石川県加賀市は、山代温泉・山中温泉・片山津温泉の「加賀温泉郷」を有し、城下町の大聖寺や北前船で栄えた橋立など、数々の見所がある全国的に有名な観光地です。また、日本を代表する伝統的工芸品である「山中漆器」と「九谷焼」の発祥の地でもあります。
今回のインタビューでは、加賀市役所の産業振興部 観光商工課で伝統産業振興をご担当の上出功貴主査から、山中漆器と九谷焼の振興についてお話を伺いました。
山中漆器と九谷焼
――加賀市の伝統産業、山中漆器と九谷焼について概要を教えていただけますか。
山中塗が生まれたのは、およそ400年前の安土桃山時代。挽物の器を作って生活していた木地師が山中温泉上流の真砂に定住し、木地を挽いたことが始まりだといわれています。
「木地の山中」と言われているように、山中漆器は木地がとても有名で、人間国宝に認定されている川北良造先生など、多数の木地師を擁しております。
九谷焼についてですが、こちらも山中の九谷村の鉱山から陶石が発見されて、それを大聖寺藩の職人が佐賀の有田に磁器作りを学びに行き、その技術をベースに、発見された陶石で作った焼き物のことを九谷焼、特に「古九谷」と呼んでおります。ただ、古九谷に関しては実際焼かれるようになってから50年程度で窯がなくなってしまったので、 現在の九谷焼は19世紀以降に焼かれた物や再興された技術がベースとなっております。
市として伝統産業を支援
――市役所内に「伝統産業振興」の係があることにはどのような背景があるのでしょうか。
山中漆器も九谷焼も色々な縁があって加賀市に根付いた産業で、その制作には高い技術力や精巧さを求められます。そのため、伝統産業は「ものづくり」の象徴のようなものではないかと思っています。
古くから受け継がれてきた技術や技法を使い、日本の文化及び人々の生活に根ざして今日まで残ってきました。保護しつつも、更なる活性化に向けて、その都度必要な支援として行政ができることをしていこうということではないかと担当者としては、思っております。今後も加賀市の大きな魅力の1つとして続いていくように努めていきたいですね。その為には、作家さんや組合等の関係者と随時コミュニケーションを取りながら、方向性を考えていくことが大事だと思っております。
――実際に、現在は市としてどのような支援をされていますか。
平成26年度から「伝統工芸等担い手工房借上支援事業」を行っておりまして、これは伝統産業に従事する方が市内で工房として使用する建物の家賃を補助する制度です。
それと別に令和2年度から「伝統工芸等担い手工房開設支援事業」という制度も開始しておりまして、こちらでは市内で工房を新設する際の設備投資を支援しています。例えば、山中漆器に必要なろくろ、九谷焼に必要な電気窯などの購入費を補助しております。
他には、山中漆器と九谷焼のそれぞれに後継者育成支援事業があり、教わる側に金銭的な補助をしております。
九谷焼では、いろいろな都合で制度創設から利用がなかったのですが、令和5年度に初めての応募があり、現在も市内の事業所で技術継承のため日々励んでいます。指導者の方は、「1から10まで伝えてあげると成長は早いと思うが、それでは本当の意味での成長は無いと思っている。そういった環境で学び独立した人は技術の伸びがないことを目にしてきた。必要最低限のポイントで背中を押して伸ばしていけるようにしていきたい。」とお話をされていました。
――伝統産業に従事する方々は、そういった支援事業をどのように知るのでしょうか。
所属する組合や修行先の工房で支援事業を紹介されることもありますし、山中漆器に関しては市内に「山中漆器産業技術センター」という研修所があるので、そちらで支援事業の紹介をしております。
伝統産業振興の今後の展開
――市内の伝統産業従事者数の増減はどのようになっていますか。
人口も減っていますので、どうしても減少傾向ですね。伝統産業に限らず、どの業種も人出不足が問題となっている時代なので、市としても後継者の確保に取り組んでいますが、従事者が増加に転じるほどの成果は出ていないのが、現状です。
――今後の伝統産業振興の展開は何か考えていらっしゃいますか。
やはり後継者の確保が重要になってきます。
ただ、伝統産業というものは、どうしても師匠の技術を見て盗むという習慣があります。例えば、全く同じ時期に同じ工房で修行に入った人が2人いたとして、一緒に修業を続けて1年経過した時に、習得した技術に差が出てきてしまうんですね。当然個々の「学ぶ能力」が違いますので。だから、その部分の差をなくすために伝統産業にもDXを推進し、今まで現場でアナログで引き継がれてきたものを何とか可視化して、ある程度の技術までは決まった期間で習得できるようにして、そこから先は個人の努力で高みを目指して頂く。そういったカリキュラム的な支援ができるようになれば、後継者確保の可能性が高まってくるのかなと考えているところです。
――なるほど。取っ掛かりの部分で一定のレベルを担保するということですね。
そうですね。そうすることで工芸品の制作に全く携わったことのない人にとっても、取っつきやすさが出るのではないかと思います。
「辛いけど、何とか頑張ろう」と思って修行していても、突然自分のレベルが上がらなくなってくるという壁に当たった時に、一人前になる前ですと、お金も入らないですし、せっかく加賀市まで勉強しに来たけれども続けられなくなって挫折してしまうというケースがあるのですが、それは非常にもったいないと感じます。担当者として、何とかその部分の支援ができればと思案しております。
――北陸新幹線加賀温泉駅にも伝統的工芸品の装飾があるとお聞きしましたが、どのようなものですか。
北陸新幹線加賀温泉駅に隣接するにぎわい交流施設「ゆのまち加賀」には、九谷焼で作成した陶板を組み合わせて製作した直径2メートルの九谷焼の大皿や山中漆器の器や蒔絵を施した大型の作品が展示・設置されています。加賀市に訪れた方をお迎えする玄関口としてふさわしく、他の新幹線駅には無い魅力あふれる空間となっていますので、ぜひとも多くの方に加賀市にお越しいただき、加賀市が誇る伝統的工芸品の精緻な技術と文化の厚みを体感いただきたいと思っております。