都市化やデジタル化が進む現代社会では、子どもたちが身体を使って直接何かに触れる経験、特に「自然体験」の重要性が高まっています。そのようななか、「森のようちえん」などの幼児期の子どもを対象とした自然保育・教育が注目されています。
東京などの都心部では緑がある場所は限られており、子どもたちが自然に触れる機会がますます減っています。そんな東京で子ども達の自然体験プログラム(森のようちえん)を開催している東京家政学院大学の佐藤冬果助教に、運営する上での想いを伺いました。
佐藤 冬果 先生
東京家政学院大学 児童学科 助教
研究分野は野外教育・大学教育。筑波大学 人間総合科学研究科 大学体育スポーツ高度化共同専攻修了、博士(体育スポーツ学)。2021年度より現職。
子ども時代のキャンプ体験の意味(修士論文)や大学体育としての野外教育(博士論文)などの研究テーマを経て、現在は保育者・教員養成課程における野外教育の意義について「森のようちえん」活動の実践を通じて探究している。
東京家政学院大学の「森のようちえん」について
――活動を始められて11年ということですが、どういう狙いがあって始められたのでしょうか。
私の前任者である金子和正名誉教授が本学の「森のようちえん」を始められました。先生の定年退職のタイミングで私が着任して、活動を引き継いで今年で4年目になります。金子先生のご専門が「野外教育」だったということ、また本学の児童学科は現在、保育士、幼稚園教諭、小学校教諭、特別支援教諭の四つの免許のうち三つを選んで取得できるのですが、保育者や教員を志している、子どもとの関わりに意欲的な学生さんがいるということ、加えて、町田キャンパスの自然環境がとても豊かだということ。この三つをかけ合わせた活動をしたいという想いで、森のようちえんをスタートされたと聞いています。
――佐藤先生のご専門も野外教育ですか。
そうなんです。実は同じ筑波大学の野外運動研究室というところの出身で、金子先生は大先輩に当たります。その研究室の先生方や学生達は、夏になると小学生向けにキャンプを主催するんです。 私の父も同じ研究室出身という縁もあり、子どもの頃からそのキャンプに参加していました。そのときから自然体験をたくさんさせてもらって、野外教育の力や、どういう成果が出るかわからない教育の面白さにすごく惹かれて野外教育の道に進みました。
裏山の豊かな自然の中で行う活動
――森のようちえんでは、どのような活動をしていらっしゃいますか。
大学の近隣に住む年少〜小学3年生を対象に、月1〜2回活動をしています。今年度は全12回の開催なんですが、各回に一人、学生の担当者を決めるんです。その学生が季節などを踏まえて私と相談をしながら活動内容の企画をし、当日の活動を主導する形をとっています。
キャンパス内の裏山には竹林があったり、起伏に富んだ1kmくらいの散策路があったりするので、春にはタケノコ掘りが定番になっています。散策路を歩きながらいろいろなミッションに挑戦する企画や、良い匂いがするものや顔に似ているものなど、自然の中からお題に沿ったものをビンゴ形式で探しながら散策する企画もありました。焚火もよくやりますね。みんなに大人気です。今年は食物学科さんから畑の一画をお借りしてサツマイモを育てているので、そろそろ芋掘りして焼き芋にするプログラムを学生が持ってくるんじゃないかな、と思います。
年に1回、お泊りキャンプもしています。薪を集めて、かまどでご飯を炊いてテント泊して。そういうことも学内でできる環境なんです。
森のようちえんに関わる学生たち
――学生さんがプログラムを考えるのも、実践的でいいですよね。
本学では3年生になると、園や学校、社会福祉施設へ実習に行くのですが、そのとき一日の指導案を書くことになるんです。でもその前に実際に人前に立って集団を動かす経験って、なかなか積めないですよね。だから森のようちえんで、その日の活動の流れやタイムマネジメントを自分の責任で考える一日を過ごすことに、とても意味があると思っています。
また、参加者である約30名の子ども達は5~6名ずつの班に分かれていて、そこに2~3名の学生が付く形で活動しています。基本的に班ごとの活動なので、細かいマネジメントや判断は班担当の学生に任せています。それぞれの班で、安全管理や子どもの様子に注意を払いながら、企画担当学生が提示したプログラムを一緒に体験します。とはいえ、一緒に過ごすなかで自然と生まれる遊びなどもあるので、班ごとにそれぞれ楽しんでいます。
――ちなみに、この森のようちえんに参加する学生さんたちは単位のためではなく自発的に参加されるのですか。
両方ですね。活動に参加することで単位認定される授業が各学年にあるのですが、単位自体は最低3回の参加で取れるんです。年間12回全部に来なければならないわけではないんですよ。
実習や体調不良もあるので来られるときに来てね、という形にしてあるのですが、参加しないとやっぱり子どもたちとの定期的なかかわりが持てないし、参加しなかった季節の活動は経験できないことになります。実際、毎回10~20人の学生が来てくれていて、中には入学以来一度も休まずに参加している学生さんもいます。みんなが3回ずつしか来なかったら運営が回らないので、そういった学生のパワーにすごく支えられている活動ですね。
――じゃあ、学生さんたちからもすごくいい活動だという声が上がっていそうですね。
私の前ではそういうふうに言ってくれていますけどね(笑)。
入学した当初は人見知りで子どもと何を話していいかわからなくて、遠慮がちに一歩引いたところで子どもを見守っている学生がいました。「何かしなきゃ」と周りで動いてはいるけど、子どもに対してなかなかアクションができないタイプだったんです。でも今は上級生になって、しっかり前に立って大きな声で集団をリードできるようになりました。初めての子どもにも、笑顔で声をかけることができるようになったんです。
その学生さんが先日実習に行ったのですが、「森の活動をやっていなかったらどうなっていたことか」と言っていました。もし実習に行くまで全然子どもたちと関わったことがなかったら、困ってしまう学生もいます。やっぱり「森のようちえんで子どもと関わることに慣れていたから実習に抵抗なく行けた」と学生の多くが言ってくれますね。
――参加される学生さんは、みんな幼稚園教諭などの資格を取るために参加されているのですか。
そうですね。児童学科に入学してくる学生は、かなりの割合で保育士、幼稚園教諭、小学校教諭、特別支援教諭のうち複数の免許取得を目指しています。森のようちえんに参加した学生さんも、卒業後はほとんどがそれらの子ども関係の職に就いていますね。みんなやっぱり子どもたちとの関わりを求めて来ているんだと思います。
でも中には野外活動が好きだから森のようちえんに参加したいっていう学生もいますよ。
希望があれば高校生の参加も
――高校生も参加できるとホームページに書いてあったのですが、どういう高校生が参加しているのですか。
大きく分けて三つのパターンがあります。
まず一つが、本学への入学を検討している高校生ですね。児童学科を志望していて、森のようちえんを事前に見てみたいという方。
二つ目が近隣の高校生で、冬休みや夏休みにボランティア活動に行ってみたいという生徒さんが、「子どもが好きなので森のようちえんに来ました」というときがありますね。
三つ目は森のようちえんの卒業生というケースです。前任の金子先生がいらしたときの幼児さんが今ちょうど高校生になっているので、森を懐かしみながら後輩たちを見守ってくれます。とてもいいサイクルだなと思います。
高校生が来てくれると、「下手なところを見せられない!」と学生たちがシャキッとする気がするんですよ(笑)。それに子どもたちも自分に近い年齢のお兄さんやお姉さんが来ると嬉しそうですし。高校生が来ることでいろいろな人がその場にいる面白さがさらに増すので、子どもに興味があるとか自然体験をしてみたいという高校生にはぜひ来てほしいです。本学への入学を検討してくれていたら嬉しいですが、そうじゃなくても、体験しに来てもらえたら嬉しいですね。基本的に人数とタイミングとプログラムが合えば、どなたでもOKです。
保護者にとっても意味のある活動に
――保護者の方はこの活動をどのようにご覧になっていますか。
学生が一生懸命取り組んでいることをご理解いただいて、見守ってくださっているように感じています。活動の日は、保護者の皆さんはお子さんのお迎えまで自宅に戻られたり、歯医者の予約を入れたり、お菓子を持ち寄って食堂の一画でお話をして待っておられたりします。そうやって活動の時間が保護者の方々のちょっとした休憩になることは、我々としても嬉しいことです。森のようちえんの時間がご家族にとっても意味のあるものになれば良いなと思っています。
タケノコ掘りをするときなどには、保護者の方も一緒に森に入ってもらって、学生と保護者とお子さんとが一緒にコミュニケーションを取りながら活動する機会を作っています。そういうときは保護者の方も楽しそうにしてくださるので、森の活動の楽しさを保護者の方にもご理解いただいているなと感じます。
都会にある野外教育のパラダイス
――本当にいろいろな活動ができるくらいキャンパスが広いんですね。
そうなんです。本学の住所は町田市ですが、ちょっと坂を下るともう数百メートル先は相模原市で、山を何百メートルか上がっていくと八王子市になるという県境にキャンパスがあります。すごくざっくり言うと高尾山のふもとですね。
自然も豊かで、広葉樹も針葉樹も生えていますし、いろいろな生き物が住んでいます。それがすごく魅力的です。
この町田キャンパスは教育のパラダイスだと思っています。ハチがいたりヘビがいたりしてたしかに怖さもあるんですが、その怖さってどこにいても絶対に排除できないものですよね。だから学生たちはここで適切に自然と関わる経験を積んで、将来赴任した各現場でそれを実践してほしいと思っています。
実は、世の中では自然体験を謳っていながら、屋内でできるようなことを外でやっているだけの活動もあります。起こることを大人がコントロールしていたり、危険を排除しすぎていたり。
屋内でできることを場所を変えて行うだけの体験ではなくて、子どもたちが自然と関わって、その中での危なさとか楽しさとかを一緒に体験できる。学生には将来、そんな活動を先生として各地でやってくれたら嬉しいなと思います。本学ほど恵まれた環境というのはなかなかないと思うんですけど、ちょっとした公園とか園庭とかの自然を少しでも取り入れたいなっていう気持ちを持ってくれたらなと。
――貴学はそんなに都会に近いところで自然のなかでの教育ができるというところが面白いですよね。
もうちょっと都会に行くと山が遠かったり火の扱いが難しかったりするんですが、ちょうどいい距離で野外教育をやらせてもらえている奇跡的な場所ですよね。
都心の養成校の先生とお話しした際にお聞きしたのですが、ビル街でのキャンパスでは、外遊びの実習で公園に行くとしても、大勢で公園に行くので学生の声が騒音にならないように、場所を独占しないように、とかなり気を遣うとお聞きしました。マッチ一本擦ろうものなら大騒ぎになると。
このようなお話を聞くと、本学は自然と思いっきり関わる体験ができて、これからの時代すごく貴重な場所になっていくんじゃないかなと思います。
――貴学の学生さんは、首都圏ご出身の方が多いんですか。
そうですね。自転車で通うくらい近所から来る学生もいますし、バスが出ている橋本駅は新宿まで一本で繋がっているので、調布や府中、そして立川の辺りからもたくさん来ています。あとは山梨方面ですね。八王子まで一本で来られるので。地方から出てきて一人暮らしの学生さんもいます。
――都会から来ても、自然豊かなキャンパスで森のようちえんに参加できるんですね。
ネイルをキラキラさせている都心から通う学生が薪割りする姿はすごくかっこいいですよ(笑)。もちろん山に慣れている学生もいますし、そういった学生同士が森で一緒に活動するのはいいですよね。自然に対する反応も、虫が得意な人もいれば苦手な人もいて。それが面白いし良いんじゃないかなと思いながら見守っています。
自然に任せて学ぶ
自然の中にいれば、こちらが何かを提供しなくても自然が勝手にイベントを提供してくれるので、大人が意図しない学びがあります。もちろん何の準備もせず森に入るのではなく、本学の活動は学生のトレーニングの側面もあるので、仕掛けやきっかけとしてのプログラム作りを学生さんに依頼することもありますし、事前にしっかり安全確認をします。でも企画担当の学生が事前に決めすぎずに自然に任せることも少しずつ増えてきました。学生さんたちは、不安だと全部準備したくなっちゃうんですよね。子どもたちに何か提供するにも全部仕掛けたくなっちゃう。そうやって足そうとするところを、私が「いや、自然に任せればいいよ」って引いている感じですね。
裏山の散策路は上からいっぱい枝が落ちてきていたり、道が枝でふさがっていたりするんですけど、片づけなくて良いという方針で活動しています。そういったものに子どもたちがどう対処するかも一つのイベントになるので。躊躇せず乗り越えようとしたり、小学生が幼児さんの為に障害をどけてくれたりするんです。
本学の森のようちえんは小学3年生まで参加できるんですが、前年度の上級生の子たちがやっていたことをちゃんと下級生の子たちが見て学んでいて、次はその下級生だった子たちがまた同じようなことをやってくれるんです。「あ、見てるんだな」と思って。大人から指示はしないんですが、お兄さんやお姉さんがやってくれたことを覚えているんですね。
こうやって、山の中で人と関わるからこその育ちに力を入れていく機会になればいいなと思っています。
子どもにとっても学生にとっても意味のある活動
――森のようちえんの活動を貴学で行う中で、どういうところに良さがあるとお考えですか。
二つの観点からお話をしたいのですが、一つ目は子どもたちから見た良さです。1年間通っていると、子どもたちも森に慣れてくるので、季節の変化も肌で感じて気づくようになり、自然との距離が縮まります。回を重ねるごとに学生たちとの関係性も深まって、自分らしさをだんだん出してくれるようにもなりますね。自然があって、いろいろな学年、個性のお友達がいて、それを見守る大学生のお姉さんたちがいて、さらに私たち教員がいて。横や斜めの関わりができることも、子どもたちの育ちの場という点でとても意味があると思いますね。
また、近隣から参加するお子さんが多いのですが、家の近くにある大学が「よくわからない場所」ではなく「ワクワクする遊び場」だと知っている。そんなお子さんが地域に増えることの意味も最近は感じていますね。「小さいころ大学の中で学生と遊んだな」とか、「大学教員と追っかけっこしたな」とか、そういう経験が将来進路を選ぶときに、大学への親近感や分野選びのきっかけに繋がったら嬉しいなと思います。
二つ目は学生から見た良さです。先ほども言ったように、今の児童学科の学生は、免許を取るための実習を3年生から始めます。ただ3年生になってから突然現場に行っても、「どうしたらいいかわからない」と困ってしまう方もいます。しかし本学の森のようちえんは1年生から参加ができるので、入学してすぐに直接子どもたちと関わっていけるんです。声かけをしたらどんな反応が返ってくるのかなとか、じゃあこういう言い方がいいのかなとか、そういった関わり方を実際に試しながら保育者・教育者としての自分を探る機会を得られるというのは面白い場だと感じています。森のようちえんには1年生から4年生まで参加しているのですが、3・4年生になるとかなり経験を積んでいて頼りがいがあります。後輩はそんな先輩を見て子どもとの関わり方のコツや工夫を盗めます。このように森のようちえんでの活動を通して得た経験や実践力が、保育者養成・教員養成に役立っているなと感じます。
参加する子どもたちも幼児から小学生までいるので、いろいろな発達段階の子どもと関わることができるのも良いところですね。毎年参加くださるお子さんが多いので、幼児さんが小学生になっていく成長の過程を見守ることができるのも大きな学びになります。また、特別な配慮や支援が必要な子もいます。ダウン症のお子さん、言葉以外の方法でのコミュニケーションが大切になってくるお子さん、元気いっぱいに活動する分、安全面の注意が必要なお子さんなど、みんな一緒に活動をするので、さまざまなパターンのコミュニケーションとニーズへの対応を定期的に経験できるのは、学生の教育の面ですごく意味があるように感じます。
まず本物を知ること
やっぱり学生にとって良い学びの機会になっているんだろうなと思います。たとえば、本学では秋になるとカラスウリが真赤に実るんですが、それを初めて見たという学生が結構たくさんいるんですよ。童謡「真赤な秋」の2番に「カラスウリって真赤だな」という歌詞があるんですが、実際のカラスウリを知らずに歌っていた人が実際に視覚情報としてカラスウリの赤を認識すると、子どもたちに物事を伝える具合も本質を知ったことで変わってくると思うんですね。焚火のパチパチ鳴る音や炎の揺らめきも、実際に焚火で遊んでみないとわからない。このあいだも焚火でマシュマロを焼いたんですが、火の扱いがわからないと、わからないことへの怖さから子どもの行動を止めてしまうんですね。「そんなに近づいたら危ないよ」って、まだ大丈夫な距離でも言ってしまうんです。でもしょっちゅう焚火をやって実際に自分が火に手を突っ込んでみて、どこから熱いのか、どういうときに危ないのかを体験すると火の扱いにも慣れていくんです。
子どもたちの歌や絵本には実際体験してみないとわからないことがたくさん出てくるので、知らずに物事の表面だけを提供するのではなく、本当のことをまず学生が知る。そして実感をもって子どもたちに伝えられる保育者・教育者になってくれたら嬉しいです。さらに、現場に出たときに「じゃあ実際に一緒に見に行こう」って外に連れていける力もつけてもらえたら良いなと思っています。