富山県高岡市で地域おこし協力隊を務める加藤木 守さんは、茨城や東京でのバス運転手としての経験を活かし、「地域交通ナビゲーター」として公共交通を軸にした地域活性化に取り組んでいます。高岡市の風景がモデルとなったアニメとのコラボ企画をはじめ、地域外から人々を呼び込むイベントの企画・運営を通じ、地方の公共交通が抱える課題に向き合っています。
自動車中心の生活が当たり前となっている地域で、公共交通の利用を促し、観光や地域の魅力を活かした活動に取り組む加藤木さんの役割は、単なる交通手段の提案にとどまりません。アニメ映画「大室家」の公開を機に、高岡市をはじめ富山県西部6市全体を結ぶスタンプラリーなど、高岡市周辺の自治体を巻き込んだ新しいイベントを企画。自身の経験や趣味、アニメや伝統文化への関心を活かし、地域を繋ぐ架け橋ともなっています。
本記事では、加藤木さんがどのように地域の魅力を見出し、地域交通を通じてどのような未来を描こうとしているのか、その活動と想いに迫ります。
(記事公開日:2025年2月19日)
「地域交通ナビゲーター」への転身 加藤木守さんが描く新たなキャリア
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私は2023年8月から、富山県高岡市の地域おこし協力隊で「地域交通ナビゲーター」を務めています。それまでは東京でバス運転手として働いていましたが、不規則な勤務や体力的負担、それらに伴うストレスから、「このままでいいのだろうか」と不安を感じる日々を過ごしていました。
そんな私が地域交通ナビゲーターという役割にたどり着いた背景には、さらに過去の経験が関係しています。大型二種免許を取得し、地元の茨城県でバス運転手をしていた頃、地域活性化につながるコンテンツやイベントに興味を持つようになった出来事がありました。
当時、茨城のとある地域がアニメの舞台となり、私の勤務先においても、アニメとコラボしたラッピングバスが運行されていました。アニメや公共交通、そしてラッピングバスを使ったツアーに興味を持つ友人から、「ラッピングバスを使って、アニメの舞台となった場所を巡るツアーをしたいので協力してもらえないか」と相談を受けたのです。
その友人は県外在住で、細かい土地勘は持っていませんでした。そこで、バス運転手として知識があった私が勤務先の担当者との調整役を引き受け、ツアーを実現させました。
結果的にツアーは成功し、主催者である友人からは「地域の飲食店や施設とのつながりができて良かった」など好評をいただきました。この経験を通じて、私自身もコンテンツツーリズムやアニメツーリズムに興味をもつようになったのです。
実は、私自身も落語・歌舞伎などの伝統芸能やアニメなどに関心があり、アマチュアで落語を演じていた経験もあります。こうした趣味や興味を活かし、旅行・公共交通を組み合わせた活動ができないだろうかと考えるようになったものの、バス運転手の仕事に追われる日々では、新たに挑戦する余裕がなかなかありませんでした。
そんな中、以前より友人がいる富山県を訪れる機会が多かった私は、なんとなくですが高岡にも土地勘がありました。また富山県は山や海が身近にあり、自然を満喫できる環境が魅力的です。東京での生活よりも、自然に囲まれたのんびりした環境のほうが自分には合っていると感じていました。
また、東京でのイベント企画には高い壁がありました。当時の私にはイベント企画の専門知識はなく、実際に落語イベントを企画したこともありましたが、慣習的な険しい障壁や制約があり、継続的な開催には至りませんでした。
こうした経験から地方にも目を向け、「自然豊かな地方の環境で自分のスキルや興味を活かしながら、地域活性化や新しい挑戦ができないだろうか?」と考えていた頃、高岡市が「公共交通の利用促進のためのイベント企画などができる人材」として地域おこし協力隊を募集していることを知り、思い切って応募しました。面接を経て採用され、現在は地域交通を軸にさまざまな活動に取り組んでいます。
コンテンツツーリズムの可能性を探る 地域交通ナビゲーターの役割とは
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私が就任した「地域交通ナビゲーター」の役割の一つは、地域の公共交通の利用促進です。しかし、車の所有が当たり前とされる地方では、「電車やバスを利用しましょう」と呼びかけるだけでは限界があります。チラシ配布など、従来の手法だけで大きな変化を生むことは難しいだろうと考えました。
私の前任は韓国出身の方で、2023年3月まで協力隊を務めていました。その方は市役所で働く国際交流員の方と協力して国際交流をテーマにしたイベント電車の企画などを行っていたそうです。非常にユニークな取り組みで、地域に活気を与えていたのではないでしょうか。
その後、2023年8月に私が後任の地域交通ナビゲーターに就任しましたが、交通計画や条例を策定するような専門的な役割ではなく、公共交通やイベントコンテンツを通じた地域活性化に重点を置いた活動が期待されていました。実際、現在はアニメとのコラボ施策をはじめとするさまざまなイベントやプロジェクトに取り組んでいます。
大きな取り組みとしては、着任から2週間ほど経った頃、「ゆるゆり」の姉妹作品の「大室家」の映画が2024年に全2作で公開されるというリリースがありました。まったくの偶然でしたが、これは私が以前から考えていた「アニメと地域を結びつける活動」を始める絶好の機会だと感じました。
最初の一歩をどう踏み出すべきか悩んでいた中、福井市で「コンテンツツーリズムに関するセミナー」が開催されるという情報を耳にし、そこで多くの情報やアドバイスを頂くことができました。その知見を基に、制作委員会にコンタクトを取り、市内の店舗・施設での掲出用に映画のポスターを譲っていただくなど、少しずつ具体的な活動を進めていくことができました。もちろん、コラボ企画を進める上ではさまざまな課題がありましたが、関係各所の協力を得て、企画の実現に向けて着実に準備を重ねていくことができたのです。
施策成功までの軌跡 「大室家」コラボで地域に活気を
行政内で企画を進めるには、非常に難しい面もありました。特に、行政が何らかのコンテンツとのコラボレーションする際、その目的や必要性を明確にし、正当性を定義することが求められます。
近年では、特定の地域がモデルではないアニメやゲーム、VTuberなどとコラボする事例も増えていますが、まだ珍しいと捉えられることが多いようです。行政としては「なぜそのコンテンツとコラボするのか」「どういった効果が期待できるのか」といった因果関係の説明が不可欠であり、時間がかかることもありました。
さらに、行政の活動には規則も伴います。例えば、地域の店舗や企業と連携する場合、原則として入札を経る必要があります。そのため、私が地域おこし協力隊として築いた個人的なつながりをそのまま活用することは、難しい状況でした。
一方で、他県では、アニメの舞台となった地元企業の社長が会長を務め、市役所職員が事務局として参画する「アニメツーリズム協議会」を設立した事例があることを知りました。この事例を参考に、高岡市でも協議会の設立を検討しましたが、映画公開日が迫っており、スケジュールに間に合わせることは困難でした。
しかし、「ゆるゆり」「大室家」のキャラクターは十数年前から親しまれており、当時からファンの間では高岡市周辺が背景モデル地として知られ、有名なお店も存在します。こうした長年続くファンコミュニティや事業者とのつながりから、地域住民や事業者の方々の協力を得て「呉西地域コンテンツツーリズム協議会」を設立することができました。
協議会の立ち上げによって高岡市、制作委員会、アニメグッズを扱う代理店などとの連携が格段にスムーズになりました。行政単独では難しかった調整も、協議会の立ち上げによって乗り越えられました。
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まず第1弾として、2024年3月16日の北陸新幹線の敦賀延伸に合わせたタイミングでコラボ施策を実現することができました。
第1弾のコラボ企画は「『大室家@高岡』お買い物キャンペーン」です。高岡市内の複数店舗で買い物や飲食をすると高岡市限定のカードが、全種類をコンプリートするとクリアファイルがプレゼントされる企画を開催しました。
また、「大室家」のキャラクターの一人が牛乳好きであることに着目し、市内のジェラート店ではそのキャラクターのラベルを貼った高岡産牛乳の販売を提案しました。牛乳を販売するには販売免許が必要ですが、なんとこの社長さんはこの企画のために免許を取得し、実現してくださったのです。
このように、多くの方々の協力がなければ成り立たない施策でした。コラボ初日から多くの方々に高岡市を訪れていただくことができ、大変嬉しく思っています。
「地域おこし」の枠を超えて 呉西地域の魅力を届ける新しい聖地巡礼
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6月に実施した第2弾のコラボでは、抽選で賞品が当たる「大室家@富山県西部6市スタンプラリー」やアンケートを取り入れました。厳密な統計とはいえないものの、アンケート結果からは、北海道から九州まで日本全国から多くの方が訪れていたことがわかりました。
「大室家」には、以前より日本各地から年間に何度も聖地巡礼に訪れる熱心なファンの方々がいらっしゃいます。SNSの投稿を追ってみると、我々が想定していなかったような独自のプランを立てて巡礼を楽しむ投稿も多く見られ、ファンの熱心さやマナーの良さを強く感じました。
このスタンプラリーは、高岡市だけでなく、富山県西部の6市全てにスタンプを設置しました。確かにスタンプラリーの範囲は狭いほうが回りやすいと思うのですが、「せっかく富山県を訪れてもらうのだから、限られた範囲内の移動だけではもったいない!」という思いもあり、私が提案した試みの一つです。
「地域おこし」というと、どうしても一つの自治体に縛られる傾向があります。しかし、現実に観光をする際は、ひとつの市だけでなく周辺地域にも足を伸ばすことが多いですよね。
今回のスタンプラリーを設置した「呉西(ごせい)」と呼ばれる富山県西部地域は、いずれも自然豊かで、各市に異なる魅力もあることから、訪れる方々にもそれを感じてもらいたいと思っていました。広範囲にスタンプを設置するにあたっては、やはり「広すぎる」という意見もありましたが、上長や関係者の協力を得て実現することができました。
結果として、多くの方々に富山県の魅力を感じていただく良い機会になったと考えています。今回の企画を通じて、単に観光地を回るだけでなく、地域全体を味わうことのできる、聖地巡礼の新たな魅力を感じていただけていれば幸いです。
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地域交通ナビゲーターとして培うスキルと知識、新たな視点
私の活動は地域や集落に深く入り込むスタイルではないため、他の地域おこし協力隊員の方々とは少し異なるアプローチを取っています。
例えば、高岡市内には私のほかにも地域おこし協力隊員の方々がいらっしゃり、地域住民との交流やお土産物の開発、地域の祭りやイベントの運営などに取り組む活動も多く見られます。他県の協力隊でも、地域に密着した活動が一般的なようです。
一方で、私は地域外から人を呼び込むことに重点を置いています。休日にはあえて県外へ足を運び、他地域でのアニメやゲームとのコラボ事例を視察したり、公共交通に関するセミナーに参加したりと、事例や最新情報を外部から積極的に学んでいます。
公共交通は地域に人を呼び込む手段であると同時に、地域の人々が外部へ出るための手段でもあることから、双方向の関わりを持つことが大切だと感じています。他の協力隊員の方々が地域に根ざした活動に取り組まれている中で、私は地域と外部を繋ぐ役割を担っていきたいです。
地域おこし協力隊の中には、任期中に起業するなど、定住を目指した準備を進める方も多いと聞きます。一方、私は市役所の会計年度職員として活動しているため、副業や起業は認められていません。
地域交通ナビゲーターの任期は最長3年間とされていますが、任期終了後も東京や関東に戻るつもりはなく、高岡市近辺で地域に根ざした生活を続けたいと考えています。そのためにも、任期後も役立つスキルや知識を身につけようと邁進しているところです。
例えば2024年8月には、福井市にて「大室家」のコラボ事例を講師として紹介する機会をいただきました。ほかにも資格取得など自分自身のスキルアップに挑戦しているところです。
多くの地域おこし協力隊の活動は、仕事とプライベートが地続きになることも多いですが、私の場合は仕事とプライベートを意識的に分けることができ、バランスを保てている点が非常にプラスだと感じています。
任期終了後については現在も模索中ですが、まずは目の前の活動に集中しつつ、将来に役立つスキルや知識の習得に努めたいと思っています。自分にできる最善の形で地域に貢献し、未来に向けた準備を進めていきたいです。
「好きな場所で好きなことを」高岡市で挑む地域交通と文化の融合
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高岡市は、冬の寒さが厳しくも、海や山の美しい景色が楽しめる魅力的な地域です。普段利用するスーパーには寒ブリなどの新鮮で美味しい食材が並び、生活の豊かさも実感できます。もちろん、どこに住んでいても多少のストレスや嫌なことはありますが、自然の美しさや美味しい食べ物は、心は穏やかにしてくれますよね。
東京も魅力的な場所ではありますが、高岡市のような開放感のある環境が自分には合っていると感じています。茨城の田舎で育ったことも、この感覚に影響しているのかもしれません。とはいえ太平洋側の茨城と日本海側の高岡市では環境が異なり、その違いを楽しめるのも新鮮です。
高岡市の魅力を感じ、地域おこし協力隊として活動しながら、定住のかたちを模索しています。今後も観光や伝統芸能、文化に関連する仕事に携わりたいという気持ちがあり、新しい専門性を身につける必要性を感じているところです。
私は幼少期身体が弱く、中学時代には大きな病気も経験しました。また、実家の金銭的な事情で東京の大学進学を諦めたこともあり、やりたいことを制限されることが多々ありました。
そうした過去の経験を経て40代に入った今、北陸の地で地域おこしを通じて自分の好きなことを追求して暮らしていきたいという思いが強まっています。
高岡市は、移住者にとっても魅力ある地域です。観光でも移住でも、どんなきっかけでも、一度訪れれば、その良さを感じていただけると思います。とは言え、アニメの聖地巡礼では作品に登場する風景を楽しんでもらうことはできますが、地域の文化に親しんでもらうには、まだまだ課題が山積みです。
今後はアニメだけでなく、文学など別のコンテンツを活用した試みも構想に加え、これらの文化に興味を持つ方々が、地域の景色や文化をじっくり楽しめるような企画を実現していけたらと考えているところです。
観光で求められるのは、多くの場合「どこで何を楽しむか」という体験そのものです。公共交通機関は、どうしても移動手段として捉えられがちで、それ自体が観光客を惹きつける大きな要素になることは難しいものです。
しかし、私は公共交通機関を単なる移動手段ではなく、観光客の地域体験を豊かにする重要な要素だと考えています。仕事柄、観光や聖地巡礼に偏りすぎないよう意識していますが、どうしても観光が中心になってしまうこともあります。
こうした試行錯誤の中、公共交通を軸にしながら、地域の魅力を最大限に引き出す方法を模索しています。まだ道半ばではありますが、自分の好きな場所で好きなことを活かしながら、地域の魅力を広げる活動を続けていきたいです。
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