770余年の伝統を誇り、ユネスコ無形文化遺産にも登録された奉納神事「博多祇園山笠」。福岡市内にキャンパスを置く福岡大学では、毎年、学生が博多祇園山笠の歴史と伝統を学び、実際に舁き山笠(かきやま)に参加するプログラムを実施しています。
今回お話を伺うのは、福岡大学社会連携センターの職員で、課外プログラムを通して人材育成・地域連携を推進する安武かおりさんと、「体感しよう!博多祇園山笠の伝統と歴史」プログラムに参加した幸野怜央さん(法学部法律学科1年生)、村田真弘さん(工学部社会デザイン工学科4年生)。肌で感じた博多祇園山笠についても詳しく伺いました。
博多祇園山笠と福岡大学との関わり
――博多祇園山笠を学ぶプログラムが始まった目的や背景をお聞かせください。
安武さん:2018年に、福大生の人間的な成長を向上させるための「福大生ステップアッププログラム(FSP)」という取り組みが本学でスタートしました。その一環として、福大生を博多祇園山笠に参加させてもらうというプログラムを実施したことが始まりです。
山笠への参加が決まった背景としては、本学の元学長が山笠の大黒流の「台上がり」を務めたことがあり、大黒流の方々とお話をする中で、「ぜひ学生に参加してほしい」という地域の想いと、「学生に参加させたい」という元学長の想いがマッチし、そこから毎年、特別に福大生を山笠に参加させてもらっています。
――2018年から毎年参加されているのですね。
安武さん:福大生ステップアッププログラム自体は終了してしまったのですが、その後は社会連携センターが、地域貢献活動の一環として継続して行っています。
――幸野さんと村田さんがこのプログラムに参加した理由を、それぞれ教えてください。
幸野さん:僕は出身が大分県別府市なのですが、もともとお祭りが大好きなんです。別府市にも「温泉ぶっかけ祭り」というすごく面白いお祭りがあって、今まで自分もそういった祭りに参加してきたんです。
そんな僕が大学進学で福岡に来て、福岡で有名な祭りと言えば真っ先に思いついたのが山笠でした。山笠というと、見る祭りというイメージがあったのですが、福岡大学で参加できる機会があることを知ってすぐに申し込みました。
僕の父親が韓国人で、幼少期から福岡を経由して韓国と行き来していたこともあって、縁のある福岡に貢献したいという思いも強かったです。
村田さん:僕が参加した理由は主に二つです。僕は福岡にずっと住んでいるのですが、山笠はテレビやニュースなどで見たことがあるという程度の感覚でした。目の前で見たり、山笠に関係している方から話を聞いたりという機会があまりなかったので、純粋に福岡市民としての興味から、大学の募集を見て参加したのが一つです。
もう一つが、いま人力車を引くアルバイトをしていて、中洲や博多方面を周遊しているのですが、観光案内をする中で、山笠と通ずるものがあるなと日頃から感じていました。普段、人力車で案内している土地の雰囲気が、お祭りの時になると180度変わるので、実際に体験してみたかったというのが理由です。
生きた伝統に触れる、学びのプロセス
――幸野さんと村田さんはプログラム内でどのような活動をされているのでしょうか。
村田さん:プログラムに参加しているという点では同じなのですが、僕と幸野くんは活動内容が少し異なります。幸野くんは「実践コース」といって、本番は舁き手として山笠に参加します。僕は「教養コース」といって、主に山笠のことについて調べたり学んだり、見聞きしたりして、深く歴史を知った上で本番の山笠を一緒に見るというスタイルでの参加になります。
安武さん:今年は実践コースが2名と教養コースが8名の、合計10名の学生が参加しています。
――講義というかたちで事前に座学でも学ばれるのですか。
安武さん:そうですね。今年度に関しては、本学の人文学部英語学科の教員で、実際に山笠に参加しているティム・クロス教授から、始めに「山笠講義」を行っていました。その後、櫛田神社(※1)に伺って神主さんから直接お話を聞いたり、山笠の伝統・歴史が学べる施設「博多町屋ふるさと館」を訪れたりと、フィールドワークや映像視聴などを通して理解を深めていきました。「博多ガイドの会」の方に、山笠が実際に走るルートを案内いただきながら、魅力を話していただくという取り組みもしました。
※1 博多祇園山笠が奉納される神社。博多祇園山笠の最終日「追い山」で、一番山笠を皮切りに、山笠が次々に櫛田入りを行う。
学生が肌で感じた博多祇園山笠
――山笠の開催期間中、実践コースの学生はどのようなスケジュールで参加されているのでしょうか。
安武さん:本来山笠は7月1日から15日までですが、今回学生たちが参加したのは7月9日の「お汐井(しおい)とり」から15日の「追い山」までの1週間、ほぼ毎日です。学生各々が授業などもあり、全てに参加できるわけではないんですけれども、できるだけ参加を促しました。
――幸野さんは実際山笠に参加されていかがでしたか。
幸野さん:僕が今回実践コースで初めて参加したのが、7月11日の「朝山笠」からでした。午前2時に集合だったので、何時に起きればいいんだろう、起きれなかったらまずいな、なんて前日からふわふわした気持ちで過ごしていました。
集合して最初に感じたのが、皆この日を待ちわびていたかのような目つきや表情をされていて、独特な空気でした。
僕は大分出身ですから、よそ者が参加してもいいのかなと不安なところもあったんです。ですが、いざ参加したら大人の方々がものすごく優しく接してくれて、申し訳ないぐらいでした。僕たちの安全第一で先導していただき有難かったです。
実際参加してみると、「これが山笠か!」という感じで、もう本当に迫力がすごいんですよ。山笠が福岡市の原動力であり、発展の底力であるということを強烈に肌で感じました。
最終日の7月15日「追い山笠」は、午前4時59分の大太鼓の合図とともに、1番山笠から順に櫛田入りというものをするんです。今回、この時が豪雨で、福岡に来て感じたこともない土砂降りだったんですね。締め込み姿で大雨の中、もう寒くて寒くて。これは修行かと思うくらいで「キツイな、しんどいな」という瞬間も正直言うとありました。
でも、終わってからはやりきった達成感で一杯で、「よかったな」と思っています。大人の方々は涙を流していて、そういう姿から自分も勇気をいただきました。これから福岡で大学生活する上の原動力になりましたし、精神面がすごく鍛えられました。
――すごい経験をさせてもらったんですね。村田さんは山笠の歴史を学んでから実際に参加したというところでは、これまでと印象は変わりましたか。
村田さん: これまではテレビのニュースで山笠を舁いている映像を見て、「人が多いな」「大変そうだな」という印象があって、なんで令和の時代になっても色々な人が朝早くに起きて、お祭りをやるんだろう、と思っていたんです。
けれどプログラムを通して、山笠自体が、戦後に福岡が焼け野原になったあとの復興や、豊臣秀吉の頃の町興しだった、という背景を学びました。福岡・博多の人たちがお祭りのために頑張って日々生活をしてきて、精神的な支えにもなっていたという祭りとして長く続いてきた理由を知り、これまでの自分は浅知恵でネガティブな先入観を持っていたと反省しました。
僕は人力車で観光案内をしている中で、博多、特に中洲辺りはすごく地元出身の誇りや地元愛の強い人が多いと感じていたのですが、その理由がわからなかったんです。けれど山笠に対しての思い入れや、福岡を代表する土地という誇りから地元愛が強くなっているんだなと、山笠の背景というものを知ったことで気づかされました。
地域・社会とのつながりを生む
――学生が参加することに対して、地域の方の反応はどうでした。
安武さん:学生が参加してくれることは、地域としても喜ばしいようです。「若い人に山笠を盛り上げてほしい」という思いを山笠関係者もよく言われています。学生が参加したり、興味持ってくれたりすることで、地域活性化にも繋がり、本当に良く思っていただいているようです。今後も引き続き、大学との連携を継続していきたいと言われております。
――山笠を通じて多世代の方と交流があったかと思いますが、世界観は広がりましたか。
幸野さん:僕は起業やスタートアップに興味があって、よくイベントに参加するんですけど、「僕、山笠参加したんですよ」って言うと「山笠参加したの。すごいね」という感じで、山笠というキーワードで博多の人々と仲良くなれたり、交流を持てたりするんです。山笠は福岡・博多のお祭りではあるんですけど、大分に帰っても山笠の話題で話はすごく盛り上がりますし、家族も「いい経験したな」と言ってくれています。
僕自身、どうすれば地域が活性化するのかなとか、社会貢献ってなんだろうと日々考えているのですけど、僕たち若い世代が頑張ることだと山笠に参加して感じました。若い力が頑張る姿を見せることで、地域の人々も元気になれるのかなと思います。人それぞれ答えはあると思うんですけど、僕の思う社会貢献という答えに少し近づいた経験でもありました。
――村田さんは教養コースとして山笠に関わられていかがでしたか。
村田さん:山笠の1週間は、実践コースの方は各々の日程で参加していきますので、教養コースは一般の観客と同じような形で観戦をしたり、実践コースの二人を応援します。大学の先生から座学の形で講義していただくものには、実践・教養どちらのコースの学生も参加していますので、幸野くんのように実践コースの学生が汗水垂らして頑張っている姿を見て、同じ福岡大学の一員としてもすごく刺激をもらいました。山笠は、大学4年間の中でみると、たった1ヶ月も満たないような短い期間での祭りなのですが、学部や学年が違う福大生が交流できるというのは、貴重な機会だとありがたく思います。
また、こうやって大学のプログラムで山笠に参加していると、地域の方々とはまた違った視点や感じるものがある思うので、これが今後自分にどう活かされるのかというのも楽しみです。
幸野さん:僕も山笠の経験というのは単発的なものじゃないな、ということをすごく感じます。参加して終わりではなくて、参加したことで博多の見え方がガラリと変わりました。
――どんなふうに変わったのでしょうか。
幸野さん:福岡市は日本の政令市の中で日本一住みやすいと言われたり、すごく評価が高いんですけど、僕はなぜそんなに評価されるのかがわかってませんでした。
だけど、山笠に参加したことで、「外から来た人に対しても温かく受け入れる姿勢」が評価されているのかなとすごく感じました。そしてそれは、福岡・博多の人々が培ってきた文化だったり、気持ちや心だったりが、積み重なっているものだと思います。
福岡市は若者が挑戦できる機会や、輝ける機会もすごく多いと思うんです。自分自身、この山笠の経験を通して、もっと積極的に福岡で夢を叶えたいなっていう思いが強くなりました。
若者を引き付ける福岡の魅力
――夢の話が出ましたが、大学卒業後の進路は考えられていますか。
幸野さん:僕は人と話すこと、触れ合うことがすごく好きなので、将来的な方向性としては、地方創生やキャリア教育といったキーワードに興味を引かれています。人との出会いや繋がりを提供するコミュニティマネージャーという仕事が自分に近いのかなと思っています。とにかく人との関わりを大切にしたいというのが今の強い思いです。街だけでなく、九州を自分の力で盛り上げていきたいです。
――村田さんは卒業後の進路について考えていらっしゃることはありますか。
村田さん:僕は今まさに就職活動中なのですが、元々は就職して20代前半は情報の集まる東京で働きたいと思っていたんです。ただ、この山笠のプログラムも含め、この1年間で福岡という土地を改めて見直した時に、まだまだ自分の知らないことが福岡にはたくさんあるということを実感しました。もっと福岡のことを知ってから、色々な場所に行きたいという思いが強くなりましたね。せっかく福岡で生まれ育ったので、地域活性のためにも、自分自身の社会人としての第一歩を福岡でスタートしたいなと思っております。
――それは福岡にとって大きな財産ですね。
村田さん:自分も山笠の熱を帯びたことで、福岡って本当にいい土地なんだな、というのを再認識できました。福岡を出たいという気持ちではなくて、福岡でもっと仕事をしたいなと。結果的に地元愛が強くなりました。
――将来有望な頼もしい学生さんたちの姿を見ていかがですか。
安武さん:山笠に参加してくれる学生は本当に優秀で、未来を見据えて行動しいるのが伝わってきます。自分を大事にしつつ、興味があるところにしっかりとアンテナを張って行動してるところが、素晴らしいと思いますね。こういう学生に出会えることは私にとっても大きな財産になっていて、学生に有益なプログラムや取り組みをどんどん提供していきたいという思いも強くなります。
私自身もそうでしたが、大学生の間は自分の自己理解を深める期間だと思うんです。まだ将来の夢ややりたいことが漠然としていると思いますが、ひょんなきっかけで、自分が大学生活でやってきたことが将来に繋がったりする。そんな学生の成長が楽しみですし、私自身も職員として福岡大学をもっと活性化して、学生たちにより良い大学生活を送ってほしいと思っています。
――若い方々がこれから育っていくのはすごく楽しみですね。
安武さん:そうですね。福岡市は若者の人口も全国トップクラスで、政令都市でも1位になっています。人口も増え続けているということは、それだけ魅力的な街になってきているという喜ばしい状況です。
地域や地元企業の方とお話しする際に聞くのですが、若者の力が色々な場面で求められています。福岡市役所でも「大学生に考えて欲しい」「若いアイデアが欲しい」といった声が様々な部署からあがっているそうです。そういった声を私がしっかり繋いでいきたいと考えています。福岡大学は九州一の学生数を誇る9学部31学科の総合大学でもあるので、文理融合した様々なプログラムで、新しい価値を生み出すことに挑戦していきたいです。
――地域と共に発展していく、というところが今後のビジョンですね。
安武さん:地域からの要望にも応えて、一緒に発展していけるという可能性が、大学というコミュニティにはあると思っています。大学と地域とが共に発展していける、お互いwin-winな姿を目指していきたいです。