広島経済大学_北野尚人教授に訊く:ビジネスも人生も豊かにする!広告スキルの真髄

広島経済大学メディアビジネス学部メディアビジネス学科の北野尚人教授は、社会人向けの「実践的広告戦略立案」キャリアアッププログラムで、広告戦略を立案するために必要な視点を伝えています。1学期の基礎編、2学期の応用編ともに、受講生は実際に広告作りを体験し、広告に関する実践的な知識を身につけます。


北野 尚人 先生
メディアビジネス学科 教授

専門は広告・コミュニケーション・プロモーション・マーケティング・ブランディング。
著書『コンセプトノート1993-日本の潜在能力を引き出すために-』(PHP)。

広島ホームテレビ「Jステーション」ゲスト・コメンテーター、FMちゅーピー「心と体のクリーン作戦」ナビゲーターも務める。

広告を仕事にしている人から、技術系まで、多彩な社会人が受講

――講座の「広告のセンスは人生を豊かにしてくれるかもしれない」というフレーズが印象的でした。実践的広告戦略立案をテーマにキャリアアッププログラムを設立されたきっかけ、背景を教えてください。

私自身が10年前まで博報堂という大手広告会社で広告の企画立案をしていました。コピーライティングやデザインをしていたわけではありませんが、その前段の企画、マーケティングを担当しているセクションで35年間働いていました。そうした経験から、広告がいかにビジネスにおいて大事かはもちろん、ビジネスだけでなく、個人としても使えるということを伝えていきたいと思いました。

もっと言うと、自分の仕事で広告を使うのはもちろんですが、仕事を離れても広告を見る力、評価する力は必要です。広告の作り手側は、いろんなことを考え、いろんな工夫を盛り込んでいます。ただし、1回見ただけでは気づかないようなこともあえて仕込んでいます。受け手側の審美眼に左右されるとでも言いましょうか。美しいものを評価できる人にとってはすごくいい広告も、その能力がない人にとってはただの広告になってしまいます。もったいないですよね。受け手の能力を高めることによって、広告から得られる情報や価値が高まります。

もっともその力を磨ける方法は、自分で広告を作ることです。受け手のままだと受け身でしか広告を見られないので、気づかないことが山ほどあります。でも、自分で企画したり、作ったりしたことがある人は、新しく広告を見た時に「このクリエイターはこれを考えているんだろうな」とか「これを狙っているよね」と気づくわけです。それによって、受け手としての能力が高まります。

昔、「賢い消費者」という言葉がありましたが、賢い広告のウォッチャーになれると、人生が豊かになります。広告表現の中にあるアピールしたいことに気づいたり、受け取ったりできるようになるわけです。何も知らないと、わからないまま終わってしまうことが、ちょっと勉強しておくと、しかも自分が作り手の立場を経験すると、気づけるようになり、より豊かな人生になっていくと思います。

この講座は社会人になってから学び直したい方に向けた講座なので、広告が今のお仕事に直結する方もいらっしゃいますし、逆に今は広告宣伝の会社や部署にいないけれども、将来そういったところで仕事をするために予習として学びたいという方もいらっしゃいます。

――受講者は広告関係だけではないということですが、どういった方がいらっしゃいますか。

面白いことに、この講座は自動車メーカー「マツダ」の方もよく受講しに来てくださいます。技術系の方の仕事は広告トレンドとは関係ないように思えますが、広告のことをもっと理解したい気持ちがあるようです。

今は広告の部署ではないけれど、販売促進のキャンペーンを企画しているという方もいらっしゃいます。販売促進の部署ではイベントや顧客リストの作成など多岐にわたる仕事をします。その中で最後に相手に伝えるのは広告というわけです。そのほか、自営業をしていて自分の店の広告を作りたいという方もいらっしゃることがあります。

授業の後半では実際に広告を作る時間がありますが、その時は、実際にお店を持っている方にはお店の広告を作っていただきます。特にそういうことをしていない場合は、将来、趣味や副業で店を開くことを想定し、その店の広告ポスターを作ってもらっています。

講座で作った広告が実際にオンエア、店頭に

――現在は第1期の5月から6月のプログラムが終わったところですが、手ごたえはいかがですか。

前半は座学中心で、広告の理屈や知識をお話ししましたが、後半では実際に手を動かしてポスターを作ってもらいました。皆さん、楽しく取り組んでいましたし、役に立つとおっしゃっていました。

前半の授業では世界中の広告を見ていくので、広告の見方も学べます。「これ、気づきましたか」「いや、見ていなかったです」といったやりとりが頻繁にありました。

「この広告では、クリエイターは何をアピールしていると思いますか」という問いを出し、受講生の皆さんとディスカッションすると、お互いに、気づかなかった視点に気づくことも多かったです。

――実際にこの講座がお仕事に生かされた方もいらっしゃいますか。

あります。1学期のこの授業がきっかけで、ともに受講生だったある飲料メーカーと流通の方がコラボレーションして新しいキャンペーンを始めたということがありました。コラボした広告を想定して作ったものが、実際にリアルの世界でキャンペーンになったというケースです。

そのほかにも、だいぶ前ですが、当時のサンフレッチェ広島のスタッフの方が2学期の講座を受講して、広島カープとサンフレッチェのコラボCMを想定した絵コンテを作りました。そして実際にそれが映像になり、スカパーでオンエアされたことがありました。

自営業の方も自分のお店と新しい商品のポスターを作っていましたね。それは夏には貼っていたのではないでしょうか。

――広告の媒体はポスターや動画など様々ですか。

そうですね。広告には大きく分けて2つあります。1つはポスターや新聞などの静止画、もう1つは動画です。動画はこれまでテレビコマーシャルがメインでしたが、今はYouTubeでも作れます。だから作るものは、静止画、グラフィック広告というジャンルと、動画のどちらでもいいと言っています。ポスターを作りたい人はポスターを作るし、CMにチャレンジしたい人は絵コンテを作っています。学ぶ知識だけでは意味がないので、実際に使えるようなスキルもある程度お教えしていきます。実際に撮影まではしませんが、企画ができれば、ポスターの写真を撮るとか、スマホで動画を撮るといったことは簡単にできます。

大事なのはストーリーや企画のアイデアです。この講座ではそうしたものをお教えします。

――企画があってこその写真ということですか。

そうです。写真を撮る際にも、誰をターゲットにするか、何をアピールするかによって、撮り方も撮るものも変わってきます。何をアピールしたいのか、誰にアピールしたいのかということが決まって初めて、どういう写真を撮るべきなのか、どういう動画が必要なのかがわかってきます。

広告の3要素の1つ目はターゲットです。誰に向けての広告かをはっきりさせることです。

男性向けなのか、女性向けなのか。若い女性向けなのか、年配の男性向けなのか、年配の女性向けなのか。相手があって初めて広告表現は作れるので、まずはターゲットをはっきりさせることが大切です。

2つ目はコンセプトです。何を切り口にしてどういう表現にするか。例えば、真面目な口調でアピールするのか、ユーモラスにするのかで中身は変わってきます。

さらには位置付け、ポジショニングも大事です。広告を作る時には、だいたい競争相手がいます。競争相手との違いをどう出していくか考えます。ライバルと同じことをしても多分ダメです。

こうしたことを考えながら企画を作った上で、実際に撮影したり、コピーや文章を書いたりして、広告を作っていきます。

――グループで学び合うこともあるのでしょうか。

最後の発表はグループで行いますが、基本的には、広告は自分で作ります。応用編ではグループで広告を作ることもありますが、基本的には個人が作りたいことを作るのがこの講座のメインの学びです。企画段階でプレゼンしたり、ある程度ポスターができた段階で見せ合ったりすることはあります。

――作るまでは自分で行い、それに意見をもらうということですね。

そうですね。お互いに感想を言い合います。受講生の中には、作った広告のターゲットではない人もいますが、例えば若い女性向けに作った広告にも、男性が意見を言います。そのため「男の自分にはこう見えるけど、若い女性にはこうなんだろうね」という感想も聞きます。ターゲットの話を聞くことも大事ですが、ターゲットの周りの人たちの話も聞けるので、意味がありますよね。

受講生には、基礎編から応用編まで続けて受けてくださる方も多いです。基礎編は6回の講義なので、時間が足りない印象はあると思います。1学期と2学期の両方を受けると12回になりますから、「もっと知りたい」と思う方は両方受けてくださいます。

今年からは3学期にゼミを始めます。このゼミは一般的な座学はなく、最初から広告を作るための講座なので、もっと高度なことを教えられると思います。実際に撮影などもしたいと考えています。

「見られない」ことを前提に広告を作る

――応用編の講座のポイントや目標を教えてください。

1学期の基礎編をベースにしながら、もう少し高度な話をしていきます。1学期は基本的にはグラフィックという静止画、ポスターを作るのがメインでしたが、2学期は動画制作を少し増やしていきます。1億総YouTuber時代ですから、皆、YouTubeで動画を撮れますよね。でも、広告の動画は単に撮ればいいのではなく、絵コンテを描いて、企画を作ることが必要です。自己流だと自己満足になりがちで、わかりにくかったり、見ていてつまらない動画になったりしがちです。そうならないよう、応用編では絵コンテの描き方などを指導する予定です。

――やはり、見てもらいたい相手があってこその広告ですね。

ただ、広告を作る時には、広告が見られないことを前提に作ります。見てもらえると思って作ってはダメです。普通だったら見てもらえないからこそ、注目を浴びる言葉を言ったり、インパクトのある表現を使ったりするのです。

広告を作る時に、見てもらえることを前提に作ると、つまらない広告になってしまいます。広告は見てもらえないという前提のもとで考えれば、より強い表現が思いついたり、ターゲットに向けたメッセージが届いたりするようになります。

例えば、好きな音楽を動画のBGMに入れてもダメです。一方、ターゲットが青春時代によく聞いた音楽を流すと、「あ、この音楽知っている」「懐かしい」と思って振り向いてもらえます。ターゲットが反応する音楽を使うことが大事なのです。聞いてもらいにくい、見てもらいにくいからこそ、どういう工夫をするのかを考えます。

――自分がまだ興味をもっていないところにあえて攻めてみるということもアリですか。

そういったこともあります。例えば若い人向けの広告を作る時は、若い人から流行りの音楽を教えてもらって使います。それは決して自分がいいと思う音楽ではないかもしれません。単にうるさい音楽だなと思っても、若い人がそれをいいと言うなら、使うわけです。

――そこでつけるキャッチフレーズも自分っぽくない言葉を使うこともありますか。

そういうことはあり得ますよね。相手によって、使う文章や単語、言い回しも変わります。

――ご自身が若くなった気持ちになって生み出すのですか。

というより、共感力は広告を作るプランナーには大事です。流行りのウォッチや情報収集はしますが、本心からその音楽が好きかというと、そんなことはありません。広告はビジネスです。相手が動いて初めてビジネスになるので、割り切ります。

自分の芸術作品を作っているわけではありません。あくまでも相手あっての動画、ポスターなので、相手が見て反応してくれることが最優先です。素人が作ると自己満足の広告が多くなるのは、自分が好きな音楽や写真をつけてしまって、相手に興味を示してもらえず、見てもらえないからです。自己満足をいかに排除するかがポイントです。

広告は人生の参考書

――受講する方も驚きの連続なのではないでしょうか。

受講生は「目からうろこだった」「だから私はこの広告に反応したのね」とよく言いますね。私も実際の広告を例に「思うツボですよ。ここに仕掛けがあるでしょ。そこに皆さんはまっていますね」と解説します。

――広告戦略立案という漢字が並んでいるプログラムを見た時に、最新のAIやデータサイエンスといった講座のさらに先を行く内容ではと思いました。

AIも当然、使うことはあります。ですが、単にAIに広告を作らせると、よくできているけれど、つまらないものが多くなってしまいます。なぜかというと、広告は「えーっ」と思わせる意外性が大事なのですが、AIが作ると普通になってしまうからです。AIを使う時にはだいたい3~5案を出すように人間が指示しますが、出てきた文章のどれを使うか、どれとどれを組み合わせるかは、人間が考えます。AIはあくまでツールであって、最後はクリエイターやプランナーの感覚、美意識がものを言います。

――AIに惑わされてはダメで、最後は人間だということが基本にあるのですね。

人間の本質は変わりません。時代や流行は変わり、ツールは進化しますが、それは使いこなせばいいのです。ただ、AIにしてもITにしても、皆の能力がないと使いこなせません。いくらいいカメラ、スマホを持っても、どういうアングルでどういう表現にするかを決めてから撮らないとダメです。それが基本となる企画力です。

――先生は広告を見る目も教えていらっしゃるのですね。

そうですね。本質的なものは大事です。例えば、人の顔はキラーコンテンツで、新聞を開いても顔写真に目が行きますよね。それをどうやって強化し、広告に応用すればいいか考えます。店主が出てきて笑う写真は山ほどありますが、どういう笑顔がいいのか。店主でも男性と女性のどちらを出すのがいいのか。こうしたことはターゲットによって決まってきます。逆にすごく怒った顔がいい場合もあります。こういったことを考えるのが企画力です。

「毒にも薬にもならない」という言葉がありますが、広告は毒を盛るものです。猛毒は死んでしまうからダメですが、少し毒を盛った方が相手は反応します。毒にも薬にもならず、スルーされる広告は、見られない、最悪の広告です。「え、何」とドキッとするのは、毒を盛っているからです。いかに毒をいい塩梅で盛るかが広告の真髄です。

――今後、講座が目指すもの、ビジョンを教えてください。

この講座を受けていただいて、広告を評価する、鑑賞する力をどんどん培ってほしいと思いますし、その能力は、自分が広告を作る時にも絶対に役に立つと思います。ですから広告宣伝担当者にとってはすぐ即戦力になることを教えますし、すぐ広告を作らない人にも受け手としての知識を学んでいただきます。人生の中で広告を見る機会は山ほどありますよね。広告を見るということは、無料の作品を見ることです。鑑賞する力があれば、広告を作ったクリエイターの工夫、こだわりを深く理解できる一方、表面しか見られない人は、もったいないことをしていると思います。

映画でも、その映画のテーマに関していろんなことを知っていると、映画監督の思いや俳優の演技の意味がわかりますよね。それがわからないと、「なぜここで泣いているんだろう」と思ってしまいますよね。受け手側の知識やバックボーンがあって初めて、作品とのコラボレーションができますよね。広告も同じです。クリエイターは日夜、頭を絞って広告を作っているので、意図に気づいてくれたらうれしいです。もちろん、気づかない人がいることもわかっているので、わかる人、ターゲットにだけわかってもらえればいいと考えている場合もあります。なぜかというと、「オールターゲット」を実現し、皆に伝えることは無理だからです。ターゲットを絞れば絞るほど、その人に届きます。

――広告の意味を受け取る力がつけば、人生が豊かになりそうです。

そういうことだと思います。それから、広告からヒントをもらえますよね。「こういうインテリアって素敵だな」「こんな料理の盛り付けがあるんだな」「こういう夫婦の会話って素敵だな」というように、何かの参考になることもありますよね。そういった意味で、広告は一種の人生の参考書の役割も果たしていると思います。