智頭町は鳥取県南東部、中国山地に位置する緑豊かな町です。江戸時代から林業で栄えた歴史を持ち、「智頭杉」というブランド材でも知られています。一方で、夏は全国有数の猛暑地帯となることもあり、冬には1メートルを超える積雪が見られることもある、四季折々の厳しい自然が特徴です。
そんな環境の中で、智頭町は移住支援に積極的に取り組んでいます。移住希望者が気軽に町の暮らしを体験できる「遊ぶ広報」や、森林セラピーなどの野外体験プログラム、さらに手厚い子育て支援や住宅補助など、多様な選択肢が用意されています。また、全国から注目されている公共ライドシェアも役場発で始まりました。
中山間地でありながらもそれを不利な条件とはせず、多くの革新的な取り組みを行っている智頭町について、移住定住コーディネーターの小林さんに詳しくお話を伺いました。
夏暑く冬は雪が降る山間の町
智頭町は面積の90パーセント以上が山林で占められています。「智頭杉」が有名で、昔から山林を生かした林業で栄えた町でもあり、 観光スポットとしてよく取り上げられる石谷家住宅も林業で財を成した一族の建物です。
気候的には夏はとても暑く、全国の高温ランキングに入ったこともあります。また冬は雪が積もります。私自身、智頭町へ移住して6年目ですが、初めて来た年は積雪が100cmを超えたこともありました。最近は温暖化の影響か雪は減ってきていますが、当時は雪で閉じ込められたのが鮮烈な印象として残っています。私たち家族は広島からの移住で、寒暖差や冬の環境に慣れるのは結構大変でした。全然雪が降らない所から来たので、うちの子は冬の間は寒すぎてスキーウェアを着ているんですよ。スキーをしたことはないんですけどね。
智頭町のある鳥取県は中国地方ですし、雪がそんなに降らないと思って移住の相談に来られる方もいますが、そこは覚悟が必要な部分かもしれませんね。
移住希望者に人気の「遊ぶ広報」
移住支援の施策として、智頭町の暮らしをお試しできる体験プログラムが色々とあります。
例えば「遊ぶ広報」は、智頭町に2週間滞在してその内の1日だけアテンドツアーに参加するプログラムです。ツアー以外の日はリモートワークでお仕事をされてもいいですし、好きなように観光をしてもいいというプログラムです。ただし、2週間の滞在中にはInstagramやnoteなど、ご自身のSNSで文字と写真を使って智頭町に関する投稿をして、広報をしていただきます。
遊ぶ広報の年間受け入れ数は30人を想定しています。 移住を検討しているけれども、仕事の関係で長期滞在ができないという方の来町を想定しています。この事業を活用して、一度智頭町にお試しで短期間住んでみて、地域のことを知るきっかけにしていただきたいです。
現在の所、利用者の皆さんは滞在中にご自身でいろんな体験プランを手配して、お好きなように過ごされています。珍しい例では、滞在中に地域の方と交流しながら運動会に参加した方もいます。遊ぶ広報を活用されるのは「地域をしっかり知りたい」という意思のある方が多い印象があります。今年度(令和6年度)に始まったばかりの施策ですが、今後、遊ぶ広報をきっかけに移住したという事例も出てきたら嬉しいです。
移住体験の選択肢が豊富
春から秋にかけて、山の中で精神的にも身体的にもリラックスできる「森林セラピー」もあります。智頭町にある4つのセラピーロードは、森林セラピーソサエティから生理・心理実験によって癒しの効果が実証され、森林セラピーに適した道として認定されております。森林セラピーでは、森のガイドが先導し、智頭町の森の良さを余すところなくご案内する内容となっております。
また、オプションで、その時のストレス・リラックスの状況やお疲れ度合いを計測することができる、心のバランスチェックもあります。他にも、ハンモック体験、フローラルウォータ抽出、夏には、シャワークライミングも行っております。
体験にあたり、智頭町の地元の食材を使用したお弁当を注文することもできます。参加者の方からは心も体も癒されると好評を博しています。
この森林セラピーは智頭町内に留まらず、東京や大阪でもイベントを行っており、東京だと新宿御苑、大阪だと万博公園などで開催したことがあります。
また、中長期的な体験用にお試し住宅を3棟整備しています。「ほすぎの家」という住宅は比較的町の中心に近い場所にあり、「あけびの家」という住宅はログハウスで、山に入った所にあるので夏はご好評いただいています。ご家族でご利用の場合、お子さんの長期休みの期間を利用して、田舎体験に使うのもおすすめです。「いろりの家」という住宅は山間部の集落にあり、いろりの間がある築100年の古民家です。
短期での体験には、「ナギノ森ノ宿」という旧小学校をリノベーションして作った宿泊・銭湯施設がおすすめです。ペットと泊まれる和室のお部屋や、おひとりからでも気軽に泊まれるドミトリーブースもあります。施設内には自由に調理可能なキッチンや宿泊のお客様であれば誰でも利用することができる共有スペースも充実しています。併設の銭湯は地元智頭町の薪を使って沸かす銭湯で、宿泊以外の方も利用できます。
空き家改修や家財道具の整理補助金などの住宅支援
体験を終えて、いざ移住となると空き家バンクを利用される方が多いですね。賃貸と売買どちらの物件も取り扱っており、まずは賃貸で1、2年住んでみて、本格的移住となったら購入される方が多いです。
住宅に関する支援策として、「智頭町UJIターン住宅支援事業費補助金」があります。 住宅の新築、改修、購入の際にかかる費用の2分の1、上限100万円まで補助金が出ます。 空き家バンクで取り扱っている物件は改修が必要なものが多いということもあり、毎年予算がなくなるくらい申し込みが多い補助金です。
また、空き家は家財道具が残っていることが多いのですが、家財道具の整理補助金で費用の10分の10、上限20万円までの支援があり、こちらも申請される方が多いですね。
さらに「住宅家賃助成事業」もあり、夫婦どちらとも45歳未満の世帯を対象に、家賃の2分の1、上限1万円まで助成しています。
(※補助金に関しては、令和6年度現在のもの)
高校、大学まで対象。手厚い子育て支援
子育て支援では、町立保育園の全年齢の保育料、給食費、副食費、スクールバスを無償化しています。保育園に通うために必要な費用は相当抑えられます。
他に「わが家で子育て応援給付金制度」というものもあり、保育園にお子さんを預けずに自宅で子育てをされる世帯に、1歳になるまで月額3万円支給されます。
町立小中学校も、給食費、スクールバスも無償で、自転車で通学の場合でも自転車等購入費の2分の1、上限2万5千円 の支援があります。
(※町立保育園・町立小中学校に通園・通学する際に、スクールバスが無い地域で路線バスを利用する場合は全額補助)
実際に私も子育て中ですが、保育園関連でお金がかかっているのはPTA会費や雑費などで、年間1~2万円以下です。
高校は、県立の農林高校が町内に1校ありますが、町外の高校に通学する場合は高校通学費助成制度により、月額3千円を超える通学費用を全額補助しています。
また、「おせっかい奨学生」という珍しい支援もあります。智頭町内には高校が1校しかなく、大学や専門学校は全くないので、進学で町外に出て住む方が多いのですが、その際の生活費として智頭町の連携金融機関である鳥取信用金庫の「おせっかい奨学ローン」を利用する場合、利子を全て智頭町が負担します。 この制度は高校生から対象で、高校生が月額3万円。大学、大学院、専門学校等は4万5千円です。
そして、10年以内に町内にUターンした場合、元金も補助します。つまり、ローンの支払いが0円になるということです。この制度の説明会は毎年開いていて、親御さんたちからは「とってもありがたい支援だ」と言われています。
鳥取県内にも鳥取大学や環境大学がありますが、智頭町からは少し遠いです。 鳥取市に住む場合でも、奨学金が活用できるので助かると思います。この制度を利用した後、実際に町内に帰って来て役場で働いてる方もいらっしゃいます。 Uターンの促進に繋がるすごくいい制度です。
起業支援と林業への新規就労支援
起業される方や、林業を始めたいという方に対しての補助もあります。
起業の場合、「新規創業・開業支援事業補助金」というものがあり、人件費、広告宣伝費、賃借料など開業するにあたって必要な費用の3分の2、上限50万円の補助が出ます。店舗を構えて起業される場合は店舗改修の補助金もあります。
林業への新規就労であれば、 3年間の補助があります。1年目が月額5万円、2年目が4万円、3年目が3万円の就労支援をしています。補助の条件として、50歳未満の方で林業に就労して3年未満、林業の就労時間が月75時間を以上超えていることなどがあります。先ほど申し上げたように智頭町は元々林業で栄えた町ですが、現在は担い手不足という事情もあって支援が手厚いです。
選択肢がある智頭町の林業
智頭町の林業は「自伐型林業」を主にしてるところが多いですが、自伐型林業に興味を持たれて移住相談に来る方もいます。
自伐型林業の集団としてNPO法人の「智頭ノ森ノ学ビ舎」や「智頭の山人塾」 などがあり、業者同士の横の繋がりが強いので、これから新たに林業を始めてみたいという方も比較的参入しやすく、幅広い働き方ができます。森林組合に行かれる方も多いですが、集落によって特色があるので、いろんなスタイルの林業を選択できるようになっているようです。
複業の中で林業に就くという選択肢も
他には「智頭町複業協同組合」に雇われつつ林業を主業にするという選択肢もあります。冬場に雪が降ってしまうと、林業のお仕事はできなくなってしまいます。金銭的なところで不安定になると元も子もないので、林業を主業とする人が林業をできない時期に他の仕事に就くことができる体制づくりを、この組合が行っています。
「マルチフォレスター」という働き方ですが、組合に雇われた人は、雪のない時期は林業をメインにして、雪がある時期は製造業、接客業、飲食店などをメインに派遣されて働きます。
組合には正社員として雇用されるので、退職金制度や家賃助成があるなど福利厚生もしっかりしていて、ご家族のいる方も安心して働けます。
最近は単身移住して林業を一人で始めたいという方も多いんですが、急に一人で林業を始めるのはなかなか難しいと思います。そこに、智頭町複業協同組合に雇われて林業に就きながら横の繋がりを作っていくという選択肢があるのはとてもいいと思います。
組合には、林業以外にも「マルチワーカー」ということで飲食店や観光業などをメインに働かれてる方もいらっしゃいます。例えば山奥にある「みたき園」という山菜料理を出しているお店と観光協会を兼務して働いている方もいますね。
マルチワーカーは女性の方が多く、マルチフォレスターの方はどちらかというと男性が多いですが、女性のマルチフォレスターもいます。
町の交通難民の救世主「のりりん」
少し角度を変えて公共交通のお話をしますが、智頭町には鳥取県内で2例目の地域公共交通優良団体大臣表彰を受賞した「のりりん」 という公共ライドシェアがあります。
智頭町は民間のタクシー会社の撤退や町民バスの運転手不足など、公共交通の持続可能性が心配されていました。そこで智頭町の企画課が主体となり協議会を立ち上げて制度を作りました。のりりんは、地域住民の自家用車とAI技術を活用した乗合タクシーです。
朝の6時から夜の7時まで運行していて、1回の乗車につき距離数関係なく運賃は500円で、誰かと乗り合いになったら400円に下がり、定期券だったら月5千円で乗り放題です。
乗車ポイントは昔走っていたバスの停留所や、公民館など目印になるようなところを乗降ポイントという形にしています。ポイントを指定して乗車予約ができます。
観光客の方にも、飲食店や観光地などに行く時などご利用いただいております。
コールセンターも朝5時半から稼働しているので、もしトラブルが起きたとしても対応できるようになっています。
今年度(令和6年度)で2年目になるのですが、発足当初に比べてドライバーさんも増えました。隙間時間を活用してちょっと稼ぎたいという方や、定年退職後の張り合いになるという方がいますね。乗客はお年寄りも多いんですが、ドライバーさんが「いつも乗っとるあのお婆さん今日は乗らんけど大丈夫か」といったように気にしてくれるので、お年寄りの見守り活動にもなっています。また、お子さんが通学で利用する時も顔見知りがドライバーなので、親御さんは安心なようです。先進的な事業で、視察にも多くの方が来られます。いろんな面で地域活性化の助けになっていると感じます。
智頭町の課題と強み
やはり移住される方には年間通して住んでみて、判断してもらいたいと考えています。移住定住コーディネーターの私が夢見がちなことばかりをご案内しても、いざ移住した後から「思い描いた印象と違う」となった方が大変だと思いますし、ご本人のためにもならないのでネガティブなことも敢えて言うようにしています。例えば、日照時間が少なくて湿度が高いので洗濯物が乾きにくいとか。
特に冬の雪はぜひ体験していただきたいです。智頭町に暮らしていると、雪が降った日の朝は除雪してから出勤になるので、仕事に遅刻してしまうことがあります。除雪車が通るとはいえ、家の敷地から道路に出るまでの除雪が大変で、私は車が出せなかったこともあります。 雪の降らない地域から移住を希望される方には、冬の智頭町は必ず見ておいてほしいですね。
他には、人口減少と高齢化率も高いのがやはり課題です。あとは、就職先が少ないのがネックですね。田舎はどこの地域も同じような悩みがあります。智頭町は林業関連は充実していますが、移住者は林業に就きたい人ばかりでもありませんからね。
これからは町内に住んでいる若い人向けの支援を手厚くして定住率を上げるのが目標です。若い人たちが暮らしやすい環境を目指せればと思います。
そういう意味では、智頭町はネット環境が良くて、町で管理している光回線が安定して1Gbpsで速いというのは強みですね。それに、智頭町から大阪まで特急で2時間くらいで着きます。都市部へのアクセスも良いので、リモートワークや二拠点暮らしなどの最近の働き方にも向いています。町内ですぐに就職先を増やすのは難しいと思うので、そういった方面でのPRもしていきたいですね。