岐阜女子大学では、建設業を目指す学生に座学では得られない実践的な学びを提供しようと、2004年から「特別プロジェクト実習」をスタートしました。現地調査から提案、設計、施工、維持管理まで、建物が完成するまでの一連の流れを学べるようになっており、実践的な学びを求めて入学する学生も増えています。
今回は特別プロジェクト実習を通して得られる学びや受講者の変化、進路等について、担当の森田実沙先生にお話を伺いました。
森田 実沙 先生
生活科学科 住居学専攻 講師
民間企業で設計や施工管理を経験。実務経験を活かして大学で指導を行っている。
専門分野は住宅計画。
研究テーマ
・自然環境、空間デザイン、多方面から考えた居心地の良い空間づくりの研究。
・多様化する社会問題から考える住空間のあり方の研究。
座学では得られない実践的な学びを
――先生のご専門について教えていただけますか。
木造の住宅に関する教育を中心に行っています。大学に入る前は一般企業に勤務し、設計や施工管理に携わっていました。その実務経験を活かして、現場で役立つ教育を行っています。
――建物が完成するまでの一連の流れを学べる「特別プロジェクト実習」を実施されていますよね。女子大学にはあまりないプログラムだと思うのですが、どのような経緯で特別プロジェクト実習が始まったのでしょうか。
家政学部生活科学科住居学専攻学で学んでいる多くの学生たちが、将来的に建築士やインテリアコーディネーターといった方面への就職を目指しています。
ただ、建築やインテリアをという分野は、なかなか座学では理解できない部分もあるんです。そこで、座学だけではなく体験を通して学べる機会を学生たちに提供するため、2004年から特別プロジェクト実習を開始しました。
私自身も以前民間企業で働いていた時に、現場や実務を通して「大学時代に学んだのはこういうことだったんだ」と理解できたことがありました。
特別プロジェクト実習では実際に工事をしたり、職人さんや外部の方に指導をいただいたりする機会もあります。そういった社会に出てから必要となるコミュニケーションも含めて、実践的な学びができるプロジェクトになっています。
実務に近い経験が積める
――特別プロジェクト実習では、具体的にどのようなことが学べるのでしょうか。
当実習はその時々に応じた内容で進めており、単年度で終わらず、2〜3年にわたって行うこともあります。
最初に行ったのが「実習棟建設プロジェクト」です。特に岐阜周辺では木造建築が多いため、まずは建設実習を通して木造建築に対する理解を深めようということで、このプロジェクトを企画しました。学生が教員と一緒に設計から行い、実習棟を完成させました。
現在、この実習棟は内部構造が見えるようになっており、部材の説明に授業で活用することもあります。そのため、「実習棟」という名前がついています。
その他には、リフォームプロジェクトがあります。学生がキャンパス内でリフォームが必要な箇所を調査し、大学側にプレゼンテーションを行います。許可が下りれば、実際に工事を進める流れになります。こちらも実務に近い経験が積めるようになっています。
必要とされる女性ならではの視点
――女性ならではの視点や発想を取り入れることも重視しながら、指導にあたられているのですか。
特別プロジェクト実習の一環として、産官学連携で公営住宅のリノベーションの提案を行うこともあります。
その際は、特に若い女性の視点で提案してほしいと、行政から求められることが多いんです。なぜかというと、若い学生だからこそ既成概念にとらわれずにアイデアを出すことができたり、家庭で過ごす時間が多い女性ならではの気づきがあったりするからです。
例えば、バリアフリーに関して、祖父母と同居している学生が自らの経験を通して、気がつくこともあるんです。
また、施工=男性というイメージは業界的には少しずつ薄れてきていますが、依然として根強く残っている部分もあります。実際に現場に出るとほとんどが男性ということもありますし、固定観念を払拭したいという思いがあります。
視野が広がり進路も広がる
――特別プロジェクト実習を通して、学生の成長は感じられますか。
コロナ禍の影響で、直接他者と接する機会が少なかったこともあり、正直なところコミュニケーションが苦手な学生も見受けられます。最初は、職人さんに対して少し怖さを感じることや、どのようにコミュニケーションを取ればよいのか分からないこともあると思います。
しかし、実習を重ねるうちに、指導してくださる職人さんや外部の方と少しずつコミュニケーションが取れるようになっていく姿が見て取れます。「良いものを作る」という共通の目標に向かって一緒に作業に取り組んでいく中で、分からないことがあれば積極的に職人さんに質問するなど、上手くコミュニケーションが取れるようになっていきます。
指導してくださる方は年配の男性が多いのですが、学生が質問すると喜んで答えてくださいます。
――社会に出てからも、特別プロジェクト実習での経験が役立ちそうですね。
当実習を通じて、学生たちは建築に対する理解が深まり、実際の職場をより具体的にイメージしやすくなります。将来を考える上でも役に立つ、貴重な機会になっていると思います。
また、それまでは漠然と建築やインテリアに興味を持っていた学生が、特別プロジェクト実習を通じて「意外に現場も楽しそう」と感じるようになり、実際に現場監督として就職する学生もいます。このように、実習を通じて学生の視野が広がり、新たなキャリアへの道が開けることもあります。
これまでは建築やインテリア業界で働くとなると、設計やインテリアコーディネーターなど、既に多くの女性が実際に働いている職種への就職を目指す学生が多かったのですが、特別プロジェクト実習を続けてきたことで、「女性が現場で活躍するのは難しい」という固定観念は確実に変化してきています。
――女性の現場進出が進むことは、大きな意義があるように感じます。
現在、建設業界だけでなく、国全体で女性の活躍を推進する動きが進んでいます。例えば、昔は建設業の現場のトイレ等は汚なく使用するのに抵抗感ありました。今では特に大きな現場では女性専用のトイレが設置されたり、働く女性が増えてきたことで全体的に非常に綺麗になっています。
こうした環境の改善も、女性の働きやすさにつながっていると思います。
就職にもプロジェクトでの経験が生きる
――特別プロジェクト実習で学んでいる最中の学生さんや卒業生の皆さんからは、どのような声が挙がっていますか。
2004年から当実習を創設して以来、大学の敷地内での建設や産官学連携でリノベーション等に取り組んできました。今では、「こんな活動をしたい」「体を動かして学びたい」という目的で入学する学生も増えており、そうした学生たちは非常にやりがいを感じているようです。
卒業生たちからは、「特別プロジェクト実習での経験が就職に繋がった」という声をよく聞きます。従来型の座学の課題では、自分なりに考えて設計やデザインを行い、作品を作り上げていきます。もちろんそれも重要なことなのですが、基本的に在学中は絵に描いた餅で終わってしまうんです。
一方、特別プロジェクト実習では、自分たちのアイデアが採用されて実際に建物のリノベーションを行うなど、形として残る経験ができます。そこで大きなやりがいを得て、進みたい道が明確になり、就職に繋がったという話を学生から聞いています。
――特別プロジェクト実習での経験は、就職の面接でも話しやすいですよね。
結構話題にしやすいようです。実習での経験を話すと、企業の方からも驚かれることが多く、話題性もあるようです。
――進路としては、建設業界に進む学生が多いのですか。
最近は本当にありがたいことに、建設業界を楽しいところだと思ってくれるようで、 ほぼ100%の学生が建設業界に就職しています。1年生のうちは目指すものがまだはっきりしない学生もいますが、実習を通じて自然と建設業界を目指すようになっていきます。
私たちとしても、教え甲斐がありますし非常に嬉しく思います。
視野を広げ、まちづくりにも携わっていきたい
――今後のビジョンについてお聞かせください。
これまでさまざまな取り組みを行ってきましたが、最近はリフォームやリノベーションのニーズが増えています。そのため、これらの分野をさらに強化していきたいと考えています。また、単なるリフォームやリノベーションではなく、環境に配慮した取り組みを進めていきたいと考えています。
また、産官学連携の一環として、公営住宅のリノベーションや住戸の一室、さらには木造の一戸建てのリノベーションを行う機会も多くあるのですが、これからは建物だけでなく、例えば、商店街を活性化する上で、リノベーションの考え方や技術が必要とされることもあると思います。そのため、今後は視野を広げて、特別プロジェクト実習でまちづくりにも携わっていきたいと考えています。
本学を含め、岐阜県内の4年生大学には建築学科がありませんが、本学の住居学専攻を修めれば建築士の受験資格は得られますので、学生には頑張ってほしいですね。