昨今、海外ドラマや映画の影響で、犯罪心理学の注目度が高まっています。
犯罪心理学というと、「犯罪捜査に関わる学問」というイメージを持つ人も多いかもしれませんが、それは一面に過ぎず、実際は、犯罪者の心理分析や更生支援、被害者支援など、多岐にわたる分野を含んでいます。
京都光華女子大学 健康科学部 心理学科の社会・犯罪心理コースでは、こうした犯罪心理学の幅広い知識を学ぶだけでなく、警察との連携や少年院見学、矯正施設での体験型プログラムを通じて、実践的な学びを深める機会が用意されています。今回は、同コースで教鞭をとり、かつて法務省の専門職員として現場経験を積んだ谷本拓郎先生に、学びの特色や学生の進路、そして犯罪心理学を学ぶ意義についてお話を伺いました。

谷本 拓郎 先生
京都光華女子大学 健康科学部 心理学科 講師
神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士課程前期(修士)修了。法務省専門職員(法務技官(心理))として全国の矯正施設(少年鑑別所・少年院・刑事施設)で勤務。非行・犯罪に及んだ人々に対する心理アセスメントや改善更生に向けた心理支援、非行・犯罪に関連する問題の相談業務(地域援助)など、司法犯罪領域における心理業務に12年間従事。2021年度より現職。
犯罪心理学に関する授業に加え、ヨガやマインドフルネスの指導も学内公認サークル等で実施している。
著書:「新・心理学を今に活かす」教育情報出版(2024年)
女子大では珍しい「社会・犯罪心理コース」
――まずは、先生が所属なさっている心理学科のコースについて教えてください。
本学の健康科学部心理学科には3つのコースがあり、私が所属するのは社会・犯罪心理コースです。
本コースでは、対人関係や消費行動の心理など、人と人、人と社会の相互作用を探求する社会心理学と、犯罪者の心理や非行少年への心理的ケア等を研究する犯罪心理学を専門的に学べます。
一口に犯罪心理学といってもいろいろな領域がありますが、私が専門としているのは、犯罪臨床心理学と呼ばれるものです。
これは、犯罪者一人ひとりの事情やパーソナリティ、生い立ちといった面に焦点を当てて分析を行い、なぜそのような犯罪をするのか、また、再犯をしないためにはどのような手立てが必要なのかを考察する学問領域です。
もちろん、個人の事情のみに着目すると分析に偏りが出てしまいますので、犯罪心理学や臨床心理学といった専門領域となる学問の理論をベースとして学んだ上で、個人の事情や資質、知的側面、精神状況といった人格特性を考慮に入れて犯罪そのものを分析します。
私は本学に着任する前、法務省の専門職員、法務技官として働いており、主に刑務所や少年院、少年鑑別所で非行や犯罪の要因分析に係る業務に従事しておりました。
その経験を生かして、学生に対しても具体的な事例を用いながら、体験や演習を中心に学んでもらうことを大切にしています。
百聞は一見に如かず。体験で誤解を解く

――犯罪心理コースの特色として「体験」というキーワードが出ましたが、具体的にはどのような体験ができるのでしょうか?
例えば、警察と連携して交番見学や鑑識体験をしたり、窃盗や痴漢の防止に向けた対策を警察と一緒に考えて、ポスター等を制作したりするプロジェクトがあります。
また、少年院の見学ツアーも毎年企画しています。見学において在院者の姿を見ることはありませんが、彼ら・彼女らが生活している環境を実際に見るだけでも、「少年院は恐ろしい場所だと想像していたけれど、実際は明るくて健やかな雰囲気のある場所だった」といった感想をよく耳にします。少年院の実際を知る良い機会だと思っています。
いま、情報だけなら得ようと思えばいくらでも手に入りますが、一方で表面的な情報が逆にバイアスを生んでしまうことも間々あります。
だからこそ、学生にはきちんと自分の目で見て理解して、正しい知識を持ってほしいという思いがあり、体験重視の授業プログラムを組み立てています。
犯罪関係の事柄って、世の中では「誤解」が多い領域ですよね。まして、心理学をそこで活かすっていうイメージも湧かないでしょうし、そもそもどんな職業があるかもあまり知られていない。
私は本学に着任して4年になりますが、前職であり、鑑別所でアセスメントを行う「法務技官」や、少年院で働く「法務教官」という仕事を進路として希望する学生は4年前には一人もいませんでした。
でも、そういう職業があることを授業を通じて初めて知って、興味を持ったり進路として志したりする学生が増えてきています。
私自身が法務技官だったことや、現場の先生をゲストスピーカーとしてお招きするなどした影響もあったのか、法務教官や刑務官、警察官になる人がちらほら出るようになりました。
――そういう選択肢があるということを知れば、皆さん興味をお持ちになるんですね。
そうですね。あとはそれに加えて、「女子大」という特性も影響しているように思います。今の時代、ちょっと言いにくい側面もありますが、女性特有の「思いやり深さ」みたいな部分があると思うんです。
そもそも心理学を学びたいというのも、自分のことも他人のことも理解したいし、誰かのために何かしたいという動機があって、資格取得を目指している人も多いので。
入学するまでは犯罪者の支援なんか考えたこともなかったけれど、授業を通じて「犯罪者も生きづらさとかしんどさを抱えている人たちなんだ」というのを知って、「私にもできることがあるかもしれない」ということに思いが至り、対人援助職としての法務教官や刑務官といった職業を志すことに繋がる。
だからこそ、「犯罪」や「犯罪者支援」にまつわる誤解を解き、正しく理解してもらうことは特に大事にしています。
学外の社会人と組んでイベントも開催

――貴学で取り組まれている、音楽療法や再犯防止カフェもその一環なのでしょうか?
そうですね。いずれも現場に足を運ぶこと以外の体験として実施しています。
音楽療法の体験は、矯正職員に講師として来ていただいて、実際に刑務所でやっていた音楽療法をみんなで体験するというものです。
具体的には「大切な音楽」というやり方で、武庫川女子大学の先生が研究しておられるのですが、自分の大切な音楽について語ってもらい、その音楽をみんなでセッションします。
音楽って思い出に結びついていることが多いじゃないですか。その思い出について語る―いわゆるナラティブセラピーと呼ばれるものですが、それを通じて自分の心をオープンにして、そこからカウンセリングに繋げるというのが実際の音楽療法です。
学生の体験ワークショップではそこまではやりませんでしたが、刑務所で働く矯正職員と一緒に音楽療法を体験することで得られる学びもあると思いますし、このワークショップには警察も一緒に参加していただいたので、その点でも警察との連携がありましたね。
再犯防止カフェは、日本更生保護女性連盟という、犯罪や非行から立ち直ろうとする人たちを支援するボランティア団体と一緒に本学の学園祭で行いました。
内容としては、学生がドリンク提供などのカフェ運営を担当して、更生保護女性連盟の方は「ひまわりブローチ」のクラフト体験とパネル展示で再犯・再非行防止の啓発を行うというものでした(※ ひまわりは、明るい社会の象徴で、再犯防止のシンボル)。
学園祭という特性上、立ち寄られる方のほとんどが地域住民で、とりわけ本学の立地もあって若い家族連れや高校生・大学生くらいの方が多かったのですが、案外ひまわりブローチを「可愛い」と言ってそのままカバンに付けて帰られる方もいましたね。
更生保護女性連盟とのコラボレーションは今回が初の試みだったのですが、若い世代や地域の方々に再犯防止の取り組みを知ってもらう良い機会になったと思っています。
再犯防止への興味の入り口は様々
――日本ってどうしても、前科者に厳しいと思うんですが、一般の方の理解が進むことが引いては再犯防止にも繋がりますよね。
そうですね。前科があるというだけで、急に社会の中に居場所も出番もなくなってしまうというのが今の日本の現実で、法務省も、「犯罪者の居場所と出番をどう確保するか」ということを再犯防止の重要課題として掲げています。
なのでこういった再犯防止イベントを通じて一般の方の理解を促進することが重要で、それが地域住民の方々の身近なところで「カフェ」という形で行われることはとても有意義だと思いますね。
本学の社会・犯罪心理コースを選択する学生に志望動機を聞いてみると、犯罪もののドラマなどを観て「なんでそんな罪を犯してしまったんだろう」という素朴な疑問を抱いたことがきっかけで、犯罪心理学に興味を持つようになったという方が多い傾向にあります。
これはNetflixなどで配信されている、韓国ドラマの影響は間違いなくあるでしょうね。韓国ドラマって、犯罪ものの中でもいわゆる「サイコパス」が出てくる作品も日本と比べて多いので。そういう作品を観て、「サイコパスって実際どんな感じなのかな」という興味がわき、それが犯罪心理学に興味を持つきっかけになったという学生は一定数います。
少年非行や犯罪被害者への支援など、卒論の視野も広がる
――そういう意味では、韓国ドラマも思わぬ貢献を日本社会にしてくれていますね(笑)そうして犯罪心理学の門を叩いた学生さんは、どんな卒論を書くんですか?
卒論のテーマとして毎年一番多いのは、「少年非行について」です。
年齢が近いから興味を持ちやすいというのはあると思いますが、中でも非行少年に対してどのような支援をすれば良いのか」とのテーマに興味を持つ学生も多いですね。
少年非行に次いで、「犯罪被害者支援のあり方」もテーマ選ばれることが多い分野です。
日本において被害者支援はその必要性と重要性の理解が社会に十分に浸透していない実情があります。
犯罪と無縁で生活していると、犯罪被害者支援ってどこでやっているのかとか、もし相談したいと思ったらどこに相談すればよいのか、御存知ですか。
――私、まったく知らないです・・・。
ですよね。多分それは多数派だと思います。それくらい、周知されていないし、実際に相談したところで、支援期間が短かったり、支援内容のバリエーションが少なかったり、被害者が求めている内容ではないこともまだまだ多いのが現状です。
じゃあ、被害者支援を充実させるためにはどうしたらよいのかというのを、実際に被害者支援をやっている相談員の方にインタビューしたりして研究している学生がいます。
一つのゼミの中でも、犯罪や犯罪者自体にアプローチする学生もいれば、逆の方向性で被害者やその支援に焦点を当てる学生もいて、お互いに良い刺激になっていると思います。
幸せの意味を知った上で支援の方法を学ぶ

――先ほど、卒業後の進路として法務教官を目指す学生さんが増えてきているというお話もありましたが、みなさん途中でそういう方向に興味が変わっていくんですか?
2年生時に、心理職が働く5つの領域をまんべんなく学ぶという内容の授業があります。
その授業では、私は自分の専門である犯罪領域での心理支援として、法務教官や法務技官の話をしているのですが、そこで初めて「そんな仕事があるんだ」と知って興味を持つ学生もいますね。
あと最近だと、法務省が実施するインターンシップ的な取組で、矯正職員の業務を体験できるプログラムがありますが、そこに参加して、進路として選ぶ学生も多いです。
公務員以外だと、児童福祉施設に就職する方も増えています。不遇な状況にあって保護された子どもたちの健全な育成に関わりたいという思いで、児童養護施設や乳児院といった施設を就職先に選んでいるようです。
これは、私自身がヨガやマインドフルネスの心理的効果や、対人援助における実践を研究テーマとしていて、児童心理治療施設や児童自立支援施設でマインドフルネスを教えていることも影響しているかもしれません。
施設の子どもたちも、ヨガで身体を動かしたり、マインドフルネスの瞑想をしたりする体験というのは興味を持ちやすいようで、そんなお話をすると、施設自体に興味を持つ学生が結構います。それで、興味を持った学生には、そうした福祉施設への見学ツアーを企画して、心理臨床の現場を見る機会を設定することもあります。
――ヨガやマインドフルネスがウェルビーイング(心身ともに満たされた状態)に繋がれば、長い目で見ると犯罪抑止にも繋がるわけですね。
はい、そうだと思います。
やっぱり、自分の心身を整えて、自分が幸せじゃないと、対人援助は難しいですよね。
我々日本人は「自分ばっかり幸せなのは良くない」みたいな、一見謙虚に振る舞いながらも、素直に幸せを認められずに罪悪感を抱きがちな傾向がありますが、自分自身の幸せを素直に認められなければ、他者の幸せのイメージも明確にならないと思います。誰かを支援するためには、相手が幸せになる道筋とゴールを具体的に理解して、導くことが必要ですが、そのためには、まずは自分が幸せになった道筋、つまりプロセスを理解しておくことが大切ですよね。
生きづらさやしんどさを抱えている方を支援するには、まず自分と周囲がウェルビーイングな状態で、幸せの意味を知っておくこと。その上で支援の方法を学ぶという両輪が、犯罪心理臨床における対人援助においては重要です。
――先生と貴学の取り組みによって、日本社会で犯罪に対する多角的な理解が進むことを願っております。ありがとうございました。