奈良教育大学のESD・SDGsセンターは、学生が興味・関心のある分野を体系的に学ぶ「特色プログラム」の一環として「へき地教育・地域創生プログラム」を展開し、へき地の小規模校ならではの教育のあり方を探究しています。プログラムを担当する河本大地准教授と履修している学生の田中さんと東さんお二人に、どのようなことを学び、今後のへき地教育のあり方をどう考えているか、お話を伺いました。
へき地の学校で教員や子どもと交流
――へき地教育・地域創生プログラムの内容について教えてください。
河本准教授:
本学は2018年に、へき地教育(山間地や離島など、都市部から離れた地域での教育)の実態を学ぶ「山間地教育入門」という科目を開講しました。奈良県にはいわゆるへき地、山間地に多くの小規模校があるのですが、こうした地域の事情をあまり知らないまま教員になっていく学生がこれまでは多かったんです。そこで、大学と奈良県教育委員会が連携して「へき地教育部会」を設立しました。
そして、部会で具体的に何をするかということを考えた時に、最初に出てきたのが、大学の中にへき地教育(山間地教育)について学べる場所を作ることだったんです。
なぜ最初にその話が出てきたかというと、そういったへき地の事情や、へき地の学校特有の事情に精通した学生を育成したいという点と、そういった地域をポジティブに捉えて、そこで積極的に教員をやってくれる学生を育成したいという点をまずは考えていたからです。
「へき地に飛ばされる」という嫌な言い回しがありますが、それでは受け入れ側の地域も、行く側の教員も幸せじゃないですよね。だから、そういう意識ではなく、地域にあるものを積極的に活かしてやっていけるような人材を育てたいな、ということが根本としてありました。
そこでまず出来上がったのが、最初に申し上げた「山間地教育入門」です。1~2泊のスタディツアー(山間地の学校で子どもたちや先生方と交流したり、地域をみてまわったり)を中心に、その事前・事後学習をおこなう科目です。うれしいことに、初年度の授業後に学生たちから、「もっとへき地教育について勉強したい」という声が出てきました。そこで、奈良教育大学の内外にあるへき地教育関係の学習機会を体系的にまとめた学習プログラムを整えることにしました。
プログラムを作るにあたっては、他大学の取り組みも参考にしました。こういった分野に関しては、北海道教育大学が日本で1番進んでいるんです。
北海道教育大学は釧路キャンパスの周りにある学校がほぼへき地校で、へき地・小規模校教育の研究実践に力を入れています。北海道教育大学では「へき地教育実習」という科目もありますし、釧路キャンパスの1年生は入学直後に小規模校を訪れます。小さな学校の方が学校の全体像を捉えやすいですし、子供たちとも触れ合えて感動体験を積むことができるんです。それで学生たちに意識を高めてもらうという目的です。
奈良教育大学でも同じことができるかなと思って、私も釧路の方に行って現地の先生方と話し、小学校・中学校も訪ねました。しかし、大学教員の労力をかなりそこに割かねばならなくなるという結論に至りました。なので、まずは奈良教育大学に今ある資源を活かしてへき地教育・小規模校教育を学べる体系を作ろうと。そして生まれたのが「へき地教育・地域創生プログラム」です。
――学生さんはどのような形でプログラムに参加するのですか。
はい、大事なのが履修方法で、「科目の単位習得」、「へき地・小規模校教育実践への参画」、「へき地教育関連イベントへの参加」の3つの要件があります。
科目の単位習得に関しては、「山間地教育入門」を必修にし、郷土教育に関する科目として、地域文化論などの科目も選択必修としました。
実践への参画については、大台ヶ原・大峯山・大杉谷ユネスコエコパークでの教員向けエクスカーションの企画・実施など、様々な機会を設けました。
へき地教育関連イベントについては、既存の物が結構多いんですが、学外のものも含めて色々な機会を準備しています。
これらの内容については、学生たちからご紹介します。
現場を訪れ感じた課題から、今後のへき地教育を考える
――では、田中さんと東さん、ご紹介いただけますか。
田中愛花さん:
国語教育専修3回生の田中愛花といいます。専門は国語教育なんですが、河本先生のされているへき地教育・小規模校教育にも興味があって、専門外ですが勉強しています。
私からは、今年度受けている「フィールドワークで地域に学ぶ」という授業を紹介します。この授業では兵庫県香美町小代区に行きました。1回目は2泊3日で、但馬牛に関する博物館に行ったり、綺麗な棚田を見たりして、地域の魅力を歩いて探りました。2回目に訪れたときには、1回目のフィールドワークで興味を持ったことを各自で研究、深掘りしていきました。私と東さんは、小代区にあった小学校の分校で勤務していた方や、通っていた方にインタビューしました。
東晃太郎さん:
社会科教育専修4回生の東晃太郎と申します。私は、へき地教育・地域創生プログラムを2023年に修了し、「へき地教育ティーチャー(奈良教育大学)」の認定をいただきました。卒業論文でも、学生へのアンケートや、へき地校に勤務する教員へのインタビューを通じ、新たなへき地教育のあり方を研究しています。
山間地教育入門の授業では毎年、奈良県内のへき地校、小規模校を訪れ、自分たちで考えをまとめていきます。事前の準備として、その地域の地形や土地利用の様子を知ることや、へき地校での複式授業の学習指導案づくりもしています。
地域文化論の授業では学生が主体となり、奈良市立飛鳥公民館で行われる地蔵盆の企画運営を行っています。子供たちに、実際にお地蔵さんを見に行くことや、お地蔵さんの歴史を知ること、フィールドワークなどを通して学んでもらう活動をしています。
そのほかにも、大台ヶ原・大峯山・大杉谷ユネスコエコパークでの教員向けエクスカーションの企画・実施もしています。この活動は今年で3年目になるのですが、ユネスコエコパーク内の地域に勤めていらっしゃる学校の先生や行政の職員の方に来て頂いて、参加する学生と共に学んでいく形式になっています。
教員にとっては新たな教育のあり方を考えたり視点を広げたりする機会、行政職員にとっては地域活性化の策を考える機会になります。そして学生にとっても教員や行政の職員と意見交換できる貴重な機会となっています。こちらの昨年度の企画・運営の中心人物は私、今年度は田中が務めています。
私は、へき地教育・地域創生プログラムを修了することのメリットは主に三つあると考えています。
一つ目は、教育の視点が広がることで、へき地校・小規模校で勤めることになった際にこの経験が活きるということです。
二つ目は、地域の見方が変わるということです。実際にへき地を訪れることで、その利点と課題を捉えることができるようになり、今後の発展や改善について考えるきっかけとなります。
三つ目は、様々な人々との交流ができるということです。学内外の様々な人と協力する場面が多く、これからの社会生活上でこの経験は活かされると思います。
もう一つ、教職員採用試験で有利になるかどうかはわかりませんが、資格として認められるので履歴書に書けるという利点もあるかと思います。
私は専門でへき地教育を研究しており、卒業論文でもへき地校に勤める学校の先生にインタビューをして、現状抱えている教育的課題を明らかにし、さらに学生にも「へき地教育にどれほどの関心があるか」といったことについてアンケートを取っています。先生に聞いたお話と、学生からのアンケート結果を合わせて、新たなへき地教育のあり方を見出していこうと頑張っています。
田中さん:
へき地教育関連のイベントについて私からもお話しすると、私は「森と水の源流館授業づくりセミナー」に参加しています。これは奈良県川上村にある「森と水の原流館」という施設と合同で行われているセミナーで、川上村や、森と水の源流館のことを理解した上で、へき地教育での授業の優良実践事例も学びました。
このイベントではゲストティーチャーの方に来ていただけるので、実際に行った授業で子供たちがどのような反応を示したかとか、現場の雰囲気なども聞くことができて、教員を目指している私たちは「先生って良いな」と感じながら参加することができています。
小規模校では、個別最適化された学習ができる
――皆さんは、そもそもなぜへき地教育に興味をお持ちになったのでしょうか。
河本先生:
原点として、私自身が田舎生まれ、田舎育ちでした。ところが、田舎で育つ中で、周りの大人たちが田舎に誇りを持っていないことを感じる場面がかなりあったんですね。私は、「田舎は田舎で良いじゃないか」と思うんですが。地球環境問題や自然環境について色々と言われている中で、おいしい空気、水、食べ物は、田舎でつくられているという優位性が発揮できます。それに、日本の、あるいは世界の多様な文化も田舎が発信源になっているものはかなり多いと思うんですよね。それをあまり軽んじられるのは、ちょっとどうかなと。
そんな田舎をこれからも持続させていくためのインフラが学校教育です。田舎で子育てができる環境をきちんと保障することは大事な事なんですよね。そして、それがまさにへき地教育なんです。
東さん:
私の出身地は奈良県の真ん中あたりで、北部の都市にも南部の田舎にも行けるという場所です。それで、幼い頃から都市にも田舎にもよく行っていたんですが、どちらかというと南部の方が好きで、山や川に遊びに行くことや、昆虫や魚類も好きでした。「田舎っていい場所だな」とずっと思っていました。
教員を目指して奈良教育大学に入学後、自分の好きな田舎と教育を掛け合わせたへき地教育に関心を持ちました。私は河本先生のゼミ生なので、色々とへき地教育について教えて頂いたりイベントにも参加したりしていく内に、さらに関心が深まっていきました。
――東さんは、へき地教育の利点は何だと思いますか。
東さん:
少人数で、個別最適化された学習ができることだと思います。大規模校と違って、1クラスに数人しかいないので教員が1人1人をよく見られますし、生徒が何か体験をすることになった際に、「クラスの代表1人が」とはならずに全員が同じことを体験できるといった利点があります。
――なるほど。もし東さんが今小学生だったとしたら、へき地教育を受けたいですか。
受けたいですね。周りにショッピングモールとか、そういったものはないかもしれないけれど、それ以上に繋がりが深いという面で楽しさが味わえるんじゃないかなと思います。
――ありがとうございます。そう思っている先生がへき地校に赴任したら、最高ですね。説得力があると思います。田中さんはいかがでしょう。
田中さん:
私は、河本先生の山間地教育入門の授業を受けたことがきっかけで、ヘき地教育に興味を持ちました。ただ、その授業を取った理由は、「皆で遠くに行って色々なものを見られるみたい」だったんですけど。
でも、実際にへき地に足を運んだら、私が見たことのない世界が広がっていたんですね。そびえ立つ山がすごく印象的で、アニメの世界でしか見たことのないような場所が、この日本には存在するんだって。
あと、私自身は大都会といわれるような街で生まれ育ったんですけど、家庭の方針で中学受験をしたので、小学生の頃からビルの中の教室に押し込められていました。だから、へき地の子供たちがのびのびと勉強できていること、先生と子供が密接な関係を築いていることがすごく素敵だと感じて。子供たちは何かあったらとりあえず先生に話すという繋がりの深さ。私もこういう小学校生活を送っていたら、何かまた違った未来が…いえ、別に今が嫌だというわけではないんですけど。
若いうちから主体的に学校経営に関われ、子どもを見る目も育つ
――先生は今後のプログラムの展望について、どうお考えですか。
河本先生:
まずは裾野を広げる、興味を持って受講する学生を増やす必要があると考えています。奈良教育大学も全般的には「へき地に飛ばされる」という目線の学生が多いと思うんですよ。へき地校に勤務する場合、その地に住む必要が出てくることも多いので、プライベートの制約が生じることを考えてへき地への赴任を希望しない人が多いのも事実です。
しかし、へき地校での勤務経験をお持ちの先生は、へき地で一定の期間教員生活を送ったことが、教職人生の宝物になったと口々におっしゃいます。
なぜかというと、小規模だからこそ、学校全体が見られる。学校経営というものに若いうちから主体的に関われますし、児童・生徒個々を見る目が育ちます。その経験が大規模校に赴任した時にも活きている、と。へき地の少子高齢化は皆さんご存知なので、そういったへき地校勤務のメリットをもっと伝えていきたいですね。
へき地校は統廃合により少なくなっていますが、統廃合の議論も、「0か1か」というのは本当にナンセンスだなと私は思っています。今のへき地校はICT環境が充実し、外部とどんどん繋がれるようになっています。小規模校は地域で自分の土台を育む場所として残す一方で、時々他の学校へ行って学んだり、オンラインで他の学校の友達と繋がってやり取りしたりという工夫もできるようになってきました。色んなやり方があるので、統廃合についてはもっと柔軟に考えたいですね。
例えば、東京で生まれ育った子供たちがこれから相対的にどんどん増えてくるわけですが、そういう子供たちがへき地の子供たちと気軽にオンラインで触れ合い、相手のことを理解する。で、へき地で生まれ育った子供たちも「都会生まれの子たちってこんな考え方するんだ」といったことを学ぶ。そうやって混ざり合うことの意義も生まれてくると思っています。それは当然、国際交流にも繋げられますよね。小さい学校の方が小回りが効くので、そういった機会も作りやすいと思っています。