兵庫県の北西端、鳥取県との県境に位置する新温泉町。日本海を望む美しい浜坂海岸や緑豊かな上山高原、風情あふれるレトロな温泉街がシンボルの穏やかな町です。
この観光資源を活用して町を盛り上げようと奮闘しているのが、新温泉町地域おこし協力隊2年目の久野朋之さんです。久野さんは学生時代の留学経験を生かして新温泉町の国際交流を担当し、インバウンド誘致に取り組んでいます。海外生活のこと、新温泉町の魅力や、インバウンド誘致の難しさなどについてお話してくださいました。

子供が手を離れたのを機に、単身で新温泉町へ移住
――久野さんは新温泉町の地域おこし協力隊としてどんな活動をしていますか?
海外経験を生かして、新温泉町のインバウンド・国際交流を主に担当しています。観光や体験留学で新温泉町に来られる方々をアテンドしたり、観光PRイベントに参加したり。通訳・翻訳業務や海外向けのパンフレットの作成、近隣地域の外国人の方に日本語を教えたりもしています。他にも、地元の名産品のわかめの収穫や上原高原のススキの管理を手伝ったり、国際交流という枠にこだわらず自分にできそうなことは何でもやってます。
――海外生活は長かったんですか?
高校生の時にアメリカに留学したのが最初ですね。大学もアメリカで、トータルで10年ぐらい向こうで過ごしました。英語を身に着けたいという目的もあったんですが、日本を出て外の世界を見てみたいという気持ちが強かったですね。
音楽が大好きでギターを弾いていたので、現地で意気投合した仲間たちとバンドを組んで、そこからコミュニティを広げていきました。早くアメリカの生活や文化になじみたかったので、できるだけ日本人だけで固まらないように心がけていました。
――10年の海外生活、振り返ってみてどうですか?
もちろん楽しいことばかりではなくて、まあいろいろありましたよ。日本人としてのアイデンティティの葛藤もありましたし、英語での意思疎通も最初のうちはなかなかうまくいかないですし。英語は今も極めたとは思っていません。第二言語の習得というのは永遠のテーマですよね。常に知識をアップデートし続けないといけないですから。これは語学に限らずどんなことにも言えるかもしれませんが。一番良かったのは、視野が広がって、固定観念にとらわれない考え方ができるようになったことですかね。
――帰国して、地域おこし協力隊に挑戦するまでの経緯を教えてください。
帰国後は外資系企業で働いていましたが、子供が生まれたのを機に地元大阪でフリーランスの翻訳の仕事を始めました。子供とかかわる時間をしっかり取れたのは良かったんですが、朝から晩まで家族以外の誰にも会わず自宅にこもって仕事をする生活が続くと、世の中への貢献感が感じられなくなっていて。
子どもも大きくなって1人はもう成人したので、そろそろ外で人とのつながりを感じられる仕事をしようと思って、心機一転、地域おこし協力隊として単身で新温泉町に移り住んだわけです。
――単身で!ずいぶん思い切りましたね。全国のいろんな自治体で地域おこし協力隊を募集していますが、その中でなぜ新温泉町を選んだのですか?
もともと地域おこし協力隊になりたかったというより、インバウンド関連の仕事がしたいと思ってたんです。自分のスキルや経験を生かせそうなので。でも京都や大阪のように放っておいてもどんどん人が来るような都市でやっても面白くないので、あまり人が来ないマイナーな観光地のほうがやりがいがありそうだと思っていました。
いろいろ候補地を探す中で、20年以上前に訪れた新温泉町の湯村温泉のことをふと思い出して。再び訪ねてみると相変わらず静かで景色も美しく、心安らぐ場所でした。しかも地域おこし協力隊として国際交流に携わるポジションを募集しているというので、すぐに手を挙げました。

朝夕、誰もいない浜辺を散歩するのが日課
――実際に新温泉町で暮らし始めて、どうでしたか?
やっぱり大阪の生活とは何もかも違いますからね。都会では隣近所の人の顔や名前なんていちいち把握していないのが普通ですが、こちらではみんながみんなを知っているというか。最初は少し戸惑いましたが、地域の方とできるだけ交流を持つように努めました。いろんな場面でいろんな方とかかわる中で、新温泉町での自分のライフスタイルを少しずつ確立していった気がします。
最近は地域の年配の方とベンチャーズのコピーバンドを組んだりして楽しんでいます。留学した時もそうでしたが、ギターは本当に身を助けてくれました。国籍や世代が違っても、音楽を通して通じ合えるので。
――新温泉町の好きなところを教えてください。
どこへ行っても喧噪がなくて、常に穏やかな時間が流れるところでしょうか。自分を見つめ直すには最高の場所だと思いますね。温泉街も風情があるんですけど、私が住んでいる港の辺りもいいですよ。早朝や夕暮れ時に浜坂の海岸を散歩するのが日課です。「こんなにきれいな場所があんのに、なんで誰もおれへんのやろう」なんて思いながら1人でのんびり過ごします。あとは松葉ガニやホタルイカなどの新鮮な海の幸を安く楽しめるのも魅力ですね。

――海外の方には新温泉町のどんなところを見てほしいですか?
温泉も喜んでいただけると思うんですが、海岸線沿いや田んぼのあぜ道なんかをちょっと歩くだけでもメジャーな観光地とは違う“素顔の日本”を楽しめるので、海外の方にとってはすごく新鮮に感じられるんじゃないかなと思います。
新温泉町に来てくださった外国人観光客の方をご案内したこともありますが、上山高原はかなり好評でしたね。スイスみたいだという感想もありました。日本海を一望できるところも気に入っていただけました。
――素晴らしい観光資源があるのに、今までインバウンドの恩恵を受けられなかったのはなぜでしょう?
アクセスがあまり良くないからということに尽きると思います。同じ兵庫県の日本海側にある城崎温泉なんかは大阪からも特急が出ていて2時間ぐらいで行けるんですが、新温泉町まで行こうと思ったら、そこからさらに1時間半ぐらい電車に揺られないといけないので。バスでも同じぐらいかかります。国内の方や旅行慣れしている方ならいいかもしれませんが、海外からの観光客がいきなり地方を電車やバスで3~4時間移動するとなると、ちょっとハードルが高いですよね。それでも行く価値があると知っていただければうれしいのですが。
――海外には新温泉町の魅力をどうやって発信しますか?
最近だとルクセンブルクで日本大使館主催のイベントがあって、兵庫県全体のPRブースを出すというので、新温泉町もということで急きょ行ってきました。興味を示してくださる方は予想以上に多かったですね。ただ、初来日の方がいきなり日本海側の小さな町まで足を運んでくれるかというとやっぱり厳しいのかなと。でも日本が好きで何度か来てくださっているような方は好感触でしたね。「東京や大阪には行ったことがあるけど新温泉町は知らなかったから次はぜひ行きたい」と言ってくださった方もありました。
あとはSNSを使った情報発信にもっと力を入れたいと思っているところです。TikTokのアカウントは作ってみたんですが、こまめに更新するのが思った以上に大変で。地域おこし協力隊で私と同じ国際交流担当の台湾人の同僚がいるんですが、彼の力も借りながら、より多くの人の目にとまるようなコンテンツを発信していきたいです。

何歳でもチャレンジできるし、成長し続けられる
――インバウンドを推進するのに一番必要なことは何でしょうか。
まずは地域の方に理解していただくことが大事ですよね。中には「インバウンドなんかいらんわ」っていう方もいらっしゃると思うので。オーバーツーリズムが問題になっているような地域では、きっと多くの方がそう思ってますよね。観光客が大挙して押し寄せてきて、騒がしいし交通の便も悪くなって自分たちは何の得にもならない、むしろ迷惑だ、と。そうならないように、やみくもに人を呼ぶのではなく、うまく調整しながら慎重に進める必要があります。
インバウンド誘致は自治体がどれだけ頑張っても、町全体で盛り上がらないと意味がないですから。人が来ることで経済がしっかり回って町が元気になっていくというメリットを実感していただいて、少しでも地域の方の理解が進めばと思います。
――アメリカに渡ったり新温泉町に移住してみたりと新しい環境に臆することなく飛び込んでいる印象の久野さんですが、これから新しい環境に飛び込もうとしている方へアドバイスがあればお願いします。
慣れた環境を手放して未知の世界へ飛び込むのは勇気がいることです。実際、つらいことや大変なこともあると思うんですけど、一つひとつ乗り越えるうちに、いつの間にか大きく成長している自分に気がつくはずです。冒険をすることは、必ず自分の肥やしになると信じて、頑張ってほしいですね。
私も、友人や知人に「この年になって、ようそんなことしたな」なんて言われますが、新温泉町に来ていろんな世代の方、いろんな地域の出身の方と交流する中で、日々新しいことを学べますし、ここでしかできないことを経験できていますし、地元に残ってただ年老いていくより、チャレンジして良かったと思いますよ。
この記事を読んでいる方もいろんな年代の方がいらっしゃると思うんですが、新しいことにチャレンジするというのは年齢に関係なくいつでもどこでもできることですから、環境が許す限り、ぜひ一歩踏み出してほしいですね。
――ありがとうございます。新温泉町と海外をつなぐ架け橋としての久野さんのご活躍を楽しみにしています。
