マルチワークで中山間地域振興。県全体で特定地域づくり事業協同組合設立を支援:高知県_中山間地域対策課

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 季節によって人手不足になるけど年間を通して人を雇う余裕はない、地方移住したいけど仕事があるか不安…そんな地域の事業者と移住希望者を繋ぐ制度「特定地域づくり事業協同組合制度」をご存知だろうか。

 近年全国で増えつつあるこの組合は、働き手を一括で正社員として雇用し、登録している事業者(組合員)に派遣をするという仕組みだ。事業者にとっては面倒な採用事務や一時的な人手不足から逃れられるという利点があり、働き手にとっても正社員として働きながらも色々な職場を体験できるという良さがある。

 高知県では県全体でこの制度を推進している。全国的に見ても、県単位で特定地域づくり事業協同組合制度を後押ししているケースはあまり見受けられない。なぜ高知県ではこの制度を必要としているのか。総合企画部中山間地域対策課の岡野さんと、プロジェクトチームのメンバーである高知県地域おこし協力隊の近藤さんにお話を伺った。

(記事公開日:2025年3月27日)

中山間地域の人口減少を食い止めたい

高知県庁

 高知県は面積の93パーセントが中山間地域だ。中山間地域とは、農林水産省の定義するところによると「農業地域類型区分のうち中間農業地域と山間農業地域を合わせた地域」のことで、農業が行われているが平地ではない地域を指す。高知県としても様々な課題がある地域ではあるが、他方で都市部には少ない自然や歴史、食といった魅力を持った地域でもある。そこで高知県では、そうした魅力を活かした中山間地域の振興に取り組んでいる。

 しかし振興にあたっての一番の課題として、やはり人口減少問題が深刻になってきている。全国的にも中山間地域の少子高齢化は問題になっているが、高知県の場合は特に顕著だという。
「県としても、なんとか中山間地域の担い手確保策はないかと考えました。(岡野さん)」

 そんな時に対策の一つとして注目されたのが特定地域づくり事業協同組合制度だった。農業や観光業が産業の中心となる中山間地域では季節雇用が多く、それらを組み合わせて年間を通した雇用にするこの仕組みはまさに渡りに船であった。
 さらに「働き手確保策としてだけでなく、移住施策としても非常に有効な制度」と岡野さんは語る。様々な地域の仕事を体験できるこの制度は、移住者にとっても地域への入り口となり得る。移住者の働き口として地域おこし協力隊も人気があるが、複数の民間企業や農家等で働くことができ、自分に合った職場や働き方を見つけられるのは、地域おこし協力隊にはない魅力だ。
 また、移住者が移り住むことでお祭りや集落活動等の年間行事において、担い手が確保できるのではないかと岡野さんは語る。

 こうした一石二鳥ならぬ一石三鳥の施策として、高知県では特定地域づくり事業協同組合制度を後押ししていくこととなった。

派遣利用料の負担問題

高知県東洋町の風景

 特定地域づくり事業協同組合制度を推進するには、地元の事業者はもちろん市町村や労働局等多くの機関の連携が必要になる。その上で事務局を立ち上げ、運営を行っていかなければならないが、組合事務局の体制を構築する時点でかなりの困難が伴うため、実際のところ二の足を踏む自治体が少なくない。そこで高知県では、組合設立に意欲的な自治体に対して、地域づくりに精通した経営コンサルタント等を「特定地域づくり事業推進アドバイザー」として派遣している。また、組合設立に際してかかる費用の援助として、最大100万円の補助金を用意している。さらには県内市町村を回って説明を実施したり、設立から運営までの支援を幅広く行うことでこの制度の普及を図っているという。

 ただ、先述したように設立には多大な時間や労力が必要なため、経済的にも人材的にも余裕がない自治体や事業者にとっては興味があっても手を出しにくい状況だ。特に高知県では派遣利用料の問題が大きいという。
「派遣利用料が最低賃金より高いとなると、社会保険や採用に関するコストがかからないとはいえ、経営者にとっては苦しいと言われてしまうことが多いです。(岡野さん)」
 しかしあまりに派遣利用料を安くしてしまうと、組合の経営に影響が出てしまい、市町村が赤字負担をする場合にはその財政負担が大きくなってしまう。この兼ね合いが課題になる自治体や事業者が多いのだという。

東洋町特定地域づくり事業バツグン協同組合のメンバー

 現在(2025年2月取材時点)、高知県内には2つの特定地域づくり事業協同組合がある。その一つである「馬路村地域づくり事業協同組合」では、この制度を移住政策・担い手確保策として捉え、事業者が払える最低限の派遣利用料を設定し、あとは役場で埋めていくという仕組みを採用した。一方もう一つの「東洋町特定地域づくり事業バツグン協同組合」では折衷案として、業種によって利用料を変えるという手段を採っている。
「例えば派遣利用料時間あたり1,300円を払うのが難しい業種と、払えなくはない業種が地域にはあります。一律の経済状況ではないので、東洋町では払える業種は払ってもらうというやり方を採用しています。(岡野さん)」
 いずれにしても、事業者同士の合意形成が非常に重要になってくる。この点も大きな課題の一つだという。

行政の苦労

東洋町特定地域づくり事業バツグン協同組合での会議風景

 県で制度を推し進めていくにあたって最も腐心するところが「行政主導になりすぎない」という点だ。
「行政の支援があるとはいえあくまで民間事業なので、事業者の方が連携しながら組合設立に向けて動き、そこを行政が財政的に支援をするという形が理想です。(岡野さん)」
 そうは言っても、先ほど述べたような経済状況や人材不足等の課題があり「なかなか話が前に進まないと感じることもあります」と近藤さんも語る。
「手続きに関してはお手伝いするので、とグイグイ行っているつもりではあるんですけれど。(近藤さん)」 

 なかなか前に進まないような場合には、ある程度行政がイニシアチブをとらざるを得ないこともある。しかし事業者に当事者意識を持ってもらうことが大切なので、行政主導になりすぎないように工夫を重ねる毎日だという。
「説明会でも、こういう制度あるけど、どう?やる?やるんだったら行政も一緒にやるよ、というような形にもっていくようにしています。そうでないと、いざ組合ができて役員を選ぶことになっても、事業者から手が上がらないという状況になりかねません。(岡野さん)」
 行政としてはスムーズに組合設立を推し進めていきたいが、事業者のモチベーションとのバランスを取るのは難しいそうだ。

 また、事業者の間でも世代によって考え方の違いがある。伝統的な考え方をする事業者にとっての理想は「地元の若い人を雇いたい」というもの。一方若い経営者の中には新しい仕組みを取り入れていかないと、今後優秀な人材の採用が難しくなってくると考える人もいる。若者の流出が相次ぐ中で、移住者をどう受け入れるか。
「事業経営をしていない行政が『移住者を働き手として受け入れてほしい』と言うより、事業者の中でそうした意見が出てくれば議論が前向きに進みやすいのではと考えています。(岡野さん)」

 ただ高知県の県民性もあるのか、協議の場でははっきり意見を主張してくれる事業者が多く、リアルでシビアな議論が活発に行われるそうだ。
「みんなが黙っていてなかなか議論が進まないなんてことはないですね(岡野さん)」
 その点は他の地域にはあまり無い強みの一つかもしれない。

サポーターとして県で地域おこし協力隊を採用

 今回お話をいただいたプロジェクトチームメンバーの近藤さんは、県庁所属の地域おこし協力隊だ。都道府県単位で地域おこし協力隊を採用するというのは全国的に見てもかなり珍しい。実は、高知県では「マルチワークづくりサポーター」として地域おこし協力隊を採用している。活動内容は、県内各地の自治体が特定地域づくり事業協同組合を設立・運営するにあたって支援全般を行うというもの。採用の背景には市町村のマンパワー不足があった。

「収支計画書等いろいろな書類を作るお手伝いとか、事業説明会で質問に答えるとか、設立支援には様々な業務があります。特定地域づくり事業協同組合制度は非常に良い制度ではありますが、一方で非常に複雑な制度でもありますので、市町村職員さんの伴走が必要になってきます。(岡野さん)」
 多岐に渡る伴走業務を行うために地域おこし協力隊を採用するに至ったのだという。中山間地域対策課では、マルチワークづくりサポーター1名と、県職員2名の計3人体制で業務を行っている。(※2025年4月からマルチワークづくりサポーターを2名に増員予定)

全県を回るサポーターの仕事に惹かれて

いの町を流れる仁淀川

 近藤さんは東京で営業職の経験があり、営業資料作成等の経験を活かせるとマルチワークづくりサポーターに応募した。「もともと移住に興味があり、サラリーマンを卒業したいという想いもあった」と動機を語る。

 着任当初は年度末。県や市町村の職員は一年の中で最も忙しい時期で、かえって制度の勉強時間に当てられた。4月ごろから現場を回る業務が始まったが、行くたびに新しいことを学んでいるという。
「複雑な制度については日々勉強していますが、やりがいを感じています。(近藤さん)」

 15年前に旅行で訪れた高知県が忘れられず、移住を決めたという近藤さん。しかし高知県の地域や暮らしについてはあまり知らない状態だった。マルチワークづくりサポーターは県内全域を回って支援業務をするため、高知県を知りつつ今後の住まいや仕事について考えるにはぴったりだと思い、応募したそう。
 現在は、いの町の県職員住宅から隣の高知市の県庁に通う毎日。地元住民のやさしさに触れ、程よい田舎の環境もすっかり気に入ったそう。
「まだ移り住んで1年ですが、今のところはいの町に住み続けたいなと思っています。(近藤さん)」

令和9年度末までに17組合が目標

 支援業務の甲斐あって、少しずつ組合に興味を持ち動き始める自治体や事業者が増えている高知県。令和9年(2027年)度末までに17組合を設立するという数値目標のもと、プロジェクトチームは日々奔走し続ける。
「ここ2年くらいなかなか新しい組合ができなかったのですが、ようやく蒔いた種が芽吹きそうになってきているところです。(岡野さん)」


(※取材当時(2025年2月)は県内2組合だったが、翌3月に安田町土佐町にて新たに組合が設立された)

 1つ組合が増えれば、触発されて動き出す自治体や事業者もあるだろう。今後さらに組合が増え、移住者確保に成功する自治体が出てくれば、他の自治体も追従しやすくなってくると岡野さんらは考えている。