伝統食を知らなかった学生たちも、実習を通して「これはおいしいから残ってきたものなんだ」「みんなに選ばれてきたものなんだ」ということに気付いていきます。そうしているうちに「なんか古臭いな」と思っていたものが新しく見えてきます。たとえば、竹の皮で包んだ丁稚羊羹は包んだら竹の端っこを引っ張って紐として結んでかわいい形に仕上げますが、学生にとってはそれがおしゃれに見えるようです。手軽にどこでも携帯して持っていける形です。普段は衛生面から実習で作ったものは持ち帰れないのですが、この日だけは丁稚羊羹をひとつずつ持ち帰ります。昔から伝わるお土産を家族と分かち合えることをとても喜びます。

現代の視点で見ても竹の皮を包装に使う丁稚羊羹はエコな食品です。身近にあるものを上手に使い、それをゴミとして捨てても自然に還っていく。香りがよく、竹の模様も羊羹につく、そういった素敵なことがいっぱいあって、現代のやり方では叶えられないことがたくさんあることに経験を通して気付きます。昔の人の知恵に出会い「私たちの祖先ってすごいな」と思うようです。

伝統食実習はカリキュラムの中では応用分野に入り、栄養士必修科目ではありません。しかし、その+αが栄養士としての豊かさや深さにつながると考えます。栄養士になって保育園や老人福祉施設などで地域の食事を提供すると、とても喜ばれます。ですから地域の伝統食を大切にできる栄養士を育てたい、そういう想いで授業をしています。

このような知識や経験は学生たちの自信を育てていると考えています。食事を提供する対象者の方が求める食事を作りたいという思い、その方の文化的背景も知りたいという気持ちにも繋がっていきます。食文化の楽しさに出会う経験は、栄養士に必要な分野、科目だけを学んでいるのとは違ってくるであろうと感じています。

自分自身の五感で学ぶ体験がとても大切。学生たちには学んで、作って、味わって、理論+体験、五感で感じ取りながら伝統食を身につけて羽ばたいてほしいと願っています。