東京出身の鈴木隆史さんは、約40年間自動車メーカーに勤務したのち、館山市初の集落支援員に就任されました。現在はその経験から、「公共交通/便利な乗り物を考える会」会長として、「富崎ぐるっとバス」と呼ばれる過疎地域の買い物バスを運営されています。
地方の公共交通機関については、現在、国や地方自治体でもさまざまな実証実験が進んでいます。その運用は、電気自動車や自動運転などの先端技術ありきだと思われるかもしれませんが、意外にも鈴木さんの解釈は異なります。今回は、買い物バスの運用に至った経緯や、ほかの地区での展開などについて伺いました。
移住のきっかけ

館山市に移住したのは、新型コロナウイルスの影響で在宅勤務が認められるようになったタイミングです。もともと自動車メーカーに勤めながら、普段は会社の近くに住み、週末は館山に通う生活を、もう40年ぐらい続けていました。リタイアしたら館山に住もうとは思っていたんですが、思ったよりも早いタイミングで移れましたね。現在は、館山市の富崎地区に住みながら、一般社団法人CHAdeMO協議会という、電気自動車の急速充電の規格を管理している法人に勤めています。
買い物に不便なお年寄りを助けたい

館山市の中でも外れにある富崎地区では、よく、買い物に行くのに苦労しているお年寄りを見かけます。それがあまりにも頻繁に目にするようになってきたので、自分なりに手助けできないかと思ったのが、この活動の始まりです。
買い物のためにはまず公共交通機関が必要だということで、賛同者を集めてきて、10人ぐらいで活動を始めました。最初に走らせたのは「e-COM4」という電気自動車です。窓ガラスもついていない、遊覧観光車みたいな形のバスです。集落をゆっくり走りながら買い物に行くような感じで、試験的に約2週間運用したところ、住民の皆さん面白がって乗ってくれて、評判は良かった。「早く次をやってくれ」という意見もありました。

ところが、e-COM4という車自体、実証の時には約20万円で借りられたんですけど、実際は1台約2000万円するんですよ。あまりに高額なので、館山市に買ってもらうのも難しいし、かといって有料で運用にするにしても、採算なんて取れないということで、行き詰まってしまいました。
丁度そんな時に地元で火事があって、中心部にあった唯一の雑貨屋さんが燃えちゃったんですよ。これまでこのお店によって買い物などギリギリ凌げていた生活が、それでもう本当に成り立たなくなってしまったんです。
電気自動車からカーシェアへ
そんな時、たまたま新型コロナワクチンを各医療機関に配達する目的で、千葉県のトヨタ販社である勝又自動車さんが館山市に車をレンタルしていることを知りました。(勝又自動車の方々も「考える会」のメンバーになってくれており、それまで、色々、裏方をやっていてくれたのです。)車を使用しない土日であればその車を、火事で困っている地区で使わせてくれることになりました。その時借りられたのが、トヨタのエスクァイアという、7人乗りのミニバンです。電気自動車ではないものの、背に腹は変えられないということでやってみたら、それが結構評判良かったんですよ。
というのも、e-COM4は速度が20キロしか出せないんです。そうすると、家から集落の中心を通って、スーパーマーケットまで移動するだけで、約1時間かかっちゃうんですよ。つまり往復で約2時間。対して、トヨタのエスクァイアでの移動時間は、家から5分、買い物20分、また家に帰るのに5分とすると、約30分で完結する。実は買い物が終わったらさっさと帰りたい利用者にとっては、むしろ好都合だったんですね。

エスクァイアは普通の乗用車なので、実証実験が行われた1月でも暖房が効くし、乗り心地もよく、こっちの方が快適でいいという意見も出ました。もしも窓のないe-COM4を冬に運行していたら、寒くて利用者がいなかったかもしれません。そんなわけで、そのままどんどん話が進み、勝又自動車さんの了解も取れ、じゃあエスクァイアでやってみよう、という事になりました。
ただし、そのエスクァイアにしたって買えば数百万かかるし、リースにしてもリース代が月4~5万かかります。週1回しか使わない、しかも利用者全員合わせても10~15人程度しかいない状況では、リースだとしてもとてもペイしないということになりました。それで、他の手段がないか探していた時に、トヨタがちょうど新しい業態として、カーシェアを始めていたんです。
当時の料金は、15分で150円と非常に安かった。それで、カーシェアの車を富崎の真ん中に配置して頂き、普段は観光客や地元の人が利用できるようにしました。土曜日の午前中だけは、買い物専用の「ぐるっとバス」として利用して、約1時間半分の使用料金だけ払う。そうすれば、リースよりも断然安いし、使った分だけ払えるのが有難い点でした。(現在の料金は15分440円に変更されていますが、それにしてもリースで借りるより安い料金です。)
カーシェアの費用を賄う手段として、館山市から、「集落支援の制度を使いましょう」と提案されました。そこで私が集落支援員になり、その経費でカーシェアのお金を払うことで、「ぐるっとバス」の利用者は、無料で利用できるようになりました。
港町ならではの、車の維持問題

そうした形での運用を、3年継続しました。ところが、実際蓋を開けてみたら、「ぐるっとバス」を除くカーシェアとしての利用はほとんどゼロだったんですよ。カーシェアとしての採算が、年間100万円ぐらいの赤字となってしまいました。
それに加えて、その車を置いておくステーションが港のすぐ脇の空き地だったんですが、常に塩風を浴びて、足回りが真っ赤に錆びてしまったんです。
勝又自動車さんの方々はこの赤字については、社会貢献事業という理解から寛容でした。しかし自分たちとしては、赤字やダメージが続けばいつか突然車を引き上げられてしまうんじゃないかという危機感を持ちました。現在は、カーシェアを使いながら次のシステムを模索しています。例えば個人で7人乗りの車を持っている人に、都度、使用料と保険料払っての運用はどうかと考えています。日頃は自宅のガレージに置いておいて、自分の用事で乗ってもらう方が、車のダメージも含めて成り立つんじゃないかという予想です。まだそのシステムでの運用は始まっていませんが、隣の神戸地区でも活動を始めることになり、その形に近いやり方での試験的な運用を始めました。
近隣地区での展開
神戸地区もまた、限界集落なんです。そこの皆さんから「富崎と同じようなサービスをしてくれないか」という要望をずっとうけていました。富崎ではカーシェアで運用している「ぐるっとバス」を、こちらでは個人が所有する7人乗りの中古車で運用しています。実は私の車です。スズキのエブリイプラスという、軽自動車をちょっと大きくした車です。神戸地区は道幅が細くて小さい車じゃないとダメだったため、この車を利用しています。個人所有の車で運用というトライアルも兼ねています。

ボトムアップの行政協力
行政とのかかわりでみると、館山市は最初の電気自動車での実証実験から既に入ってくれました。トヨタのエスクァイアで実用化するとなった際は、集落支援制度を利用しようと提案してくれるなど、システムと費用面での辻褄を上手く合わせてくれましたね。また、神戸の運用では社会福祉協議会を通じて支援してくれています。
「こういう制度をやるから誰かボランティアでやりませんか」と率先して行うのではなくて、地元のニーズや、「こういうことをやりたい」というのを理解してくれて、主に費用的な部分や人的つながりで支援してくれるというのが、館山市のかかわりかたですね。富崎の活動を地元主体の活動だと評価してくれています。
地元でまわっていくドライバー
神戸地区の運営は、開始時点では富崎でも協力してくれていた方々にお願いしました。もともと富崎在住ではなく、館山市内から小一時間かけてボランティアしに来てくれる篤志家が複数いらっしゃったんです。神戸で同じシステムの運用が決まった際、その方に「富崎は地元の人間でなんとか回すから、神戸の方を回ってくれないか」とお願いしました。富崎は私も含め、地元に住む人だけで、運転手も補助員もやるようにしています。
というのも、ボランティアのためにドライバーが往復1時間以上もかけて来るというやり方ではそもそも長続きしないと思ったんです。実は遠くから通って来てくれているボランティアによって「充実した体制」を地域に見せ続けてしまうと、自助が生まれないんじゃないかと思ったんです。「ボランティアがどっかから来てやってくれるんだ」っていうのが当たり前なのではなくて、やっぱり地元で回る形にしなければいけない。
なので、地元のドライバーで、あえて毎回同じ2~3人が、大変そうにとは言わないまでも、なんとかやっている姿を見せて、「あんまりやってくれる人いないんだ」っていう実態を理解して頂き、利用者の知り合いなど、地元からの協力者をリクルートできるような体制に持っていこうとしています。車の状態だけでなく、人の方もなんとか持続化できるようにということですね。
高齢者に本当に必要なサービス
「ぐるっとバス」には、お年寄りに対する補助員の手厚いサポートがあります。利用者さんたちはスーパーで、「一週間に1回だから、その分買い溜めるぞ!」と意気込んで買い物されています。普段なら重くて運べない荷物を、「ぐるっとバス」の補助員は車から玄関先まで運んであげます。多分、ここまでのサービスをしているのは、世間のお年寄りのサポートのシステムとしては、「ぐるっとバス」だけだと思います。
これまで、お年寄りたちは、スーパーからの遠い道、重たい荷物は運べない為、納豆1パックとか豆腐1つを買ってなんとか家まで帰ってくるみたいなことも当たり前にあったらしいんですよ。それが、この「ぐるっとバス」なら、買いたいものは重さに関わらず全部買えます。過保護なのかもしれないけど、お年寄りにはそのぐらいのことをしてもいいと思います。
利用者の最高齢は、98歳のおばあちゃんです。そういう意味では、高齢の地域であっても元気な人が多いですね。
最初の頃は、相手にとってよかれと思ってやっている部分もありましたけど、あれだけ素直に感謝されると、むしろこちらの心が救われるんですよ。そのように感じています。今までの仕事では「何のために仕事してるんだろう」と思うことも時にはありました。でも、この買い物支援では、こんな些細なことや単純な作業でここまで喜んでもらえるのです。
我々としては週に一回、1時間半から2時間の活動で、時間のやりくりにもそれほど手間はありません。最初は半分思いつきだったけど、やって本当によかったなと思っています。

ローテクと真心に勝るものはない
今、地方の過疎地で、先端技術を使った自動運転の乗り物を走らせる実験をよく目にしますが、ただ走らせるだけだとやっぱり、先述のような感動にはつながらないんですよ。僕は自動車メーカーに勤めていた時に、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の構成員をしていました。大型バスの自動運転化を担当していたのですけれど、別のグループが過疎地を走るグリーンスローモビリティを行っており、その報告や検討状況も見聞きしていたのですが、当時から週末館山に通って、過疎地の様子を知っていた自分としては、「そんなのじゃ絶対役に立たない」と感じて見ていました。技術と金の遣い方、違うよなぁ、と。
そういう悶々とした思いを全部ぶつけたのが、このプロジェクトです。「なんでもデジタルで自動化すれば、明るい未来が開ける」なんて思想はとんでもなくて、ローテクと真心に勝るものはない。そういう思いで実際にやってみたら、思った以上の感触で、利用者のおばさんたちはものすごく喜んでくれている。やっぱりあの時に感じていたことは間違いじゃなかったんだ、と思っています。

デジタルによる省力化という方向性ではなくて、コミュニケーションや関わりを増やした血の通った方法が、遥かにいいと思っています。
ちょっとした「会話」がとても大切なんです。どうしても引きこもりがちなお年寄りが、週に一度でも楽しく会話する機会を作る。 時には爆笑な事もある。 利用自体が楽しみになる。 無人の自動運転車では有り得ません。
自動運転という技術自体を否定はしませんが、使い方間違ってるぞ、と思いますね。
富崎だけの特殊なシステムで終わらせるのでは良くない。「富崎はいいね、うちの地域ではなんでやってくれないの」という事で、神戸地区でも始まりました。 今後も改善を重ねながらやり方を確立して、どんどん横展開で広げていければ、仲間たちとも引き続き楽しくやっていければいいな、と思っています。 ありがとうございました。
