千葉大学 環境健康フィールド科学センター 野田勝二先生【農業があったからこそ人間の文化や科学が発達してきた】

2007年度に文部科学省が「履修明制度」を創設しました。
これは、大学等が学生以外の社会人等を対象としたまとまりのある学習プログラムを開設し、様々な分野の学習機会を提供することを目的とした制度です。
学習プログラムの修了者は、法に基づく履修証明書を受け取り、キャリア形成に活用することができます。

それを受け、千葉大学 環境健康フィールド科学センターでは、2019年より「多様な農福連携に貢献できる人材育成プログラム」を開設しています。
今回のインタビューでは、プログラムに深く関わる野田勝二先生にお話を伺いました。

野田勝二 先生

千葉大学環境健康フィールド科学センター 講師

千葉大学環境健康フィールド科学センター講師。農学博士。2000年岐阜大学大学院連合農学研究科博士課程修了。2007年から2023年まで千葉大学助教。研究テーマは園芸を活用したヒトのQOL向上など。

●著作

「おいしい果樹の育て方 苗木選びから剪定、料理まで」(西東社)監修

ルーツと結びつく研究分野

私の元々の専門は果樹園芸学で、柑橘類の栽培生理をやっていたんですが、千葉大学に来てからは、QOLの向上やまちづくり等、色々なものに園芸を活用することに取り組んでいます。
その一環として、今、大学で行っている履修証明プログラムの「農福連携」もあるというイメージですね。

元々、私は都会っ子ではなくて、庭に野ウサギがいたり、犬を放し飼いできたり、爺さんも庭で畑や盆栽をやっていたりするような、自然に囲まれた所で育って来ているんです。
なので、園芸というものが凄く身近にあったんですよ。子供の頃から、緑や自然に触れることで落ち着く、安心するといった感覚を持っています。
ただ、山の中へキャンプに行って、テントで寝ようとは思わないですよ。それが危険だということがわかっているので。昼間に遊ぶ所としては良いんですが、わざわざアウトドアで行って、特に夜を過ごすなんて、恐いですよね。私はそういう風に思うタイプの人間なので、多分普通の人とは感覚がずれているのだろうと思っています。

今、私がいる千葉大学柏の葉キャンパス(千葉県柏市)あたりは、緑があったとしても人工的で、生命感があまりないというか、豊かな生態系を有している緑は凄く少ないんじゃないですかね。むしろ生態系から隔離されているような。
だから、そういった所で植物とQOLの関係性を扱うことには意義があると思っています。
そして何より、食べ物。無機物から有機物を作ってくれて、食べ物として人間に提供してくれている唯一の高等生物が植物なので、そういう意味でもやっぱり大事にしなくてはいけないという思いは凄く持っています。
私は農学系なので、「農」で食べ物を生産するということも含めて、QOLには興味を持って動いています。

農業と福祉の連携

20~30年ぐらい前から「園芸療法」や「園芸福祉」という言葉は出てきていて、「農福連携」が出てきたのも、ここ20年ぐらいですかね。
でも、その中身自体は、実際にはもっと昔からあったんです。私もその専門ではないので、詳しくいつ頃から実践されてきたのかはわかりませんが、明治ぐらいから、精神病院の近くで農業をするのは普通に取り入れられていました。それはリハビリとして行っていたのか、自分達の食べ物を作るという意味で行っていたのかはわかりませんが、実際にそういう活動はあったので、農業と福祉の連携は相当昔から行われてきたものと思われます。


それをもう少しシステマチックに整理して、今、社会の表面に出てきている問題、例えば耕作放棄地の増加、農業の担い手不足、障害者の雇用・賃金や居場所の喪失等と絡めて広まってきていると。
逆に言うと、日本の社会が豊かで、障害者が生活していくのにあまり困らないのであれば、これ程広まっていないのかもしれませんね。なんとなく、今の社会が住み辛い、生き辛いという風になってきているからこその流れなのかなという気はします。
障害を持つお子さんのいる方が、「自分が死んだ後、この子はどうやって働いて食べていくんだろうか」と考えた時、農業を1つの選択肢に入れるというケースが結構多いと思うんです。

本当は、そんなことを考えなくても食べていける社会なら良いんですが。例えば、政府が補助金をそういった所に手厚く出してくれたりすれば。でも、そうはなっていませんよね。「多様性」とか「インクルーシブ」と言っている割には、むしろ逆なことが起きている。全体主義に向かっているような気が凄くしますね。

そういった社会背景もありつつ、文部科学省が提示してきた「履修証明プログラム」というものに対して、ここで何ができるだろうかと考えたんです。
私がいる柏の葉キャンパスは、入口までつくばエクスプレスの駅から徒歩3分で着いてしまうような所で、道路を渡れば「ららぽーと柏の葉」があって、高層マンションに見下ろされていて、というような都市部にある大学の農場なんですね。
この地の利を活かすには、社会人向けに農福連携がいいんじゃないかということになって、「多様な農福連携に貢献できる人材育成プログラム」(以下、「農福連携プログラム」という)を立ち上げました。

このプログラムは2019年から開始したんですが、「多様な農福連携」と掲げているので、障害者だけに特化している訳ではなくて、高齢者や子供も含めた広い意味での「福祉」分野で貢献できる人材育成を目指しています。
受講されるのはサラリーマンの方が多いと思います。受講の動機としては、身内が障害をお持ちであるとか、年金だけでは暮らせないので定年退職後に高齢者が働く為の場所を作りたい、といった方がいらっしゃいますね。
あとは、子供への食育。今は、食べ物は当たり前のようにコンビニやスーパーで「買う」物になってしまっているんですよ。だから、実際は食べ物がどうやって作られているのか、その過程を子供に理解させるということをイメージして勉強しに来ている方もいますね。それと、子供の頃から農作業に親しむと指先が器用になったり、体力がついたり、虫を極端に恐がらなくなったり、色々なところにプラスになると思うので、そういった部分も含めて。

学べるだけでなく、同志とも出会える

農福連携プログラムにはコースが3つあります。全てのコースで1期につき60時間のプログラムが組まれています。
「園芸コース」が独立した形であり、これは大学の農場実習と抱き合わせのようになっていて、年間を通して野菜や果樹や花の作業を少しずつ体験するという内容になっています。
次に、「導入コース」。こちらは初めて農福連携に触れる人の為のもので、半日は座学、半日は農業実習をするというプログラムが、9月から2月までの間に組まれています。
そして最後に「応用コース」。こちらは全て座学で、4月から8月までの間に組まれています。応用コースに関しては、次年度以降の開催について検討中で、内容を個別に分け、テーマを絞って公開講座にすることも視野に入れています。

座学の一例として、応用コースでは、実際に農福連携の事業を運営されている方が登壇してその取り組みを紹介するというものがあります。
例えば、農家と就労継続支援施設を繋ぐマッチングを専門で行っている方や、農業生産者として障害者を雇用している方、特例子会社として農福連携事業を運営して障害者を雇用している方等、様々ですね。

農福連携プログラムの受講生の中には、受講をきっかけに生き方を変えてしまったような方もいますね。「将来、農福連携をやっていくために移住します」とか、農家になった方とか。受講生同士で協力して事業を始めるケースもあります。
当初、私たちが想定していたよりも影響力がありました。こういった講座を受けて、「自分と同じ志を持つ人達がこんなにいたんだ」と知ることができるというのは、大きいのだと思います。
応用コースはオンラインでも受講できるんですが、やっぱり対面が良いということで、遠くから1時間半とか2時間もかけて来る方もいらっしゃいます。

宇野さんからも話を聞いたと思いますが(当協会インタビュー「NPO法人エコグリーン協会 宇野理佳さん」参照)、農福連携プログラムの横の繋がりを受講している1年間だけのものに留めずに、受講を修了した人達が年代を超えて縦に繋がって
いけるように「柏千会(はくせんかい)」を今年度から立ち上げました。皆さんが自主的に始めたことです。エネルギーがありますね。

植物ありきの動物、人間

農業や園芸というものは、普通のサラリーマンをしていたら全く触れない世界だと思うんですよね。


学生にもよく言うことなんですが、「You are what you eat」という英語の諺があって、「あなたはあなたの食べた物でできていますよ」という当然のことではあるんですけれども。食べた物の原子とか分子が私たちの体の構成物になっていくわけで、それは誰がどこでどうやって作っているのか、ちゃんと知るのは非常に重要なことなので、農業に触れるということの胆は、やっぱりそこにあると思うんですよね。
「いや、私は肉しか食べないから、魚しか食べないから」という人もいるかもしれませんが、動物の食べる餌は植物だったり、魚が食べる水の中の養分はどこから来るのかというと、山の森林が作っていたりするわけです。全部そこに源流があるので、地球全体の生態系の流れ、物質の流れを理解する上では、農業に触れる意味があります。

それに、農業があったからこそ人間の文化や科学が発達してきたわけで。食べる物があるいうのは根源的に凄く重要なことで、農業のおかげで人々は狭いエリアに住むことができて、そこでコミュニケーションが生まれて、言葉や音楽等様々な文化が発達してきているので。そういうことを理解してもらうツールの1つとしても、農業は良いものだと思っています。

あとは、多様性ですかね。「本当の多様性ってそういうものじゃないんだよ」と。残酷なものもあれば、色んなものがあって、それでもちゃんと回っている。「害虫」というけれど害があるだけの生き物なんていないんだ。そんなことを理解してもらう意味でも、自然とか植物、農業に触れてもらうことには意義があるのかなと思います。

やっぱり人間も生き物なので、純粋に生き者同士として植物に惹かれるものはあるし、同調できる部分がありますよ。
植物がないと動物は生きていけませんしね。

「多様な農福連携に貢献する人材育成プログラム」受講案内

導入コース

募集期間:例年8月

参考:↓令和5年度 募集要項より抜粋

「都市農業」×「障がい者支援」×「高齢者支援」×「QOL 向上」をテーマに、
①人のこころや体の多様性についての理解力を得るための「福祉」分野(6 講座/18時間)
②人の動作認識、作業の難易度や負荷を理解するための「人間工学」分野(4 講座/12 時間)
③植物栽培の基礎知識や技術を身に付けるための「植物」分野(1講座/3 時間)
④経営学の基礎を習得するための「経営」科目(1 講座/3 時間)
⑤栽培実習行う「実習」分野(1 講座<全 8 回>/24 時間)
から成る計 13 講座合計 60 時間のプログラムです。

令和5年度 募集要項

応用コース 

募集期間:例年1~2月

参考:↓令和6年度 募集要項より抜粋

「植物とヒトとの関わり」についてより深く学び、福祉事業場をはじめとする農福連携の現場に関わる講師との講義・演習に参加することにより、農業と福祉の連携に関する課題を現場レベルで理解し、解決のための提案ができる人材の育成を目指します。さらに、受講生自らが農福連携に関する活動成果を発信することで、地域連携を推進し、以て SDGs の実現に寄与できる企画の立案・運営を行っていただく、合計 60 時間のプログラムになります。

令和6年度 募集要項

園芸コース

募集期間:例年2~3月

参考:↓令和5年度募集要項より抜粋

多様な農福連携プログラムを企画・運営するための「園芸作物栽培」に関わる基礎的な知識・実践能力の獲得を目指す実習、オンデマンド講義を組み合わせたカリキュラムになっており、園芸作物栽培の基礎を学びつつ、様々な視点を提供することで、その先の農福連携の実践も見据えた内容になっています。実習やオンデマンド講義を 1 年間通じて学ぶ合計 60 時間のプログラムです。

令和5年度募集要項
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