釧路短期大学専任講師_髙橋未佳先生:ただ捨てられるだけのエゾシカの命を減らしたい。エゾシカ伝道師の優しい情熱

北海道に生息する「エゾシカ(蝦夷鹿)」が、今置かれている状況をご存じでしょうか?近年、北海道ではエゾシカの個体数が急増しており、農林業への被害や交通・列車事故といった人間社会への影響が問題視されています。北海道は捕獲による適切な管理を進めていますが、一方で、捕獲したエゾシカの多くがただただ廃棄されているというのが現状です。

今回は、栄養士としてのキャリアを活かしながら、「エゾシカ伝道師」としてエゾシカ資源の有効利活用を伝えている、釧路短期大学専任講師の髙橋未佳先生にお話を伺いました。

髙橋未佳 先生
釧路短期大学 生活科学科 専任講師

北海道釧路市生まれ釧路市育ち。2017年に栄養士免許を取得し、天然酵母パン教室を創業。2020年に、天然酵母パン教室をエゾシカ肉料理教室にリニューアル。2021年6月には食肉販売免許を取得し、エゾシカ肉処理施設認証制度を受けた処理施設で製品化された安心・安全なエゾシカ肉の販売を開始。2023年4月より、釧路短期大学専任講師。

2023年7月より、ジビエ利活用コーディネーター(農林水産省)。2024年1月北海道食育推進優良活動表彰受賞。
ジビエ王国北海道のエゾシカ伝道師」と呼ばれている。

資格取得の過程で出会ったエゾシカの利活用問題

――先生が「エゾシカ伝道師」と呼ばれるに至るまでの、ご経歴を教えてください。

私は釧路短期大学に社会人入学をして栄養士の資格を取ったのですが、その過程で、北海道の道東におけるエゾシカの食害について学ぶ機会があったんです。その時に、命をただただ取られているエゾシカたちが非常に多いということを知って衝撃を受けまして、栄養士としても「何かしていかなければならない」と思ったのが事の発端です。

――そもそもどうして社会人で栄養士の資格を取ろうと思い入学をされたのですか。

私はイーストパンと天然酵母パンの師範資格を持っていまして、将来的に活かしたいと思っていたんです。その時に、他との差別化を図るという意味でも、トータル的に栄養指導ができるパン教室を開きたいと思ったものですから、栄養士資格を取得しました。

――栄養士資格をお取りになりつつ、エゾシカのことを知ったところから、どうやって今の活動に繋がったのでしょうか。

エゾシカのことを知ったあとは、学生生活を送りながらも「卒業したらエゾシカに関することで何ができるだろう」とずっと考えていました。その後、たまたま卒業した時に、天然酵母パンを教えてほしいというお話をいただいたので、パン教室をはじめたんです。その教室で、エゾシカ肉を食べてもらうという活動を実施したのがスタートですね。

興味をもってもらうため、試行錯誤を重ねる日々

――教室でエゾシカ肉を提供されていた当時から評判は良かったのですか。

いいえ、今でこそエゾシカの話をみなさん聞いていただけるようになりましたし、学生たちも「エゾシカといえば髙橋」という目で見てくれますけど、最初は本当に大変でした。

白衣にエゾシカのエプロンつけて、鹿のカチューシャをつけるというのが、私の第一正装になるんですが、そこから「なんか変な格好してる人いるね」と印象付けて、「ちょっと話を聞いてみようか」と興味を持ってもらえるようにしていました。このアイデアは、カウボーイハットと着物・下駄で実演販売をされていた吉田ソースの会長の本を読んで、真似してみようと思ったんです。

――それぐらいやらないと、最初はエゾシカのことをお話ししても注目してもらえなかったと。パン教室ではエゾシカ肉をどのように提供されていたんですか。

エゾシカのお肉を使ったパンに合うお料理を作っていただいたり、あとは時間の都合上、私が調理をしたものを食べていただくような形でしたね。始めてから3年ぐらいでコロナになってしまい、なかなか思うように実施ができない状況が続いたため、活動をリニューアルしました。

――コロナ禍では苦労をされたと思うのですが、どのようにエゾシカについてお伝えするようになったんですか。

コロナ前までは、エゾシカ肉はホテルや飲食店で使われる高級食材のイメージが強かったんです。コロナによって、ホテル・飲食店へのエゾシカの流通がストップしまして、食肉加工工場さんの冷凍庫に山積みになったんですよ。その時から「家庭料理でも使える栄養価が優秀な食肉ですよ」と伝え始めました。時間があると思うのでお家でぜひ作ってみてください、という気持ちで、私自身のSNS等で、エゾシカ肉を使ったレシピをアナウンスしていましたね。

――レシピはご自身で調理して、色々工夫を重ねて考案されたのですか。

北海道では地産地消を目指す「米チェン」とか「麦チェン」という言葉があるんですけれども、それと同じように「肉チェン」というのもできるんじゃないか、と考えたんですね。

通常、豚肉・牛肉・鶏肉でお料理を作っているところを、エゾシカ肉に変えて、どういう風に味付けを変えれば美味しくいただけるのかを確認した上でレシピおこしをしていました。

――先生がこれは本当に美味しいと自信を持ってオススメするのはどのようなお料理ですか。

黒酢仕立ての酢豚ならぬ「酢鹿」ですね。もう騙されたと思ってぜひ作ってほしいです。

私も働いているということもあって、忙しい女性が仕事から帰ってきてあっという間に作れるお料理をコンセプトにしているところもあるんです。通常の酢豚だと火が通りにくい人参や玉ねぎが入っていますが、長ネギに置き換えたり。あと、釧路はパプリカの生産が多いんですよ。なので、すぐに火の入るパプリカやピーマンを入れたりですね。お酢は、穀物酢より黒酢の方が、コクが出ていいんです。甘酢ソースには、甘酢きょうとニンニクを入れています。もう本当にお肉にさえ火が通れば完成する、めちゃくちゃ美味しいお料理です。

食の安全を守る啓蒙活動

――釧路や道東の方だと、エゾシカ肉は割と一般の方も手に入れやすいんですか。

そうでもないですね。やはり売っているところが非常に限定されるので、釧路の人からも「どこで買えますか」という質問をいただきます。

――そのあたりも、これから世の中を変えていかなければいけないところですかね。

そうですね。私は栄養士という立場もあって、ハンターさんや食肉工場の方との交流を通して、いろんな話を聞くんです。その中で分かってきたことですが、売れるからというだけで、適当な処理をして出荷されている方も残念なことにいらっしゃるんです。

そういうもので、万が一、食中毒が起こってしまったら、せっかくエゾシカの食の安全が進んできたのに、全部リセットされてしまう。そこはどうしても防がなければならないという思いがあるんです。

今、農林水産省が推奨している国産ジビエ認証と、北海道が推奨しているエゾシカ肉処理施設認証制度という、2つの大きな柱があるんです。それを広めるという活動もした上で、認証肉にのみフォーカスを当てています。

――私も含め、認証制度自体ご存じでない方がほとんどだと思います。一般の人たちも知っておくべきことですよね。

一般の方たちにこそ、安心・安全をどう選ぶか、というところを分かっていただかないと広まっていかないので、私はご依頼いただいて実施する講座の中では、ちゃんとしたものを選べる目を養う必要が消費者にはある、というようにお伝えしてますね。

消費者の方や講座を聞いてくださる方には、一部の非認証施設のずさんな解体状況と、認証工場の高度な衛生管理での解体状況を比較したお話もしています。

――非認証施設のずさんな管理というのは、具体的にどういうケースがあるのでしょう。

例えば、足の蹄のところを毛がついたまま、ぶら下げているんですね。そうすると、その毛についている汚染物質が、作業に応じて食肉部分に落ちてきてしまうんです。上から下に汚染物質が降り注いでしまっている状態ですね。なおかつ、作業施設の床面に食肉部分が触れてしまったりもしているんです。

――普段食べている牛や豚では絶対にやらないような処理をしているところもあるということですよね。

そうなんです。豚・牛・鳥に関しては法律で守られているので、解体工場では必ず獣医師さんを立ち会わせています。でも、エゾシカの場合は、認証工場でも獣医師立ち会いの義務はないんです。一部のスーパーで卸されているものは獣医師立ち会いをされていたりもするんですが、そこは工場の方々のモラルになります。北海道が推奨しているエゾシカ肉処理施設認証制度下では、今、20か所認証施設があるんですけど、私はそのうち半分を自分の足でお邪魔して、目、口、耳…と五感を全部使って確認させていただいたりもしています。そして、工場の作業に携わる方、責任者の方から、エゾシカに対する思いというのも伺っています。

実は、タイミングが上手く合って、数ヶ月前から私の夫がエゾシカ肉を販売してくれているんです。安心・安全なお肉の話をすると同時に、消費者の方が手に入れられる状況を作れればと思っていますね。

――すごいですね。情熱があるとそうやって物事が前に進んでいくんですね。

これは不思議な話なんですが、私の写真に必ず写っているエゾシカのぬいぐるみ、兄ちゃんとチビタンの5兄弟がいるんですけれど、この兄ちゃん鹿が来てから本当にものすごいスピードで物事が進んでいるんです。

兄ちゃん鹿を購入する時、自分がエゾシカの活動にどれだけ真剣に取組出来るかを問いかけしました。この活動を継続するにあたり、エゾシカのぬいぐるみを手元に置いて大丈夫かな?生半可な気持ちで取り組めないぞってものすごく悩んだんです。迎えて間もなくして、企業の栄養士をしながら非常勤講師になり、そして今は、夫が会社を築いてくれたり、専任講師になってもらえませんかとお話をいただいたりと、どんどん活動が繋がっていっています。「ぬいぐるみに魂が入ってるね」と言われたりもするんですが、一緒に活動をしている同志のような存在ですね。

みんなが知ることでエゾシカを取り巻く社会と未来が変わる

――今、専任講師として、学生さんにはどういうことを伝えてらっしゃるんですか。

とにかく機会があれば、エゾシカの命について話をしています。私たちの生活を守るため、農業や林業を生業とされている方を守るため、交通事故や列車事故を減らすために、2024年度は18万頭のエゾシカたちが間引きされるんです。その18万頭を10割とするならば、2割弱しか食肉として口に入ってないんです。8割強は、ただただ命を取られて廃棄されているという現状があります。

北海道は開拓の歴史がありますよね。開拓使の方々が、自分たちの生活を守るために、エゾシカの唯一の天敵だったエゾオオカミを絶滅させてしまったんです。元々食べられ役だったエゾシカが、生き物として増えるしか道がなくなってしまったということなんですね。だから、エゾシカたちが、人間を困らせてやろうとか、悪さしてやろうという思いでは決してないということを知ってほしいです。そして、この命の利活用というものを強く学生たちには伝えています。

――エゾシカが今、邪魔者扱いされてしまっているのも、原因は人間にあったんですね。

開拓使の方々は、自分たちの家畜を守るためにはその道しかなかったと思うので、そこは責められない部分ではあるとちゃんと伝えています。

学生のなかには、家族がエゾシカとの交通事故で車を全損させてしまった、という経験がある子もいるんです。「エゾシカなんていなくなればいいのに」なんて言葉も、実際耳にするんですよ。でも、講座を聞いてもらって背景を伝えることで、そういった印象がころっと変わりますね。授業を受けた学生から、「先生昨日エゾシカ食べたよ」とか「エゾシカ見たよ」と可愛い報告を色々もらうんです。そんな時は話してよかったな、と思いますね。

――地道な活動が実を結んでいるんですね。北海道外では、猿や熊に対しても同じように邪魔者という認識が広がっています。多分、全国どこにでも通ずる話だという気がします。

日本の南にある屋久島も、北海道と同じように鹿の害が出ていると聞きます。これはもう本当に、北海道だけの問題ではなくて、日本全国の問題なんです。全国に話が及ぶとそれぞれ気候や風土の違いがあるので、私はまず自分の守備範囲である北海道で、問題解決のモデルが作れれば、という風に思っています。

――ここ数十年でジビエという言葉が広がりましたが、ただ食べているだけでなく、知ることも大切ですね。

エゾシカはお肉だけでなく、皮も角も本当に使えるものなので、ぜひ活用いただきたいなと思いますね。日本の伝統工芸である革製品の中には、 原皮が安く手に入るということもあって、中国のキョンを使ってるんですよ。なめす作業や輸送のコストの問題もあって、海外産のものがまだまだ使われているんです。

エゾシカの皮は、お肉よりもさらに消費率・使用率が低くて、1割弱しか使われず、9割が廃棄なんです。地元のハンターさんたちはお金にならないというのがもう頭に入っているので、動物専用の焼却炉があるゴミ処理場に運び込んでしまっているんです。ゴミ処理場に持ち込まれたものは、法律上ゴミとして処理するしかないので、ただただ焼却されて灰になって廃棄される道しかないんですね。

もしお金になるとなれば、ハンターさんたちの意識も変えられると思っています。ボランティアではやはりどこかで行き詰まってしまうので、流通の道を作るということがすごく大事なことなんですよね。

――先生の構想では、皮はどういう風に利用していきたいとお考えですか。

これは女性の視点になってしまうんでしょうけれども、革製品として使っていってもらいたいですね。私も今使ってるバッグ、エゾシカ皮製なんです。こういう風に形になって皆さんの目に触れると、「それどこで買ったんですか」とか「いくらぐらいなんですか」っていうような質問を受けるんですよ。

解体の時にちょっと傷つけてしまうと、綺麗に一枚のなめし革にならないので、そういった場合には、ペットの犬用のガムになったりもしているんです。けれども、一番はやっぱり皆さんの目に止まる形での活用を目指しています。グリップ力がものすごく良くて、汗も吸収しやすく速乾性にも優れていますので、パイロットや消防士のグローブとしても需要は見込めるかもしれません。

――産業として活性化することで、18万頭の利活用がさらに進むといいですね。

18万頭の10割を利活用にというのは、きっと難しいとは思うんです。けれども、今利活用と廃棄が2対8であるのを、少なくとも逆転させて8対2にする、というのが私の活動の根源であり、目指すところになります。