下関市立大学_岸本充弘教授に訊く:リカレント講座「くじらと捕鯨の地域活性化スキルアップコース」の持つ意義

「くじらの街」として知られる下関。近代捕鯨発祥の地であり、現在でも年間約10万食のくじら給食が提供されるなど、文化が色濃く残っています。一方で、情報発信が十分に行われていないこともあり、捕鯨や鯨食に関して知らない方も増えています。

下関市立大学の岸本充弘教授はこうした現状に危機感を覚え、捕鯨にまつわる文化について発信するために様々な活動に取り組まれてきました。
そして、2023年より同大学リカレント教育センターで「くじらと捕鯨の地域活性化専門家養成コース」を対面とオンラインのハイブリッドで開講しています(2024年度は「『くじら』と『捕鯨』の地域活性化スキルアップコース」に変更)。

今回は岸本教授にリカレント講座に込める思いや、そもそもご自身がなぜくじらに興味を持ったのか、捕鯨は日本にとってどのような意味を持つのかなどのお話を伺いました。

岸本充弘 先生
下関市立大学 経済学部 公共マネジメント学科 教授

専門分野は捕鯨産業史・文化史、水産経済学、鯨未利用部位活用に係る産学連携事業等。

著書
・『関門鯨産業文化史』、海鳥社、2006
・『下関から見た福岡・博多鯨産業文化史』、海鳥社、2011
・『戦前期・南氷洋捕鯨の航跡 マルハ創業者・中部家資料から』(令和2年度日本アーカイブズ学会出版助成採択)、花乱社、2020
・『山口の捕鯨解体新書』花乱社、2022他

一つの疑問からはじまった研究者の道

大学時代は金融の経済史など、くじらや捕鯨とは全く異なる分野を学んでいました。下関市立大学の教員として3年目を迎えますが、それ以前は下関市役所の職員として働いており、2か所目に配属されたのが下関市立しものせき水族館「海響館」の建設準備を行う建設推進室でした。建設の基本構想や基本設計を進める中で、「下関といえばふぐの街」というイメージが強いこともあり、水族館にもふぐやくじらの展示を行おうと、資料を集めることになったんです。しかし、「ふぐの街」「くじらの街」と謳っているにもかかわらず、資料がありませんでした。「なぜないのだろう」という疑問から、市の職員として働きながら大学院に通うようになり、次第にくじらの研究が楽しくなっていきました。

そして、2002年の下関でのIWC(国際捕鯨委員会)開催などもあり、「くじらの研究をしている面白い奴がいる」ということで目に留まり、IWC準備部局へ異動することになりました。その後、東京の日本鯨類研究所に研究員として1年間派遣され、日本政府が行うプレゼンテーションのサポートや南氷洋捕鯨史に関する編纂作業にも携わりました。

派遣を終えて帰ってきた頃、下関ではくじらの街として新しい捕鯨母船の建造誘致に向けて様々な活動が行われていました。下関市立大学に派遣される機会もあり、当時の学長から「くじらの研究をしているなら、資料室を作ろう」という話が出て、鯨資料室設置にも携わりました。その頃から、市の職員として働きながら、約10年間委嘱研究員としても活動を続けていました。

市の職員としての最後は、市役所の中にできた下関くじら文化進興室の室長を務めていました。その後、早期退職をして大学の教員へと転身をしました。

くじら文化を広めるために

今年3月に、建造を進めていた捕鯨母船が完成しました。実は、捕鯨母船は世界に1隻しかなく、国内唯一の基地が下関にあります。くじらは下関の地域資源の一つでもあり、大学の水産経済論の授業の中でも取り上げるようにしています。ところが、下関にある水産大学校には、くじら肉の冷凍や解凍について研究されている先生はいらっしゃるんですが、くじらそのものを研究している方はいらっしゃらないんです。そこで、私は4月から水産大学校でも授業を行っています。

「くじらの街」であるにもかかわらず、若い世代、特に学生たちがくじらや捕鯨について全く知らないことに、危機感を抱いています。そのなかで、ゼミ生もグループに分かれて政策提言など様々な活動に取り組んでおり、中にはくじらの油を使ったキャンドルやランプの商品開発に挑戦しているグループもあります。また、「くじらバーガーを若い人に食べてもらいたい」という思いから、昨年の大学祭では、他の大学や市内の高校とも連携し、学生たちと一緒にくじらバーガーを作って販売しました。

様々な取り組みを進めている中で、私が大学に着任してから「リカレント講座にくじらや捕鯨に関する専門家養成コースを設けてはどうか」という提案があり、昨年から正式にスタートしました。

同様のリカレント講座を展開している大学は、おそらくないと思います。そもそもくじらや捕鯨を社会科学の切り口で研究をしている研究者が、ほとんどいないんです。私も担当は水産経済論ですし、その中でくじらや捕鯨にフォーカスして授業を行っています。

色濃く残る鯨食文化と無知に対する危機感

江戸時代に西日本を中心に古式捕鯨が行われていたこともあり、現在も鯨食文化は西日本を中心に残っています。北海道や東北地方、アイヌの方もくじらの利用はありましたが、本格的に鯨食文化が広がったのは近代捕鯨以降のことです。さらに、戦後の食糧難の時期には、南氷洋で捕獲されたくじらが国内各地で給食として提供されるようになりました。こうした背景もあり、地域に根付いた鯨食文化、戦後に全国に広まった鯨食文化と、複層的に鯨食文化が残っています。

下関は大洋漁業(現在のマルハニチロ)の本社があり、南氷洋のキャッチャーボートの基地にもなっていした。そのため、南氷洋捕鯨の冷凍の鯨肉が下関にたくさんあがってきて、ソーセージやハム、缶詰など、くじらを原料にした加工品が数多く製造されていたんです。

私の親戚にも大洋漁業で働いていた人がたくさんいるんですが、家にはくじらの缶詰などが当たり前のように置かれており、それを食べるのが日常でした。現在も、下関の小中学校では年間約10万食のくじら給食が提供されており、子どもたちはくじらを食べる機会に恵まれています。しかし、小中学校にも若い先生が増えてきて、なぜ下関でくじらの給食が提供されているのかを知らない先生も多くなっています。この現状に対しても、危機感を抱いています。

鯨食文化や捕鯨について誰も教えていないですし、情報発信も殆ど行われていません。そのため、「そもそも今くじらを捕っていいのか」「食べていいのか」と言う方もいらっしゃいますし、商業捕鯨が再開されたことすら知らないという方も多いのが実情です。また、今は飽食の時代で食べるものはなんでもあります。若い方は安くて美味しい鶏の唐揚げなどを好んで食べ、わざわざお金を払って鯨を食べようという状況にはありません。

海外との認識の溝

海外ではくじらは魚ではなく動物であり知能も高く、捕鯨するのはかわいそうだという見方が強い国が多いです。ですから、「なぜ、くじらやイルカを食べるんだ」という意見もあります。

一方で、日本ではくじらは水産資源であり、魚と同様に資源管理を行いながら、食べるという位置づけなんです。また、むやみに動物の命を奪わない、殺生を禁じるという仏教思想が根底にあり、四肢動物よりも魚などを食べる文化や歴史が長く続いてきました。昔は、くじらも海にいることから魚だと思われていたんです。当然、現在でもくじらやイルカを食べる地域もあります。

日本では水産資源を捕獲するため農林水産大臣の許可漁業として捕鯨が行われており、愛玩動物のような扱いで獲ったり、食べたりするのはかわいそうという対象とは少し違います。

このように海外とは根本的な考え方や文化の違いがあるわけです。ですから、反対意見にただ黙っているのではなく、感謝や畏敬の念をもってくじらをいただいているということを日本から世界に向けて発信する必要があると思います。

命の重さはどんな動物であっても平等なはずです。くじらやイルカを食べるのはダメで、豚や牛を食べることは許されるとなると、それは差別なわけです。人間は何かの命をいただかなければ生きていけません。だからこそ、命に対する畏敬や感謝の念をもって大事に食べていることを、正々堂々と世界に向けて発信するべきだと思うんです。それを発信しないことが、誤解を生む原因になっていると思います。

くじらで日本を元気に

くじらは食用としてだけでなく、例えば、髭は釣り竿に、油は石鹸にと、捨てることなく全てを活用していると、多くの方が認識しています。

しかし、重量ベースで見ると半分以上が海に捨てられており、この現状は殆ど表には出てきていません。私たちは、この状況は非常に問題だと感じています。SDGsの時代ですし、捨てられてしまっている皮や骨などから油を絞ったり肥料として活用したりできないか、5年以上前から下関の産学で商品開発のための実証試験を続けており、もう少しで商品化できそうな段階まできています。こういう情報もどんどん発信していきたいですし、リカレント講座の中でも発信を行っています。

リカレント講座は幅広い年齢層の方々に受講されており、昨年は20代の学生から60代以上の方までいらっしゃいました。経歴も多岐にわたり、かつて調査捕鯨で目視調査を担当していた方や、生物学を研究している大学院生、くじら料理店のオーナー、捕鯨船に機械を納入している会社の社長、捕鯨母船で働いていた方、水族館の現役スタッフなど、様々な方々が学んでいます。

私たちが行っているリカレント講座は生物学的な内容にも多少触れますが、どちらかというと水産経済学にシフトして実施しています。さらに、歴史や文化、捨てられている未利用部位を活用した商品開発など、今後地域振興や産業振興にどのように繋げることができるのかまで含めて授業を行っています。下関や地域の振興につながるように、受講者には語り部のような形でそれぞれが学んだことを様々な地域で発信していただきたいと考えています。そして、くじらや捕鯨が日本を元気にする一助になってほしいという思いでリカレント講座を実施しています。

受講者同士の交流も捕鯨の振興に

くじらや捕鯨に関する情報があまりにも伝わっていないことが、最大のネックだと感じています。少しでも知っていただき、得た情報をさらに周りの方にも伝えていただくことで、日本全体に広がっていくことを期待しています。

昨年の受講者の方々とは現在もLINEグループで繋がっており、情報交換や交流を続けています。普通は受講が終わると繋がりはどんどん薄れていってしまうと思うのですが、LINEであれば気軽に情報交換などができるので頻繁にやり取りをしています。
オンライン受講者の中には東北地方など遠方にお住いの方もいらっしゃいましたが、昨年度末には「ちょっと一度みんなで集まろうや」と言って、料理屋をしている受講者のお店に集まって、鯨料理を食べながらワイワイと交流をしました。

リカレント講座を通じて新しいつながりが生まれ、受講後も関係が続いていることには非常に意味があると感じています。リカレント講座は今年で2年目を迎えますが、今後は1年目と2年目の受講者同士が交流できる機会もぜひ作りたいと考えています。そういったこともくじらと捕鯨にまつわる文化を伝えていくことに繋がればと思います。

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