福島大学_石川尚人教授:人の役に立つ研究を。家畜を利用した砂漠化の修復、特産を通じた福島県の復興支援に挑む

石川尚人先生が大切にしているのは、「現場の役に立ちたい」「人の役に立ちたい」との思いです。

先生は生殖生理学や畜産学等を専門に研究をしていましたが、ある日IPCCの第3次報告書の「世界中で砂漠化が広がっている原因の約9割が過放牧によるもの」との記述を目にし、本当に自分の研究は現場の役に立つのか疑問を抱くようになりました。そして、悩んだ末に専門外である砂漠化の研究を始めました。

さらに、「福島の復興を支援したい」という思いから、福島大学に食農学類が設立されると迷わず大学を移り、現在は「畜産による福島県の復興支援」にも取り組んでいます。常に挑戦を続ける石川教授に、現在進めている2つのプロジェクトと研究への思いを伺いました。

石川尚人先生
福島大学 農学群食農学類 教授

福島大学環境修復型農林業システム研究所 所長


筑波大学を経て、2019年より福島大学へ。

専門は飼料資源学、畜産学、草地学, 反すう家畜、飼料資源、草地、沙漠化。

研究テーマは「ユーラシア大陸内陸部の草原退化の原因解明と修復法の開発」「未利用資源の飼料利用」。

畜産から砂漠化へ研究分野を転向

砂漠化の研究を始めたのは1998〜99年頃のことです。私はもともと筑波大学で生殖生理学、特に内分泌の研究に取り組んでいました。具体的には、母親が子供に授乳することで排卵が止まる仕組みを調べていました。最終的に視床下部から脳下垂体、卵巣へと命令がいくのですが、視床下部は電気的な動きをするため、脳の電気生理学についても研究をしていました。また、もともと畜産学を専門にしていたこともあり、ヤギを使ってこうした研究をしていたんです。

その中で、IPCCの第3次報告書を目にする機会があり、世界中で砂漠化が広がっている原因の約9割が過放牧によるものだという記述を見て、非常にショックを受けました。脳の電気生理学は脳にアクセスする手術で非常に難しいのですが、難しいからこそ私はその研究をできることを誇りに思い、喜んで研究をしていました。しかし、報告書を見て、この研究をこのまま続けていても畜産の現場にはあまり役立たないのではないか、 地球環境がこのような状態になっている中で、畜産学の専門家としてこのままで良いのか疑問を抱くようになりました。

このことがきっかけとなり、自分の人生や研究に疑問を持ち、苦しみ悩んだ末に、大学を辞める覚悟でいました。しかし、どうせ辞めるなら最後に本当に自分がやりたい研究をしようと、全く畑違いの分野ではあったのですが、砂漠化の研究に取り組み始めました。

そこから多くの人と知り合い、私の考えを深く理解してくれる同世代の研究者にも出会うことができました。ただ、畜産の分野で砂漠化の研究をしている人はいなかったため、当初は研究費も獲得できない状況でした。 そのような状況の中で、農研機構の畜産研究部門(旧・畜産研究所)に相談したところ、研究内容に賛同いただき、協力を得られることになりました。そこで出会った中国・内モンゴル自治区の研究員に、「砂漠化の研究をしたい。砂漠化は修復できるのではないか」という話をしたところ、「そろそろ中国に帰ろうと思っていたから、一緒に帰ろう」と言われ、内モンゴルで一緒に研究を始めることになりました。

砂漠化を引き起こす真の原因を究明

私たちは、砂漠化の原因が過放牧にあるという考えが誤りであり、実際には物質循環の問題であることを明らかにしようと研究を進めていました。内モンゴルでは1960年代から、モンゴル国では1990年代から砂漠化の進行が始まっており、30年のズレがあります。どちらも羊などの家畜が増えて、それを人間が消費するようになったという共通点はあります。しかし、過放牧が砂漠化の原因であれば、放牧をやめれば元に戻るはずだということを、皆忘れているのです。内モンゴルでは10年以上にわたって禁牧を行い、効果が見られた場所もありましたが、多くは効果が見られませんでした。

不思議に思い、各地域のデータをもらって相関を調べたところ、地域によっては家畜の頭数と草の量に相関が見られるケースもありましたが、全土で見ると相関は確認できませんでした。ということは、地域差があるのではないかと考え、地域差の要因について調査を始めることにしました。

当時、多くの専門家が植物の遺伝子やメタボローム、メタゲノム、特に土壌に関しては非常に詳細に調べていましたが、私にはその研究の仕方は各々が自分の専門分野に引っ張ろうとしていて、真実を見る態度が少し欠けているように映りました。

そこで、 私は素人なので基本に立ち返ろうと思い、家畜の頭数と草の量を測っていたのですが、明確な答えは得られませんでした。地域差があるということは土壌中の物質や気候などの要因が関係しているのではないかと考えて調査を進めていましたが、非常に苦労も多かったです。

そんな中、当時の草地学会の会長に目をかけていただくようになり、研究費も含めて多大なサポートをいただき、派遣費も徐々に獲得できるようになっていきました。そして、最終的に突き止めたのが、草の量が回復しない地域の土壌には、植物の成長に必要となる窒素、リン酸、カリウムの中で、特にリン酸が決定的に足りていないということでした。

私は飼料や餌も専門にしているのですが、餌として見た場合にあれほどリン酸が少ない草は見たことがありません。ミネラルが不足するケースは多いのですが、リン酸に関しては日本では足りないことはありません。例えば、先進国で牧草地を作ると、窒素、リン酸、カリウムがあれば植物は育ちますが、家畜が草を食べることによりどんどんミネラルは土壌から吸い出され、鉄分やカルシウムが足りなくなってくるわけです。

内モンゴルの土壌は窒素と特にリン酸が不足しており、1960年代、80年代、2000年代の同じ地域、同じ季節、同じ植物、同じ成長段階でミネラルを調べたところ、植物中のミネラルは約5分の1、土壌中では約10分の1に減少していることがわかりました。この結果を受けて、収奪的にミネラルを土壌から持ち出したことが草が育たない原因ではないかという仮説を立てました。特に、植物に関しては施肥が非常に有効なレベルまで土壌中のミネラルレベルが低下していたため、すぐに施肥実験を行いました。

地域によって不足している物質の加減は異なり、例えば錫林郭勒盟シリンホト市郊外の草原では、窒素は十分に足りていてリン酸だけが不足していました。一方、呼和浩特市少し郊外の四子王旗では、窒素とリン酸の両方が不足していました。そういった地域で不足している栄養素を施肥したところ、窒素とリン酸が十分にあれば、たった80日で植物は2倍以上の大きさに成長するということがわかってきたんです。

過放牧も問題ですが、生産した家畜を持ち出したり、自生している植物を牧草として刈り取って日本や外国に輸出したりすることも、砂漠化を引き起こす要因の一つとなっています。家畜が草を食べると、ミネラルは半分しか消化できず、半分は尿や糞として排出されます。しかし、草そのものを持ち出すと、ミネラルはすべて失われ、どこでも施肥が効くようなスカスカな状態になってしまうのです。

この砂漠化の原因を突き止めた内モンゴルでの研究が評価され、2019年頃には日本草地学会から学会賞をいただくことができましたが、多くの方々のお力添えで得られた成果ですので、私個人がいただいた賞であるとは思っていません。

逆転の発想で砂漠化の修復に挑む

次に修復技術についてですが、内モンゴルとモンゴル国の遊牧民に話を聞くと、家畜がどんどん小さくなっているそうです。骨はカルシウム、リン酸、マグネシウムが結合して形成されるため、ミネラル、特にリン酸が足りていないとそのような現象が起こるのは当然です。
砂漠化は土壌中のミネラルが原因であることを解明したことで修復技術も作れると思ったのですが、一つ問題がありました。モンゴル人はアニミズムで地の神や天の神をすべて信じているため、土壌への施肥を非常に嫌がり、命がけで抵抗します。そのため、化学物質を撒くことはできないのです。

そこで、過放牧から逆転の発想で、毒にならない程度にミネラルをオーバードーズした家畜を放牧し、家畜の糞尿で土壌を回復させていく「放牧修復」という技術を試しています。残念ながら、リン酸やその他のミネラルを与えても、家畜はまだそれほど大きくなっていません。これは、ミネラルを与えた3歳という年齢が影響している可能性があり、もう少し若い時期に与えないと成長に効果が出ないのかもしれません。

モンゴル国では昨年から準備を進め、今年ようやく放牧修復のサイトが完成しました。円安の影響で物資が高騰し、試験放牧地の規模は2ヘクタールに圧縮されましたが、それでもこの規模の研究はモンゴルでは前例がありません。試験放牧地のあるフスタイ自然公園では、通常このような試験地を作ることが許されないのですが、園長が私のプレゼンの重要性を理解してくださり、特別に許可をいただきました。現地には多くの研究者やレンジャーもおり、家畜の安全を確保しながら研究を進めています。

基本的に、モンゴル国でも内モンゴルと同じ原因で砂漠化が進行しているようです。ウランバートルに人が集まって、その周辺で放牧の頭数が増え、家畜をどんどんと肉として供給した結果、ウランバートルにミネラルが集中して、河川が富栄養化する一方で草原はスカスカになってしまう。フスタイの辺りはモンゴル国内では比較的良い草原なんですが、そこでもやっぱり施肥をすると草が真緑になってものすごく成長します。 福島大学の環境修復型農林業システム研究所ではそういった研究をしています。

畜産で復興を支援

私が福島に来た一番の理由は、畜産を使った復興のためです。かつて、福島県の飯館村で生産された飯舘牛はブランド牛として名が知られていました。しかし、原発事故により避難を余儀なくされたことで、地域ブランドの維持は困難となり、飯舘牛のブランドは失効してしまいました。今から新たなブランドを作ったところで、既存のブランドに勝つことはできません。そこで、全く新しい指標を作ろうということで、和牛の「甘い香り」を付加価値として福島県の肉牛を復活させることを目指しています。

また、飼料米の栽培にも取り組んでいます。飯舘村は、かつて人口約6,000人の村でしたが、2017年の避難勧告解除後も、約2,000人がまだ村には戻っていません。その多くは米農家で、お米を作っても売れない厳しい状況に置かれています。そこで、福島牛の復活と共に、農業の振興につなげて米農家に村に戻ってきてもらえるように、家畜に与える飼料米の栽培にも力を入れていきます。

オレイン酸を多く含む優れた稲の品種が見つかり、筑波大学作物学研究室の先生にもご協力いただきながら、栽培を行い試験を進めているところです。福島牛自体のブランド力を高めるために、福島県と家畜改良センターにもご協力いただいています。

研究の根底にある思い

私の考えの根底にあるのは「現場の役に立ちたい」「人の役に立ちたい」という思いです。砂漠化の研究を始めたのも、こうした思いからでした。現在は福島大学で研究をしていますが、もともと定年して時間ができたら福島の復興のお手伝いをしようと考えていたんです。そんな矢先に、食農学類が設立されることを知り、すぐに手を挙げて福島大学に来ました。牛肉や和牛は専門ではないのですが、食品科学の先生方と話し合いながら共同で研究を進めています。

私は学生に必ず「幸せになってください」と伝えています。幸せにはさまざまな形がありますが、人間には「他の人の役に立つ」という他の動物にはない側面があります。 人の役に経つという経験をすることで、別次元の幸せを感じることができます。ですから、「仕事や家庭を通じて人の役に立つということを意識して、幸せになってください」と伝えています。私が行っている研究も、まさにそういうことです。

人の幸せは、結局は自分の幸せにつながります。困っている人を助けて、その人が幸せになることにももちろん喜びを感じますが、それ以上に自分が人の役に立てたという感動が大きいように感じます。この瞬間に、自分の生きている意味や自分の仕事の意味がはっきりと感じられるんです。

私の研究がどこまで役に立っているのかはわかりませんが、そんな思いを持って日々研究に取り組んでいます。