美しい自然に囲まれた福島県南会津郡只見町。福島県を代表するブランドトマト「南郷トマト」や、絶景の秘境ローカル線であるJR只見線が走っていることで有名な町です。
一方で、只見町は他の多くの自治体と同じように、人口減少や働き手の確保の難しさに悩まされてきました。この状況を打破しようと、2022年に創設されたのが「只見働き隊事業協同組合」です。
総務省の「特定地域づくり事業協同組合制度」を活用しているのですが、正社員として働き手を雇い、需要に応じて派遣する仕組みであるこの制度は、農繁期など季節ごとに仕事の量が変動しやすい田舎にとって大きな希望となっています。
只見働き隊事業協同組合は、他の自治体の組合とは少し違った経緯で発足し、運営が続いているようです。今回は発足の経緯や人材確保の方法、今後の課題などについて事務局長である山内遥矢さんにお話を伺いました。

行政と事業者が協力して設立

ーーはじめに、只見働き隊事業協同組合の設立の経緯についてお聞かせください。
うちの組合は、町役場が町内事業者に向けて行った組合制度説明会に参加した只見町の4事業者が発起人となって立ち上げました。 町の名産品である南郷トマトやお米を作っている農家さんたちは、本当に夏場の人手不足に悩まされていました。冬はどうしてもトマトやお米ができないので、夏場だけ働き手が欲しいということになるのですが、そうなるとなかなか短期間だけ働いてくれる人を確保するのが難しかったのです。
そこで「特定地域づくり事業協同組合制度」を利用し、繁忙期だけ人を雇える仕組みを作れないかと町に掛け合って作ったという経緯です。
ーーこの制度を活用した事業協同組合は、役場や商工会が主体となって設立するケースが多いと思いますが、只見町の場合は個々の事業者さんが発起人となったのですね。
そうですね。只見町の事業者さんは、常に何か新しいことができないかとアンテナを張っている熱心な人が多いので、活用することに踏み切ったようです。
この組合制度は総務省の取り組みということもあり、行政、事業者、労働局と、関係機関が多いので設立までの道のりがなかなか大変でした。全国中小企業団体中央会と一緒に手続きをしながら、なんとか組織づくりを進めることができました。全国的に見てもやはり設立までの難しさが課題となっている自治体が多いようです。
事業者が採用事務に悩まされる必要がなくなった

ーー組合にはトマト農家さんと米農家さんの他、どのような事業者さんが登録されているのですか。
「合同会社ねっか」という米焼酎を作っている酒造会社さん、ツツジやシャクナゲを栽培・販売しているお花屋さん、只見町唯一の宿初施設「季の湯・湯ら里」さんなどの事業者さんが登録してくださっています。最初は4社から始まったこの組合ですが、現在ではこれらを含めた8社が派遣先となっています。
只見町は豪雪地帯で、5月ごろまではトマトのハウスが雪に埋まっていることも多いです。そこで働き手の方にはその頃までは酒造業や宿泊業に従事してもらい、雪が溶けてから11月中旬頃までトマトやお米の栽培・収穫をしてもらうパターンが多いです。
南郷トマトの場合、栽培はハウスで行われますので作業は天候にはほとんど左右されません。派遣先に農家が多い他の組合さんでは「今日は雨なので仕事がありません」と言われてなかなかお給料が安定しないといった問題があると聞きますが、只見町はその点雇用環境の安定が強みかなと思っています。また南郷トマトは年々市場価値が上がっているようで、ブランドトマト栽培に関われるのは働く人にとってもやりがいや安心につながると感じています。

ーーそうした点も只見町ならではの特徴ですね。ちなみに、派遣先の決定はどのように行われるのですか。
働き手本人と面談をしながら、ある程度やってみたい仕事に目星をつけます。その後組合員である事業者さん全体で会議を開き、年度が始まる前に年間の派遣スケジュールを決めます。大体先ほど申し上げた半年のサイクルで、1人2社から3社を回ってもらうようにしています。
設立前の悩みであった繁忙期の人手確保が解消されつつあり、事業者さんからは「本当によかった」という声が上がっています。組合に利用料を支払うだけで面倒な採用事務は必要ないですし、社会保険の加入も事業者ごとにしなくて良いので、そういったところでも大変助かっていると言ってもらえています。
移住者だけでなく地元出身者の雇用にも繋がる

ーー人材確保に苦労される全国の組合も多いと聞きますが、働き手の方は現在どのくらいいらっしゃるのですか。
去年まではうちも人材の確保に困っていたのですが、なんとか軌道に乗り始めていて、今は6名の方が働いています。
立ち上げ当初はSMOUTやindeedといったサイトに求人を掲載してみたのですが、なかなか採用まで繋がりませんでした。他の組合さんでもこういうところはやはり多いみたいですね。
そこでどうしようと悩んだ末、行政と協力して首都圏で行われる移住フェアに一緒に行くことにしたのです。その結果、フェアに参加された移住希望者の方々から「今までは町の職員さんだけだったので、只見町の雰囲気や住まいについては聞けても仕事の話があまりできなかったが、組合がいることで仕事の詳しい話が聞けて移住後のイメージができる」ということで、かなり好評でした。やはり「マルチワーク」と言うと、期限のついた雇用であったり非正規雇用であったりといったイメージが強いので、無期雇用で正職員だと実際にお話することで雇用への不安が払拭されるようです。
今ではそこで繋がった方が何名か組合で働いてくださっています。基本的には独身の方が多いですが、中には50代のご夫婦でお二人とも組合に入ってくださった方もあり、今後の良いモデルケースとなってくださっています。
総務省の想定としては移住者を対象とした制度ですが、只見町では地元出身者の定住にも役立っています。組合設立当初からずっと働いてくれている職員が1人いるのですが、元々只見町出身者で、自分に合った仕事を見つけたいと組合に入ってくれました。こうしたケースが増えれば人口流出を食い止める一因にもなりますので、良いことかなと思っています。
単身向けアパートが完成し、住居問題が解決
ーー地元の方であれば実家がお住まいになるかと思うのですが、移住者の方が来られる場合は住居はどうされるのですか。
基本的には町営住宅や空き家バンクに登録されている一軒家を紹介していますが、古くてボロボロでなかなかすぐ住める状態になく、改修が必要な家が多いです。一軒家を買って住まれている移住者の方ももちろんおられますが、当初は賃貸物件が少ないことや中古物件がすぐ住めないことなどの住居問題も、人材の確保が進まない要因でした。
現在は単身向けアパートが新しく建ちましたので、来春から働きに来られる2人はそこに住まわれる予定です。
事務局も人手不足

ーーでは来年度からは正社員が更に2人増えて8人になる予定なのですね。
はい。人が増えてきたのですが、事務局専属の職員は私しかいないので人手不足に悩んでいるところです。会津地域の他の組合さんでは10人以上働き手がいるにも関わらず職員が1人しかいないところもあるので、甘えていられないなとは思っているのですが。制度上事務局の運営費が決まっていることもあり、なかなか職員を増やすことができないのです。しかし職員の増員は会津地域全体の課題でもありますね。
ーー今後マルチワーカーの派遣先として組合事務局も加えるなどして、解決できれば良いですね。ところで山内さんご自身も只見町のご出身でいらっしゃるのですか。
そうです。只見町で生まれ育ち、進学で一度東京に出ました。卒業後Uターンで只見町に戻ってきて、新卒で事務局長になりました。
只見町は本当にのびのびと田舎暮らしができる良い環境です。不便さも、ここで生まれ育った私にとっては当たり前のことなので苦になりません。東京から戻ってきて、あまり人ごみが得意ではなかったこともあり、只見町は住みやすいなと感じましたね。首都圏へも特急で2時間ほどなので、気軽に遊びに行くこともでき、良いところです。
組合の働き手も増えてきたので、これからも事務局長として頑張っていきたいと思っています。
働き手も事業者も増やしていきたい
ーー只見町は平成の大合併時にも独立の道を選んできた町ですが、最近の人口減少には太刀打ちできない状況になってきているのでしょうか。
年々人口が減っておりまして、このままだともうすぐ3000人を切ってしまうかもしれない状態です。うちの組合では多くの移住者を採用できていますので、今後ももう少し働き手を増やして、人口維持に繋げていけたらと考えています。
働き手を増やすためにも、もっと組合に事業者さんを増やせたらと思っているところです。特にうちは冬に派遣できる事業者さんが少ないので、通年で稼働している製造業か何かを勧誘したいです。はじめに申し上げた通り商工会が立ち上げたわけではないので、商工会がそのまま組合員として登録している組合に比べれば事業者の増加に苦労しているところではあります。
ーー事業者さんが設立したからこそのお悩みもありますが、地元の事業者さん自身が移住者の受け入れや雇用の安定に積極的なのは素敵なことですね。只見町ならではの設立経緯や取り組みについてお聞きすることができました。ありがとうございました。
