雫穿大学_朝倉景樹代表:人はいつでも学びの主体になれる。生きづらさを解きほぐす学びを

学校や仕事になじめず、自分の気持ちを押し殺して日々を過ごしてはいませんか。

学校現場では不登校児童・生徒がますます増加しており、大人の引きこもりも長い間問題視されてきています。生きづらさを感じる人がどう生きていけば良いのか、どう生きたいのか悩み苦しむ社会が現状になっています。

TDU・雫穿(てきせん)大学では、18歳以上の生きづらさを感じる人が自分について考え、学び、さまざまなことに挑戦できる環境を提供しています。今回は代表の朝倉景樹さんに、大学ではどういった学びができるのか、またどのような想いで運営されているのかについてお話を伺いました。

朝倉 景樹 さん

雫穿大学 代表

教育、エスノグラフィー、社会構築主義などの分野の社会学の研究を主として、不登校、ひきこもり、ソーシャルマイノリティー、オルタナティブ教育、デモクラティック教育、当事者研究、フリースクール、ホーム(ベースド)エデュケーションなどを対象としている。フリースクール、続いてオルタナティブ大学で実践をしながらの研究である。国内の研究発表は、日本社会学会、日本都市社会学会、日本教育社会学会、日本心理学会、日本児童青年精神医学会、など。海外では欧州評議会世界会議、韓国国会公聴会、社会問題学会(米国)など。パンカアカデミー(フィンランド)教育・学校運営担当顧問。

TDU・雫穿大学について

TDU・雫穿大学はNPO法人が運営する数少ない大学です。「生きづらさ」を感じる人が誰でも入学でき、自分を研究することでその生きづらさを解きほぐしていくことを目的としています。学部や学科などがなく、学生たちの興味・関心から生まれた講座やプロジェクトに参加でき、自分研究、哲学、映像、演劇などさまざまな学びの場が用意されています。

通っている学生のほとんどは不登校や引きこもりなどの生きづらさを体験しているそうです。

「不登校や引きこもりというのは、『普通』という枠から外れるということになります。自分は一般の人が普通にできることができないのではないか、普通の生き方に戻れないのではないかといった自己否定感を、何かしらの形で持っていることが多いです」

自分を知ることから始める

色彩デザイン構成講座

インターネットやSNSが普及し自分の「部分」を切り取って発信できるようになっている中で、逆にお互いのさまざまな面を知らないという感覚を持つようになってしまっていると朝倉さんは言います。

「知らないことは恐怖に繋がります。自分のいろいろな部分がコミュニケーションによって知られてしまうのが怖いという感覚もあると思います」

また、インターネットなどを通じて手に入る情報もかえって自分の興味のある事に限られてしまい、世界が狭くなってしまっている傾向があるそうです。そんな中で自分を否定し他者と交流を持つことに抵抗がある学生たちが、雫穿大学では自分を知るためのプログラムから学びをスタートしていきます。現代日本の義務教育では、社会に適応できる人間になるための訓練のような教育が行われていると朝倉さんは指摘します。

「そのような教育を受けていると、あなたはどうしたいんですか、どう生きたいんですかと問われたときに非常に困ってしまうわけですね。何に関心があるのかと言われても、なかなか答えられない。だから落ち着いてそういうことを考えられる機会を提供したいと考えています」

自己否定感を解きほぐしていく

また、自己否定感に向き合うプログラムもあります。自分のコンプレックスや辛かった経験を、同じような経験をもつ学生やスタッフと共に自分の言葉で語り合い、自分にとってそれらのコンプレックスがどういうものなのか考える機会を設けています。聞いている人も私の場合はこうだった、その時こうしたよ、と話すことでお互いの自己否定感が解きほぐしやすくなるようです。こういった自己否定感や思い込みは心にたくさん溜め込まれてしまっており、解きほぐすにはとても時間が必要だそうです。

さらに自己否定感などについて理解を深めたい学生は、自分研究を行うことができます。自分が生きてきた中で感じた人への恐怖、孤独感など自分の切実な関心を研究するそうです。研究内容は論文に書き、それを外部に発表するイベントも行われています。そこでもさまざまな人と言葉を交わし合い、当事者研究が深まっていくそうです。

「そういう理解を深めるプロセスの中心が自分である、ということがかなり大事だと思っています。自分で自分を尊重するということはかなり難しい。しかしそれは人と関わる中でやりやすくなっていきます。自分を受け入れ、支えてくれる人がいることで自分を尊重できるようになり、そのようにしてくれる相手を尊重できるようになっていくのです。大事にしているのは、そうしてお互いを尊重し合うこと、それによって相互作用が生まれることです」

関心のあることにチャレンジする

そうして自己否定感を解きほぐしていくと、自分の関心のあることが見つかってきます。ただし、将来に紐づけられずに自分の関心のあることを経験できる状況が大事だと言います。たとえば一般的に大学に進むと、ある程度所属する学部や専門分野での進路を期待されてしまいがちです。あるいは不登校で引きこもっているときに「お菓子作りをしてみたい」などと言うと、親が製菓専門学校のパンフレットを持ってきて進学を促されてしまうといったことが往々にしてあります。そんな状況ではうかつに興味や関心のあることを口に出せなくなってしまうそうです。

「だから本学ではやりたいことを自由に経験できるように、学部や学科を決めずいろいろなことに挑戦できる場を提供しています」

ある学生は、ソーラーカーに関心を持ち作っているうちに、人と一緒に何かをやりたいと思えるようになり、その後演劇に取り組みました。一般の大学であれば、ソーラーカーを作ろうと思うとおそらく工学部に行かなければならないし、演劇をするなら芸術大学やサークルになってしまいます。雫穿大学ではそういった専門分野に囚われず、自分の興味・関心に応じて好きなことに取り組むことができるのです。

どういうふうに生きていきたいかを考える

こうして経験を積み重ねていく中で、「どんなふうに生きていきたいか」を考えることが大事だと朝倉さんは考えています。

「その生き方をどうしたら実現できるのか試行錯誤し、プロの力を借りながら実際に仕事を企画するパイロット・プロジェクトもあります。そういったプログラムの中でこうやって生きていけるな、と手ごたえを感じられたら『修了』となります」

「修了」は一般の大学で言う卒業のこと。ただし4年と決まっておらず、学生が修了までに必要な時間を自分で決めることができます。

「ですから3年で修了する人もいるし、10年在籍する人もいます。これまで最大で12年ほど学んだ学生もいますね」

修了後も研究会にOBOGとして参加することができます。研究会ではどうやって生きていこうかとディスカッションが行われることもあれば、人を招いて話をしてもらうこともあります。

「考え続けられる、繋がり続けられるということも大事なのではないかと考えています」

 修了後の仕事は人それぞれです。拒食・過食など摂食障害に苦しみ食と生死とが大きな関わりとなる経験をした学生は、「同じ経験を持つ人の役に立ちたい」と出張料理教室やケータリングをしてフリーランスとして働いています。他には、在学中に関心をもって取り組んだ映像やデザインを仕事にしている人もいます。

「フリーランスになる人、組織の中で働く人、起業する人などさまざまですが、儲かることを最重要目的として働いている人はほとんどいないですね」  

どう生きていきたいかを考え抜いた結果として、お金を稼ぐことだけを重要視しない人が多いそうです。

誰でもいつでも学ぶことのできる大学が増えれば

オランダの教育研究社との意見交換

学生の出身もさまざまです。現在は北は北海道、南は鹿児島からの学生が在籍し、中には台湾からの留学生もいるのだとか。雫穿大学のように学校教育法に基づかず個人を尊重した教育を行う、いわゆるオルタナティブ教育を実践する大学は日本には他にありません(2024年現在)。したがって国内ではオルタナティブ大学同士での交流ができず、結果的に海外の大学との交流を多く行っているそうです。

「日本にも、もっとオルタナティブ教育を行う大学が増えてほしいと思っています。義務教育においてはオルタナティブ教育は少しずつ広まってきていますが、どうしても制度の問題でこういった大学が整備しづらいのです」

「ところで、ユネスコには『学習権宣言』というものがあります。これは、生涯にわたって人は学ぶ権利があるのだという宣言です。衣食住と同じように人間にとって非常に基本的な権利であって、いつでも自分や社会について学び、発信ができます。こうした学びの主体としての権利が人には平等にあるのですが、日本ではこの宣言の知名度はゼロに等しいですよね。誰でもいつでも学べるという発想がもっと日本の社会に共有されることを願っています」

生きづらさを抱える人たちがいくつになっても自分について学べるように。その手段の一つとして、TDU・雫穿大学は社会に場を提供し続けています。