吉本興業に所属する現役の芸人でありながら、大阪府岬町の地域おこし協力隊でもある藤本聖さん。吉本興業といえば「住みます芸人」が有名ですが、藤本さんはより地域に踏み込んだ「地域おこし協力隊」として、観光PRから空き家問題まで、マルチに活動されています。
大阪府最南端に位置し、海・山に囲まれ風光明媚かつ自然豊かで人情にあふれた岬町。協力隊2年目となった藤本さんに、大都会大阪市から移り住んで感じた岬町の印象や魅力、そして、現在取り組んでいるプロジェクトなどについて伺いました。

コンビ解散をきっかけに、協力隊に
――そもそも岬町の地域おこし協力隊をどのように知ったんですか?
地域おこし協力隊を始めたのは、吉本興業でちょうど10年ぐらい続けたコンビを解散した後でした。芸人って解散すると、仕事も減っちゃうんです。このまま芸人だけ続けるのもどうなのかなと思い始めたころ、吉本興業から「大阪府の岬町で、地域おこし協力隊を募集しています」という案内のメールが来たんですよ。
僕は山口県の周防大島町出身なんですが、そこは過疎化と高齢社会があいまった土地です。いずれ地元に帰ったときに地方創生に携われたらいいなという思いもあって、協力隊に応募しました。今は地域おこし協力隊をやりながら、芸人もやっています。最初は、新しいコンビの相方と一緒に2人で協力隊をやっていたんですが、相方がプライベートな事情で引退することになり、昨年の12月からは僕1人でやっています。
――吉本興業は以前から「住みます芸人」など地域活性化の取り組みをされていますね。
そうなんですよ。ただ、地域おこし協力隊が「住みます芸人」とはまた違う形式だということは、就任した後に知りました。

大阪っぽくない、自然豊かな岬町

――大阪は気候的にすごく暑いイメージがありますが、岬町の気候はどうですか?
大阪市内の夏は、都会のムワッとした暑さなんですけど、こっちの方はカラッとして、不快指数で言うとかなり少ないと思います。あとは、雨が少ないですね。地元の人は「岬砂漠」って呼ぶほど、雨が降らないことで有名な土地です。
また、海にも面していて、海の匂いがする港町という印象ですね。魚はもちろん新鮮で、安くて美味しいです。町内の「道の駅みさき」は、道の駅の中でも有数の海産物の豊富さで有名です。その日の朝に取れた魚が昼前には市場に並ぶので、それ目当てでお客さんがどっと駆け込むほどです。
―― 一般的な大阪のイメージとは離れた町のようですね。大阪市から岬町までは、どのくらい時間がかかりますか?
南海鉄道なんば駅から最寄りのみさき公園駅まで、特急サザン号で1本です。乗り換えなし、50分で来られるので、いうほど離れていませんね。ちなみにみさき公園駅は、終点の和歌山市駅の2つ手前の駅なので、大阪というより和歌山という感じが強いです。
通勤としては大阪方面だけでなく、和歌山市にお勤めされる方も多いです。地元で働いている方は、公務員のほか、漁師さんが非常に多いです。

――和歌山市の都市圏に近いんですね。買い物のしやすさはいかがですか?
隣の阪南市と岬町の境目に、「トライアル」という24時間空いている大型のスーパーがあります。大変便利で、地元の人はそこに買い物に行くことが多いです。また、和歌山方面に車で15分ぐらい、峠をひとつ越えてすぐのところにイオンモールがあるので、休みの日はよく買い物に行きます。
――人口が減っているとはいえ、生活は便利なんですね。
そうなんですよ。大阪府最南端と言うと、市内からすごく遠いイメージを持たれますし、岬町が大阪府だということを知らない人も多いです。でも、なんば駅まで特急1本で行けますし、ちょっと車を走らせたらイオンモールもありますし、地元のいい商店もたくさんあるので、生活に困るという感じはないです。
ただ、生活の利便性において車があるかないかは大きいです。町内には南海の本線の他に4駅だけのローカル線「南海多奈川線」がありますが、今は利用者も少なく、電車の本数も1時間に1本ぐらい。車があるに越したことはないですね。
――そんな岬町で、約1年半暮らしてみた印象はどうですか?
生活していると、人との距離が近いのがいいところだなと感じます。都会の方って、他人に対して無関心じゃないですか。ここは言葉を選ばず言えば田舎なので、無関心とは真逆の土地柄ですよね。生活していれば知人と顔を合わせるし、関わりが密接です。
それに、人の力が大きいです。僕が協力隊で活動する際にも、すぐに動いてくれる人が周りにたくさんいます。「話通しとこうか」「これ貸したるわ」みたいに、何かと助けてくれる人が多いので、すごくあったかい町だなと思います。

プロジェクトを動かす「人の力」
――地域おこし協力隊のミッションは何ですか?
主な目的は、街のPRと観光客との誘致です。あとは、空き家が問題になるぐらい多いので、空き家解消に向けた取り組みがミッションです。僕個人としての活動は、お笑いライブを過去に3回ぐらいやらせていただきました。非常にありがたいことに好評なので、また来月もやることになっています。
あとは、岬町って特産品が少ない印象です。もっと岬町の美味しいものを知ってほしいということで、特産品である古代米を使ったおにぎりを不定期で販売しています。食感はもち米に近くて、もっちりしたおにぎりになるんですよ。
そのほか、大阪市内で移住定住フェアのPRをする際には、よく駆り出されます。自分がいろいろやりたいタイプなので、ミッションの他にも自由にやらせてもらっている感じです。






――マルチに活動する協力隊ですね。ほかには、どんな活動をされているんですか?
いま力を入れているのが、とある空き地の有効活用です。もともと保育所だった場所です。そこは以前、子どもたちが遊んでいた庭があるんですが、今は雑草まみれで、森みたいになってるんです。ただ、その場所は車通りの多い道路の近くにあって、すごくいい立地です。車からは絶対に目に入る、小高い坂のてっぺんにあるので、初めて見たとき「ここ、いいな」って感じたんです。それで今、生い茂る草を何日もかけて一人で刈っている最中です。雑草がとにかくすごい量で、夏から始めて、ようやく残すところあと3分の1ぐらいの量になりました。
活用方法は模索中ですが、なにせ場所が目立つので、何かに活用すればみんな気づくはずです。岬町はサイクリングする方が多いので、理想はサイクリングの休憩所みたいにできたらいいかなとは思っています。でもそれは僕一人で決められるわけではないので、役場の人と協議しながら、活用方法を提案していきたいなと思っています。
岬町は、そういう空き地や空き家が本当に多いです。雑草も問題になっていて、放っておくと道路や隣の敷地まで草が伸びるので、いずれクレームになってしまう。それだったら、これを機に綺麗にして、雑草などの問題も全部一気に解決したいと思っています。
――その規模の空き地活用を、一人の提案からやろうとしているんですか?
そうです。役場を動かすのにも、まずは自分が動いて綺麗にしてからだなと思うので。でも、外から来た人が岬町を魅力的に感じてくれて、一緒に活動してくれるんです。
昔から住んでいる人は、岬町を「勢いがなくなった町」という感じにとらえがちです。以前「みさき公園」というテーマパークがあったんですが、2020年3月に終了してしまって。それでも、岬町は「日本の夕陽100選」に選ばれるぐらい夕陽が綺麗な町だし、海も山もあるのに、地元の人はそれが特別だと思わないんです。一方で、外から来た人は岬町の自然の豊かさとか、風土の良さに触れると、「ここ大阪なの!?」って驚くぐらいです。自然の中で行うアクティビティに惹かれて、セカンドハウスを建てたり、移住したりする人も多いです。
今年の夏には、大阪吹田の「えびす工務店」の方がこの町を気に入って、自分たちの手でゲストハウスを建てました。工務店の方は僕の活動も知ってくれていて、僕はゲストハウスの紹介動画を作らせてもらうなどで、ご縁ができました。そしたらその方が、「もしよかったら、藤本くんが今やってる旧保育所の庭も、手伝えることがあったら手伝わせてほしい」と言ってくれています。
大阪芸術大学の学生さんにも、この町に興味を持ってくれている人がいます。その学生は建築を専攻していて、「この町を良くするために、こんなランドマークを作ったらどうか」とか、「空き家をこんな風に活用したらどうか」って、自分でジオラマまで作ってきてくれるんです。デザインができる学生がプロジェクトに入ってくれて、実際に作業してくれる人もいて、ありがたいことに今、「人の力」というピースが揃いつつあります。時間を掛けてわざわざ来てくれる、熱とエネルギーがある方たちなので、すごく頼りになります。だからこそ、プロジェクトが動いていくのはすごく楽しいし、やりがいがありますね。

協力隊2年目として、形に残るものを
――協力隊2年目として、藤本さんは今後どうされる予定ですか?
1年目は、この町に馴染む期間にしていました。この町のことを知って、人々に馴染んで、覚えてもらおうっていう期間ですね。2年目は、何かを残す年にしようと思っています。プロジェクトとして「こういうことをしたんだぞ」っていう、何か形になるものを残したくて、今の空き地のプロジェクトもやっていますね。本当にいい場所なので、そこはなんとかしたいと思っています。
ちなみに岬町には、僕以前にも地域おこし協力隊がいたのですが、認知度はあまり高くない印象です。だからこそ、空き地のプロジェクトが形に残って、「この町の地域おこし協力隊がやったらしいよ」ってことが広まれば、地域おこし協力隊の認知にもつながると思っています。
――そうしたら、藤本さんの後に協力隊に就任する人もやりやすいですよね。ますますやりがいがありますね。ワクワクするお話をありがとうございました。


