大分県杵築市の地域おこし協力隊である松井友里さんは、三重県のご出身。知らない土地での暮らしに惹かれ、杵築市に移住しました。温泉と美味しい食べ物、美しい海に囲まれた開放的な環境で、のんびりと暮らしています。肩肘張らずに自然体で協力隊を務める松井さんからは、大義を持って移住せずとも、地域に溶け込み充実した生活を送れるというメッセージが伝わってきます。

行ったことのない大分が良かった
――松井さんは三重県のご出身とのことですが、なぜ杵築市の協力隊に転職したんですか。
松井さん:まず、大分県に移住しようと思ったんです。次に、大分県内のどこにしようかなと考えたのと、移住するなら協力隊がいいかなと思って。それで協力隊の募集があるところを探していたら杵築市の募集があったんです。場所的にもすごくいいし、業務内容が空き家バンク担当だったんです。私は空き家バンクには元々興味があったので、応募しました。
――そもそも、松井さんにとって大分県はどういったところが良かったんですか。
松井さん:温泉に入れていいなと。食べ物もおいしいし。普通、どこかに移住したい人は、旅行で行って「ここが良かった」と思って移住先を決めると思うんですけど、私は仕事で一度だけ大分に来たことがあるだけだったんですよね。
行ったことのない所に移住したいなと思って。で、寒いのは嫌だから東北はなし。あと、育ちが三重県で本州の中心だったので、その周辺は割と行ったことがある。じゃあ、あまり行ったことのない九州で、という感じです。

開放的で食べ物もおいしい杵築市
――確かに、移住先に目新しさを求めるのはわかります。ただ、食べ物は三重県も相当おいしいイメージがあります。大分は三重とはまた違うんでしょうか。
松井さん:私は出身が桑名市(名古屋市の西隣)なんですけど、大学以降は名古屋にいました。なので愛知県の方が慣れ親しんではいるんですよね。で、三重県って南の方がおいしい食べ物が多いんですよ。小旅行で伊勢方面に海鮮を食べに行ったりしていました。桑名もハマグリが名物ですけど、高いのでたまにしか食べなかったですね。
――ということは、杵築市では日常的においしい物が食べられるんですか。
松井さん:そう思います。スーパーのお寿司もおいしいし、牡蠣も冬になれば食べられますし。よく買っちゃいますね。
――大分は豊後水道が通っているから色々な魚介類が食べられそうですね。食べ物以外で気に入っている点はありますか。
松井さん:開放的ですね。いい意味で人が少ないから。渋滞という概念も存在しないし。私、本当にマイペースなので、時間に追われないのはいいなって思います。


酢屋の坂、牡蠣
都会から来てもギャップが少ない移住先

――協力隊としてのお仕事の方はいかがですか。空き家担当なんですよね。
松井さん:杵築市協働のまちづくり課の中にある移住・定住促進係なんですけど、空き家バンクが主な仕事です。都市部で移住相談会がある時は相談員として行くこともあります。
市内には空き家がいっぱいあると思いますが、所有者さんが「空き家バンクに登録したい」と言ってくれないと私たちは動けないんですね。出てくる空き家は山の方が多いかな(杵築市は南東が海に面し北西が山)。
――杵築市に移住を検討している人は、杵築市に何を求めている傾向がありますか。
松井さん:交通アクセスの良さが念頭にある方が多いですね。杵築市は空港が近いので、東京からの移住を検討されている方は、「行ったり来たりすることが多そうだから、やっぱり空港に近い場所がいい」って。ちなみに、大分空港からは大阪とセントレアにも飛べます。

――三大都市圏に直行できるんですね。セントレアに行けるなら、松井さんも便利ですね。で、空港が立地しているのは隣の国東市ですが、やっぱり移住者を確保する意味では杵築市とライバルだと思うんです。杵築市と国東市との違いは何かありますか。
松井さん:杵築市はJRが通ってます(日豊本線)。
――確かに、それは大きいかも。
松井さん:杵築の方が住みやすいんじゃないかと思います。病院とか買い物は全然困らないし。ニトリとかユニクロで買い物したい時は別府や大分まで行けばいいですし。
――日常の買い物は、杵築市の中心部に住んでいたら自転車や歩きでできるんですか。
松井さん:できますね。車があった方がもちろん便利ですけど、中心部だったら自転車で全然問題ないですね。
――それは都会から移住する人にとっは大きな利点でしょうね。気候はどうですか。九州の海沿いだから冬も温暖なんでしょうか。
松井さん:暑さも寒さも名古屋とそんなに変わらないと思いますけど、意外と雪が降ります。でも数cmで、昼間に晴れたらすぐに溶けます。スタッドレスタイヤを持っていない人も結構いると思いますよ。
――じゃあ、中心部なら自転車と徒歩で生活できるし、気候もそんなに変わらないし、空港も近いしJRも通っているし、ハードルの低い移住先ですね。
松井さん:そうですね。だから、私もこっちに来てから地元の人に「慣れた?」ってすごく聞かれたんですけど、“慣れる”というか、全然「田舎に来たぞ」みたいな感じじゃなかったかなと思います。生活できるよって。
――利便性があるから「ザ・田舎暮らし」とは違うということですね。言葉はどうですか。
松井さん:方言はあるんですけど、地元の人たちは私に対してなるべくわかりやすく話してくれてると思います。ただ、うちの課長だけはめっちゃ早口で方言なので、慣れるまで聞き取れないこともありましたが、今は聞き取れるようになりました(笑)。
イントネーションは長崎や鹿児島と比べると、全然訛っていないと思います。
――それも含めて文化ギャップが少なく暮らせるんですね。人間性の違い東海地方と比べてどうですか。
松井さん:移住者フィルターがかかってるかもしれませんけど、九州の人、大分の人、優しいなって感じます。この間、スーパーでお寿司を買ったんですけど、中に醤油が入ってないものだったんですよ。で、レジの人が「醤油取った?」って聞いてくれて。これまでの人生でそんなことを聞かれたことがなかったので、優しいなって思いました。
――ちょっとしたところで気が利くんですね。大分は人がいいとは聞きますよね。

のんびり杵築ライフ

――ご出身の桑名も伊勢湾がありますが、杵築の海はまた違いますか。
松井さん:海もいいです。桑名も海に面してはいるけど、桑名の海で遊ぶっていうことはないから。杵築は海水浴場が奈多海岸と住吉浜の2か所あって、全然人がいないから本当に開放的で。今年も泳ぎに行きましたし、マリンスポーツもやりました。カヤックとバナナボート。
――のんびり杵築ライフを満喫しているんですね。他の協力隊の人もそうですか。
松井さん:そうですね。もう一人私と同じ定住促進担当がいるんですけど、その人は自給用に農業をしたくて、杵築に家を買って田んぼをやってます。広報担当の人は仕事であちこち行くから、休みの日は杵築の家でのんびりしていますけど、宇佐神宮が好きでたまに行っているみたいです。
――宇佐神宮も近いですね。国東半島周辺は摩崖仏など歴史遺産も豊富ですよね。
松井さん:温泉も市内に5ヶ所ありますし、別府や大分にもすぐ行けるし、豊後高田に行くこともあります。サウナも好きなので、温泉とセットで巡っています。
――大分県の温泉は泉質がいいから健康になりそうですね。料金も安いし羨ましいです。

先のことに焦らされないで暮らす
――松井さんは協力隊2年目ですが、任期後のことは考えていらっしゃいますか。
松井さん:あんまり考えてなくて。私の就任1年目は退任する人が一人いて、今年度、もう一人退任予定の人がいます。だから、「退任後何するかム-ブ」みたいなものがあったんですよね。就任したばかりなのに、ちょっと駆られていたところが。
でも、まだ入ったばかりだしなあ、と思って。退任後に何かするために今動くというのも、もちろん大事だとは思うんですけど、今はやりたいことをやったり、空き家バンクの仕事をやりながら、それが後々に繋がればいいなって思うようになりました。
――流れにとりあえず身を任せるという。
松井さん:ですね。あんまり「何しよう」ということに囚われないように、と思っています。
――協力隊の先輩方は退任後どうしているんですか。
松井さん:協力隊の任期中に繋がった、杵築市外の会社に勤めている人もいますし、市内で民泊を始めた人もいます。
不動産屋さんを作った人もいるんです。杵築市空き家バンクの取引では不動産会社を間に入れなくてもいいんですけど、やっぱり入れたいという人もいるんですよね。でも、あまり状態の良くない物件だと、不動産会社も取り扱ってくれない場合があります。そういう課題を協力隊として見ていて、「じゃあ自分が不動産屋に」という感じで。
――杵築市の社会に貢献しようということですね。
松井さん:かなりお世話になっています。もう、頼りっきりで。
――そういった先輩方も周りにいるけれど、松井さんとしては焦らず生活していくということですね。地域おこし協力隊制度を傍から見ていて、「何かしなきゃいけない」という雰囲気を全国的に感じるんですが、そうじゃなくてもいいですよね。
松井さん:そうなんですよ。何かやりたいことがあって協力隊になる人もいるけど、世の中そういう人ばかりじゃないと思うから、私のような人がいてもいいかなって。
杵築市の人たちからも「協力隊が来た。杵築で何をするの?」という期待のようなものは感じますけど、「わかんないっすね!」と言い続けていたら、何も聞かれなくなりました。立派なことをしなくても大丈夫。
――マイペースを貫けるのは素敵です。意識が高い人も低い人も普通の人も、どんな人でも協力隊になれたらいいですね。国としては、大都市に集まりすぎた人が地方に戻ってくれさえすれば万々歳なはずなので。現時点での意思として、松井さんは任期後も東海地方ではなく杵築にいたいですか。
松井さん:現時点ではこっちですね。友達は名古屋にいるので悩みどころですけど。やっぱり、さっきの醤油のお話のように、人間的な良さや開放的な感じがすごく住みやすいなって思うので、杵築がいいですね。
――ということは、都会から若い人を呼び寄せた好事例ということですね。当協会の記事としても素晴らしいモデルができました。ありがとうございました。
松井さん:恐縮です。
