地域と連携した学修。昭和女子大学「地域の加工技術とグローバル優位性」プロジェクト

昭和女子大学では、学生が成長できる環境を提供しようと、社会や集団、組織と関わりながら学生が主体的に課題解決に取り組む「プロジェクト型学修」を推進しています。

そのプロジェクト学修の考え方を重視しながら、昭和女子大学の研究機関「現代ビジネス研究所」で実施しているのが、「地域の加工技術とグローバル優位性」プロジェクトです。

昭和女子大学現代ビジネス研究所は、大学と企業・地域が連携して多様な協働環境を創出し、従来の大学にはない革新的な教育・研究活動を行う拠点として、2013年に設立されました。

外部の方を委託研究員として招き、研究員がそれぞれテーマを設けて研究を進めています。個人で研究に取り組み論文発表する方もいれば、学生を巻き込みながらプロジェクト形式で研究を進めていく方もいます。

「地域の加工技術とグローバル優位性」プロジェクトは根橋玲子研究員がプロジェクトリーダーを務めておられます。燕三条地域の産業現状を把握し、関係者へのヒアリングを通じて、今後10年の地域の在り方をデザインすることを目的にスタートしました。現在は、金沢市も対象に含めて、研究を進めています。

今回は、「地域の加工技術とグローバル優位性」プロジェクトに携わる磯野彰彦教授と1年次からプロジェクトに参加している松田歩美さんに、プロジェクトでの活動を通して学んだことや、生まれた心境の変化などについて伺いました。

プロジェクトの背景

磯野先生(左手前)、根橋研究員(右)

磯野先生:「地域の加工技術とグローバル優位性」プロジェクトは、新潟県燕市と三条市(最寄りの新幹線駅は「燕三条」)にある企業の技術や製品が海外でどのように評価され、差別化を図るべきかということに特に重点をおき、当初は公益財団法人燕三条産業振興センターと連携して調査を進めてきました。

当プロジェクトのリーダーを務める根橋研究員は、これまで地域の産業振興に携わり、多くの企業とやり取りを重ねてきました。燕三条はものづくりの街として知られており、国内市場の先行きが不透明な中、海外への販路開拓のニーズの高まりを感じています。そのなかで、根橋研究員は海外展開戦略会議の専門委員として、「燕三条は地域の中小企業が海外展開を行うために必要な要素はすべて有している」と主張してきました。

理由としては、まず1つ目に、燕三条地場産業センターやジェトロ新潟を中心に、燕三条地域を海外にアピールするため、海外展示会への出展やミッション派遣、海外視察などを通じて、地域ブランドの向上に尽力してきたことが挙げられます。

2つ目は、燕三条地域には元気な後継者社長や若手経営者を中心とした企業間ネットワークが多数存在しており、地域産業を活性化させるために、後継技術者や若手人材の育成を行うグループも多く存在します。

3つ目は、燕三条地域は地理的に中国、韓国、ロシア、台湾に近く、昔から海外と人や企業、モノの交流が盛んに行われてきました。そのため、企業規模を問わず、海外展開については比較的高い関心を持っています。このように「ものづくり」や「海外との接点」に関して、燕三条は高い優位性を有しています。

一方で、金属加工技術や企業が集積しているがゆえに、個々の企業が持つ技術の優位性が見えにくいという課題もあります。また、特定の技術に関しては、伝承者の育成が十分に行われていない点も課題です。

このような背景のもと、燕三条地域の産業の現状を把握し、10年後の地域の在り方をどのようにデザインしていくのかということを関係者へのヒアリングを通じて研究することを目的に「地域の加工技術とグローバル優位性」プロジェクトがスタートしました。

地方創生への関心からプロジェクトへの参加を決意

松田さん

――なぜこのプロジェクトに参加しようと思われたのですか。

松田さん:在学中に授業以外で何か取り組めることがないか探していたところ、このプロジェクトで地方の学生を募集しているのを目にし、興味を持ちました。

また、高校時代から地方創生に関心があったことも参加を決めた大きな理由です。私は長野県伊那市の出身で、シャッター街となってしまった地元の商店街をどのように復活させるのか、高校の授業で考える機会がありました。これをきっかけに地方創生に興味を持つようになり、地元以外の地域でどのような取り組みが行われているのか知りたいと思い、プロジェクトに参加しました。

磯野先生:当プロジェクトは、対象を地方出身者に限定しているわけではありませんが、プロジェクトリーダーである根橋研究員の思いとして、地方から出てきて本学で学んでいる学生を優先的に採用したいということで、地方出身の学生を多く選んでいます。

企業の声を通して見えた「燕」と「金沢」独自の強み

画像引用元:(一社)燕市観光協会

――1年次からプロジェクトに参加されていますが、どのような活動をされてきたのですか。

松田さん:一昨年と今年は実際に燕を訪れ、企業の経営者の方々に燕の特徴や強みについてヒアリングを行いました。そして、自分なりに燕の強みをまとめて 4月に行われた研究所の発表会で発表しました。昨年は金沢で同様にヒアリングを行い、内容をまとめて今年の4月に発表を行いました。

――松田さんからご覧になって、燕の強みはどこにあると思われましたか。

松田さん:燕は昔から金属加工で有名な街で、金属加工企業が集積しています。企業同士の連携が非常に強固で、そのつながりを支えているのが「つばめいと」という組織です。
ものづくりを行う際は、「つばめいと」がさまざまな企業を結びつけ、各社が協力して新たな製品を生み出せる体制が整っています。

また、「つばめいと」では企業と学生をつなぐために、インターン生向けの宿泊施設を用意し、燕のさまざまな企業でインターンシップを経験できる環境を整えています。既存の企業間の連携に加えて、新たな人材を取り入れる取り組みも積極的に行っているところが素晴らしいと感じました。

――金沢についてはいかがですか。

松田さん:金沢は伝統産業への強い誇りを感じました。 長い歴史を持つ酒造メーカーの「福光屋」にお話を伺ったのですが、福光屋では酒造りの技術を活用して化粧水など美容系の商品開発にも取り組んでいるそうです。伝統を守るだけでなく、新たな形で金沢の伝統を世の中に広めていこうとする姿勢が非常に素晴らしいと感じました。

――活動の模様についてはプロジェクト情報サイトS-LABOでも発信されていますが、拝見して内容が詳細に分かりやすく書かれていると感じました。文章で伝えることはもともと得意だったのですか。

松田さん:もともとは、それほど得意ではありませんでした。1年生の初めに書いたレポートを見返すと、少し恥ずかしく感じます。言葉遣いや企業の説明と感想のバランスなど、書き方について磯野先生に細かくご指導いただいたおかげで、何とか書き上げられるようになりました。

磯野先生:私は毎日新聞の記者をしていた経験があり、S-LABOに載せる原稿を時々添削しています。ただ、添削といっても、例えば最初はあまり感想を書いていなかったので、「感想も書かないと読んで読んでもらえないよ」といったアドバイスをする程度です。文章自体は学生が書き上げています。

地方の魅力に触れ、地元に対する見方にも変化が

現代ビジネス研究所 2024年度学生プロジェクト中間発表会

――地元を離れ大学から東京での生活を始められて、何か心境の変化はありましたか。

松田さん:最初は都会の方が便利で遊ぶ場所も多いので、20代のうちは東京でキャリアを積んで、地元に戻ろうと思っていました。しかし東京での生活を続けるなかで、東京と伊那市の違いが明確にあるわけではないのですが、帰省するたびに時間の流れや空気感が違うなと感じるようになりました。そして、自分らしく過ごせるのは地元なのかもしれないと思うようになりました。

もともと自分の中で都会がすごくて田舎はダメというような感覚が、なんとなくあったことにも気づきました。伊那市には、友達と一緒に買い物を楽しめる場所も少なく、自分が進学したいと思う大学もありませんでした。当時は、「東京に行くしかない」という気持ちで東京の大学への進学を決めました。

しかし当プロジェクトを通じて、燕や金沢など地方にもそれぞれ強みがあることを知り、地元の伊那市にも良いところがあるのではないかと地元の良いところを探すようになりました。「寂れているからダメ」と決めつけるのではなく、今あるものを見つめ直そうという気持ちになったんです。

――プロジェクトを経験して、進路に対する考えも変わりましたか。

松田さん:プロジェクトを通じて、卒業後も同様の活動を続けたいと強く思うようになりました。また、企業へのヒアリングを通じて、企業の方々の思いや抱える課題に触れる中で、中小企業を支える仕事に就きたいと考えるようになりました。

当初は、せっかく東京の大学に進学したので「東京で就職しなければ」と思っていましたが、就職活動の際には地元の長野県の企業についても詳しく調べ、最終的に地元の銀行に就職することを決めました。

――卒論はどのようなテーマで書いているのですか。

松田さん:「地方の工場誘致の有用性」について書いています。

――まさにこのプロジェクトと関連した内容ですね。

松田さん:関連する部分はあると思います。地元では少し前から工場誘致に力を入れているのですが、地元の市役所にヒアリングを行い、事例を一例として取り上げようと考えています。

――大学の4年間で、色々と視点が変わってきたんですね。

松田さん:そうですね。ただ、最初から「地方創生に関わりたい」という気持ちはずっと変わっておらず、学びを深めることができたと感じています。