畿央大学_大友絵利香准教授に訊く:畿央大学が考える、地域に寄り添うこれからの看護のカタチ

畿央大学看護医療学科の特徴的な取り組みの一つとして行われている「へき地医療体験実習」は、学生たちに地域社会での看護の意義や、時代に即した新たな医療のあり方を学ぶ、貴重な機会を提供しています。

この実習では、学生が地域に根付いた文化や生活習慣に触れながら、病院では学べない現場での実体験を積むことを目的としています。地域文化に触れ、病院外での地域診療や患者の生活環境を直接目にする経験は、これから活躍していく看護師としての成長に大きく寄与していくものです。

本記事では、畿央大学でのへき地医療体験実習がどのように学生たちの成長を促し、今後の地域医療に貢献しているのか、詳しくご紹介します。

大友絵利香 先生
健康科学部 看護医療学科 准教授


研究テーマ

「特別養護老人ホームにおけるがん終末期の看取りに関する研究」

「認知症のある患者のがん疼痛理解のための看護師の視点についての研究」

「高齢夫婦世帯におけるがん患者の在宅看取りに必要な看護師のサポートについての研究」

「山村部に暮らす高齢者の健康維持行動に関する研究」

看護の本質を学ぶ、畿央大学が取り組む「へき地医療体験実習」

私は、畿央大学看護医療学科において、急性期看護学やがん看護を専門としています。具体的には、救急医療や術後ケア、がん患者の方の終末期ケアに焦点を当てて指導を行っています。

畿央大学は、2023年に開学20周年を迎えました。看護医療学科は開学から約5年後に設立され、以来約15年にわたって学生たちを育成してきました。現在、私たちが力を入れている取り組みの一つが、学生に実践的な学びを提供する「へき地医療体験実習」です。この実習は、開講から約10年を経て、今では看護医療学科の特徴的な取り組みの一つとなっています。

へき地医療体験実習では、奈良県内の吉野郡川上村・五條市大塔地区・山辺郡山添村・宇陀市大宇陀といった、超高齢化や過疎化が進む4つの地域に学生が赴きます。そこで学生たちは、医療現場だけでなく地域住民の生活そのものに深く関わり、多角的な視点から看護を学ぶのです。

例えば、宇陀市大宇陀地区の実習では、地域包括ケアシステム(※)の現場を肌で感じることができます。学生たちは、高齢化が進む地域で病を抱えながら暮らす高齢者など、さまざまな地域住民の方々と触れ合い、その生活や文化を深く理解する機会を得ています。

具体的には、要介護状態にない高齢者の自宅を訪問し、生活状況を聞き取りながら、認知機能や身体機能の低下を防ぐための予防策を共に考えたり、より良い生活を送るための具体的な支援策を提案したりします。この実習を通して、学生たちは、地域社会全体で高齢者を支えることの重要性や、一人ひとりの高齢者に寄り添ったケアを提供することの難しさを学んでいます。

また、へき地医療体験実習は4年生の統合実習として卒業要件にも位置づけられており、看護医療学科の全学生がこの実習を経て卒業します。彼らは成人看護学や精神看護学、女性看護学、小児看護学、地域看護学、在宅看護学といった主要な看護領域を4年生までに学び、その集大成として、この実習に臨んでいます。

(※)地域包括ケアシステム:住み慣れた地域で高齢者や要介護者が安心して暮らし続けられるように、医療、介護、福祉、住まいなどのサービスを包括的に提供するための仕組みです。このシステムの中心にあるのが、自治体が設置する「地域包括ケアセンター」です。地域住民の健康や福祉に関するサポートを行います。

地域包括ケアセンターは、病院や診療所、介護施設、在宅サービス提供者と連携し、個々に応じてサポートを提供します。また、地域住民同士の繋がりを活かし、地域全体で支え合う仕組みを構築することで、住み慣れた場所で自分らしい生活を維持できるよう支援し、地域で完結する包括的な支援体制を目指しています。

地域とともに学ぶ、地域医療の現場

実習に際し、学生たちはまず4月から5月の期間、自身が訪問する実習地域に関する調査を行います。電話やインターネットを用いた調査に加え、過去の実習経験者から情報を集め、地域住民の特徴や生活状況を事前に把握するのです。

地域の文化的背景によっては、特定の健康問題が発生しやすい場合があります。例えば、辛い食べ物を頻繁に摂取する地域では高血圧の傾向が見られますし、山間部で徒歩移動が少ない地域では転倒リスクが高まることがあります。学生たちは、こうした情報を事前に学び、3日間の実習に備えます。

実習期間中は、例えば大宇陀地区では地元の民泊施設に宿泊し、地域の家庭と交流しながら実際の暮らしを体験しています。もちろん地域の高齢者宅を訪問するほか、学生全員で実施するイベントなども設けられており、非常に充実したスケジュールで奮闘しています。

長年にわたり同じ地域で実習を続けているため、中には2年連続で同じお宅を訪問すると、「昨年の学生に教えてもらったことを続けた結果、こんな効果がありましたよ」「昨年の学生が伝えてくれたアドバイスを今でも実践しています」「ご近所の方も一緒に取り組んでいるんです」といった嬉しい声を聞くことも少なくありません。

実習地域には若者が少ないため、毎年学生が訪れることを心待ちにしている高齢者の方が多くいらっしゃいます。実習を通じて地域全体での健康意識が高まるだけでなく、例えば寝たきりになる原因や自宅内での転倒に対する注意喚起を伝えたり、冷蔵庫などの日頃から目につきやすい場所に掲示するツールを作成するなど、地域住民の日常生活に即することを意識した支援も行っています。

実習がもたらす、地域文化と看護の新たな視点

本学科の実習が大きな転機を迎えたのは、前学科長が有志の学生を連れて三重県鳥羽市の離島に赴いたことがきっかけでした。前学科長は、その実習を経験した学生たちの生活の質や看護の本質について考える力が飛躍的に向上したことに気づかれたといいます。この経験を通じて、実地での実習が持つ価値が再認識され、現在の実習形態へと発展しました。

このような経緯から、私たち教職員は「看護の本質とは何か」「病院内で行われる看護がすべてではない」「看護の対象は病気の人だけでなく、健康な人やその家族、さらにはコミュニティ全体なんだよ」ということを、実習を通じて学生たちに伝え続けています。学生たち自身も実習を通じてその意義に気づき、理解を深めていると感じています。

また、実習を通じて、看護に直結することだけでなく、同じ奈良県内でも地域ごとに異なる生活様式や生活習慣などの地域文化が存在することに気づかされています。

例えばある地域では、多くの家庭が自宅の鍵をかけず、近所を訪れる際にはインターホンを押さずに戸を開けて入るという、学生たちは親しみのない文化が根付いています。

ある時、学生が高齢者宅を訪問し、玄関先で声をかけても高齢者の方が気づくことができず、結果としてその場を去ってしまったことがありました。その後「学生さんが来るのを待っていたのに、来なかったんです」という電話が入るなど、地域の常識と学生たちの常識が異なることを痛感する場面は多々あります。

このような体験は、学生たちに毎年大きな衝撃を与えます。しかしその過程で、地域社会に根付いた文化や、その地域に住み続ける人々の背景を理解するだけでなく、地域包括ケアシステムの枠を超えた、地域独自の取り組みによって住民が守られていることの重要性を学んでいるのです。

このほかにも、実習地の川上村では、「川上子育てプロジェクト」といった取り組みを通じて若者や子育て世代を村に呼び込む努力が行われています。こうした活動によって村には新たに若者が移住しており、都市部だけが生活の場ではないという新しい社会の可能性を学生たちに示す機会になっているようです。

人口減少や過疎化に伴い変化する、今後の医療や学生の選択肢

へき地医療実習におけるオリエンテーションプログラムの一環として、三重県志摩市でへき地医療に取り組む先生のお話をうかがう機会があります。その先生は、「これからはへき地に人が戻ってくる時代が来る」と提唱されています。

先生のお話からは、日本の縦社会の中で人口減少が進む一方で、都市部でも過疎化が進行している現実が見えてきます。多くの学生が、卒業後は都会の病院で働くことになりますが、将来的には同じ職場で長く働き続けることが難しいかもしれないという思いを抱えながら就職していきます。その中には、地域密着型の看護に関心を持ち、特に地域の健康問題や医療過疎といった課題に目を向ける学生も出てきています。

まだ少数ですが、卒業生の中には都会の急性期病院で働き始めたものの自分にはその騒がしい環境が合わないと感じ、宇陀市にある市民病院など、都会と比較すると静かな環境に転職して活躍している事例もあります。

また、たとえ卒業後は実習地へ就職しなくても、「実習がとても良い思い出になったので、友達と一緒にまた訪れました」と、実習で訪れた地域を卒業後に再訪する卒業生もいます。

私たちは日頃から「看護師の仕事は、人をケアするだけでなく、地域の人々に支えられていることも多い」ということも伝えています。実際にそのような実感を持つ学生は増えてきていることは、非常に喜ばしいです。

病院から地域とともに生きる医療へ、広がるケアの重要性

直近の目線としては、来年度も現在訪れている4箇所での実習を継続する予定です。しかし現在クローズアップされている課題の一つに、従来のように病院で患者を待つだけの医療では対応しきれなくなっているという現実があります。

例えば宇陀市では、病院の診療システムをバスに積み込み、地域住民に医療を提供する「移動診療車」という活動が始まっています。病院側が医療ニーズのある場所へ直接出向くことで、高齢者は病院に通わずに自分の地域で診療を受けられる、新しい形の医療が広がりつつあるのです。

本学の学生たちは、地域のお年寄りのもとに往診に出向く病院の先生に同行し、実際の診療やカンファレンスにも参加しています。こうした体験を通じて、病院の中だけでは見えない地域での診療や、病院と患者の新しい関わり方を学ぶことは、将来の看護師として非常に重要です。

かつては病院での長期入院が可能でしたが、現在は治療が終われば早期に退院を促される時代となりました。病院内での看護だけでは、退院後に患者がどのような環境で生活しているのかをイメージすることは難しいものです。

しかし治療を終えて自宅に戻った患者がどのように生活を送るのかまで考えられる看護師を育成することが、これからの医療に求められています。だからこそ本学の実習では、地域診療だけでなく、退院後の生活環境についても学生に伝えているのです。

現在、日本では「地域に戻り、住み慣れた自宅で在宅看護を受け、看取ってもらおう」という考え方が広がっています。世論調査でも、多くの人が自宅での看取りを望んでいる一方で、現実にはまだ7割の方が病院で亡くなっています。この背景には、地域で看取りを担う人材が不足している状況があります。これからの学生たちは、この現実と向き合い、地域での看護や在宅看取りを支える役割を求められることもあるでしょう。

将来的には、誰もが安心できる社会の実現を目指し、地域での看護を担い、在宅での看取りなどにも取り組む意志を持った学生が育ってくれることを期待しています。