新潟食料農業大学_金桶光起教授に訊く:日本文化を支える日本酒の奥深い魅力と若い世代へのメッセージ

新潟食料農業大学食料産業学部の金桶光起教授は、新潟県の日本酒研究機関で30年近く、酵母、麹菌、乳酸菌といった微生物の研究や、県内の酒蔵での技術指導に携わってきました。その経験を生かし、現在は大学で、日本酒や微生物に関する様々な研究に取り組んでいます。
微生物学や生化学の授業では必ず日本酒に触れるという金桶先生に、研究への思いや、日本酒の魅力を若い世代に伝えていくことの意義などについて伺いました。

金桶光起 先生
食料産業学部食料産業学科 教授・フードコース長


岐阜大学大学院連合農学研究科修了。博士(農学)・信州大学農学部修士課程修了後、乳業メーカーに勤務。岐阜大学大学院博士課程修了後、1995年に新潟県醸造試験場に入庁。2016年試験場長に就任。2023年より現職。専門は、応用微生物学、醸造学、酸素化学、食品科学。

日本酒の研究機関を経て、新潟食料農業大学に

――金桶先生はもともと県の職員でいらっしゃったのですか。

はい、そうです。新潟県の日本酒研究機関、新潟県醸造試験場で28年間勤め、退職後は新潟食料農業大学で勤務しています。

――新潟県醸造試験場では、日本酒の発酵などの研究をされていたのですか。

はい。日本酒の製造技術の研究や、日本酒製造に使われている酵母、麹菌、乳酸菌といった微生物の研究、さらに県内89社の現場の技術指導をしてきました。

――先生はどうして発酵分野にご関心を持たれたのですか。

もともと大学時代は、アルギニンというアミノ酸の代謝経路が微生物でどのように分布しているかという研究をしていました。その流れで新潟県の醸造試験場に採用していただきました。微生物を使った研究をしたいという気持ちはあったと思います。もともとお酒も好きですしね。

――先生は新潟のご出身ですか。

いえ、私は岐阜県高山市出身です。大学は信州大学でした(学部は工学部、修士は農学部、学位は岐阜大学連合農学研究科)。

――日本酒は学生の頃からお飲みになっていましたか。

飲んでいましたね。日本酒をよく飲み出したのは、信州大学へ入学して長野県に行ってからです。日本酒が美味しい県ですからね(経緯は工学部(長野市)→農学部(伊那市)→民間企業→岐阜大学→新潟県醸造試験場→新潟食料農業大学)。

――お好きな銘柄はありましたか。

長野県でよく飲んでいたのは、メジャーですが仙醸や真澄でした。

――新潟は有名な酒蔵が多いですが、80カ所以上の酒蔵の特徴はそれぞれありますか。

それぞれ独自の特徴がありますね。新潟県は広く、様々な気候風土と食文化がありますから、酒蔵の酒はどれをとっても個性豊かです。

酒造りの現場で、理化学を生かしてアドバイス

――酒蔵を訪れての技術指導では、具体的にどんなことをアドバイスしてきたのですか。

私が入った30年ほど前は、まだ出稼ぎの杜氏さんがいらっしゃった時代で、その方々は、理化学的な教育は受けず、経験値で酒造りをしていました。そこで、私たちが理化学的な知見にもとづき、例えば、もろみの段階で温度を上げた方がいいのか、下げた方がいいのかといったことをアドバイスしていました。

また、酒造りには水を打つ「追水」というテクニックもありますが、杜氏さんは発酵が緩慢だから水を打ちたいと思っていても、トップの立場なので誰にも聞けません。私たちは杜氏さんからの相談を受け、「これは打った方がいいですよ」と答えます。現場ですぐ対応しないといけない技術的な課題に対して、私たちが杜氏さんの背中を押してあげるという形でした。

現在は、大卒で理化学的素養が十分な方々がいらっしゃるので、その方々とは「ここでは発酵が緩慢だから、こういう操作をしないと酵母がうまくはたらかない」といった理化学的、微生物学的な話をするようになってきています。

――日本酒作りの現場も、昔とは変わってきているのですね。

やること自体は大きくは変わっていません。ただ、昔はある意味「できちゃった」ということも多かったですが、現在は、微生物をどういう組み合わせにして、酒米はどれを使い、どういう風に水を吸わせるか、どういう発酵をさせるか、といったことを細かく設計しながら酒造りをする時代になってきました。

大学では、日本酒にとどまらない研究も

――大学ではどんな研究をしていらっしゃいますか。

30年近く日本酒に関する仕事をしてきたので、当然日本酒の研究もやりますが、現場を持たないということもあり、「日本酒どっぷり」の環境にいた時にはできなかった研究をしています。

日本酒は酵母とカビ、麹菌という組み合わせでつくりますが、実は法律上、使う微生物の規定はありません。ですから、新たな微生物を組み合わせることによって、新たな味ができないかといった研究を進めています。

新潟食料農業大学は、その他の醸造酒と果実酒と清酒の製造免許を持っているので、様々な研究ができます。もともと私は、応用微生物学が専門なので、お酒にかかわらず、微生物を使った機能性成分や、微生物の代謝といった研究にも手を広げていこうと思っています。「日本酒どっぷり」の環境でなくなったことで、自由度が高まりました。

――金桶先生の授業を受けている学生さんは、どんな進路を志望していますか。

学生により様々ですが、4年生でゼミに入ってくる学生は、発酵醸造に興味を持っています。就職先が発酵醸造に関わるところとは限りませんが、毎年、1人か2人は県内外の日本酒メーカーなどに就職しています。

――学生さんの男女比はいかがですか。

男子学生の方が多く、男性8割、女性2割の男女比です。また、留学生も比較的多いです。

日本酒に触れることは、日本の文化に触れること

――世代が若くなるにつれて、「お酒を飲むのは良くない」という意識が高くなっていると感じます。

そう感じますね。特に日本酒に触れる機会がほとんどない学生が多いです。日本酒は日本の文化なので、日本酒に触れ合う機会がないということは、日本酒の文化に触れ合う機会がないということです。このまま行くとどうなるのかという危惧はあります。

――新潟県のような酒どころでもそうなのですね。

新潟県には、「にいがた酒の陣」「新潟清酒達人検定」といった取り組みもあり、なんとかして若いアンバサダーを増やそうという努力はみてとれます。ただ、イベントがあれば来るけれど、普段は日本酒に接しないという若者が多いので、何か手立てがないものかと思っています。私の授業では微生物学や生化学を扱いますが、必ず日本酒にも触れているので、日本酒に目を向けてもらいたいですね。

――飲み比べをすると、若い人も「こんなに違うんだ」と感動すると思います。

私が学生の時も、日本酒にあまりいいイメージはありませんでした。親父がちゃぶ台の前で一升瓶をぼんと持って、茶碗酒で酒を飲んで、気に入らないことがあると、ちゃぶ台を返す。そこには必ず日本酒がある。そんなイメージでした。

学生のアンケートを見ても、日本酒には「おしゃれではない」「度数が高い」「容量が多い」「フルーティーな缶チューハイのような香りがないのでイマイチ」といった印象を持っているようです。ただ、こうしたアンケート結果も、これから日本酒に目を向けてもらうための1つのヒントだと思います。

――日本酒は米から作られるので、美味しいし、和食に合いますよね。パン食やスパゲッティが広がったことも、日本酒離れに影響しているかもしれませんね。

そうですね。よく日本酒は「何でも合う」と言われますが、この言葉には少し問題があると思っています。「何でも合う」と言われると、何を食べるか思いつかないですよね。ワインの「生ガキにはシャブリ」のように、「1ディッシュ・1酒」のような極端さがもう少しほしいと思っています。

最近だと、各県で各県の料理に合うお酒をPRしていますが、そういったものも含め、どう飲んだら美味しいのかを、もう少し教育しないといけないと感じています。私は若いころ、酒販店で日本酒を頼んで、その日本酒がどんな味か聞いたことがありますが、大将から「お前みたいな若いやつに話してもわからん」と言われました。そういった雰囲気が連綿と続いて、日本酒の魅力を若い人に伝えてこなかった気がします。

日本の農業と文化を伝えていく

――今は若い人に日本酒の良さを教えてあげないといけないわけですね。

今は新潟県でも30代ぐらいの方もお酒を作っていますが、この方々は若い人への発信が上手で、つくるお酒が幻の酒になりつつあります。若いファンも多くついています。お酒の味そのものの魅力だけでなく、それを伝える手段や内容をある程度わかりやすい形にしていくことが必要だと感じています。

――お酒の味を覚えるのには、時間がかかりますよね。

飲み比べをしていかないと、味の違いはわかりません。私たちのように利き酒をする、プロの世界にいる人間にとっても、5年ぐらいやらないとなかなか判断できないので、単なる呑兵衛でずっと同じ銘柄しか飲んでないと、なかなかそれぞれの味の違いは分からないですね。

――時間をかけてお酒を飲んでいくことで、「この食べ物にはこのお酒が合う」といった感覚が身につきますよね。

そうですね。だからこそ、幼い頃から日本文化の節目節目で、大人が日本酒を飲んでいる姿を見せる機会を作っていく必要があります。それがないと、飲める年代になっても日本酒に目が向かないと思います。

――先生のゼミに参加している学生さんは、そういう文化を通って来たのでしょうか。

いえ。県外から来ている学生も多いので、新潟県が酒どころという認識はあまりないですし、最近の学生がそうなのかわかりませんが、住んでいる土地にあまり興味を示しませんね。新潟県特有の湿地帯の潟があり、そういったところで微生物の分離もしていますが、潟が大学の近くにあることすら、学生は知りません。「あそこの潟の植物の花から取ってきた酵母だよ」と話をしても、学生はその場所がわからないのです。

――スマホで情報を浴びすぎているのかもしれませんね。

本当に身近なところの情報は取りに行かず、足を運んでいないようなところの情報をネットで集めているのでしょうか。

私の授業では日本酒をよく取り上げるので、学生には興味を持ってほしいと思っています。日本酒は米からできているので、日本酒が廃れると米もダメになってしまいます。新潟食料農業大学として、日本の農業の根本と文化は、きちんと教えていく役割があると思っています。