女性研究者の支援に定評のある岩手大学が行う地域貢献。「女性のキャリア形成支援リカレントプログラム」

岩手大学ダイバーシティ推進室に所属し、特任研究員・UEA(Universal Education Administrator)として活躍されている佐藤淑恵さん。

民間企業で研究職に従事されていた経歴と、キャリアコンサルタントの資格を活かして、女性のキャリア支援に力を注いでいらっしゃいます。

岩手大学では、「若者の地域外への流失」という地方が抱える問題に取り組むべく、県内で働く女性を対象とした「女性のキャリア形成支援リカレントプログラム」を2018年にスタートしました。佐藤さんは本プログラムの企画・開発から運営までを担っています。

地域が抱える様々な課題に直面しながらも、これまでプログラムを通して多くの女性の能力開発とキャリア形成を支援してきた佐藤さんに、プログラムの立ち上げから今日に至るまでのストーリーを詳しく伺っていきます。

岩手大学が進める男女共同参画推進

岩手大学は、15年ほど前から男女共同参画推進に積極的に取り組んでおり、特に女性研究者の支援においては高い評価を得ている教育機関です。

私はもともと理系出身で、民間企業で研究職に就いていました。国家資格であるキャリアコンサルタントを有していたこともあり、これまでの経験と専門性を女性研究者のワーク・ライフ・バランス支援などに活かせると考え、岩手大学ダイバーシティ推進室の前身である「男女共同参画推進室」に就職をしました。

リカレント教育プログラムのスタート

岩手大学では、令和元年度に生涯学習指針を策定し、それまで各学部等で個別に開催していた芸術、スポーツ分野等の各種公開講座、社会人学び直しプログラム等を体系化し、社会人及び企業等のニーズに応じた実践的・専門的型プログラムをリカレント教育プログラムとして位置づけました。
また、地域社会教育推進室が中心となり、地域ニーズに基づく新たなプログラムの実施を進めています。

地域課題に対応するプログラムの発足

岩手県が抱える課題の一つに、若者、特に女性の人口流失が挙げられます。

これまでダイバーシティ推進室が進めてきた、女性研究者の両立支援・研究支援の実績を、地域の女性にも広げていけば、地域課題のニーズにも対応できるのではないか。県を代表する高等教育機関としての使命もあり、地域課題に対応する人材育成プログラムの開発という構想が生まれ、2018年に「女性のキャリア形成支援リカレントプログラム」が発足しました。

スタートアップ支援や職場復帰の支援など、女性支援といっても様々なかたちがありますが、まずは県内で働いている女性を対象に応援をしていこうということで本プログラムはスタートしています。地域の女性が能力を発揮し、キャリア形成ができるよう応援するとともに、女性管理職を増やしていくことによって、地域の事業所が活性化することを目標としています。

乗り越えなければならない課題

都内や地方中枢都市などに目を向けると、女性活躍推進のためのプログラムや教育機会はとても多いと思います。ですが、現実的に岩手から仙台などへ足を運ぶにも、費用と時間がかかります。また、岩手の女性の傾向として、控えめで奥ゆかしい方が多いんです。機会を得られれば活躍できる能力があるのにも関わらず、「私なんか」と皆さん遠慮されてしまう。そのため、都会でやっているセミナーをそのまま持ってきて受けていただこうとしても、いわゆる「バリキャリ」に対して気後れや抵抗感をもってしまう方が多いという課題がありました。

さらに、県内の状況として、女性の就業率は高いものの、四年制大学や大学院への進学率がとても低いのです。女性の教育となると二の足を踏んでしまう企業が多いというのも現状です。そのため「大学でプログラムを受ける」ということに対して高いハードルがありました。

今でこそ時代状況や人の考えは変わっていますが、当時は岩手の人に合わせたやり方・内容でないといけないというところで、プログラムをゼロから作り上げていく必要がありました。そもそも、そういったプログラムやセミナーに女性に出席してもらうということ自体が大変でしたね。

地域に合わせたプログラム開発

岩手大学だけでプログラムへの参加を呼びかけるには限界があったため、女性活躍推進への関心が高い自治体にも協力を呼びかけ連携をしていきました。自治体を巻き込んでプログラムを進めていくことで、広報活動にもご協力いただき、参加者を増やしていくことにつながりました。

当時、岩手県や盛岡市も女性活躍推進をテーマにしたセミナーを行ってはいたものの、単発開催のものがほとんどだったんです。学びを定着していきたいという考えがありましたので、連続講座とすることも企画の一つとして取り入れました。

2018年にお試し講座を2回実施し、2019年には現在のベーシックコースの前身となる全5回の連続講座が開講します。参加してもらうハードルを低くするため、開始から数年は受講料を無料としていました。

オンライン開催がもたらした効果

2020年にコロナ禍となり、やむを得ず講座をオンラインへと移行しました。参加者同士の交流を大切にしていた講座だったので、どういった開催にすべきか、この時はかなり試行錯誤を重ねました。コロナ流行の合間をぬって対面を取り入れたハイブリット開催をしたりもしましたが、骨を折りましたね。

一方で、コロナ禍での実施がプラスに作用したこともありました。オンラインが普及するにつれ、岩手県内全域から参加者が集まり、盛岡圏域外からのニーズにも応えられるようになったのです。岩手県はかなり広く、盛岡まで車で2時間半という地域も少なくありませんので、そういった参加者がオンライン講座によってつながったということは嬉しい効果でした。

その結果もあって、「ロールモデル紹介をうちでもやってほしい」といくつかの自治体から声がかかることになり、2024年度は県内4エリアで出張講座を開催するに至りました。このエリア別のロールモデル紹介については、単回受講もできるようにしています。一度参加するとプログラムの良さが伝わるので、次の年からの講座受講にもつながっていくと考えています。

ベーシックコースの定着

プログラムの立ち上げから内容や開催方法は変遷していますが、毎年ベーシックコースを開講し、多くの働く女性が受講しています。

現在は全4回講座として開講しており、原則すべてのカリキュラムを連続受講するスタイルとなっています。

2024年度のカリキュラムは次のような内容を実施しています。

講義

ダイバーシティや女性活躍推進に関する初歩的な知識を学ぶ。

ロールモデル紹介(開催地:盛岡/二戸/北上/大船渡)

現役で活躍する女性リーダーをゲストに迎えて行う講演と交流。

実践的スキルアップ

職場でのコミュニケーションスキルを習得するセミナー。

成果報告会(閉講式)

リカレント教育の入り口として気軽に受講できるように、ベーシックコースは受講料を低く設定しています。また、業種や職種、職位に関わらず、働く女性が誰でも受講できる講座として門戸を開いています。

アドバンストセミナーの誕生

コロナの落ち着きもみえてきた2022年、修了生から「上級編も作ってほしい」という声が上がってきました。ベーシックコースに関しては、新入社員から管理職まで幅広い職階の女性が受講していますが、受講後に職位が上がった方も多く、リーダー同士でも学びや交流を得たいと、もう一段階上のカリキュラムへの要望が高まってきたのです。

草の根活動ばかりではなく、大学ならではの専門性の高いリカレント教育プログラムを実施したいという大学の展望もあり、アドバンストセミナーが誕生することとなりました。

2024年度のアドバンストセミナーは全3回、次のようなカリキュラムとなっています。

男性管理職と学ぶダイバーシティセミナー

女性活躍推進を積極的に行っている仙台の中小企業の代表による講演。

知識習得セミナー

岩手大学の教員が講師となって、岩手大学の教員が講師となって、専門的に研究していることを参加者へ伝える。管理職として幅広い知識を取得し、社会情勢を知ることや、様々な物事を俯瞰することができるようになるのが狙い。

社会人基礎力セミナー

リーダーとしてスキルアップしていくためのセミナー。

毎年実施するカリキュラムについては話し合いを重ね決定しているのですが、今年度の第一回カリキュラム「男性管理職と学ぶダイバーシティセミナー」については、これまでのプログラムを通して見えてきた課題にアプローチする内容となっています。
まず、地方の中小企業という身近なモデルケースを取り上げることで、参加者に女性活躍推進の取り組みを身近に感じてもらえるようにしました。

また、女性活躍推進を実現するためには男性管理職の理解が必要不可欠であることから、この回については男性も参加対象としています。職場でのキャリアアップ・自己実現の一環として、ぜひ受講生のみなさんには男性管理職に働きかけて、一緒に参加していただきたいですね。

交流から生まれる化学反応

先程も申し上げた通り、本プログラムは交流を大切にしたカリキュラムとなっています。

講座で何度もコミュニケーションをとるため、プログラム終了後も参加者同士の関係が続いたり、お仕事でつながったりという相乗効果があちこちで生まれています。

岩手県には「働き方改革アワード」という表彰制度があり、過去に受賞された企業の女性リーダーに登壇をしてもらったことがあるんです。講義で聞いた取り組みを自社に持ち帰り、数年後受講生の会社がアワードを受賞するということもありました。

ロールモデル紹介のゲストとして、以前の受講生に登壇してもらうこともあります。プログラムが循環しているという実感があり、やっていてうれしいなと感じる瞬間ですね。

ロールモデルとして取り上げる方は、肩書きの大きい方ではなく、あえて30~40代の受講生の少し先のキャリアを築いている先輩ゲストを招いています。ゲストや受講生が交わるグループトークの中では、お互いがメンティー・メンターとなりながら話題が展開していきます。誰かが抱える些細な問題についてみんなで意見交換を行い、色々な角度からの解決案があがっていくんです。

例えば、「うちの会社はお茶汲み制度がまだあるんです」という悩みが提示された時に、「いやいや『そんなの時代遅れだ』って言いなよ」「そんなこと言えません…」「じゃあ、このプログラムに参加したことを出汁に、『岩手大学のプログラムではこんな風に言ってましたよ』という言い方にしてみれば?」「それなら頑張れば言えそうです!」といったような、たとえ些細なことでも皆さんが少しずつ活躍できるようになる為のきっかけ作りの場となっています。

そんな化学反応がいくつも生まれていて、モチベーションアップにつながったという受講者のエピソードを聞くことが、私たち主催者の励みとなっています。これからもそういったことを積み重ねて発展していきたいと思っています。