近年、地方の公共交通機関が苦しい声を上げている。人口減少や需要の低下により、バスや鉄道が次々と廃線・減便になってしまっているのだ。街の住みやすさと直結するため、便の減少によってさらなる人口流出にも繋がってしまう。しかし増え続ける赤字の中でどこまでを誰が補填し続けるのか、先の見えない経営に存続を断念する自治体や企業も多いのだろう。
そんな中、総務省地域力創造アドバイザーであり、自身で事業も経営し、千葉県多古町で地域おこし協力隊としても活動する斉藤常治さんは、その一風変わった経歴を活かして公共交通機関の利用促進に取り組んでいる。活動に込めた想いや、公共交通を持続させていくために何ができるのか、お話を伺った。
旅行に最適?斉藤さんが思う多古町の魅力
斉藤常治さんは盛岡で生まれ、教育や広告に関わる職を経験、IT業界で起業したのち観光業に転身した。現在は「国内旅行業務取扱管理者」「旅程管理主任者」の資格や添乗員の経験を活かし、地域おこし協力隊内外で様々なガイドツアーを行い、またそうした自身の経験を元に情報発信をしている。趣味では公共交通機関や徒歩、レンタサイクルを駆使して旅行をするのが好きで、鉄道好きでもある。
そんな多彩な経歴を持つ斉藤さんが、数多くの自治体の中からなぜ多古町を選んだのだろうか。背景には多古町が移動に便利な地域であるにも関わらず、住民がそれを十分に活かしきれていないという気付きがあった。
「多古町は成田空港にほど近く、空港へのシャトルバスが5時台から22️時台まで概ね1時間に1本以上出ています。移動においてとても利便性の高い町なんです。」
成田空港まで行けば飛行機はもちろん鉄道も出ているので、旅行をするには国内有数の便利な地域と言っても過言ではない。飛行機に乗れば大阪や福岡、沖縄や札幌にも日帰りで行くことができる。鉄道を利用するなら、空港第2ビル駅は始発駅に近く、立つことなくゆっくり席に座って東京や大船などまで足を延ばすことも可能だ。
しかし、そんな交通の便利さを多古町の住民が十分に活用できていないと斉藤さんは語る。実際、町民の約7~9割が路線バス・シャトルバスを利用していないという。
「このシャトルバスが私にとって多古町の最大の魅力でした。空港及び鉄道駅と短時間で行き来ができるわけですから。なんでこんなに最高の場所なのに、みんな旅行に行かないんだろうって。」
もっと利用をしてもらいたい、魅力を知ってもらいたいとの想いで地域おこし協力隊に就任した。
旅行セミナーや成田空港ツアーを開催
協力隊として、シャトルバスや鉄道などの交通手段や乗り方を紹介する旅行セミナーを行うと、住民がいかに公共交通機関を使っていないか痛感したという。
「成田空港駅ってどこにあるんですか、とか、切符はどこで買うんですか、紙の切符ってどうやって改札を通るんですか、と訊かれたんです。みなさんずっと車で移動をしているので、電車やバスにほとんど乗ったことがないって言う人が多いんですね。」
そこでシャトルバスに乗ってもらうきっかけを作ろうと、成田空港ミニツアーを開催。すると近隣から59人もの申し込みがあったそうだ。しかしシャトルバスに乗る人が少ないからと言っても、成田空港は近場である。本当に地元の人でも楽しめるのだろうか?
「成田空港って実は誰でも楽しめる場所なんですよ。協力隊とは別の事業で地域外の人に向けても同じようなツアーを行っているんですが、驚いたことに近場である首都圏のお客さんが多いんです。さらに意外だったのは、日帰りもできる距離なのに、参加者の半分くらいは泊まりがけで来ているということ。」
成田空港周辺のホテルは都内の宿泊施設に比べ、安くて上質なホテルが多いという。また、イベントに来る人は必ずしも空港や飛行機に興味があるわけではなく、「口コミが良かったので参加してみました」という人も少なくないのだとか。首都圏に住む人たちもわざわざ泊りがけで参加するほど、成田空港エリアには魅力が詰まっているのだろう。ツアーの内容も、興味が無い人でも楽しめるもののようだ。
そんな魅力的な場所であれば、地元住民が行っても改めてその魅力に気付かされるような面白い体験ができそうである。シャトルバスに乗るきっかけとしては十分過ぎるだろう。イベントを通してバスに乗り、電車や飛行機の乗り方を知れば「利用してみよう」と思う人も増えていくのではないだろうか。
「減らすな」ではなく「乗ってみよう」と思わせる
「今、日本全国でバスや鉄道が廃線・減便の危機にさらされていますよね。そこで各地の自治体が『このままだとあなたたちの公共交通は無くなってしまいますよ』と呼びかけて、なんとか利用者を増やそうとしています。でも、そうやって脅かされたって乗りたいと思う人はいないと思うんです。」
乗る理由がないのに公共交通機関を使えと言われても住民は乗らない。しかしそこに目的があって使い方を知っていれば、あえて乗らないということはないのではないか、斉藤さんはそう考えた。
「だからミニツアーを企画して乗る目的を作ったら、人が集まったんです。みんな決して公共交通機関にお金を使いたくないとか、是が非でも車に乗りたいわけじゃないんだと確証が持てました。そもそも全国どこに住んでいる人でも、自分の町から鉄道やバスが無くなって良いとは思っていないんじゃないかな。」
機会があれば住民はバスに乗るのだ、と実感を得た。斉藤さんは引き続き、これまで培った観光業のノウハウを活かして、地道に公共交通機関を使う理由を住民に提供し続けている。
「今までは観光業の知識をインバウンドや地域外の人に対して使っていましたが、多古町地域おこし協力隊に就任してからは地域内の人に対して活用していますね。」
こうした地域内の人に対する公共交通利用の理由づくりは、もっといろいろな地域で行われるべきだと斉藤さんは言う。
「慣れていないから使わないだけで、乗り方や良さを知れば乗るようになると思うんです。」
公共交通をなくさないために
公共交通機関を適度に利用する生活の実現を目指して活動する斉藤さんだが、そうは言っても全国的に廃線や減便に追い込まれる路線が少なくない。そんな中で路線の存続、便数の確保のためには何ができるのか訊いてみた。
「普通だったら、乗る人が少なくて赤字だっていう企業に対して、それでも商売しろっていうのはちょっと厳しいと思うんですよ。別に企業や自治体だって、便を減らしたくて減らしているわけじゃないじゃないですか。」
斉藤さんは地方を訪れた際、そこからバスや鉄道で目的地に行く行程をある種のゲームと考えているという。減便していて一日数本しかないバス、接続の悪い乗り継ぎをどう攻略して目的地までたどり着くか、というゲームなのだと捉える。
「公共交通が0になってしまったなら、手も足も出ないですよ。でもバスや鉄道が走っている以上、それに合わせたライフスタイルや旅の方法を考えるしかないと思うんです。」
公共交通を減らすなと叫ぶのではなく、今ある運用の中で主体的に利用したくなる企画を考えていきたいと語る。その一環として、ツアーだけでなく地元の高校生にバス車内をデコレーションしてもらう企画を先日行ったそうだ。
「バス会社も高校生も初めてのことで手探りだったんだけど、やっぱり出来上がってみるとバスに乗ってきた人が驚いてくれて。見まわして、写真を撮る人もいました。」
高校生が一生懸命創り上げたことに感動して、目を潤ませた運転手もいたという。バスに少しでも親近感を抱いてもらうという企画として、達成感をにじませた。
「運賃を上げるとかとそういったこととは別の次元だし、本当にそんなにすごいことはできないんですけれども、1便でも2便でもバスや電車が走っているなら、少しでも乗る手段を考えて行くしかないと思っています。」
単に乗れと呼びかけるのではなく、乗ってみようと思えるきっかけを作れば自然と良い循環が生まれるのではないか。需要があるから公共交通は走っている、そんな当たり前のことに気付かされた。
地道ではあるが確かな利用者づくりを行っていく。その姿勢は地方の公共交通にとって、一筋の光となるのではないだろうか。これからも斉藤さんの挑戦は続く。