かつて有機農業は一部の志ある生産者による特別な取り組みと見なされてきました。しかし今や、環境負荷の少ない持続可能な農業として、その重要性はますます高まっています。
そうした中で、埼玉県の農業及びその関連産業の担い手を養成する県立の専修学校「埼玉県農業大学校」では、1年間の短期農業学科として「有機農業専攻」をいち早く設け、実践と理論の両面から有機農業の人材育成に取り組んでいます。
有機農業専攻の学びの様子や埼玉県の手厚い就農支援体制について、同校・有機農業専攻担任の新井俊充先生にお話を伺いました。

県立の大学校で有機農業を学べる
――日本全国に農業大学校やそれに類する学校はありますが、有機農業専攻のコース(学科)を設けているのは珍しいですよね。
そうですね、農業大学校の専攻としては全国的にも先駆けてできたものかと思います。本校は元々、埼玉県西部の鶴ヶ島市にあったのですが、2015年に熊谷市へ移転し、そのタイミングで有機農業専攻が新設されました。
それ以前から社会人の方を中心に、有機農業技術への関心は高かったのですが、その希望に沿って教える体制が整っていませんでした。熊谷市への移転と同時に学科再編が行われ、有機農業の担い手育成を目的として、短期農業学科の中に有機農業専攻が新設されることとなり、今年で11年目になります。
――埼玉県で有機農業というと、真っ先に思い浮かぶのが小川町の故金子美登(よしのり)さんです。やはり金子さんや彼の元で研修を受けて独立された方に憧れて、埼玉で有機農業を学びたいという方は多いのでしょうか?
小川町は埼玉県のみならず、全国的にも有機農業の先駆けですよね。私が知っている30年前にはもう、有機農業を学びたい方が全国から小川町に集まっていたという話を聞きます。金子さんにはNPO全国有機農業推進協議会の理事として本校の有機農業専攻の立ち上げにお力添えをいただきました。やはり県立の農業大学校に有機農業専攻が出来た背景には、小川町や金子さんの存在は少なからず影響していたと思います。

実習、座学、外部講師による実務的な指導
――有機農業専攻ではどのようなことを学べるのでしょうか?
農薬や化学肥料を使用しない野菜栽培技術について学習します。品目としてはいも類、果菜類、根菜や葉菜類などで、様々な品種を総合して年間約60種類の野菜を栽培します。
授業は月曜から金曜まで週5日あり、そのうち3日は実習、2日は座学という形になっています。
実習では、農作業の基礎、堆肥や緑肥による土づくりやぼかし肥料のつくり方、品目ごとの栽培適期、有機JAS認証の基準に適合した生産工程の管理などを習得していただきます。
座学には必修科目と選択科目とがあり、植物生理や土壌肥料など、農業の基礎知識から、病害虫管理や農業関係の法律、マーケティングなど、幅広く農業全般や有機農業にまつわる知識を学ぶことができるカリキュラムです。
加えて有機農業専攻の特長として、外部講師の方をお招きした特別講義があります。有機栽培を実践されている農家や、有機農産物の販売に携わっている方、有機肥料を取り扱っている業者さんなど、有機農業に関係する様々なプレーヤーの方に講師としてお話しいただいています。
入学者数は年度によってまちまちですが、平均すると約13名の方が毎年入学されます。入学者の年齢は20代から60代まで比較的分散していますが、社会人経験者が多く、また農業経験の有無でいうと未経験の方のほうが多い印象ですね。


埼玉県からの手厚い支援により自立就農を目指せる
――皆さん卒業後はすぐに自立就農されるのでしょうか?
本校の有機農業専攻は1年間だけなので、卒業後すぐに独立就農というのはかなりハードルが高いと思います。というのも、特に未経験で新規就農する場合、まずは農地を見つけたり借りたりするところから始まりますが、これがなかなか難しい。
なので、本校卒業後には、埼玉県独自の就農支援制度である「明日の農業担い手育成塾」を経由して新規就農するというケースが多いです。
「明日の農業担い手育成塾(以下、担い手塾)」は、県内農業の担い手の確保・育成を目的として、新規就農希望者に対して、就農希望地で確実に就農できるよう支援する制度です。
具体的には、市町村や農協などの関係機関が一体となって、技術研修や農地の確保、販売、資金相談などの支援事業を行っており、県内ほぼ全域に担い手塾があります。
担い手塾を希望する方は、本校在籍時から県農林振興センターや市町村等に相談をして、卒業後の研修先や農地を確保しつつ、卒業と同時に入塾し、原則2年間実践的な研修を受けます。
研修期間の2年間で模擬的な農業経営を自ら行い、収支もしっかり管理して、所得がある程度見込めるというのを確認してはじめて担い手塾を卒業し、独立就農に進むことができます。その際、多くの場合は最初に用意された研修用の農地を、自身の就農地としてそのまま使える形になっています。

――切れ目のない手厚いサポートが受けられるんですね。新規就農したい方にはすごく良い制度だと感じました。
そうですね、担い手塾の制度もあって、有機農業専攻の学生の9割以上の方が卒業後に自立就農を目指しています。就農先は、ほぼ埼玉県内ですね。
埼玉は一大消費地である東京に隣接しているので、有機農産物のニーズも高く農業経営(収入)的にも強みがあると思いますし、担い手塾でも販売先を紹介してもらえるケースがあるようです。
本校を農業・有機農業への入り口としてその基礎を学び、担い手塾での実践を経て独立するという良い流れが出来てきているので、本校としても今後もそれを継続させることで、新規就農希望者の支援に寄与していけたらと思っています。
――大消費地に近い上に平地が多く平均的な気候で、ある程度何でも作れる埼玉での就農はものすごく魅力的ですね。これからも埼玉で環境に優しい農業者を輩出されることを願っております。