九州産業大学大学_千相哲教授に訊く:「観光地経営リーダー育成プログラム」で目指す観光人材育成ビジョン

九州産業大学は1999年に九州初の観光系学科として観光産業学科を設置し、長年にわたり観光教育に注力してきました。観光業界は人材不足に加えてコロナの影響もあり、多くの課題を抱えていますが、同大学は教育機関としてこれらの課題解決や産業振興に貢献するため、リカレント教育やリスキリング教育にも力を入れています。今回のインタビューでは、その一環として開講している「観光地経営リーダー育成プログラム」に込める思いや、観光の在り方についてお話を伺いました。

千 相哲 先生
九州産業大学 副学長 教授

大学改革推進本部副本部長

専門分野は観光学

研究テーマはアジア国際観光、観光統計、観光まちづくり

【著書】

『国際ビジネス論を学ぶ』 2020/10/20

『九州発「国のかたち」を問う~日韓トンネル構想への期待』 2020/09/15

『九州地域学』」 2019/08/30

『九州観光学』」 2018/04/30

『東アジア地域経済協力と九州』 2012/03

観光振興に寄与する人材の育成を目指して

――観光地経営リーダー育成プログラムを開設された経緯を教えてください。

一言で言えば、時代と社会の要請に応えるために本プログラムを開設しました。本学では、1999年に九州初の観光系学科として、観光産業学科を設置しました。当時、九州には観光に特化した学科がなかったため、福岡経済同友会が「九州も観光教育に力を入れるべきだ」と九州内の大学に呼びかけ、その要望に応える形で観光産業学科が誕生したんです。なお、学部再編に伴い、現在は「観光学科」と名称を変更しています。

そして、令和5年には「次世代観光マネジメントリーダー育成」プログラムを開講しました。コロナ禍において人材流動が起き、観光産業における人材不足も深刻な課題として浮き彫りになりました。こうした状況下で、文部科学省が即戦力人材を輩出するためにリカレント教育の推進を始め、本学では「次世代観光マネジメントリーダー育成プログラム」を開発して、令和5年6月に文部科学省に採択されました。

その後、本学初の試みとなったリカレントプログラムが、社会人のスキルアップや知識向上により役立つプログラムとなるように改良を重ねていく中で、観光庁が「ポストコロナ時代における観光人材育成事業」を開始しました。改善したプログラムで応募したところ、無事に採択され、昨年は文部科学省と観光庁のプログラムを両方実施することになりました。

今年実施している観光地経営リーダー育成プログラムは、文部科学省や観光庁で採択されたプログラムをさらに体系化・洗練し、本学独自のプログラムとして提供しています。

このプログラムが誕生した背景には、観光業界が抱える課題に教育機関として貢献したいという本学の強い思いがあります。観光業は人材不足という問題を長年抱えており、コロナの影響でさらに大きな打撃を受けました。観光産業の振興には、高付加価値の創出や生産性の向上が求められており、その実現には優秀な人材の確保が必要不可欠です。

特に九州では、観光を用いた地域振興の潮流が強いので、教育機関としてそれに寄与する人材の育成面で貢献するという意味でも、観光地経営リーダー育成プログラムを実施しています。

求められる観光のあり方

――観光地が盛り上がれば、地元の方も喜ばれるでしょうね。

現在の日本の観光事情は、必ずしもそうではないんです。オーバーツーリズムなどの問題に加え、地域住民が大切に守ってきた歴史や文化が評価されている一方で、観光によって生活が豊かになったという実感あまりないため、観光客の増加が必ずしも歓迎されないこともあります。

地域住民の満足度を高めながら観光客の増加を実現するには、観光に関する教育をしっかり受けた人材が地域に入り、地域住民と観光客、そして地域社会が共存できるようなあり方をどんどん打ち出していく必要があります。今後、このような役割を担える人材は、ますます求められるようになっていくと思います。

昨年まで福岡県では独自に観光経営人材育成プログラムを運営していましたが、現在は福岡県が本学に委託するような形で、互いに連携して人材育成に取り組んでいます。

――観光地経営リーダー育成プログラムは、どのような方が受講されているのですか。

本当に幅広い方に受講いただいています。今年の受講者は宿泊関係、行政関係、観光協会の関係者が多数を占めていますが、中には観光業界への転職や起業を考えている方もいらっしゃいます。宿泊関係であればオーナーや社長、中間管理職の方、行政関係では係長クラスの方が中心となっています。

我々は当プログラムを完成版とは考えておらず、社会の要望に答えられるように常にブラッシュアップを図っています。そのため、毎回受講生にアンケートや個別ヒアリングを実施し、フィードバックを得ています。

受講生からは、「ビジネスに直結した学びが多かった」「今まで観光学を学んだことがなかったが、観光について体系的に学べた」「経営者目線での考え方やアイデアが得られた」といった声が寄せられています。

また、当プログラムでは、グループ討議を取り入れて課題解決について一緒に考えていくなど双方向型の講義を展開しており、「新たな視点が得られた」「地域の課題解決に大きなヒントを得られた」といった声も挙がっています。

学びを活かせる環境づくりも必要

受講生から寄せられる感想として特に多いのが、「ネットワークが大きく広がった」というものです。

受講が終わった後も関係が途切れることなく、講師と受講生、さらに受講生同士が継続的に交流できる機会を提供し、ネットワークの維持にできる限り貢献していきたいと考えています。

また、学んだ内容が現場でしっかり活用できているか、リスキリングが業務に役立っていると上司や関係者から評価されているかなども含めて、継続的に対話をしながらフォローアップしていきたいと考えています。

リスキリングに参加される方は意欲を持って取り組んでいますし、企業や社会がその学んだ知識を活用できる場をもっと提供していく必要があると思います。もしそのような機会が与えられない場合は、受講者自身が学んだことを積極的に活用してみる、あるいはチャレンジできるような機会を開拓してほしいと思います。

ただ、それをどこまで企業が許してくれるのかわからない部分もありますし、我々もリスキリングを実施している教育機関として、企業の理解を得るために継続的に働きかけを行っていく必要があると考えています。そうすることで、学んで終わりではなく、学んだことを現場で活用できる機会も広がっていくはずです。

また、例えばアメリカでは従業員がリスキリングを受け、一定の資格を取得すると、その費用が全額免除されるといった仕組みがあるそうです。一方、日本では一部の大手企業が自社でリスキリングプログラムを設けて運用しているものの、日本の企業の90%以上は中小企業です。特に観光業界は中小企業が多く、独自のプログラムを開設・運営する余裕がない企業も少なくありません。このような状況は個人や教育機関の努力だけでは改善が難しい部分もあり、国の政策支援にも期待したいです。

ニーズを取り入れ、より体系的かつ実践的な学びの提供を

ー今後のビジョンや目標をお聞かせください。

本学では幅広く分野を設けて、リカレント・リスキリング教育を実施しています。しかし、幅広いがゆえに、深みに欠けるところもあります。受講生からは、「マーケティングをもっと深く学びたい」「インバウンドをもっと深く学びたい」といった要望も届いていますし、必要に応じて特定の分野に焦点を当てた特別プログラムの実施も検討しています。例えば、マーケティングやインバウンドに特化して全14回の講義を行うなど、受講生や企業からのニーズが高い、優先度の高い分野を深く学べる機会を提供していきたいと考えています。

さらに、将来的には観光MBAの設立も視野に入れており、より体系的で実践的な学びを社会に提供していく所存です。