少子高齢化、ヒト・モノ・カネの東京への一極集中、それらに伴う限界集落の増加など、地方の抱える課題は年々深刻化しています。
秋田大学で地域コミュニティなどの研究を専門としている石沢教授は、秋田県をはじめとする地域の現場で長年にわたって活躍されている研究者です。限界集落の課題に正面から取り組み、地域活性化に向けた「泥臭い」活動を見続けてきた石沢教授は、学生たちに現場の厳しさと貴重な学びを伝え続けています。
秋田大学教育文化学部が開講しており、石沢教授も深く関わる「地域連携ゼミ」は、学部の学びの柱となるコアカリキュラムの一環で、学生達が地域と関わり、生の課題に触れ、解決策を提案する力を身につけることを目指したカリキュラムです。
「現代の学生に、汗をかくような経験を通して学びを得てほしい」という思いを持つ石沢教授は、地域の課題解決には現場での体験が不可欠だと強調します。現場の声を直に聞き、現実を見つめることで、本当の学びを得ることができるという信念を胸に、石沢教授は社会と学生の架け橋たらんとしているのです。
今回は、「地域連携ゼミ」に関する話題を通して、石沢教授の思いや地域課題に向き合うことの大変さについて伺いました。
石沢 真貴 先生
秋田大学 教育文化学部 地域文化学科 教授
専門分野は社会学。授業では地域社会学、社会調査実習などを担当している。
グローバル化や少子高齢化といった社会変動による地域コミュニティの変容や形成プロセスに関する研究を行っている。秋田県が推進してきた集落支援事業の「あきた型『元気ムラ』再生総合推進事業」をきっかけに、住民主体の地域活動に関する調査研究をするなかで実践にも関わっている。主な著書(共著)として『自立・交流する中山間地域―東北農山漁村からの地域デザイン―』、『防災コミュニティの基層―東北6都市の町内会分析―』。
秋田県庁との協働で生まれた椿地区での地域連携ゼミ
秋田大学教育文化学部が実施する地域連携ゼミは、地域と学部生が連携して地域課題の解決に取り組むカリキュラムです。連携する企業・団体は、テーマを変えながら長く継続してくださっている場合もありますし、年度で入れ替わる場合もありますが、今年度は10の企業・団体から応募がありました。
その中で私がゼミの担当教員をしているのは今年度新しく取り組んだ男鹿市椿地区の地域活性化に関連した活動なんですが、秋田県庁のあきた未来創造部地域づくり推進課が地域を選定し、取り組みを始めたものです。
県庁がこうした取り組みを行うのは、県内には深刻な少子高齢化や人口減少、それにともなう地域コミュニティの衰退といった課題があるからです。こうした課題に対応し地域を維持していくため、県庁では市町村や大学、NPOなどさまざまな団体と連携し、2010年頃から地域の支援事業を推進してきました。市町村単位ではノウハウや人材、資金が不足し、地域活性化が難しいという課題もあったことから、まずは県庁が市町村と連携し、集落単位の聞き取り調査や地域資源調査で現状を把握し、地域住民が自分たちの地域に誇りをもって主体的に活動できるような道筋を構築してきました。
具体的には、若い人が減り廃れてしまった地域の伝統的なお祭りを復活させたり、地元の特産品を活用したビジネスを創出したりと、地域資源を活かしたさまざまな支援を県全体で展開しています。このような取り組みは県外の地域でも行われていると思いますが、秋田県のように県庁が先頭に立って市町村と連携して進めてきた事例は少なく、「秋田方式」と称されています。
この事業が始まったばかりの頃は、高齢化し人口が減った集落からは、自分の住んでいるところには何もない、自分たちでは何もできないといった話ばかりが聞こえましたが、いまでは地域住民自らが地域課題を発見し、解決策を模索しながら地域づくりを進めている地域がたくさんあります。また、たとえ人口が少なく高齢化しても、住民が交流しあえる場を形成している様子がうかがえます。こうした活動を行う集落や団体などを県庁では「あきた元気ムラ」と呼び、支援を続けています。
地域活性化に関わることの難しさ
本学が実施している「地域連携ゼミ」は、地域貢献と人材育成を目的としたカリキュラムの一環です。学生には地域の課題を肌で感じ、解決策を提案する力を身に付けてもらいたいという目的をもつゼミです。
「地域連携ゼミ」には、学外のさまざまな団体から「学生とこんなことをしてみたい」という企画が寄せられます。その中から教員が担当可能なテーマを選び、学生たちは自分の興味に合った企画に手を挙げ、実際の活動に参加します。
どのような団体から企画が寄せられるかというと、例えば地元の老舗商店や大手企業と連携した新商品開発や、地域のイベント企画や実施などです。こうしたいわゆる「キラキラ」した活動は、多くの学生にとって魅力的に映るようですね。
また地元出身の学生の中には、将来は公務員として働きたいと考えている学生も多いので、そういった地域活動が将来の地域貢献の仕事につながると期待している面もありますね。
私が今年度担当している男鹿市椿地区を対象とした地域連携ゼミには、教育文化学部地域文化学科の3年生が3名参加しました。椿地区は先ほど紹介した「あきた元気ムラ」には登録されていないものの、秋田県庁が支援を考えている地域の一つです。
この椿地区での活動も、「地域活性化のサポート」という一見前向きでキラキラしているテーマに惹かれ、比較的多くの学生の関心を集めていたようでした。
大学の研究と聞くと、実験室での作業を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、私の専門である社会学の研究では、実際に地域の現場に出向き、住民の方々に直接話を聞くフィールドワークを実施します。今回の活動は、学生達が社会学の実践的な研究方法を体験する貴重な機会でもあります。
でも、地域住民が地域の維持や地域活性化に取り組むのは簡単なことではありません。ノウハウがほとんどない中で地域の困ったに向き合い、地域を維持、活性化させていくためには、地域の人々が自分ごととして、場合によっては何もないところから取り組む必要もでてきます。そこに住み続けるのは地域の人々ですからね。
企業や行政と連携し商品開発したりイベント企画、魅力発信のSNS開発といった、わかりやすい活動内容とは異なり、学生達は、最初は「このゼミで自分達は何をすればいいのだろう?」という疑問でいっぱいだったと思います。
正直なところ、こうした活動はキラキラしたものではありません。マーケティングや観光企画のような華やかなイメージとは異なる泥臭い活動ですよ、ということはゼミが始まる前から学生達に伝えてはいましたが、現場をみて初めて、やるべきことが見えてこないと戸惑っていた様子が印象的でした。
机の上ではなく地域の現場でどのように動くか
秋田大学の教育文化学部に在籍している学生の多くは、秋田県出身です。そのため、小学生の頃から授業などを通して少子高齢化や地域課題については何度も聞いてきており、馴染みがあると言えます。
しかし、学生達も「少子化対策や高齢者のコミュニティづくりが必要だ」とレポートに書くことはできても、地域の現場に入って「じゃあ具体的に何をする?」と聞かれたら、きょとんとしてしまうのが実際のところです。
こうした課題と向き合うには、手足を動かして汗をかき、泥臭いことも引き受けなければならない場合もあります。また現実の社会では、計画通りに進むことばかりではなく、トラブルが発生することもある。そういった意味でも椿地区でのゼミはかなり大変な活動といえます。今年度の地域連携ゼミの中では、現実の地域課題に正面から向き合った本来の意味での地域活動といえると思います。
集落支援員や地域おこし協力隊の方々が全国各地で活躍していますが、共通して直面している主な課題は「人づくり」です。ワークショップを通じて地域活性化のためのアイデア創出や課題の発見ができても、それを実現するための地域のプレイヤーが不足しています。椿地区にも集落支援員や地域おこし協力隊の方々はいらっしゃいますが、まだ支援を始めて間もないこともあり、どこから手をつければ良いのか分からず、具体的な活動に結びつけることが難しいという状況でした。
そこで県庁では、地域連携ゼミに応募し、学生の力を借りて地域住民から「何かやってみよう」という意欲を引き出すことにしたのです。そして、まずは地域連携ゼミの活動報告を、秋田県内の地域づくりに関わる人々が集まる「あきた元気ムラ大交流会」で発表するという目標を設定しました。
地域住民が学生達と共にワークショップを行うことは、地域の課題を改めて実感し、その解決を目指して一歩踏み出す、きっかけになります。学生達が持つ視点やアイデアは、時に地域住民の方々に新鮮な気づきをもたらすこともあります。
椿地区でのワークショップでも、様々なアイデアが出ましたが、なかなか地域住民の具体的な行動にはつながりませんでした。何度かワークショップを重ねていくうちに、学生達は「地域にリーダーがいないから進まないのではないか」と感じ、「私達が仲介役となって、リーダー役を見つける活動をします」という提案をまとめました。
でも、この提案も、学生達だけで実現することは困難です。本来、リーダーの育成や地域活動の推進は、集落支援員や地域おこし協力隊など、元々存在している支援者達が担う役割です。学生達もこの点を理解し、「では、自分達の役割とは?」ということを考える必要があります。様々な支援者達とどのように連携していくべきなのか、気づいてくれると良いですが。
「誰もやりたがらないこと」に挑戦することの価値
今年度の「地域連携ゼミ」は、12月の報告会をもって授業としては終了しました。でも、その後も椿地区の地域課題は存在します。
学生達は生の人間が行う活動に関わり、「仲介役を引き受けます」と言った以上、何もせずに終わるわけにはいきません。ゼミも終盤の11月になって、地域住民の方から地域食堂をしてみたいという話が出てきたので、まずはそれを手伝うことになりました。ただ、学生達が授業としてのゼミ終了後、どのように椿地区に関わっていくのか、学生自身が考えるべき課題として引き続き見守りたいと思っています。
学生は毎年入れ替わりますが、県庁としては来年度以降もこの取り組みを続けたいと考えているようです。来年度は椿地区とは異なる地域で同様の活動を展開するならば、新たな事業として進めていくでしょうし、今年度の活動をさらに深めたい場合には、そのための計画が必要です。いずれにせよ、今年度に培ったノウハウは次年度以降にも活かせるのではないかと思っています。
教員としての私の立場からすると、地域連携ゼミは自治体や地域おこし協力隊が実際にどのような活動をしているのかを、まだ社会に出ていない学生達が間近で見聞きすることができる貴重な機会です。学びたいと思えば、多くのことを学べる宝庫なんですよね。ただ残念ながら、現代の学生達は無駄に思えるような地道な作業や面倒なことを嫌う傾向があります。私は、予めお膳立てされた環境での予定調和的な学びだけでは地域課題への対応力は育たないと思うんですが。
こうした活動は多くの学生がやりたがらない分、逆に就職活動の際には逆に大きなアピールポイントにもなるはずですが、「誰もやりたがらないことに挑戦した」という経験の価値に気づいている学生は少ないように思います。
それは、教員側にも同じことが言えます。地域住民と向き合うような泥臭い地域研究に積極的に取り組む教員はあまり多くはありません。そうした経験が教員側にも不足しているために、学生に教えることが十分できないという問題もあります。
その結果、高校生までの総合学習と大学での学びにどのくらい差があるのかと疑問に感じる部分もあります。大学としての学びの本質を考えると、まだ中身が十分でないと感じる場面はありますね。
石沢教授が追求する”泥臭い”現場の力。本物の地域研究とは
10年くらい前までは、秋田大学においてフィールドワークによる地域社会の研究に取り組んでいたのは農村社会学の先生や私くらいでした。当時は社会科学分野の間でもあまり重要視されていませんでしたが、地域連携ゼミが少し認識されるようになって、ようやく理解されるようになってきたという感じです。
秋田大学では、学生がその気になれば、地域の方々がどんなことをしていてどんな困難を抱えているのか、現場で直接学ぶことができます。地域住民の生活の場に足を運んで、話に耳を傾け、「何に困っているのか」「何をしているのか」を知るという、非常に貴重な経験ができます。
確かに、これは大変ですよ。正直言えば、私自身もしんどい思いをしています。それでも、「このしんどさを味わわなければ、本当の意味での地域研究、地域活動とはいえない」とも思います。
私は「コミュニティの維持・形成」「地域づくり」という研究テーマに関心をもって、秋田県が進めてきた「あきた元気ムラ」に立ち上げの時点から関わってきました。およそ15年前、秋田県庁が「限界集落の実態を把握するため全県を調査したい」と県内の大学へ協力を求めたんですね。秋田大学からは私が、秋田県立大学と国際教養大学からも二人の先生、そして各大学の学生が参加しました。県と市町村、大学とが協力して秋田県内の小規模で高齢化が進んだ集落をピックアップし、各集落で住民の方々から直接話を聞き取る調査を行いました。
その調査結果を基に、県庁の特別チームが各集落で座談会を開催して、「皆さんの地域にはこんな課題がありますが、面白い地域資源もあります。この資源を活かして頑張ってみませんか?」という話をしました。立ち上げ当初の県職員の方が休日を返上して集落を歩いて回る活動をされてきたのは、本当にすごいことだと思っています。
私が最初に調査した集落とは15年もの長いご縁が続いていて、集落の状況が変わっていくプロセスを、参与・観察を含めて事例研究として見させてもらっています。
もちろん、集落の活性化がうまくいく場合も、そうでない場合もあります。でも、小さな集落でも皆で協力しながら頑張る姿を見てきました。時折、こうした活動に関心をもって集落のお祭りを手伝うような学生もいましたが、最近の学生はめっきり大人しくなりましたね。だからこそ、今、汗をかける学生は希少な人材になれる可能性が大いにあります。そういう学生がまた現れることに期待したいですね。