都会を出て田舎に住みたいけれどなかなか安定した仕事がない…と悩んでいる方、人を常に雇う余裕はないけれど繁忙期には人が足りていなくて困っている…という事業者の方。どちらの想いも受け止めてくれる「特定地域づくり事業協同組合制度」を知っていますか?
地方では季節や業種ごとに必要な人手が増減し、1年を通じた雇用が難しい事業者が多いと言われています。どうしても短期での非正規雇用に頼ることになり、安定した職業を求める働き手が都会へと出ていってしまう原因の一つとなっています。
また、田舎に移住したい、田舎に帰りたいと思っている人の大きな悩みとして、仕事がなかなか無い、どんな仕事があるのかわからないという意見があるでしょう。さらに、仕事がうまく見つかったとしても、もし合わなかったらまた探すのが大変…そんな悩みもあり、なかなか地方移住に踏み切れない人も多いのではないでしょうか。
そんな両者の悩みを解決するため、地域の事業者が集まって事業組合を作り、一括で正職員として採用を行って人手が欲しい事業者へ人材を派遣する仕組みが作られました。それが総務省の取り組みである「特定地域づくり事業協同組合制度」です。実際に運営を行うのは地域の事業者ですが、市町村や国からの補助金を受けて運営をすることができます。これにより、事業者にとっては人手不足解消につながり、労働者にとっても移住・定住の後押しになります。
しかし実際のところ、どのようにこの制度が活用されているのかはあまり知られていません。そこで今回は、長崎県でいち早く特定地域づくり事業協同組合を設立し、総務省にも優良事例として紹介されるほどの実績を作っている、五島市地域づくり事業協同組合の事務局員さんにお話を伺いました。
移住者の定着を後押しする就労の仕組み
この制度自体はやはり移住者を主な対象としているのですが、五島市には毎年200人以上の移住者がいます。五島市は移住者向けの政策やPR活動が盛んですし、NHK朝ドラや民放ドラマの舞台になったこともあって移住者が多いんです。また、島ではあるんですが人口も比較的多くて街も住みやすいので、移住したいと思う人が多いのではないでしょうか。
ただ移住者の話を聴くと、やはり住むに当たっての悩みとして「どんな仕事があるのかよくわからない」との声がありました。
また、五島市出身の若い人が島外に出て行ってしまうことも課題でした。五島には大学や専門学校が無いので、進学するにはどうしても島を出ないといけないという理由もあるんですが、五島で就職したとしても合わないと辞めて島外に出てしまう人が多いようです。ですからそういった島出身者の為にも、色々な仕事を経験できるような仕組みは必要だったのです。
そこで、五島市では「特定地域づくり事業協同組合制度」を利用することにしました。五島市役所と五島市商工会議所の声掛けで島の事業者が集まり、組合員(事業者)は17社からスタートしました。組合員は年々増えており、現在(2024年)26社にまで増えています。
一方、職員(労働者)ですが、当初は予算上3人を想定していました。でも事業開始後にいきなり2人が入社してくれて、初年度で9人まで増えたんです。嬉しい誤算でした。新しい制度ですから一人も職員がいない状態から始まる自治体も少なくないと思うのですが、2人からスタートできたのが大きかったですね。組合を作ってからこれまでの3年間で21名を採用し、現在10名が在籍しています。11名は退職をしたのですが、そのほとんどは五島の企業に就職しています。
二つの働き方:マルチワーク型とインターンシップ型

まずこの制度を作るに当たって事前に事業者にヒアリングを行ったのですが、人手不足にも二つのパターンがあることを改めて感じました。特に繁忙期に人が足りない場合と、慢性的に人が足りていない場合の二つです。そこでそれぞれに合わせた形で人材派遣ができるようにと、マルチワーク型とインターンシップ型、二つの働き方を設定しました。マルチワーク型は季節や職種ごとに異なる繁忙期に合わせて派遣される働き方で、基本的にずっと組合で働くことを想定した人に向いています。一方インターンシップ型は1・2カ月ごとにいろいろな仕事を体験してもらって、いずれかの企業への就職を目指してもらう働き方です。
ですが実際のところ、ほとんどの職員がマルチワーク型で働いていますね。ただ、新卒高校生にとってはインターンシップ型が良いのではと考えています。人生100年時代で何十年と仕事をしていかなければならない世の中ですから、自分に合った仕事をゆっくり探していければいいですよね。高校生向けの企業説明会にも出ることがありますが、そんな話を高校生にしています。さまざまな業種があるのはそういった説明会でも知ることができますが、実際にいろいろな企業で働くのもとてもいい経験になりますしね。
島らしからぬ職種の多さが魅力

業種が多いとお伝えしましたが、本当に沢山の仕事が五島にはあるんですよ。農業が結構多いんですが、他にも製造業、介護、観光など多岐に渡ります。農業だったら植え付けと収穫とで二期にわたって繁忙期になりますし、海産物を加工する製造業では贈答の季節に忙しくなります。今(取材時)は冬なので、酒造会社で働いている人もいますよ。また、データ入力など事務の仕事でも、特定の時期が忙しくなることがありますね。いろいろな業種があるからこそ、組み合わせて派遣できています。離島と思えないほど沢山の職業があって面白いですよ。
安定収入で福利厚生も充実

何より移住や定住に当たって重要なのは、やはり収入が安定していることです。当組合の職員の働き方は派遣ではありますが、組合とは無期限の契約で正職員として雇用されるんですよ。現在は初任給19万円となっているのですが、五島市では十分に生活ができる金額です。各種社会保険も完備ですし、休日も充実しています。派遣先によっては土日が出勤になることもありますが、きちんと休日数は確保できるようにしています。有給休暇も取得しやすい環境で、結構皆さん有給を取っていますよ。また、五島では育児休暇も男女問わず取得実績があります。
もちろん組合の業務に支障がない範囲ではありますが、副業も大丈夫です。ですから業務が終わってから飲食店などを運営している方もいます。
また、普段派遣で働いているとなかなか職員同士が顔を合わせることがないので、職員総会といって年に1・2回は職員が集まる機会も設けています。今年も9月にワークショップを行って、職員間の交流ができました。
色々な会社で安定して働けて、移住者間、地域間での交流もできる。そこで生まれた縁から新しいチャレンジに結び付いたり、プライベートが充実したりする人も沢山います。
試行錯誤を経て組合員と職員が両者両得の組合に
順調に始まったように見えるかもしれませんが、最初はやはり試行錯誤でした。九州で一番目の設立だったので前例も少ないですし、前向きな意見ばかりではありませんでしたね。こういった制度が必要だということはみんな理解していても、なかなかうまくいくイメージができなかった面もあります。
しかし現在では事業者の多くから「本当に助かっている」「良い人が来てくれてありがたい」という声が挙がっています。中には「あの人がとても良かったから、また来てほしい」と特定の職員に指名をもらうこともあります。依頼も沢山いただいていますね。
職員の方も、組合に非常に満足して楽しく働いている人が多いです。やはり多種多様な業種を体験できることが良いと感じているようですね。ただ職種や職場によってやはり合う合わないがあるので、できるだけ職員と事務局でコミュニケーションをとりながら調整をするようには心がけています。
特定地域づくり事業協同組合制度は非常に五島市に合った仕組みでした。制度をしっかり利用して組織や雇用の流れを作れたことは、本当に良かったと思っています。実績として申し分ないのではと思っているのですが、それでもまだまだ人手不足に困っている事業者があるでしょうし、それに合わせて職員も増えるように働きかけていきたいです。
この制度が日本各地でうまく活用されて、地方がどんどん元気になっていけばいいですね。
