秋田県にかほ市で15年に渡って続く“出前商店街 「おらほのふれあいべんり市」”。にかほ市商工会の会員が「にかほ出前商店街振興会」を結成し、山間部の交通弱者や買い物に困る高齢者たちを支えるために、出張販売を行ってきました。
この取り組みは買い物の機会の提供という枠を超え、住民の「居場所」を生む一種の福祉へと進化してきました。出前商店街は地域を巡り、食品から日用品、種苗などを届けながら、井戸端会議の場所も提供しているのです。
令和3年には「第12回地域再生大賞」で ブロック賞<北海道・東北> を受賞し、更に令和7年には秋田県由利本荘警察署長より感謝状を授受するなど、県の内外から注目を集めるこの取り組みの裏側には、会員のみなさんの強いボランティア精神と地元愛が息づいているようです。出前商店街の軌跡と内実について、にかほ出前商店街振興会・齋藤伸二会長に率直に語っていただきました。

にかほ市内に商店街を出前
――出前商店街は2010年から始められたんですか。
齋藤会長: そうなんです。2010年からスタートしました。地域の買い物問題をどうにかしようということで、商工会、会員、有識者で話し合って立ち上げた会です。
――当時から買い物に困っている方が多かったんですか。
齋藤会長: そうですね。年を取って免許を返納したとか、買い物に出かけにくいような人が各地域にいました。にかほ市は海あり山ありで標高の差が大きくて、特に山間地の人たちが移動に困っていたんです。振興会の立ち上げ当初は、交通弱者・買い物弱者対策を看板に掲げていました。
始めてからもう15年になりますけど、だんだん「福祉商業」みたいになってきました。来店される方はほぼおばあちゃん。おじいちゃんは恥ずかしがって来ないんですよね。で、おばあちゃんたちが集まって、井戸端会議みたいにお茶っこ飲んだり、お菓子を食べたり、世間話をしながら買い物を楽しむ形に変わってきました。買い物も大事だけど、みんなでおしゃべりできるのが楽しいんです。
――なるほど。にかほ市は平成の大合併でできた市なので、面積がとても広いと思いますが、出店場所や回る順番はどのように決めてきたんですか。
齋藤会長: 最初の頃は自治会館を転々と回ってみようと。特に、買い物弱者は山間地に多いのかなということで、山間地を中心に回りました。市内でお店を構えている人たちが山間地の自治会館に出向いて、お店を広げて商売する形です。
――出店する際、商品はどうやって運ぶんですか。
齋藤会長: 業種にもよりますが、商用のバンや軽バン、軽トラに商品を積んで、各自で運転して行きます。会員数は25くらいいるんですけど、一度の出前商店街の出店数は平均12、13ですね。
――どんなものが売られているんですか。食品や洋服、家電などが思い浮かびますが。
齋藤会長: その通りで、食品が一番強いです。魚屋さん、お弁当屋さん、お菓子屋さんとか、パンやカップラーメン含めて食品全般を扱う業者さんもいます。あとは洋服屋さんや、電気屋さん、時計屋さんもいます。私自身は種苗店なんで、季節に合わせてお花と野菜の苗、種を持って行きます。ユニークなところだと、大工さんによる包丁研ぎが1本500円で、すごく好評です。あと、廃食用油の回収もやってます。車がない人は油をリサイクルに出すのも大変なので。痒いところに手が届く工夫をしています。

会員のボランティア精神で続いてきた
齋藤会長:逆に私から質問したいんですけど、外から見ると、出前商店街で商売が繁盛しているように見えますか。
――大変だと思います。普段のご商売がある中で、時間と手間を割いてやってらっしゃるので。お金で言えば黒字にはならないだろうなと。
齋藤会長:そうなんですよ。全国色んなところから研修や見学に来られるんですけど、やっぱり採算ベースを目指して話を聞きに来る団体さんが多いです。「商店街が困ってるから、こういうことやれば商売になるかな」とか。でも、うちが長年続いたのは、会員の地元愛、ボランティア精神のおかげなんです。
もちろん楽しみながらね。会員同士の情報交換の場でもあるし、お客様ともそうだし。そこで知り合ったお客様が後で商売に繋がることもあります。大工さんが包丁研ぎの次にリフォームの相談を受けて、家の壁全部の仕事をとったり、電気屋さんが家の電気工事の仕事をとったり。私も時期外れに行っても、翌年の春野菜の注文がきたり、配達の注文が結構増えたりしたこともあります。

――出前商店街自体で利益を求めることはできないけれど、丁寧に対応すれば後に繋がるんですね。
齋藤会長: そうですね。やっぱり顔見知りになると頼みやすいですよね。信用が生まれます。
そういった大きな発注を受けることもありますけど、やっぱり何よりも食べ物が強いですよね。ただ、食べ物の事業者を確保するのが今、難儀してます。以前は食堂をやってる人にお願いしてたんですけど、自分の店もあるし、出前商店街に昼に来てもらうのは過酷で。
――お昼は稼ぎ時ですもんね。
齋藤会長: そう。それを快く何年か引き受けてくれた事業者も3社くらいいたんですけど、最終的にたどり着いたのが、お弁当やお惣菜の販売。ある程度の数を作っておいて、持ってきて販売、残った場合は持ち帰って自分の店で売るという形で。
――お弁当は需要が高そうですね。
齋藤会長: あります。正直、お弁当がなければお客様が集まらないんじゃないかなと思います。おばあちゃんたちも選べる楽しさがありますからね。今日は自分で作らないで、晩飯はこの弁当にしようとか、みんな集まったからその場でお昼に食べようとか。出店している会員もお弁当を買って、その場で雑談しながら食べるパターンもあります。
――高齢になると一人暮らしが増えますよね。一人分の料理を作るのも億劫だし、お弁当は助かりますね。
齋藤会長: 一人だとお弁当の方が安上がりですもんね。ただ、同じ地区に月に何回も行ってるわけじゃなくて、年間1、2回だったりします。
で、今まで出前商店街をやり続けて気づいたことがあって。山間地にも孤独な高齢者はいますが、街中にも孤独な高齢者が多いんです。やっぱり人口そのものが街中の方が多いので。だから、今は街中に出店する方が多いですね。
――街中でも需要があるんですね。
齋藤会長: そうなんです。近隣に大きなスーパーがあってもお客さんが来てくれるんですけど、やっぱりみなさん喋りたいんですよね。結構来てくれますよ。それで、最近は地域のコミュニティーを守る「居場所作り」も看板に掲げています。




デイサービスと診療所にも出店
――1年で市内の何カ所くらい出店するんですか。
齋藤会長: 4月から12月まで月2回ペースで、大体年間で18回。年に2回行く所もあれば、1回で終わる所もあります。
出店時間は、9時集合で準備して10時開店、13時閉店。3、4時間くらい。ちょっと会員を拘束しちゃいますね。曜日は場所の都合に合わせますが、週の中日、水・木曜が多いです。
――月2回は大変じゃないですか。
齋藤会長: 実際そうです。各事業所の繁忙期もあるので、さすがに私も春は身動き取れない時があります。そういう時は御免してもらったり。でも、会長不在でも会員のみんなはボランティア精神や地元愛が強いから、なんとか繋いでます。誰が会長でもいいんですよ。
――来られる方は高齢者のリピーターが多いですか。
齋藤会長:高齢者です。場所によっては「何やってんだろうな」って若いお母さんが来る場合もありますけど、ほとんど高齢者で、ありがたいことにほぼリピーターだと思います。
――みなさん年に一度の出前商店街を楽しみにしているんですね。
齋藤会長: ただ、コロナ禍が明けてから壁に当たりました。以前は人がわんさか来たのに、5人しか来なかったり。あれ、どうしたんだろうって。人口は減ってるけど、急にそんなに亡くならないよなって。
そんな時に、地域のデイサービスさんから「うちで出前商店街やってくれないか」と声がかかりました。それは面白いアイデアだなと思って、二つ返事で引き受けたんですよ。そしたら、自治会館の方に来なくなっていたおばあちゃんたちがそこにいたんです。コロナ禍の間に施設に入っていたんですね。
あと、地域の診療所の先生たちからも「地元を盛り上げたいのでうちでも」って声がかかったので出店してみたら、おじいちゃん、おばあちゃんがたくさんいて、助けられるくらい商売になりました。
100%商売でもダメ、100%ボランティアでも続かない。私の気持ちとしては、商売とボランティアを半々でやってこうと思ってます。人の来ない自治会館は、申し訳ないけど今は行ってなくて、デイサービスや診療所を増やしてます。会員は商人なんで、売れた時はニコニコしてますよ。
――みなさんご商売で生活されているわけですし、売れなければ出前商店街は続けられませんよね。
齋藤会長: そうです。地域の福祉の役に立って、プラスで多少なりとも会員の商売に繋がればと思ってます。

会長にかかるプレッシャー
――会員さんの中には立ち上げ当初から出店を続けている方も多いんですか。
齋藤会長: 最初から参加している会員も多数います。正直なところ、負担をかけているところもあるかもしれませんけどね。やっぱりボランティア精神が強くて、責任感で出てきてくれる方もいますね。あまり無理はかけたくないんですけど。大変だのなんだの、みんな口には出さないです。
――そもそも、会長ご自身はどうしてこの役を引き受けたんですか。
齋藤会長: たまたま私も、最初は山間地を回るということで、農家さんが来れば種が売れるかなって単純な理由で参加しました。ところが前会長が4年くらいで辞めちゃって。私は、この会は地域に必要だからなくされないな、と思って引き受けました。10年以上も会長をやるなんて思ってなかったです。途中、後釜候補も出てきたんですけど、コロナで飲食店が辞めたりして、だんだん後釜がいなくなっちゃって。10年もやってる会長なんて世間にいないよなって。そろそろ誰かに引き渡したいって気持ちはあります。もちろん引き渡した後も協力はしながらね。
――みなさんの売れ行きを背負っているから、場所選びのプレッシャーはきつそうですね。
齋藤会長: 人が来ないと会員に迷惑かけちゃうので。今まで、貧乏くじを引いたことも多々ありました。切腹しようかなって思った時もありました。今は笑い話ですけどね。

全国からの注目も商売に繋がれば
――ところで、冬場はどうしているんですか。
齋藤会長:にかほ市は秋田県内でも雪が少ない地域ですけど、 1月から3月は道が凍結しするので、万が一子供や高齢者が転倒したらってことでお休みにしてます。
――会員さんにもお休みが必要ですよね。それにしても、毎月2回の出前商店街を15年も続けてこられたことには頭が下がります。全国で似た取り組みはされてきたと思いますが、おそらく数年で終わってしまったところが多いのではないかと思います。
齋藤会長: よく続いたもんだなって、全ての会員が思ってるはずです。全国から問い合わせや見学の要望があって、わざわざ島根県の安来市から市議会議員の先生方が研修に来られたり、鹿児島県の南大隅町から資料請求されたり、宮城県の商工会から見学に来られたり。
他の地域の取り組みも続いているどうかはわからないけど、やっぱり採算ベースで考えると続かないですね、これは。
――とはいえ、ボランティアベースでも難しいということですよね。
齋藤会長:その通りです。ボランティアベースでもきつい。何回も言いますけど、単純に会員のボランティア精神が強いので続いたんです。誰が会長でも関係ないくらい。
――全国から注目されるのがわかります。会長含め、みなさんの精神力がすごい。
齋藤会長: 注目されるのはありがたいことですね。ただ、ありがたいだけじゃなくて、ちょっと商売に繋がればな、とはずっと思ってます。何かいいアイデアがあったら教えてください。Instagramでも投稿してるので、メッセージをいつでもください。