うなぎのせいろ蒸しや掘割の川下りなど、観光地として有名な福岡県柳川市。近年は行政が移住定住対策に力を入れており、柳川市への移住を検討する人に向けて、お試し居住体験施設「もえもん家」を用意しています。
もえもん家の利用条件は「20日以上1か月以内」で、利用料金は「体験日数×400円+2000円」と破格。利用に関する相談は、柳川市役所の職員さんがオンライン面談や電話・メールで受けてくれます。職員さんはとても親切なので、安心して利用方法や地域事情について聞くことができます。
筆者は妻と2歳の息子を伴い、もえもん家へ20泊21日して柳川暮らしを体験してきたのでリポートします。特に子連れでの移住を考えている方への参考になれば幸いです。

柳川市ともえもん家について
柳川市は福岡県の南西部・筑後地方に位置し、有明海に面しています。干拓の歴史があり、市域の海抜は0~6m。ほぼ坂道がなく平坦です。
隣接する自治体は、南東にみやま市、西に川を挟んで佐賀市、北は大川市・大木町・筑後市です。また、隣接はしていませんが、商業施設の集まる大牟田市にも行きやすいです。
鉄道は西日本鉄道(西鉄)の天神大牟田線が通っており、市内の駅は6つ。市内で唯一特急の停まる西鉄柳川駅からは、九州を代表する繁華街である福岡市の天神(西鉄福岡駅)まで特急で約50分、筑後地方の中心都市である久留米市にも特急で15分強です。
ちなみに、市街地に近く便利なことで知られる福岡空港には、乗り換えの接続次第では西鉄柳川駅から1時間半程度で行くことができます。
また、最も近い空港は佐賀空港で、市内からリムジンタクシーで結ばれており所要時間は約30分です。ただ、佐賀空港の駐車場は無料なので、自家用車で行く市民が殆どのようです。

滞在先のもえもん家は、西鉄柳川駅から徒歩で15分~20分程度。市立図書館の入っている公共施設「あめんぼセンター」に隣接し、市役所にも徒歩4分です。更に、ローソンも徒歩2分、商店街にも徒歩10分程度と、至便と言える場所に位置しています。滞在中に知り合った複数の市民の方から、「(もえもん家は )柳川で一番いい場所にあるね」と言われました。
もえもん家は平屋の一戸建てで、2階建てに住む筆者からすると、「階段の昇り降りをせずに暮らせて、なんて楽なんだろう」と感銘を受けました。家自体に必要十分な広さがあり、庭も軽くキャッチボールができそうな面積です。おまけに掘割にも面しているので視界も広く、川下りの船も見ることができます(息子が喜びました)。





あめんぼセンター(一番上)、もえもん家(ほか4枚)
実際の滞在について
もえもん家の滞在中は、一般社団法人「柳川暮らしつぐ会」の方々に市内の案内をしてもらえます。同会は、柳川市の空き家の活用や歴史・文化の伝達、手仕事ワークショップや古物市の開催などを行っており、もえもん家の管理も市から委託されています。メンバーには様々な出自や職業の方がいるため、移住希望者からの相談には柔軟な対応が可能だそうです。
私たちは柳川市到着の翌日に、有明海や買い物場所、公園、子育て支援施設などを案内していただきました。右も左もわからない状態で柳川市に来たので、とても助かりました。
また、道中では雑談も楽しく、ソフトバンクホークスの話や、「全国的に、有明海の海苔は佐賀のものだと思われがちだけど、こっちでも作ってるんですよ。佐賀はアピールが上手だからねえ」といった地元の話題が出ました(後で柳川の海苔を食べましたが凄まじくおいしかったです)。

更に、別の日に歴史案内もして下さいました。掘割沿いの道や柳川城跡を歩きながら、興味深いお話をたくさん聞きました。
特に印象に残ったのは、「掘割は市内に全長930km流れている」、「筑後平野は低地で水源が乏しく、かつて柳川藩と久留米藩で水の取り合いをしていた」、「掘割は有明海に繋がっており満ち引きがある。昔は掘割の水が綺麗な朝一番に飲料水を確保して、水が引く時間に合わせて洗い物をしていた」、「とにかく田中吉政公が凄い!柳川の父!(※)」といったお話です。
無料でいいのだろうかと恐縮してしまうほどに充実した歴史案内でした。
※田中吉政
近江国出身。石田三成を捕らえた戦国武将であり、初代筑後国主として現在の福岡県筑後地方の交通網・城下町の整備や有明海の干拓、掘割の掘削、殖産興業…等々を行ったスーパーマン。柳川市の真勝寺が墓。
(参考リンク→シニアネット久留米)
大変ありがたいことに、もえもん家には自転車が2台備えてあります。筆者は息子をあちこち連れ回すべく自転車用チャイルドシートを購入し、荷台に装着しました。
もえもん家は中心市街地に位置しているので、日常生活は自転車で事足ります。柳川商店街、スーパーマーケット、ドラッグストア、直売所、公園、市民文化会館、日帰り温泉(総合保健福祉センター「水の郷」)、子育て支援施設など、全て自転車で15分圏内にありました。暑くさえなければ、「中島朝市」も自転車でそれほど苦労せずに行くことができます(筆者が滞在した2025年6月下旬~7月は記録的な猛暑で、体感的にはほぼ毎日気温35℃湿度75%を超えました…)。



また、公共交通は西鉄電車の他にも西鉄バス、堀川バス、市営のコミュニティバス「べにばな号」が通っています。
炎天下、もえもん家から西鉄柳川駅まで自力で行く気力がない時は、バスを利用しました。西鉄バスと堀川バスは市役所前にバス停があり、駅までの路線は2社合わせて1時間に3本は走っていたので、利用しやすかったです。
普段は車を使用せずに生活している方が移住を考える際、「歩いて暮らせるか」という条件は重要でしょうが、柳川市の中心市街地であれば可能であると感じました。標高が低く平らであることも大きなプラス材料です。
(参考→まち歩きマップ)
中心市街地は車なしで生活できることがわかったので、次にレンタカーを借りてみました。大都市圏外での生活は、車があってこそ満喫できるのもまた事実だからです。
結果、行動範囲が大幅に広がりました。筑後市や大牟田市にある大きな公園やショッピングモールへも簡単に行けますし、佐賀空港へ飛行機を見物しに行くこともできます。阿蘇や糸島へ日帰りドライブも可能です。
柳川市は九州の色々な地域へ行きやすい位置にあるため、車があれば簡単に日常生活圏から出られることがわかりました。

お気に入りスポット
私たちが重宝した買い物場所は、柳川商店街にある直売所「よかもん館」です。地元で採れた農産物、海産物(もちろん海苔も)などの他、かまぼこや惣菜、弁当、和菓子も売っており、自炊する時もしない時も訪れました。毎日新鮮な物を安く買うことができて、とても助かりました。そして、来店する度に店員のおばちゃんたちが息子を「かわいさ~」と見守ってくれるので、安心して買い物に行けました。
また、「スーパーまるまつ」では、天然鰻の白焼きが売っていて、衝撃を受けました。天然鰻を出す鰻屋は見かけたことがありますが、日常使いのスーパーにそれが売っているとは。何と贅沢なのでしょう。食の豊かさを感じました。
柳川暮らしつぐ会の方に案内していただいた「むつごろうランド」は夕焼けが絶景と聞いたので、夕方に行ってみました。子供向けの遊具も充実しており、干潟でむつごろうやカニを見ることができました。そしてやはり、夕焼けがお見事(拙い写真ではうまく伝えられませんが…)。弁当を持っていき、空の色彩が移ろうのを楽しみながら食べました。


柳川市には掘割の川下りを運行する会社が7つあるそうです。私たちも一度体験しました。約1時間の乗船では「柳川市内で最も低い視点」から街並みを眺めることができ、船頭さんのお話も楽しく(歌う人もいる)、満喫しました。
また、普段生活していても、ゆったりと船が行く風景を見られるのはとても良いものです。それに、過多ではない数の観光客がいつも市内にいるのは、柳川市の人々の開放的な気質と関係していると思います。

子連れの移住希望者として、絶対に行く必要があるのが「このゆびとまれ」です。こちらは赤ちゃんから3歳までの子を連れて行ける施設で、砂場やビニールプール、おもちゃや絵本などがあります。よその地域でいうところの児童館や児童会館、子育て支援センターなどに当たるでしょう。
しかし、ただの子育て支援施設ではないのです。他と何が違うかというと、とにかく雰囲気が暖かい。「業務感」や「役場感」がゼロなのです。後に聞いたところでは、このゆびとまれは元々お母さんたちの子育てサークルとして始まり、途中から行政が加わって今に至るのだそうです。

親子共々リラックスできる居場所です。スタッフの皆さんの優しさが、訪れる全ての子と親を分け隔てなく包んでくれます。私たちは7回ほど訪れましたが、泣き続けたり怒り続けたりする子は一度も見かけませんでした。
利用者の人々もスタッフの皆さん同様にフレンドリーで、私たちの身の上話を聞いてくれたり、柳川市での暮らしについて教えてくれたり、よくお話ししました。
このゆびとまれは貴重な情報収集の場所にもなりましたし、息子にはマブダチができました。柳川市での滞在を思い返す度に温かい気持ちになるのは、このゆびとまれによる部分が大きいです。
結び
柳川市(福岡・九州)はとにかく人が良かったです。どう良いかというと、開放的で親切です。子連れで歩き回ったおかげで、それがよくわかりました。老若男女問わず、色々な人が息子にかまってくれました。息子は誰彼構わず話しかけるのですが、皆さんが必ず何かしらの反応をしてくれるのです。図書館通いのおじいさん、よかもん館のおばちゃん、公園にいるお姉さんお兄さん、西鉄の職員さん。無視する人は一人もいませんでしたし、向こうから声をかけてくれることもよくありました。
筆者も柳川市では初対面の人とよく話しました。「どこから来たんですか?」「何で移住を考えているんですか?」と遠慮せずに質問してくれる人が多く、こちらも柳川市と周辺の地域事情を遠慮なく聞くことができました。
また、前述の通り、市役所の職員さんも柳川暮らしつぐ会の方々もとても親切で、滞在中は相談に乗って頂いたり自転車のパンクを直してもらったりと、とてもお世話になりました。

「スペック」という言葉が市民権を得て久しい世の中ですが、数値を比べているだけではわからないことばかりです。それは住む場所についても同様。人口、気温、公共交通の本数、スーパーの数、学校・保育園の数等々、数値を用いて比較することはできますが、百聞は一見に如かずです。現地の空気を吸い、水を飲んでみて、自ら何を感じるか。それが移住先を決める際に最も重要でしょう。
柳川市への移住に興味のある方は、是非もえもん家を利用してみませんか。「ここに移住したらどんな暮らしになるかな?」と想像できるようになります。素朴で温かく、胸襟を開きっぱなしの人たちが迎え入れてくれますよ。
