東北公益文科大学(山形県酒田市)の学生でつくる団体「Praxis」は、高齢化率が約6割の酒田市日向地区で、地域活性化に向けた活動をしています。学生それぞれが自身の強みや関心を生かし、カフェ運営や地域のお祭りなどのイベント運営などに携わり、今や地域に欠かせない存在となっています。
活動に込める思いや、学生の成長ぶりについて、この活動を担当する地域福祉コースの小関久恵准教授と、活動に参加する学生の関野大斗さんと珍田優人さんにお話を伺いました。
東北公益文科大学 公益学部公益学科
地域福祉コース准教授 小関久恵 先生
ソーシャルワークの理論と方法、ソーシャルワーク演習、ソーシャルワーク実習指導など社会福祉士(ソーシャルワーカー)養成科目のほか、中山間離島地域論などを担当。
研究テーマは、「中山間・離島地域における地域福祉」「地域における社会的つながりの構築」
東北公益文科大学
学生活動団体「Praxis」(プラクシス)
山形県酒田市日向地区を中心として、日向里Cafeや空き家での場づくり、畑など、学生の強みを生かした地域貢献活動を行う。
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様々な学生の思い、地域住民の応援の気持ちがマッチし、活動
――学生活動団体「Praxis」ができた経緯を教えてください。
小関先生:
元々東北公益文科大学には、学生が中長期的に酒田市日向地区で活動する教育プログラムがあったんですが、そこに参加した学生たちが、プログラムの終了後も恩返しがしたい、地域の課題解決のために活動し続けたいと、2018年に学生活動団体「Praxis」を立ち上げました。
団体立ち上げ前には、チームを組んで活動開始に向けて動いていた学生が何人かいました。一方、同じくプログラムに参加していて、もともとカフェ文化に興味をもっていた学生が、日向地区でカフェをやってみたいという思いを地域の方に伝えたところ、場所を提供してもらい、活動をすることになりました。 そんな形で、様々な学生の思いが融合し、日向地区の方々の応援してくださる気持ちもマッチして、団体が動き出しました。今日のインタビューで同席してくれている4年生の2人(珍田優人さん、関野大斗さん)は、1年生の時から関わってくれている学生たちです。
――学生のお2人は、なぜ「Praxis」に所属したいと思ったんですか。
珍田さん:
地域福祉コース4年の珍田優人と申します。僕は先生が今仰った教育プログラムに元々参加していて、その中で地域の方とすごく仲良くなったんですね。その繋がりを1年で終わらせてしまうのはもったいないな、もっと関わりたいなと思っていたんです。
あと、僕より先にPraxisに入っていた友人から活動の話を聞き、声をかけてもらっていたので、自分もPraxisで色々な地域活動をしたいと思って入りました。
関野さん:
政策コース4年の関野大斗と申します。僕はもともと公務員を目指していて、高校生の時から地域課題を解決したいという思いがありました。大学に入学して何かしたいと思っていたところに、「Praxis」に入っていた友人から活動についての話を聞きました。地域の方とともに日向地区の課題解決を目指して「大学生にできること」を実践しようと活動していることに魅力を感じ、入りました。
――「Praxis」の人数はどのくらいですか。
関野さん:
僕たちが入った頃は20人ぐらいの団体でしたが、ありがたいことに後輩たちがどんどん入ってくれ、現在は約50人が活動しています。
コロナ禍でもできる限り活動し、地域住民と交流
――お二人が「Praxis」に入った時は、コロナ禍だったと思いますが、その中でどんな活動をしてきましたか。
関野さん:
活動にそんなに縛りがあったわけではなく、今も日向コミュニティセンターで続けている月1回のカフェ活動や、地域の方から畑をお借りしてサツマイモやカボチャを植える活動、地域の方をご招待した芋煮会、実現には至りませんでしたがサイクリング企画などをしていました。
僕が2年生になった時には、酒田市の公益活動支援補助金をいただき、日向地区に移住していた3学年上の先輩の古民家の一角をお借りして、地域の方と私たちの交流の場をつくるプロジェクトも立ち上げました。
一昨年ぐらいまではマスク着用など多少の制限がありましたが、その中でできることは最大限してきたと思っています。
――お二人が活動している日向地区は、いわゆる過疎地ですか。
小関先生:
そうですね。中山間地域にあり、高齢化率も60パーセントに近いです。
――お二人は高齢者世代の方と話すことに抵抗はありませんでしたか。
珍田さん:
僕は実家で祖父母と一緒に暮らし、祖父母の友人・知人や地域の方々が実家に集まる機会も割とあったので、高齢の方と話すことにそこまで抵抗はありませんでした。日向地区の高齢の方とは、自分の祖父母とは普段話さないようなこともたくさん話したので「僕の祖父母もこんなことを思っていたのかな」と気づくこともありました。
小関先生:
珍田君は子供達からも好かれるんですが、高齢者担当と言っても良いくらい、うまく話していると思います。関野君はその中間世代担当じゃない?
関野さん:
そうですね。僕が活動を通して関わるのは40代から60代の方が多いんですが、実家では祖父母と暮らしていましたし、隣組なんかのご近所付き合いもあって、祖父母と同じくらいの世代の方々に小さい頃から育てていただいたという感覚もあったので、抵抗なく上の世代の方々の話を聞くことができました。
日向地区ならではの方言、食文化…新たな発見が次々と
――お二人とも酒田のご出身ですか。
珍田さん:
僕は秋田県の横手市の出身です。
関野さん:
僕は山形県の寒河江市という内陸の地域の出身です。同じ山形県でも、内陸と庄内地域では方言も食文化も違いますので、日向地区に行ってみて新鮮な印象を受けました。
小関先生:
方言ということでいうと、住民の方同士の話は、私もわからない時があります。
関野さん:
食文化も県内でそれほど大きくは違いませんが、たとえば僕の育った内陸では芋煮を醤油味で食べる一方、庄内では味噌味で食べます。収穫できる果物や野菜も違っていて、内陸だとさくらんぼが有名ですが、庄内では柿や梨がとれます。僕が日向地区へ通う中で初めて知ったのは「からどり芋」で、サトイモのような芋が「ずいき」、茎が「からどり」として利用されています。そういった新しい発見がたくさんありますね。
様々な学生がいるからこそ、新しいアイデアが生まれる
――「Praxis」の学生が所属しているコースは様々なんですか。
関野さん:
そうですね。東北公益文科大学の学部と学科は「公益学部公益学科」で1つなんですが、「経営コース」「政策コース」「地域福祉コース」「国際教養コース」「観光・まちづくりコース」「メディア情報コース」の6コースがあり、それぞれのコースから満遍なく学生が参加しています。ただ、もともと地域に興味がある政策コースや地域福祉コース、観光・まちづくりコースの学生が多めです。
――お二人はなぜ地域に興味をお持ちになったんですか。
珍田さん:
高校生の頃は部活に3年間を注ぎ込んだので、ボランティアなどの活動もあまりしたことがなく、地域に入り込んで実践的に学ぶ体験をしたかったこと、人脈を広げたかったということが、地域での活動に興味を持ったきっかけです。
関野さん:
僕は生まれてからずっと寒河江市で育ってきたんですが、中学生から高校生ぐらいの時に、中心商店街のお店をたたむ方が多くなり、少しずつ静かになっていく街を目の当たりにしました。高校生の時は山形市の学校に通っていたんですが、地元から少し離れた視点を持って改めて目を向けた時に、生まれ育ったところが衰退していくのは寂しいと感じ、地域活性化に興味をもちました。
――小関先生には、「Praxis」に所属している学生さんがどんな風に映っていますか。
小関先生:
地域への興味も濃淡がありますし、十人十色ですね。「Praxis」の学生は、好きなことや得意なことを活かして地域のために貢献しようと活動しています。ですから、カフェ文化が好きでカフェ運営の活動をしている学生もいれば、料理が得意で、誰かに食べてもらうことが嬉しくて参加している学生もいます。活動できる場と地域の皆さんの力をお借りし、それぞれが目指したい姿に向かって、やりたいことを実現しています。そして、得意なことをやっていけば、地域の為にも繋がるんじゃないかなと。
関野さん:
色んな学生がいるということが逆に良いのかもしれませんね。だからこそ、新しいアイデアが生まれるんだと思います。
小関先生:
それぞれの学生に得意なこと、苦手なことがありますが、できるだけ色々な意見を出し合い、苦手な部分をお互いに補い合っていけるチームづくりができると良いなと思っています。
活動を通じ、移住、進路変更など人生への影響も
――日向地区に移住した先輩もいるそうですが、この活動を通じ、人生が変わった学生さんも多くいるんでしょうか。
小関先生:
結構いますね。今移住している先輩の前にも、もう1人日向地区に移住した人がいました。その人はさらに自分の人生を追い求めて、今は東京にいますが、この活動が進路に影響を与えたのではないかと思います。
珍田さん:
日日向地区に移住してワイン用のブドウを栽培する会社の方から声をかけていただいて、僕はそこでアルバイトをしています。その方との出会いも自分に大きな影響を与えました。「就職後、仕事が嫌になったら、いつでも辞めて戻ってきていいよ」と言っていただきました。可能性の話ですが、もしかしたら、僕もいずれ人生が変わって、日向地区に住むことになるかもしれませんね。
関野さん:
僕はもともと公務員志望でしたが、現在は銀行から内定をいただいています。もちろん公務員も地域活性化への思いはあると思いますが、僕はこの活動を通して、行政の立場よりも人と人との関わりの中で支えるということをしていきたいと考えるようになりました。日向での場づくりプロジェクトで様々な人と関わっていく中で、僕も地域の方に助けられることがあり、密接な人と人との繋がりの中で仕事をしていきたいと思い、銀行員になることを決めました。銀行員であれば、コミュニケーションも大事だと思うので、この活動の経験が役に立っていくと思います。
――お二人ともかなり影響は受けたんですね。他の学生さんもきっと、活動を通して進路への考えが変わったり、考えを深められたりしたのでしょうね。
関野さん:
そうですね。「Praxis」の活動だけが進路を考えるきっかけではないと思いますが、少なからず影響は受けていると思います。僕は小関先生のゼミでも同じ日向地区で活動しているので、ゼミと「Praxis」の活動の話でほぼ就活の面接を乗り切ったように思います。
――活動がかなりお二人の糧になっているのですね。
関野さん:
そうですね。僕は1年生の時から「Praxis」に入っていましたが、入っていなかったら大学の中だけにおさまり、絶対に違う4年間になっていただろうと思います。外に出ることで様々な人と関われて、自分の大学生活にも人生にも大きな影響を与えたと思います。
――お二人はすでに4年生となり、卒業を控えていますが、今は3年生が「Praxis」のイニシアティブを取っているのですか。
関野さん:
そうですね。現在は3年生が中心で、そろそろ2年生にも引き継いでいきます。「Praxis」は、3年生から2年生に引き継いでいき、4年生は就活が落ち着いたら、サポート役になります。
もちろん、なかなか一筋縄ではいかない面もあります。僕たちの引き継ぎの時も意見を交わし合い、試行錯誤して、納得のいく形になるべく近づけられるように努めしました。後輩たちも工夫して運営してくれているので、僕らは信頼して見守るだけですね。
小関先生:
何も言わず、お互いに不満を抱え合っているのは嫌なので、できるだけ対面ミーティングで話し合うことを心がけてほしいと思っています。引き継ぎの問題もそうですが、組織のあり方として、少し規模が大きくなったがゆえの情報や思いの共有の難しさも出てきました。ちょうど2人の代の時に、そういう話し合いもしましたね。
関野さん:
僕たちの代から人数が増えたこともあり、今思えば苦労はしましたね。ただ、そういう経験も大事だと思っています。組織をまとめ、運営していくことの難しさは、社会に出ても感じることがあると思います。そういう面でも、「Praxis」に入ってよかったと思います。
学生が地域住民にとって身近な存在になり、頼りにされる
――地域の方々からは、団体の活動に対してどういった声を聞きますか。
珍田さん:
あまり直接は言われませんが、きっと喜んでくれていると思います。
小関先生:
面と向かって、活動に関しての話はあまりしませんね。日常的なお付き合いをしている人に、お互いの評価を伝え合うことはめったにないですよね。そういう感覚と一緒なのだと思います。
――学生さんたちが地域の方々にとって、相当身近な存在になっているということですね。
小関先生:
そうだと思います。
関野さん:
直接的な言葉はなくても、いろんな活動をする中で「地域の方に頼りにされているな」とか「学生の力が必要とされているな」と、常々感じてはいます。昨年からは学生が主体で日向地区の夏祭りを切り盛りしていますし、地域の方々からは「手伝ってくれて助かる」「秋のお祭りや運動会も学生にお手伝いをお願いしたい」という声もいただいていますし。地域の方々に混ざってワークショップや話し合いにも参加するんですが、本当に親身になれているというか、私たちも地域の方々と同じような考えを持っているんだなと感じます。そういう意味では、頼りにされていると実感しています。