アマチュア野球を産業化!お金も生きがいも野球で作ろう:阿南市産業部『野球のまち推進課』

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 巨人で活躍した水野雄仁・現巨人スカウト部長や、現役選手ではオリックス・バファローズの杉本裕太郎外野手、中日ドラゴンズの森山暁生投手、そして2024年横浜DeNAベイスターズにドラフト育成2位で指名され話題となった吉岡暖投手など、数々の野球選手を輩出してきた徳島県阿南市。この自治体の市役所には「野球のまち推進課」という、少し変わった部署がある。しかも、所属は産業部。野球を一つの産業として捉え、年間1億円もの経済効果を実現させている。

 なぜこのような部署が誕生し、どのように経済効果を生み出してきたのか。そしてお金だけではない大きな効果とは。野球のまち推進課大川康宏課長からお話を伺った。

画像引用元:Map-It

野球のまち推進課ができるまで

 阿南市は、明治時代から全国に先駆けて中学校に野球部ができるほど、昔から野球が盛んだったそうだ。大川課長によると「少年から古希の人まで野球をやっとります。」とのこと。

 そんな野球の盛んな町に、平成19年、プロ野球の試合も対応できる野球場「JAアグリあなんスタジアム」が県によって整備された。天然芝で電光掲示板も完備、場内放送設備もあるスタジアムだ。これをきっかけに「野球のまち阿南構想」として、野球で阿南市を盛り上げていこうという気運が高まり、官民連携の組織「野球のまち阿南推進協議会」が発足。どのように野球で町おこしをしていこうか、試行錯誤が始まった。

 他地域の事例も参考にしようと、当時、長野県上田市で20年以上開催されてきた「おとうさんの甲子園」として親しまれる全日本生涯野球大会を視察。60歳から90歳近い年齢で構成されたチームが全国から集まり、上田市に宿泊して大きな経済効果を生み出していた。
「阿南市にも人が来て、泊まってくれたらすごい経済効果が生まれるぞ、ってなってね。ほな『野球のまち阿南』を売り出していかんか、ちゅうことでね。」

 そこから様々なイベントや事業をテストとして行った結果、野球を通して人を呼び込めば大きな経済効果があることがわかった。見込みがあるということで、協議会の発足からわずか約3年後の平成22年に、全国で初めて「野球」が名前に入る部署として「野球のまち推進課」が誕生することとなったのだった。
「当時の岩浅市長さんの動きが早かったですね。また初代課長の田上さんが無類の野球好きで、『何とかして野球で産業を興そう』いうことで奔走しておられました。」
 現在では野球事業によって年間1億円もの経済効果があるという。

地元のチームと試合ができる観光ツアーを開催

 協議会結成から約3年の間、合宿の誘致や西日本大会の開催などさまざまな事業に挑戦した。その一つとして行われたのが、平成21年から開催されている野球観光ツアーである。1泊2食付き、JAアグリあなんスタジアムで地元チームと試合ができるという内容だ。
 試合があると団体客が訪れるため、阿南市内の宿泊施設や飲食業の利用促進につながり、地域経済にとって大きな効果をもたらした。令和7年現在も1万8000円でツアーに申し込めるという。
 大阪や愛知から、観光ツアーを毎年利用する野球チームもあるそう。「阿南の人に会いに来てくれてるんかなって思う」と大川課長は言う。

高校野球の交流試合や合宿を誘致

 また、令和5年度春の甲子園でベスト8にまで進出した阿南光高校ら地元の高校と県外の高校との交流試合も行った。大阪桐蔭や天理高校など、甲子園出場常連校が阿南市にやってくるということで、地域中が盛り上がった。
「全国区の新聞にも交流試合のことが取り上げられてね。他の名門高校からも『うちも呼んでほしい』ちゅうて電話がかかってきたこともあります。」
 高校野球の合宿誘致も行っており、北信越の高校が甲子園の直前に合宿することが恒例になっている。今後はさらに、プロ野球ファームの公式戦も誘致していく予定だ。

ティーボールの普及活動

 「野球のまち阿南」を掲げてはいるが、少子高齢化の波や他スポーツへの流出もあり、少年野球をする子どもたちは昨今減少傾向にある。野球人口を増やすため、野球のまち推進課では野球やソフトボールの入門スポーツとして知られるティーボールの普及にも努めている。ティーボールを楽しむ人は順調に増えており、想定通りティーボールを経験してから少年野球チームに入ってくれる子どもたちもいるそうだ。

 令和6年8月には地方で初めてティーボールアジア大会の会場となり、8の国と地域から361人の子どもたちが訪れた。関係者や保護者を含めれば千単位もの人が訪れ、なんと3日間で約4000万円の経済効果があったという。
 大川課長は「国際大会ということで、今までの中でもえらいしんどい仕事だったけど、でもみんなよう喜んでくれてね。」と苦労をにじませながらも笑顔を見せた。

街をあげておもてなし

 四国にはお遍路を回る人へのお接待文化が根付いている。阿南市でも春の甲子園に出場する北信越の高校が合宿に来ると、地元協議会や婦人会の皆さんが昼食時にお味噌汁を入れたり食事を配ったりとおもてなしをするそうだ。こうした文化が野球のまち事業を支えてくれる大きな原動力となっている。

 特に地元のチアガール「ABO60」は話題だ。なんと60歳以上の女性で構成される応援団で、最高齢は85歳。オリジナル曲まであり、試合を盛り上げてくれる存在だという。
「ほんまにようやってくれてありがたいです。もう引っ張りだこで、キャンペーンとかにも呼ばれてねぇ。」
 市民にも「野球のまち阿南」が浸透し、街をあげて盛り上げていこうという気運が高まっているようだ。

ABO60

野球のまち推進課の人たち

 試合の誘致やツアーの開催など、幅広い事業を手掛ける野球のまち推進課は、なんとたったの4人で構成されている。全国大会など大きなイベントの際には市役所職員をかき集めて動員するが、普段も仕事に追われる毎日だという。「課の職員は大体野球経験者」だというが、野球好きでないとできない業務だろう。

 大川課長は、元々は高校バレーの監督だったそう。息子の少年野球チームへの入部を機に野球部のコーチや監督を務め、今では阿南市役所野球部の監督としてチームを全国大会へ導くほどの実力者だ。
「他の課にはまだまだ行けないですね。やりたいことがいっぱいあるので。」と笑う大川課長。やはり野球が好きだという気持ちがあってこそ、人が集まり、街が盛り上がるのだろう。

野球によって街に活力が生まれている

 野球のまち推進課ができたことで、阿南市は少しずつ変わってきた。元々野球が盛んだったが、さらに幅広い世代が野球に親しみ、健康増進に取り組む機会が増えたという。また、大会やイベント、合宿や観光ツアーによって、地元の飲食業や宿泊業などが利用され、地域経済の活性化にもつながっている。また、試合が地元で開催されることは住民にとっても楽しみの一つであり、おもてなしなどをすることで日々の暮らしの張り合いにもなっているそうだ。

「ほんま、みんなが支えてくれて、地域コミュニティの結束にも良い影響があるんかなって思ってます。単なるスポーツとしてではなくて、街の活力を生み出す資源として進めていきよるけん。」
 これからも頑張りますわね、と阿波弁で語ってくれた大川課長。今後も阿南市の野球事業から目が離せない。